第466話 彼は静かに怒る④

 その時。

 ムラサメ邸の和室の一室にて。


「……むむむ」


 メルティアはどうにも不機嫌だった。


「どうも私の扱いが軽い気がします」


 そんなことを呟く。

 この和室には女性ばかりがいた。

 メルティアを筆頭に、リノとリーゼ。アイリとアヤメ。

 そしてアンジェリカとフランのアノースログ学園組の二人。

 例外は零号とサザンXだけである。


 コウタやジェイク、アルフレッドの少年たちの姿はこの場にない。

 コウタは、この屋敷に用意された自室に。

 ジェイクとアルフレッドは共に行動をしていた。コウタに頼まれて、あのエル=ヒラサカと名乗るお姫さまの護衛にこっそり付いているのだ。

 対し、彼女たちはここで待機を望まれている。


「……わたくしも不満ですわ」


 リーゼも、頬に手を当てて溜息をついた。


「まず荒事が起きるというのに、このように部屋で待機など……」


 騎士としての矜持が傷ついてしまう。

 コウタもそのことは理解しているが、今回はあえて我儘を通したのだ。

 今回の敵の異能と異常性、何より行ったことを鑑みると、極力、女性を近づけさせたくないというのが、コウタの意見だった。

 たとえ、それが最強クラスの実力者であるリノであってもだ。


『女の人の――いや、人の尊厳を踏みにじって道具のように扱うそんな男を、メルたちと同じ空間に置くなんて絶対に嫌だ』


 温厚なコウタが、はっきりとそう告げた。

 騎士見習いであるリーゼ――アンジェリカとフランも同意見――としては、そのような下衆ほど自らの手で成敗したい気持ちが強かったが、コウタがそこまで言う以上、ここは従うしかなかった。

 かくして彼女たちは、この部屋で待機しているのである。


「……せっかく再会できたというのに」


 メルティアは嘆息した。


「コウタにほとんど甘えられていない気がします」


「……まあ、そうですわね」


 と、リーゼも同意する。


「落ち着く間もなく今回の事件が起きましたし、気付けば、異国の王女殿下が当然のごとくコウタさまのお隣に居座っていましたわ」


 小さく「むむむ」と唸るリーゼ。

 またしても胸部に格差のある相手だ。

 しかも、出会って間もないはずなのに王女殿下は恐ろしく親し気だった。

 事情を聞けば、それも当然だった。

 新参のはずの彼女は、二年間もコウタと二人っきりで過ごしていたらしい。

 正直、その点においては「ズルい」というのがリーゼのみならず《悪竜の花嫁》たち全員の想いだった。


 だが、こうも思う。


「しかしながら、かの王女殿下は相当なへっぽこですわね」


 リーゼがはっきりとそう言うと、


「……うん。それは私も思った」


 アイリが同意した。


「……だって二年だよ。誰もいない世界で二年間もコウタと二人きりで、しかも好意も全開にしてたのに何もなかったなんて……」


「確かにへっぽこじゃな」


 リノが腕を組んで頷く。


「二年で全く進展がないのは正直、情けないぞ」


「それは私も思ったのです」


 アヤメも首肯する。


「吊り橋効果もあって、二人きりで脱出できるかの不安もあったはずです。そこでコウタ君のすべてを受け入れて支えれないようではお側女役失格なのです」


 そう言うと、メルティアがかぶりを振った。


「……お側女役というのは分かりませんが、そこは、あの女をへっぽこと呼ぶより、コウタのヘタレ具合の方がとんでもなかったのでしょう……」


 なにせ、あのコウタですから。

 と、一応擁護(?)してから、「ですが」とたゆんっと大きな胸を揺らして。


「仮に私だったら、そんな結果にならなかったでしょうね。コウタの愛も不安も受け入れて、脱出する頃には次代のアシュレイ家の後継者が生まれていたに違いありません」


「そうでしょうか?」


 そんなことを自信満々に宣うメルティアをリーゼがジト目で見やる。


「コウタさまの鈍感は筋金入りですわ。容易ではないでしょう。まあ、それでもわたくしならば次代のレイハートの後継者の誕生は間違いなかったでしょうが」


「二人とも言いよるのう」


 胡坐をかき、頬杖をついてリノが不敵に笑う。


「まあ、ほぼ一晩中、コウタに抱きしめられた実績のあるわらわに言わせてみれば、二人とも虚勢を張っておるにしか聞こえんがのう」


 メルティアとリーゼが、ムッとした表情でリノを見やる。


「では、こうするのはどうです?」


 そこでアヤメが手を上げた。


「その宝珠はコウタ君が壊したと聞きますが、まだその腐れ外道が所有しているもう一つがあるはず。それを強奪するのです」


「「「…………え?」」」


 全員がアヤメに注目した。


「そして、ローテーションで各自に使うのです。年単位は流石に長いので大体二週間ぐらいで。その異界でコウタ君と二人きりで過ごすのです」


 全員が沈黙した。

 ややあって、


「「「「…………………」」」」


 メルティアは、ペタンとネコミミを伏せて顔を反対側に逸らし、リーゼは唇に指先を当てて視線を泳がせた。リノは胡坐を掻いたまま、赤い耳を見せて深く俯く。

 ただ、アイリだけは少し不満そうで。


「……私の場合はそれでもきっと進展がほとんどないと思うけど」


 一呼吸入れて、


「……試すのはいいと思う。ホランさんって人には悪い気がするけど道具自体には罪はないし。どうせなら戦利品として奪ってやるのもいいかも。それに、そろそろ、コウタには私たちに対しての明確な指針を示して欲しいと思うから」


 ……それを考える時間も出来るかも。

 と、九歳児がそんな意見を言う。


「あ、あの……」


 すると、その時、今まで聞き手になっていたフランが手を上げた。


「そ、それ、私もお借りしてもいいですか?」


「「「…………え?」」」


 友人であるアンジェリカも含めて、全員が目を丸くした。


「あ、ち、違うんです!」


 それに対し、フランは両手をブンブンと振った。


「そ、その、今回の件が終わったら、またジェイ君とは離れることになるし、その前に少し思い出作りとか出来たらなって……」


「フ、フラン……あなた……」


 アンジェリカが心底驚いた顔をした。

「ち、違うのよ。アンジュ……」とフランは言うが、アンジェリカはあごに手をやって感が込み……。


「……私も借りていい?」


 おずおずと手を上げて告げる。

 メルティアたちは、沈黙していた。

 二人の想い人のことは、すでに理解していた。


「……まあ、ロリ神の言う通り、道具には罪はないからの」


 コホンと喉を鳴らして、リノが言う。


「もし強奪できたのなら考えようではないか。使用順や管理などもな。犀娘。お主も所詮は戯言のつもりなのじゃろ?」


「……ええ」


 アヤメが少し苦笑して頷く。


「冗談なのです。ただ待つのも緊張するので」


「……そうですわね」


 リーゼが頷く。


「感謝しますわ。アヤメさん。では、気持ちも改めて、王女殿下とホランさんの身を案じることにしましょう」


 と、彼女が告げた時だった。


「……ム」


 ずっと無言で待機していた零号が声を零した。

 同期していたサザンXも隣で「……ムム」と唸った。


「……カメラガ起動シタ。メルサマ。映ス」


 そう告げると、零号の双眸から光が溢れ出した。

 それは壁にぶつかり、そこに、ある部屋を投影する。

 それはガンドルフ=バース司教が休む部屋だった。


 そこにはエルの姿はない。

 正確に言えば、彼女が隠し持つ、メルティアが大急ぎで作成した極少カメラで撮った映像なので、エル自身の姿が映っていないのだ。


 代わりに、そこに映っているのは――。


「……この男が」


 リーゼが不快そうに眉をしかめた。


「件の人物。ダイアン=ホロットですの?」


「うむ。そうじゃ」


 リノが腕を組んで頷く。


「わらわでなくともお主らも女じゃ。この男の性根が分かるのではないか?」


「……ええ」


 リノの問いかけに答えたのはアンジェリカだった。


「嫌になるぐらいにね。本当に……」


 かつて攫われて、危うく純潔を奪われそうになったという経験を持つ彼女には、本当によく分かった。映像の男はあの時の男と同じ目をしていた。


「……確かに」


 アイリも不快感を隠さずに呟く。


「……私も嫌な雰囲気を感じるよ。見た目で判断するのは間違ってるかもしれないけど、リノの言う通りこの人は何かが滲み出ている気がする」


 そう言って、少し身震いする。


「……アイリ」


 そんな少女を、メルティアが後ろから抱きしめた。


「アイリは人身売買をした連中とも関わったことがありますからね。ですが大丈夫です。この男は私たちには気付いていません」


 言って、可愛い妹分の頭を撫でる。


「……メルサマ」


 映像を映しながら、零号は言う。


「……コウタ二モ連絡スルゾ」


「ええ。お願います」


 メルティアは映像を見つめつつ、首肯する。


「では、ようやく外道退治と行きましょう」









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