第410話 接敵③

 アルフレッドたちは、森の中を進んでいた。

 やや急いでいる行軍だ。

 体力をそれなり消耗するハイペースではあるが、メンバーのほとんどは戦闘訓練を受けた者。唯一、ロクに運動もすることのないメルティアも着装型鎧機兵パワード・ゴーレムを纏っているので平然とついてきていた。


「零号」


 アルフレッドが先頭を進む零号に尋ねる。


「例の一団はそろそろかい?」


「……ウム」


 零号は振り返って頷いた。


「……ソロソロ、見エテクル」


 言って、前に進んだ。


『先程から少し傾いた道が続いてますね』


 獣人族ゆえに自然への感覚の鋭いメルティアが呟いた。


「ああ。確かにそうじゃな」


 と、リノも呟く。

 しばらく前から、やや地面が傾き始めていた。

 どうやら高台へと昇っているようだ。

 傾斜はさらに大きくなってくる。

 そうして――。


「……見エタ」


 零号が告げた。

 そこは、木々が開けた高台だった。

 高さにして十セージルほどだろうか、眼下に森が広がる景色が見える。

 アルフレッドたちは、その森へと目をやった。


「……あれだな」


 ジェイクが、双眸を細めて呟く。

 彼――いや、ジェイクのみならず、全員の視線がその姿を捉えてた。

 そこには、森の中を進む一団の様子があった。


「商隊かしら?」


 と、アンジェリカが呟く。一団のほとんどは、ありきたりな制服を着ている。雇用者なのか先頭辺りに法衣のような服を着た人物と、メイドらしき人物も確認できたが、全体としてはどこかの商会の一団というのが第一印象だった。


「けど、こんな場所に商隊?」 


 それに対し、彼女の隣に立つフランが小首を傾げた。


「流石にこんな森の中を進むのは不自然だけど……」


「……ふむ。不自然さで言うのならば……」


 フランの言葉を、リノが継いだ。

 あごに手をやり、眼下を覗き込む。


「誰もツッコまぬようじゃが、明らかにおかしな奴がおるぞ」


「「「…………………」」」


 リノの指摘に全員が沈黙した。

 ……気付いていた。

 誰もが気付いていたが、それを見た時、全員が困惑したのだ。

 全員の視線が一人の人物に集まる。

 かなり距離があるため、性別までは分からないが、先頭を進む人物。その人物は全身に甲冑を纏っていたのだ。

 行軍中は視界の邪魔になるためか、全頭型フルフェイスのヘルムは手に担いでいるが、長剣や外套なども身に着けた完全武装フルプレートメイルの騎士である。


「……まるでメルティアのようですわね」


 リーゼが、視線をメルティア――着装型鎧機兵パワード・ゴーレムに向けた。


『一緒にしないでください』


 着装型鎧機兵メルティアがかぶりを振った。


『私のは鎧機兵です。あれはむしろ……』


 ふと思い出すのは、異国で出会った銀髪の少女のことだ。


『まるでサーシャお義姉さまのようです』


「……ああ。サーシャさんか」


 アルフレッドが苦笑を浮かべた。


「確かにサーシャさんもヘルムとか愛用してたよね。けど、それでもブレストプレートぐらいまでだったけど」


「いや、つうか、アルフ」


 ジェイクが少し驚いた。


「お前、サーシャさんと知り合いだったのか?」


「あ、うん」


 アルフレッドは、ジェイクの方に顔を向けて頷いた。


「僕もアティスには行ったことがあるし、サーシャさんたちも皇国に来たことがあるよ。多分、ジェイクたちも会ってると思うけど、サーシャさんだけじゃなくて、アリシアさんやエドやロックとも友達だよ」


「そうだったのですか」


 リーゼが、ポンと柏手を打った。


「サーシャお義姉さまたちは、ミランシャさまともお知り合いでしたから、アルフレッドさまと友人であっても不思議ではありませんわね」


「うん。サーシャさんたちとは歳もほとんど一緒だから……ひっ」


 そこで、アルフレッドは息を呑んだ。

 アンジェリカが、凄まじいまでの敵意を持った目でこちらを睨みつけていたからだ。


「ど、どうかした? アンジュ?」


 恐る恐るそう尋ねる。

 実際のところ、知らない女の名前が出てきたため、アンジェリカは不機嫌になっているのだが、そんなことはアルフレッドに分かるはずもない。

 まあ、女性陣たちはリノまで含めて察していたが。

 一方、ジェイクは女心にそこまで聡い訳ではないので困惑していた。


「……いえ」


 アンジェリカは大きな胸を支えるように、ゆっくりと腕を組んだ。

 その仕草は、もはや女王の貫録だ。アルフレッドは一気に委縮する。


「……今はそんな話をしている場合かしら?」


 淡々とした声でそう告げた。

 アルフレッドは冷や汗を流しつつ、


「う、うん。そうだね」


 首を上下に動かした。

 胃もキリキリと痛み出すが、そこはどうにか堪えて、


「重要なのは彼らが何者かだ。少し様子を見ようか」


 青ざめた顔でそう提案した。

 ちなみに。

 この残念すぎる幼馴染たちのやり取りに、ジェイクはひたすら顔を引きつらせ、メルティアたちは、とても遠い眼差しを二人に向けていた。

 そして唯一の人外である零号は、


「……アルフレッドモ、安定ノ、女難……」


 どこか楽しげに呟いていた。

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