第372話 帰還②

 バルカス=ベッグは、皇国騎士団の上級騎士である。

 年齢は四十代前半。

 今着ている騎士服よりも、山賊の衣装の方がこの上なく似合う髭面の大男だ。

 元は小規模な傭兵団を率いていた彼は、いわゆる傭兵上がりの騎士だった。

 実戦で鍛え上げられた技量と判断力は、騎士団内でも一目置かれている。


 ただ、バルカスには、それ以上に有名な話があった。

 彼は、『奇跡の人』と謳われているのである。


 ――そう。バルカスは奇跡を起こした。

 驚くべきことに、彼は『お頭』と呼ばれても違和感が全くないその風貌で、二人の美女を嫁にしているのである。


「あ! コウタ君ッス!」


 その一人が、バルカスの背に隠れていた女性だった。

 歳の頃は二十歳ぐらいか。肩まである桃色の髪と、スレンダーな肢体。ニカっと笑うと見せる八重歯が印象的な女性だ。

 騎士服こそ着ていたが、元気一杯な小動物の愛らしさを持つ女性だった。


 キャシー=ベッグ。

 バルカスの第二夫人である。


「帰ってきてたんスか!」


「あ。はい」


 笑顔のキャシーに、コウタもつられて笑みを返した。


「ついさっき到着したばかりです」


「おう。そっか」


 夫のバルカスもニカっと笑った。


「どうだった? 旦那には会えたか?」


「はい」


 コウタは、背負っていたアイリを降ろして頷く。


「兄さんとは再会できました。変わらず元気でした」


「おお~、そいつは良かったな」


 バルカスは、バンバンとコウタの肩を叩いた。


「旦那も喜んでいただろ」


「はい。ボクも嬉しかったです」


 コウタは笑う。

 バルカスは「そっかそっか」と、自分のことのように喜んだ。


「おっす。おっさん」


「お久しぶりですわ。ベッグさま」


「おう。ジェイクも、レイハートの嬢ちゃんも元気そうだな」


 そこで、バルカスが「ん?」と、眉根を寄せた。

 次いで、コウタたち一行を改めて見渡す。


「……んん?」


 一度、リノの顔を一瞥してから、


「何か知らねえ嬢ちゃんが増えてるが、スコラ嬢ちゃんの姿がねえな?」


「あ、それは……」


 コウタは一度、ジェイクとリーゼを気遣うように一瞥してから、


「シャルロットさんはアティスに残ったんです」


「おおっ!」


 その言葉に瞳を輝かせたのは、キャシーだった。

 ズズイっとコウタの前に詰め寄り、


「シャル姐さん! 隊長んところに残ったんスか!」


 興奮気味に両手を固めた。


「おおっ! ついに覚悟を決めたんスね! 隊長の嫁になる覚悟を!」


「お、おい。キャシー」


 鼻息荒い嫁に、バルカスが声をかける。


「やめろって。ここには……」


 そう呟き、ちらりとコウタの同行者の一人、ミランシャを一瞥した。


「ああ~、構わないわよ」


 すると、ミランシャは、ボリボリと頭をかいた。


「アタシも承知済みの話だし。というよりも、アタシも色々と用事を済ませたら、アシュ君のところに行くつもりだしね」


「へ?」「え?」


 ベッグ夫妻は目を瞬かせた。

 ミランシャは、ふうっと嘆息した。


「今回の旅でシャルロット同様にアタシも覚悟を決めたのよ。騎士団も辞めるわ。身支度したら、すぐにでも行くつもりよ」


「ええっ!?」「……マジっすか? 姐さん」


 キャシーが驚愕し、バルカスが神妙な声で呟く。


「いや、それって副団長や、あの爺さんが許してくれるんすか?」


「そんなの関係ないわよ」


 ミランシャは腰に両手を当てて堂々と告げる。


「誰がなんと言うとアタシは行くわ。アシュ君の元に翔んでいくの」


「「「おお~」」」


 その台詞に感嘆の声を上げたのは、キャシーのみならず女性陣全員だった。

 アイリ、メルティアに至っては拍手まで贈っている。

 一方、コウタは、何とも言えない顔をしていたが。

 ミランシャのことは嫌いではない。

 今回の旅にしても、旅立つ前の皇国での生活にしても、実に沢山のことでお世話になっているし、むしろとても親しい人だ。コウタも姉同然に思っている。


 ――そう。姉同然の人なのだ。

 その人が、正真正銘、義姉の座を目指して動くらしい。


 改めて、しみじみと思う。

 自分には一体、何人義姉がいるのだろうと。


「あの、バルカスさん」


「ん? 何だ? コウタの叔父貴」


「いや、その、叔父貴はやめてください」


 と、ツッコみつつ、


「ミラ姉さんのこともそうだけど、少し相談事があるんです。ジェーンさんにもご挨拶したいし、後で家に伺ってもいいですか?」


「おう。俺も旦那のことも聞きてえしな。そいつは構わねえが……」


 バルカスは眉をひそめた。


「俺に相談って何だ?」


「それは……」


 コウタは口籠る。

 ――好きな子が二人います。どうしたらいいんでしょうか?

 それを、一夫多妻を成し遂げた人物に尋ねる。

 何というか、回答を聞く前から分かりそうだった。


「なんか困ってんのか?」


「い、いや、困っていることは困っているんですが……」


 結局、自分にしか答えが出せないことだった。

 しかし、経験豊富な年配者にアドバイスを貰うことはいいことだろう。


「ここでは、少し相談しにくいので後で……」


「??? おう。そっか」


 バルカスは少し不思議そうにしていたが、元々陽気で気風の良い男だ。


「まあ、いいさ! 相談ぐらい、いくらでも乗ってやるよ!」


 言って、バンバンとコウタの背中を叩いた。

 それから、


「今夜は暇だからな。いつでも俺んちに来てくれや!」


 ニカっと笑って、そう告げた。

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