第364話 そうして、彼女は運命を知る⑥

 悪竜の騎士の戦い方は、一気に変化していた。

 手を探るような慎重な戦法から、果敢な剛へと。

 処刑刀の一振りで、無数の《飛刃》を繰り出して土壁を無尽に切り裂く。

 間合いを広く取れば、瞬時に《雷歩》で追従。

 恐ろしく重い斬撃を振り下ろしてくる。


(……クッ!)


 アヤメは、劣勢に追い込まれていた。

 頬には冷たい汗。操縦棍を握る手も汗ばんできている。

 アヤメは左手の指を立てた。


『《焔魔ノ法》上伝! 土の章!』


 そう叫んだところで、クラっと眩暈がした。

 異界の術といっても、使用し続ければ体力も消耗する。

 元々体格の小さいアヤメの体力は、もう限界が近づいていた。

 だが、それでも――。


(私は負けられないのです!)


 歯を食い縛る。

 荒くなってきた息を一度大きく吸って、アヤメは叫んだ。


『《地壁ちへき回廊かいろう》!』


 まずは数を随分と減らされた土壁を補充する。

 そうして隙を見て、最後の一撃に賭ける。そのつもりだった。

 しかし、


 ――すうっと。

 悪竜の騎士が、処刑刀を天にかざした。


 そして、小さく一言。


『――《堕天》』


 直後、

 ――ズズウゥンッッ!

 悪竜の騎士を中心に、大地が陥没した。

 突きあがろうとしていた土壁は、次々と押し潰された。アヤメが操る《黒鉄丸》もその威力に巻き込まれる。耐えきれず、ズズンと両膝を突いた。

 機体ごと圧壊されそうな重圧に、アヤメは目を見開いた。


(まさか、空の章!?)


《焔魔ノ法》の上伝に、同じような相手を拘束する術がある。

 まさか、あの少年は《焔魔ノ法》まで使えるのかと青ざめると、


『これは《堕天》という《黄道法》の闘技だよ』


 ズズンッ、と。

 高重圧の中を、悪竜の騎士――コウタの《ディノス》が《黒鉄丸》に近づいてきた。


『こ、《黄道法》?』


『うん』


《ディノス》は頷いた。


『ボクにとっては少々嫌な闘技なんだけど、君は速いから』


 そう告げて、処刑刀の切っ先を《黒鉄丸》へと突きつけた。


『これで終わりだよ。シキモリさん』


 アヤメは、ギリと歯を鳴らした。


 ――負ける。負けてしまう。

 ここで負ければ、運命が決まってしまう。


 アヤメは、目の前の悪竜の騎士を駆る少年のモノに。

 それは……もう別に構わない。

 自分は一度もこの少年に嫌悪を抱いたことがない。

 だから、まだ受け入れられる。

 けれど、アンジェリカと、フランは――。


(アンジュと、フランは、見知らぬ焔魔堂の男に……)


 自分とは違って好きな人がいる二人。

 彼女たちの恋は、決して実ることはない。

 すべては、アヤメの一族――否。アヤメのせいで。


(………ッ!)


 ギリ、と歯を晴らす。

 それだけは、絶対に諦められなかった。


『まだ、なのです……』


『え?』


『まだなのです!』


《黒鉄丸》は渾身の力で、後方に跳んだ。

 重圧の中、ギシギシと機体が軋む。軽装型の《黒鉄丸》の全身に火花が散った。

 コウタは顔色を変えた。


『シキモリさん! ダメだ! これ以上は――』


『うるさいのです!』


 アヤメは叫んだ!


『私は負けられないのです! アンジュとフランのためにも!』


『え……』


 コウタは、目を見開いた。


『シキモリさん? それはどういう――』


『うるさいのです!』


 アヤメは、目尻に涙を浮かべて《ディノス》を睨みつけた。


『お前なんかに分からないのです!』


 アヤメがそう叫ぶと、《黒鉄丸》が、金棒を地面に突き立てた。

 削岩機のように火花を散らして、金棒が高速回転する。


『《焔魔ノ法》上伝! 土の章!』


 意識が飛びそうな脱力感が襲った。

 しかし、アヤメは、それにも歯を鳴らして耐えた。


『《焔魔ノ法》上伝! 火の章ッ!』


 続けて叫ぶ。金棒の火花が大きく燃え上がった。

 ――これが、本当に最後の力だった。


『我は願い奉る! おいでませ! 《三又みまた火蛇おろち》!』


 直後、大地が揺れた。

 地表に亀裂が奔り、森からは動物たちが逃げる。

 地の深い場所から、何か恐ろしい存在が這いずり出ようとしていた。


『――クッ!』


 コウタは《堕天》を解き、《ディノス》は後方へと間合いを取った。

 その数秒後だった。

 ――ゴウッッ!

 突如、大地から土砂が噴き出した。それは《黒鉄丸》を呑み込むと、そのまま上空へと土砂は浮き上がり、次いで形を造り始めた。

 コウタは大きく目を見開いた。


『……シキモリさん』


 彼女の名を呟く。

 すでに彼女の姿――《黒鉄丸》はどこにもなかった。

 目の前の巨大すぎる蛇。岩石で造られた全長で十数セージルもある三又の大蛇。岩の隙間から火を噴きだす怪物の中に取り込まれてしまっていた。


(こんなことまで出来るんだ)


 微かに喉を鳴らす。

 全くもって不可解な力だった。

《万天図》を一瞥すると、真ん中の蛇の中に恒力の反応があった。

 アヤメは、あの中にいるのだろう。


(これが彼女の切り札か)


 驚いたが、恐らく彼女にこれ以上の技はない。

 ならば、決着も近いということだ。


『……決着をつけようか。シキモリさん』


 コウタがそう呟き、《ディノス》が処刑刀をかざすが、三又の火蛇は、


「…………?」


 鎌首を傾げるだけだった。

 そうして、三つ首はあらぬ方向を見て反転すると、ズズズズ、と巨体を引きずってどこかに向かい始めた。


『え?』


 コウタは、目を丸くした。

 三つ首の火蛇は《ディノス》に見向きもしなかった。

 別の目的がある……と、言うよりも思考が空っぽのようだ。

 真っ直ぐ進むのかと思っていたら、森の奥で動物たちが騒ぐのを見ると、そちらの方へと方向転換する。とにかく興味がある方に進んでいるようだった。


(え? シキモリさん?)


 コウタは困惑した。

 仕方がなく、火蛇の後を追って、


『――シキモリさん! どうしたの!』


 と、声を掛けるが、鎌首を一つが振り向いて、首を傾げるだけだった。

 ズズズ、と動く蛇体も止まらない。完全に《ディノス》を無視していた。


(え? もしかして意識が無いの?)


 その可能性がよぎる。同時にマズいとも思った。

 今はまだ木々に隠されているが、こんな怪物が徘徊しているのだ。

 近くに生徒がいれば、すぐに気付くだろう。

 鎌首を大きく上に伸ばせば、遠目でも分かる。そうなれば大騒ぎだ。


(シキモリさんが気を失って制御不能なのか? 仕方がない。ボクが倒すしか……)


 と、考えたところで、コウタは青ざめた。


(いや、待てよ)


 目の前の蛇体は岩を圧縮したような姿だ。そして全身には火も噴き出している。

 なら、その中はどうなっているのか?

 彼女は、火の点いた土砂の中で埋もれている状況ではないのか?

 その場合、呼吸はどうなのか? 


 ――いや、そもそも火が灯っているのである。

 それだけで酸素はなくなり、生き物にとって猛毒とも言える一酸化炭素が……。


(――ダメだッ!)


 その考えに至った時、《ディノス》は跳躍していた。


『シキモリさんッ!』


 少女の名を叫んで、鎌首の一つに斬り掛かる!

 ――ガゴンッ!

 処刑刀は、鎌首の一つに大きく喰い込んだ。

 そこで初めて三又の火蛇は《ディノス》を敵とみなしたのだろう。

 ――シャアアアアアアアアアアアアアアッ!

 三つ首が威嚇の声を上げる。

 処刑刀を突き立てられた鎌首が身を捩じり、《ディノス》を払い落した。

 放り出されつつも、難なく着地する《ディノス》。

 対し、三つ首は揃ってアギトを開いた。


 ――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!

 三つ首が同時に炎を吐き出す。交差する炎を《ディノス》は跳躍してかわした。


『そんなに火を焚くな!』


 コウタが苛立った声を上げて、《ディノス》が刃を振るう。

 一太刀で無数の《飛刃》を繰り出した。

 三つ首の一つが直撃を受けて、大きく仰け反った。

 他の二首が怒りの咆哮を上げて、《ディノス》に喰らいつこうとする。


『うるさい!』


 再び苛立ちの声を上げるコウタ。

 二つの鎌首をまとめて《飛刃》で仰け反らせる!


『その子を返せ!』


 続けて、《ディノス》は地を蹴った。

 真ん中の首の頭――アヤメが囚われている首に処刑刀を突き立てる!

 真ん中の首が、煩わしそうに頭を左右に揺らした。


『大人しくしろ!』


 コウタは、酷く焦っていた。

 まるで囚われているのが、メルティアであるかのような焦り方だった。

 そのため、らしくもなく、コウタは隙を見せてしまった。

 ――ドンッ!


『――ッ!』


 別の首の体当たりを、モロに喰らってしまったのだ。

 処刑刀は蛇体から抜け、《ディノス》は地面にまで弾き飛ばされてしまった。

 地面に叩きつけられて、《ディノス》は何度もバウンドした。

 装甲の一部が剥がれ落ちていく。


(……ぐうッ!)


 コウタは、歯を食い縛った。

 そして再び《ディノス》を立ち上がらせた。


『……返せ』


 コウタは、険しい表情で三つ首の火蛇を睨み据えた。


『……その子をボクに返せ!』


 コウタが叫ぶ!

 その直後、《ディノス》の両眼が赤く輝いた。

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!

 悪竜の騎士が咆哮を上げる。

 そして、魔竜の力が解放された。

《ディノス》の――《ディノ=バロウス》の右腕が赤く輝き始めたのだ。

 魔竜の三つ首の一つを解放する《三竜頭トライヘッド》モードだ。

 機体に負担もかかり、暴走のリスクもあるため、《九妖星》クラスの強敵のみに使用するその力を、コウタは躊躇うことなく発動させた。


 そして――。


『……返せ!』


 紅い右腕と共に《ディノ=バロウス》は跳躍した!

 対し、三つ首の左の頭が牙を剥き、《ディノ=バロウス》を喰らおうとする――が、

 ――ガオンッ!

 さらに巨大な魔竜のアギトが、蛇の頭を容赦なく呑み込んだ。

 ――《残影虚心・顎門あぎと

 二十四回の斬撃を瞬時に繰り出す《ディノ=バロウス》の切り札だ。

 その威力は一瞬で相手を微塵に斬り裂き、魔竜のアギトをも彷彿させる。


 ――シャアアアアアアアアアアアアアアアッッ!

 火蛇は怒りの咆哮を上げて、今度は右の頭が牙を剥いて襲い掛かる!


 しかし、それさえも魔竜のアギトは容易く呑み込んだ。


 残る首は一つだ。

 少女が囚われている首。


『その子を――』


 コウタは、ギリと歯を軋ませる。


『――ボクに返せッッ!』


《ディノ=バロウス》が最後の首に迫る!

 最後の首は咆哮を上げて、《ディノ=バロウス》を迎え撃った。

 そうして――……。

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