第341話 炎と風の姫②
――ズシン、ズシン、と。
重い足音が響く。
着装型鎧機兵を纏うメルティアの足音だ。
場所は、エリーズ国騎士学校の校内。
比較的に人が少ない廊下を歩いているのだ。
彼女が歩くたびに通りがかった生徒が「おうッ!?」と跳ねあがった。
未だにメルティアのこの姿を見ると驚く生徒もいるのだ。
(……ううゥ)
鎧機兵の中でメルティアが眉をひそめた。
この好奇の視線はやはり耐え難い。
学校の校門まではアイリと零号たちが付き添ってくれたが、今は一人だ。
早く教室――コウタの元に行きたかった。
ズシン、ズシン、ズシン。
メルティアの足が少し早くなる。
午後の講習は、対人戦闘の訓練だそうだ。
大講堂で行われるという座学の講習よりは人数が限定される。これならメルティアも出られると、コウタが配慮してくれたのだ。
ただ、それでもコウタが傍にいないと不安だった。
メルティアは、そろそろ駆け出しそうな速度で廊下を進んだ。
都市伝説のごとく、廊下を疾走する重騎士の姿に、すれ違った生徒たちが「うわ!?」「なんだ!?」と目を丸くする。
しかし、メルティアは気にせずに愛しい幼馴染の姿だけを求めた。
その時だった。
「あれ?」
不意に少年の声を聞いた。
「メルティアさま、ですか?」
その声には聞き覚えがあった。メルティアは足を止める。
振り向くと、そこには赤い髪の少年騎士がいた。
『……アルフレッドさま?』
メルティアが呟くと、赤い髪の騎士――アルフレッドは「はい」と答えた。
「お久しぶりです。メルティアさま」
『は、はい』
緊張した様子で、メルティアは頷いた。
かつて、アシュレイ家に訪問した少年騎士。
若干十六歳で皇国騎士団に所属し、ハウル公爵家の次期当主でもある。
メルティアの知人であり、コウタの友人でもある人物だった。
『お、おしゃしゃしぶりです』
お久しぶりですと言いたかったのだが、やはり噛んでしまった。
着装型鎧機兵の中でメルティアの顔を赤くなる。
(こうたぁ……)
思わず幼馴染に助けを求めるが、彼は近くにはいない。
心細さで泣いてしまいそうだった。
そんなメルティアの心情には気付かず、アルフレッドは近づいてきた。
「これから講習ですか?」
『ひゃ、ひゃい!』
メルティアは、コクコクと頷いた。
『た、対人戦闘の訓練、です』
「そうですか……」
アルフレッドは、少し残念そうに眉を寄せた。
『ア、アルフレッドさまも、講習に参加を?』
「いいえ」アルフレッドはかぶりを振った。
「出来れば、僕も見学したいところですが、これから僕は王城に向かうところなんです。エリーズ国の国王陛下にお会いしに行くところです」
『……そ、そうですか』
メルティアは、鎧機兵の中で眉根を寄せた。
『それは残念です。その、コウタも、きっと、アルフレッドさまと一緒に、訓練をしたかったと思います』
「ええ。僕も時間に余裕があれば是非とも参加したかったのですが」
そこで、アルフレッドは少し苦笑を浮かべた。
「しかし、メルティアさまは、本当にコウタのことを大切に想われているのですね」
『当然です』
そこは噛まずに、メルティアは即答した。
『コウタは、私の幼馴染ですから』
「……幼馴染、ですか」
揺るがないメルティアに、アルフレッドは嘆息した。
「コウタが羨ましいな。メルティアさまは体こそ大きいけど、中身は本当に可愛い女の子じゃないか。それに比べて彼女は……」
『……アルフレッドさま?』
ブツブツと呟くアルフレッドに、メルティアが小首を傾げた。
『どうかしましたか?』
「え?」
アルフレッドは顔を上げた。
「あ、い、いえ。何でも……」
と、呟いたところで、
「そうだ。メルティアさま。一つよろしいでしょうか」
『は、はい。何でしょうか?』
「コウタには昨日、自己紹介程度で伝えたんですけど、今回の交流会。実は僕の幼馴染も参加しているんです」
『え? そうなのですか?』
メルティアは目を丸くした。それはまだコウタから聞いていなかった。
アルフレッドは「はい」と頷く。
「アンジェリカ=コースウッドという生徒です。生徒会長を務めています」
『せ、生徒会長ですか?』
それはまた随分と凄い幼馴染だ。――いや。《七星》の一人の幼馴染なのだから、むしろそれぐらいの肩書はあって当然なのかもしれない。
アルフレッドは「はい」と再び頷いた。
「僕の親戚でもあって、ちょっと……うん。ほんのちょっとだけ勝気な女の子なんです」
一応、分類としては勝気になるとは思う。
自分で自分を、そう納得させる。
「少し気負い過ぎる子でもあるんで、出来れば気をかけてやって欲しんです。コウタやジェイク、リーゼさまにもお伝え願えますか?」
『は、はい。分かりました。ですが……』
着装型鎧機兵が、口元を押さえて、ふふっと笑う。
『幼馴染さんが心配なのですね。もしかして、アルフレッドさまは、その人のことがお好きなのですか?』
自分とコウタに重ね合わせて、メルティアがそう尋ねる。と、
「…………え?」
アルフレッドは目を剥いた。
「……す、好き? 僕がアンジェのことを……?」
次いでそう呟き、自分の口を片手で覆った。
メルティアが不思議そうに少年を見つめていると、彼はダラダラと汗を流し始めた。
顔色まで青ざめている。
「……アンジュは確かに可愛い。凄く綺麗な子だ。けど、仮に、彼女と付き合うとなると僕の、僕の胃は……」
『……アルフレッドさま?』
メルティアが声を掛けると、アルフレッドはハッとして顔を上げた。
「い、いや、大切には思ってますけど、彼女とはそんな間柄ではありませんよ」
どこか怯えたような声でそう告げる。
続けて。
「と、とにかく、彼女が気負い過ぎないように声を掛けてくれると幸いです。では、僕は王城に向かいますので」
アルフレッドは口早にそう言って、メルティアに一礼。背を向けて歩き始めた。
メルティアはしばらくアルフレッドの背中を見つめていた。
どうやら、彼はあまり幼馴染と親しくなさそうだ。
『……人には色々あるのですね』
幼馴染なのに仲が悪い。そのことにいまいち実感が持てない。
まあ、他所は他所ということだろうか。
幼馴染といっても、誰もが自分たちのように成れる訳ではない。
自分たちのように愛を育めないケースもあるのかもしれない。
(まあ、気には掛けておきますか)
メルティアは、自分の幼馴染を探して再び歩を進めるのだった。
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