第三章 歓迎
第336話 歓迎①
――日々は過ぎて。
アノースログ学園一行の旅は、順調に進んでいた。
一学年とはいえ、四クラス。その人数は百名を超える。
アルフレッドが率いる騎士団の面々と教師陣も含めれば、百三十にも届くだろう。
それほどの大人数の移動だ。
宿泊も想定している大きな馬車が列をなして公道を進む。
何十台も続いて列を成す豪華な馬車群の移動は、中々に荘厳である。
騎士たちは一台につき四人、護衛についていた。馬に乗って並走している形だ。
アルフレッドは、先頭の馬車に並んで進んでいた。
生徒会長であり、二学年の代表でもあるアンジェリカが乗る馬車だ。
エリーズ国までの道程は、馬車で二日半ほどの距離だ。
すでに一日が過ぎている。
昨晩は、久しぶりにアンジェリカと会話する機会があった。
隣を進むこの馬車内に招かれたのだ。
しかし、
『相変わらず愚図ね。アルフレッドは』
『そんな心構えでいいと思っているの?』
『まったく。ミランシャお姉さまも大変だわ』
ことごとくダメ出しをされた。
アンジェリカは、やはりアンジェリカなのだと改めて思った。
勝気で、アルフレッドを振り回していた少女。
初めて出会ったあの頃から、全く変わっていない。
『……君も、リーゼさまぐらい優しかったら……』
『……誰よそれ』
思わず比較するように呟いてしまった隣国の公爵令嬢の名前に、アンジェリカが額に青筋を立てる場面もあった。
ただ、少しだけ、幼馴染の近況も聞くことは出来た。
まずは、生徒会室で出会った二人の少女。
フラン=ソルバと、アヤメ=シキモリ。
アンジェリカと同じ二学年でありながら、生徒会を担う少女たち。
彼女たちとは、学園で出会ったらしい。
伯爵家のご令嬢であるソルバさん。
ソルバ伯爵家は、ハウル公爵家や、コースウッド侯爵家相手では、流石に比較にはならないが、優れた騎士を多く輩出する武門で有名な名門だ。礼節を重んじる武門のご令嬢らしく、彼女はとても礼儀正しかった。性格も穏やかで、親しみやすい女性でもある。
もう一人。シキモリさんは貴族でないそうだ。
貴族の子弟に仕える従者。主人と共に勉学を学び、護衛も兼ねる者たち。
アノースログ学園においては、
彼女の主家はダラーズ家。男爵家らしい。
聞いたことのない家名だった。
アンジェリカ曰く、爵位こそ持っているが、本当に小さな家らしい。
けれど、シキモリさんが優秀なのはすぐに気付いた。
立ち姿などが実に洗練されているのだ。勉学においても一流だが、それ以上に武芸にこだわりを持つアンジェリカの琴線に触れる少女なのだろう。
アンジェリカは、わざわざダラーズ家と交渉して、彼女を生徒会の要職として借り受けているとのことだった。卒業後は、さらなる交渉をして、彼女を自分の従者にしたいとも考えている素振りもある。
――コースウッド家の《絢爛美姫》は、強く美しき少女を好んで傍に置く。
そんな噂があることを、アルフレッドは思い出した。
噂の真偽はどうあれ、アルフレッドにはとても厳しいアンジェリカも、彼女たちには一目置いているようで、かなり親しいのが分かった。
(アンジュにも友達がいるんだ)
そのことには、少しホッとする。
これでも幼馴染のことは、密かに気にかけていたのだ。
アンジェリカは実力、容姿ともに群を抜いている。二学年でありながら、名門であるアノースログ学園の生徒会長を務めるほどだ。
しかし、突出した能力は孤立を招くこともある。アルフレッドもまた、在学中は孤立していたような感じがあった。だから、彼女も同じような状況になっていないか、少し不安だったのだが、それは杞憂だったようだ。
(まあ、それを口に出すと絶対に怒られるだろうけど)
内心で苦笑する。
ともあれ、彼女は素晴らしい生徒会長のようだ。
文武両道で知られ、公平明大。教師陣、学生たちからも信頼厚い。
まさしく、非の打ち所がない人物像だった。
ただ、アルフレッドには厳しい。アルフレッドだけには厳しい。
とても厳しいのである。
(…………)
――パカパカ、と。
馬の蹄が鳴る。
アルフレッドは、思わず溜息をつきそうになった。
「……本当に、もう少しだけ、リーゼさまみたいに優しければ……」
代わりに、そう呟いた。
そんな少年の様子を、密かに見つめている者がいた。
アンジェリカ当人である。
彼女は馬車の中から、彼の様子を窺っていた。
カーテンで閉じられた馬車の窓を、少しだけカーテンを押し開けて、こっそりと覗いているのだ。馬車内にはフランとアヤメの姿がある。
「……ちょっと、アンジュ」
馬車のドアに張り付く生徒会長に、フランが顔を強張らせた。
アヤメの方は、相変わらずの無表情でいる。
「や、やめなさいよ。それは……」
「ま、また言った……」
一方、アンジェリカは頬を貼りつけたまま呟く。
「また、『リーゼ』って言った……」
「え?」
フランは目を瞬かせた。
「き、聞こえるの? 外の声が? どんな耳をしてるの?」
「違うわよ」
顔を向けようともせずに、アンジェリカは答える。
「アル君の唇を読んだのよ」
「凄いことを言い出した!?」
「そんなことより!」
アンジェリカは、ガバッと振り返った。
「誰なの!? 昨日も言ってた『リーゼ』って女はッ!?」
「いや、聖女さまのことじゃないの?」
「聖女さまのお名前は『ユーリィ』よ! 『リーゼ』なんて聞いたこともない!」
アンジェリカは涙目で、フランの両肩を掴んだ。
フランは「ひいッ!」と息を呑んだ。
アヤメは、無言のまま制止できる位置にまで近寄る。
しかし、その心配は無用だったようだ。今回はフランの頭を揺さぶらない。
ただ、崩れ落ちるのを堪えるように、友人に寄り掛かる。
「『リーゼ』って誰よ! アル君の何なの!」
「い、いや、アンジュに分からないのなら、私にも分からないよ」
フランとしては、そうとしか答えられない。
隣に立つアヤメは変わらず無言だ。色恋沙汰に一切興味がない顔である。
アンジェリカは青い顔で呟く。
「……同僚の騎士なの? 皇国騎士団の女性騎士は九十八人……該当者は五人。けど、アル君とは接点なんかないわ。全員、歳もかなり離れているし、家系的にも、公爵家であるアル君が『さま』付けで呼ぶような相手じゃない……じゃあ一体……」
「ア、アンジュ? あなた……」
フランは、青い顔で喉を鳴らした。
「まさか、皇国騎士団のメンバーを全員憶えているの……?」
「女性騎士だけよ。敵を知るのは戦術の基本じゃない。けど、ハウルの白狼や黒犬は男所帯だし、一体、誰なのよ……」
アンジェリカの顔色は、ますます蒼白になっていた。
「『リーゼ』って一体、誰なのよ――ッ!」
少女の叫びが、車内に響くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます