第295話 黄金の魔王⑤

 ゆらり、と。

 黄金の鎧機兵が、断頭台を振り上げた。

 そのまま、大きく上半身を捩じる。

 まるで弓を張る矢のごとく。

 ギリギリ、と人工筋肉の軋む音が聞こえてきそうな構えだ。

 そして――雷音が轟く!

《金妖星》は砲弾のような勢いで間合いを詰めた。

 繰り出される横薙ぎの一撃。《ディノ=バロウス》は処刑刀で刃を受け止めた。

 ――しかし。


(……ぐッ!)


 断頭台の一撃に、《ディノ=バロウス》の巨体は浮き上がった。

 続けて、そのまま《金妖星》は半回転。《ディノ=バロウス》を投げ飛ばした!


『――クッ!』


 コウタは舌打ちし、《ディノ=バロウス》に着地させた。

 海岸の砂を両足が大きく抉る。と、

 ――ズドンッ!

 直後に間合いを詰めた《金妖星》の左拳で頭部を殴られた!

 水の防御の上からでも響く重い拳だ。《ディノ=バロウス》は大きく仰け反った。

 そこへ断頭台が一閃する。それはリノが水球の盾を生み出して防いでくれたが、《ディノ=バロウス》は再び吹き飛ばされてしまった。


(――重い!)


 一撃の重みが、先程までと比ではない。

 速度・威力共に跳ね上がっている。

 何よりも刃には明確な殺意が乗っている。それが一撃を重く、鋭くしていた。

 恐らく水球以外の防御では、リノの海さえも突破する威力だろう。

 しかも――。

 ――ガギンッッ!

 一瞬の間もなく襲い来る断頭台の刃。

 咄嗟に処刑刀で受け止めるが、断頭台はまたしても《ディノ=バロウス》を処刑刀ごと薙ぎ払った。直撃を防いでも吹き飛ばされてしまう。


 まるで嵐に呑み込まれた小舟のようだ。

 一撃ごとで完全に翻弄されてしまっている。


『……くそッ!』


 コウタは表情を険しくした。

 殺意を宿しただけで、ここまで変わるとは……。

 改めて思う。

 やはり、あの男は自分よりもまだ格上なのだと。


『どうした?』


 ラゴウが告げる。


『先程までの勢いはどこに行った?』


 ズシンと、断頭台を肩に担いで《金妖星》が歩き出す。


『……く』


 コウタは、下唇を噛みしめた。

 ――このままだとまずい。

 強敵には色々とあるものだが、こういった自力で勝る相手が最も厄介だった。

 時間が経てば経つほどに、自力の差が重くのしかかってくる。


(……短期決戦で行くか)


 しかし、どうやって格上のあの男を出し抜くか。

 ――と、考えていた時だった。


「……コウタよ」


 リノが、語り始める。


「わらわに策がある」


「……策だって?」


 コウタは、視線は《金妖星》から外さずリノに尋ねる。


「どんな策を思いついたの?」


「うむ。それはな――……」


 そうして、リノは語る。

 注意はラゴウに向けたまま、コウタはリノの声に耳を傾けた。


「……という策じゃ」


「……なるほど」


 コウタは首肯する。


「けど、初めてすることだけど出来るの?」


「恐らくだが、可能じゃろうな。認めるのは癪ではあるが、ギンネコ娘の技術は相当なもののようじゃからの」


 言って、リノは自分の額のティアラを、こつこつと指先でつついた。


「しかし、コウタ。この策を行うには、わらわは集中せねばならぬ。その間、お主の援護は一切できぬし、水の防御膜もハリボテ同然になるじゃろうな」


「ははは」


 コウタは笑った。


「大丈夫だよ。元々《偽物の炎エフェクトフレア》――いや、リノの場合は《偽物の水エフェクトアクア》になるのかな? ともあれ、これは見た目だけのハリボテみたいなものだってメルも言ってたし。援護できないなんて気にしないで。それに――」


 そこで真っ直ぐな眼差しで近づいてくる《金妖星》を見据える。


「君を奪うと言ったんだ。ボクはボクで、あの男にボクの力を見せる必要がある」


「……そうか」


 リノは微笑む。

 そして、ぎゅうっとコウタの背中を抱きしめる。


「ならば、意地を見せんとな」


「うん。分かっている」


 コウタは頷いた。


「頑張るのじゃぞ。コウタよ」


「うん。頑張るよ。リノ」


 リノの声援を受けて、コウタは操縦棍を強く握りしめた。

 そして――《ディノ=バロウス》が跳躍する!

 小細工はしない。

 ただ、真っ直ぐ《金妖星》に向かって飛翔する!

 対する《金妖星》も逃げることはない。

 ――ギィンッッ!

 二機の刃が交差した。

 そのまま鍔迫り合い。火花が散る。

 両者は互いの刃を弾いて、後方に間合いを取った。


『――ふっ!』


 コウタは小さな呼気を吐くと、追撃に出た。

 流麗な太刀筋で処刑刀を繰り出す《ディノ=バロウス》。

 横薙ぎに、袈裟斬り。さらには斬り上げ。

 その連撃は留まることを知らない。

 極大の斧槍と、処刑刀。

 連撃に向き不向きという武器の差もあり、《金妖星》は防戦となった。

 しかし、それだけで打ち倒せる《金妖星》ではなかった。


『――むうん!』


 ラゴウの覇気と共に、《金妖星》は断頭台を大きく横に振るった。

 処刑刀は弾かれ、《ディノ=バロウス》は後退を余儀なくさせられた。

 そこへさらに一撃。

 振り下ろされる断頭台。《ディノ=バロウス》は刃を刀身で受け、軌道をわずかに反らして地面へと受け流した。

 粉砕される砂浜。濛々と砂煙が舞い上がる。

 そして――。


『――行くぞ! ラゴウ!』


『――来い! 小僧!』


 砂煙を切り裂いて。

 再び刃を重ねる二機。

 それは一度ではない。二度、三度を繰り返された。

 立ち止まったまま、一歩も引かない。

 互いに闘技も一切使わない。

 まさしく、純粋な技量比べだった。


『――ハアアアァァ!』


 コウタが裂帛の気迫を吐き、


『――フハハ、フハハハハハハハハハッ!』


 ラゴウが哄笑を上げる。

 幾度も宙を切り刻む二つの刃。

 流石というべきか、《金妖星》は不利な間合いでありながら、断頭台の刃と柄を巧みに扱い、剣の間合いで《ディノ=バロウス》と渡り合っていた。

 ――ギィンッッ!

 処刑刀と断頭台が、無数の火花を散らす。

 時折、よけ損ねた刃が装甲を削り、金属片が舞い散った。

 処刑刀の鋭い横薙ぎを、断頭台の柄が受け止め、断頭台の重い振り下ろしを、処刑刀が受け流す。両者の攻防は拮抗していた。

 そうして、剣戟音が三十を超えた時か。


『……クッ!』


 ――バキンッ!

 限界を迎えたのは、質量で劣る処刑刀の方だった。

 刀身が半ばから折れて宙を舞い、遥か後方で砂浜に突き刺さった。

 ラゴウがニヤリと笑い、コウタは表情を険しくする。

 ――と、その時だった。


「――コウタ!」


 リノが叫ぶ。


「準備は出来た! 間合いを取るのじゃ!」


 その指示に、コウタは即座に応えた。

《ディノ=バロウス》が、折れた処刑刀で刺突の構えを見せたのだ。

 折れた刃など本来ならば恐れるものではない。

 だが、ラゴウの背筋には悪寒が走った。


(……むう!)


 反射的に《金妖星》は身構えた。

 断頭台の刃を盾にして、刺突の軌道を遮った。

 その直後のことである。

 ――ズンッ!


『……ぐうッ!』


 刃越しに伝わる衝撃にラゴウは目を瞠った。

 その上、衝撃は《金妖星》の巨体を凄まじい勢いで押し出した。

 浜辺に二本の火線が引かれていく。

 ――《黄道法》の放出系闘技・《極天印》。

 恒力を刀身のみに収束させて円筒状に圧縮した刺突。

 コウタ独自の闘技の一つだ。

 それを折れた処刑刀で繰り出したのである。

 威力は必殺。

 近距離からならば、並みの鎧機兵なら粉砕できる。

 しかし、防御されたため、《金妖星》に損傷を与えるほどではなかった。

 威力は徐々に落ち、《金妖星》の後退も止まった。


(けど、これで充分だ)


 コウタは双眸を細めた。

 すると、

 ――ズズンッ!


『――なにッ!』


 突如、《金妖星》の足元から巨大な水柱が噴き出したのだ。

《金妖星》の巨体が宙に浮き上がる。

 さらに、水柱は他の場所からも噴出した。

 それらは円の形を取り、《金妖星》を包み込んだ。


(これは姫の水か!)


 ラゴウは舌打ちする。

 しかし、これは悪竜の騎士が纏う水ではない。

 恐らくは本物の海水だ。

 悪竜の騎士の水自体はごくわずか。海水の表面を覆う程度だろう。そのわずかな水だけで彼女は海流を操って見せたのだ。


(流石は姫。見事なものだ)


 巨大な水球の中に《金妖星》は閉じ込められてしまった。

 全方位からかかる圧力で《金妖星》の機体はその場に留められている。

 その姿は、まるで数本の柱で支えられた円球の水槽のようだった。

 だが、巨大とはいえ、圧力自体は深海には程遠い。

 これだけで重装型の《金妖星》を押し潰すなど不可能だった。


(狙いは浸水か?)


 ラゴウは、眉根を寄せた。

 それも考えにくい可能性だった。

 水が鎧機兵の天敵といっても、胸部装甲の隙間もそれなりに密封されている。数分で水没するほどでもない。

 いささか虚は突かれたが、一分もあれば脱出するのは難しくもなかった。

 だとすれば、他に考えられる狙いは――。


(数秒でも吾輩の動きを拘束することか?)


 ラゴウは悪竜の騎士に目をやった。


(……ほう)


 そして、双眸を細める。

 何故なら、悪竜の騎士の姿が変貌していたからだ。

 全身を覆っていた海は消えている。

 代わりに竜頭を象った両腕が、赤く輝いていた。

 かつて見たことがある光。赤熱発光だ。

 悪竜の騎士は、真紅に染まった両腕で処刑刀を握りしめていた。

 処刑刀もまた、赤く発光していた。

 それも、ドロリと表面が溶解するほどの発光だ。


(やはり大技を繰り出す気か!)


 そのための拘束。

 溜めのいる大技を繰り出すための時間稼ぎだ。

 さらに目的を挙げるのならば、確実に《金妖星》に切り札をぶつけるためか。 

 悪竜の騎士は、左手を柄から離すと、ズンと力強く踏み込んで、赤い処刑刀を大きく振りかぶっていた。

 ラゴウは渋面を浮かべた。


(……これはやむ得んな)


 水球の檻から脱出するには、まだ時間がかかる。

 いかなる闘技かは分からないが、今さらあの技を止めることは不可能だろう。

 ならば、ここは受け切るしかない。

 ――グググ、と。

 水球の中で《金妖星》は身構えた。

 柄を強く掴み、再び断頭台の刃を盾にする。さらに全身からは膨大な恒力を噴き出して簡易の防御膜とする。水球が大きく振動した。


(さあ、来るがよい。小僧よ)


 ラゴウは不敵に笑った。

 あの構え。恐らくは投擲のはずだ。

 威力の程は分からないが、先程の闘技以上なのは間違いない。


(だが、それでも本気で防御に徹した《金妖星》を貫けるとは思わぬことだ)


 正面から受け切る。

 それを耐え抜き、この水球から脱出する。

 この危機は好機でもある。

 この場さえ切り抜ければ一気に戦況は有利に傾く。

 ラゴウはそう睨んでいた。

 そして――。

 ――ゴウッ!

 悪竜の騎士の手から、赤い処刑刀が解き放たれた!

 その速度はまるで流星だ。

 だが、その瞬くような時間に、ラゴウは気付いた。


(し、しまった!)


 これが闘技ではないことに。

 赤い流星は《金妖星》に衝突する――前に。

 


(やってくれたな! 小僧! そして姫よ!)


 ラゴウは歯を喰いしばった。

 同時に愛機には、恒力を限界まで噴き出させた。

 せめて防御膜を可能な限り強化する。

 視線だけで見やると、悪竜の騎士も防御の構えを取っている。

 そうして、一瞬後――。

 大爆発が起きた。

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