第270話 こっそり隠れてネコを飼う③

(リノ、大人しくしてくれてるかな?)


 コウタは急いでいた。

 手には、パン等を入れたバスケットを手にしている。

 リノのための朝食だ。

 厨房に寄って、メイドさんに用意して貰ったのである。

 そのため、予定よりかなり遅れてしまった。

 飽きっぽい彼女が、いつまでも部屋にいてくれる保証などない。


 コウタは、さらに急いだ。

 ただ、この時間差のおかげで、リノとコウタの両方が部屋に不在だった時間が生まれ、部屋に訪れたメルティア達の調査を一旦回避できたのだが、それは、コウタには知る由もないことだった。

 ともあれ、コウタは部屋に到着した。

 周囲に目をやって人がいないことが確認してから、ノックする。


「ボクだよ。リノ」


 そう声をかけると、「うむ。入ってよいぞ」と声が返ってきた。

 リノの声だ。

 居てくれた事にホッとしつつ、コウタはドアを開いた。

 続けて、中に入る。

 部屋の様子は出た時と、ほとんど変わっていない。出かけた時は比較的に上機嫌だったリノが、今は不機嫌そうに、ソファーに座っていること以外は。


「ごめん。やっぱり待たせた?」


 待ちくたびれて不機嫌になった。

 コウタはそう思ったが、リノは「いや」とかぶりを振った。


「そのことでは怒っておらん」


 そう言って、リノはソファーの上で足を組んだ。

 やはり、仕草一つ取って妖艶さがある。

 コウタとて男などで一瞬ドキッとするが、美貌においては彼の幼馴染も負けていない。メルティアで散々耐性をつけたコウタは、すぐに平常心を取り戻す。


「何かあったの?」


 彼女の傍に近づきつつ、首を傾げて尋ねると、


「……コウタよ」


 リノは、渋面を浮かべて問うた。


「わらわは、おっさんに見えるのかの?」


「……へ?」


 ソファーの傍のテーブルにバスケットを置き、コウタはキョトンした顔をした。


「え? 何の話?」


「いや、うむう」


 リノは、言葉に迷っているようだ。

 コウタは再び首を傾げた。


「よく分からないけど、リノがおじさんに見える訳ないじゃないか」


「……うむ。そうじゃな」


 意外と気にしているリノだった。

 しかし、少し暗かった表情もそこまでた。

 コウタの言葉に、ぱあっと笑顔を輝かせる。


「それよりも腹が減ったぞ! コウタ!」


「うん。食事にしよう」


 コウタは頷くと、リノの隣に座った。

 そして、バスケットの中の物を取り出す。

 焼きたてのパンに、紅茶の入った魔法瓶だ。

 ティーカップのセットもある。

 コウタは、リノのために紅茶をティーカップに注いだ。

 リノは注がれた紅茶を手に取り、香りを堪能する。


「ふむ。良い香りじゃ」


 笑みを零す。


「上質な逸品じゃな。流石は王城の茶といったところかの」


「はは。そうだね」


 コウタは、苦笑いする。

 コウタには、紅茶の香りの味の違いはそこまで分からない。


「ともあれ、召し上がれ」


 コウタはそう告げた。

 対し、リノは「うむ! そうじゃな!」と笑顔を見せる。

 そして紅茶をテーブルに置くと、


「それでは食べさせてくれ」


 言って、小さな口をコウタに向けて開けた。


「……え」


 コウタの目が点になる。


「何だかんだで待ったからの。この程度の我儘はよかろう」


「え? リ、リノ?」


 コウタは困惑するが、リノは、それ以上は喋らない。

 ただ、口を開けてコウタの動きを待っている。


(う、う~ん)


 コウタは少し迷ったが、リノを待たせたのは確かな事実であり、こういった事は幼馴染でなれている。


「分かったよ」


 そう言ってパンを千切り、彼女の口に持っていった。

 リノはモグモグと口を動かして咀嚼する。

 そして、すぐに口を開いた。

 コウタは再びパンを彼女に食べさせる。それを繰り返した。

 何というか、まるで子猫に餌を上げている気分だ。


(こういうところも、リノってメルに似ているんだよな)


 ついリノに甘くなるのも、それが多少なりとも影響しているのかもしれない。

 ともあれ、十分もしない内に食事は終えた。

 リノは満足げに笑うと、紅茶で喉を潤していた。

 コウタは、しばし彼女の横顔を見ていたが、


「ところでさ。リノ」


 コウタは話題を切り出した。

 ある意味、昨日から聞こうと思っていた本題だ。


「どうしてリノがこの国にいるの?」


 再会できたことは嬉しい。

 しかし、どうして彼女がこの国にいるのか分からない。

 すると、リノは、にぱっと笑って。


「そんなもの、コウタがここにおるからに決まっておろう」


「う、うん。まあ、そうなんだろうけど……」


 アティス王国は小国だ。

 しかも、セラ大陸から遠い異国である。

 わざわざ《黒陽社》の大幹部が、足を運ぶ地とは思えない。


「まあ、実際のところ、今のわらわは休暇中での。コウタがこの国にいると聞いて来たという訳じゃな」


「そ、そうなんだ」


 コウタは生返事をする。

 犯罪組織と言っても一応は企業ということか。休暇は存在するらしい。


「それに、この国にはもう一つ来なければならない理由があったからの」


「え? もう一つの理由」


 コウタが眉根を寄せる。と、


「わらわがこの国に来たもう一つの理由は」


 一拍おいて、彼女は満面の笑みと共に宣言した。


「コウタの兄上にお会いするためなのじゃ!」


 一拍の間。


「…………え」


 コウタは、茫然とした。

 対し、リノは妖艶に笑う。


「《双金葬守》アッシュ=クライン。かの最強の《七星》の名を、わらわが知らぬとでも思っておるのか?」


「え、いや」


 コウタは、言葉を詰まらせる。

 確かに、兄は《七星》の一人だ。彼らに相対すると言われる《九妖星》の一人であるリノなら、当然、その名前は知っているだろうが……。


「けど、ちょっと待って! じゃあ、リノって兄さんに会いに来たの!?」


「うむ! その通りじゃ!」


 そして、リノは当然のように告げるのであった。


「わらわはコウタの正妻じゃからな、義兄上にご挨拶するのは当然であろう!」

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