第七章 《煉獄》の鬼
第257話 《煉獄》の鬼①
「……メル」
コウタは、手を繋ぐメルティアに声をかけた。
「……怖い?」
「いえ。大丈夫です」
メルティアは微笑む。
「コウタが傍にいますから」
「……うん」
コウタは頷くと、視線を兄に向けた。
すると、兄の前方で転移陣が輝いた。
「ッ! あれが……」
コウタは、目を見開く。
転移陣から現れたのは、一機の鎧機兵だった。
漆黒を基調にした異形の鎧。甲殻類の背中を思わせる手甲。
獅子のような白い鋼髪を持ち、額から二本、後頭部にさらにもう二本生やした、紅水晶のような四本角が特徴的な鎧機兵だ。
鋭い牙が重なり合って閉ざされたアギトは、まるで鬼のような風貌である。
「兄さんの愛機。《朱天》か」
闘神とも謳われる《七星》最強の機体。
その名声に違わない、恐ろしいまでの威圧感を放っていた。
兄が乗り込むと、鬼の両眼が輝いた。
対峙しただけで射すくめられるような圧だ。
コウタが微かに喉を鳴らす。と、
「……コウタ」
メルティアがギュッと手を握りしめて告げた。
「……私達も」
「……うん。行くよ。メル」
言って、コウタは腰の短剣に手を添えた。
「来い。《ディノス》」
愛機の名を呼んだ。
そしてコウタの前でも転移陣が輝く。
出てくるのは、処刑刀を携える、黒と赤で彩られた竜装の鎧機兵。
コウタの愛機・《ディノ=バロウス》だ。
(……《ディノス》)
コウタは、これまで幾つもの試練を共にくぐり抜けてきた相棒に告げる。
(今日の戦いは、きっと今まで以上になる。頼むよ)
相棒は何も答えない。
けれど、想いは確かに伝わった気がする。
「行こう。メル」
「はい。コウタ」
そうしてコウタ達は《ディノス》に乗り込んだ。
(行くよ。《ディノス》)
コウタは、緊張した面持ちで愛機の操縦棍を握りしめた。
そして、ズシンと。
ゆっくりとした歩みで、兄の乗る《朱天》に近付いていく。
兄は、何も言わず待っていてくれた。
『お待たせしました』
剣の間合いに入ったところで、《ディノス》は足を止める。
コウタは自分の相棒の名を兄に告げた。
『これがボクの愛機、《ディノ=バロウス》です』
すると意外な回答が返ってくる。
『おう。知ってるさ』
『……え?』
コウタは目を丸くする。
コウタの背中に寄り添うメルティアも同様だ。
「もしかして、ルカから聞いていたのではないでしょうか?」
「うん。そうなのかな?」
コウタは率直に兄に尋ねた。
『ルカから聞いてたんですか?』
『まあ、それと似たようなモンだな』
と、兄はどこか皮肉げな様子で答えた。
少し疑問に残ったが、あまり気にすることでもないだろう。
(今はそれよりも)
コウタは面持ちを引き締める。と、
『さて、と』
おもむろに兄が呟いた。
同時に号砲が轟いた。
《朱天》が胸部装甲の前で両の拳を叩きつけのだ。
『《七星》が第三座、《朱天》――《双金葬守》アッシュ=クラインだ』
兄が名乗る。
コウタは警戒する眼差しを向けた。
兄は言葉を続けた。
『色々とダメな俺だが、それでも今のお前の気持ちぐらいは分かっている。だが、今の俺は極星の名も背負っているんだ。言っとくが手加減はしねえぞ』
『分かっています』
コウタは、頷いた。
それに呼応して《ディノス》もまた力強く頷く。
『手加減は一切無用です。それでは、ここで挑む意味がない。もちろん、ボクと――メルも全力を尽くします』
そう告げるなり、《ディノス》は処刑刀を横に薙いだ。
(……うん)
自分でも納得のいく脱力だ。
背中を支えてくれているメルティアのおかげか。
自分は今、驚くほどに自然体でいる。
『改めて名乗ります』コウタは告げた。『エリーズ国騎士学校二回生、コウタ=ヒラサカです。愛機の名は《ディノ=バロウス》。そして……』
そこで一度言葉を止める。
脳裏にはこれまでの日々が蘇っていた。
『……あの日から』
――そう。あの炎の日から。
コウタの口から、想いが溢れ出てくる。
『あの炎の日から、ボクも色々な人に出会い、色々なモノを背負いました。その中にはボクに二つ名を贈った人間もいました』
あの男のことも思い出す。
初めて出会った高い壁。自分を遙かに超える男。
「……ほう。二つ名か」
と、これはオトハの声だ。
コウタは視線を女性に向ける。
肘に手を当てて腕を組む彼女は、軽く驚いている様子だった。
『……そうなのか』
兄の方も、少し驚いていた。
だが、それも当然なのかも知れない。
十代で二つ名を持つのは、かなり稀だ。名乗っていても自称が多いと聞く。
(ボクもアルフ以外じゃ知らないし)
そう思っていると、
『一体どんな二つ名なんだ? 誰から贈られたんだ?』
兄が尋ねてきた。
「……コウタ」
「……うん」
コウタは少しだけ困った表情を見せた。
『贈られた名は《悪竜顕人》。意味は《悪竜》を現世に顕現させた者。重々しくて気恥ずかしいんですけどね。そして、ボクにその名を贈ったのは――』
自分が知る最強の男。
緊張と警戒を共に、あの男の名を告げる。
『ボクが初めて戦った《九妖星》。《金妖星》ラゴウ=ホオヅキです』
数瞬の沈黙。
オトハは、大きく目を剥いた。
そして兄は、
『……そうか』
ポツリ、と呟いた。
『……あのクソジジイとは、すでに遭っているって、シャルから聞いていたが、まさか他の《妖星》とも遭遇してたのか?』
それはもう、しょっちゅう遭遇している。
全員で九人いるらしい《妖星》の内、すでに三人と面識がある。
すれ違いレベルなら《地妖星》も含めて四人である。
いつか全員と遭いそうで嫌だった。
『ボクとしては、あまり遭いたくないんですけど』
これは素直な想いだ。
あんな怪物達には遭いたくない。
ただ、仇であるあの男と、彼女だけは例外だが。
(リノは今、どこにいるのかな?)
そう思っていると、
「……コウタ」
不意に、メルティアがギュッとコウタの腹筋をつねってきた。
コウタが何を考えているのか、気付いたのだろう。
「……またあのニセネコ女のことを考えていましたね」
「え、あ、いや、その……」
鋭すぎる幼馴染に、コウタが口ごもっていると、
『ははっ、そいつは同意見だ』
アッシュが笑った。
一瞬、コウタはキョトンとしたが、《九妖星》との遭遇率を語ったようだ。
どうも、兄も似たような遭遇率らしい。
「流石はコウタのお兄さまですね」
「いや、まあ、ボクもそう思うけど」
コウタも笑う。
兄に、とても、よく似た笑顔で。
『けど、ボクはこの名を受け取りました。この名は最強を目指すボクの覚悟です』
コウタは、告げた。
『ボクの名は《悪竜顕人》コウタ=ヒラサカ。たとえ、あなたであっても、容易くあしらえるなんて思わないでください』
伊達や酔狂で、この二つ名を名乗っている訳ではない。
この名には誇りと共に、覚悟を込めていた。
『……おう。そうだな』
兄は、真剣な声色で応えてくれた。
そして――。
『そんじゃあ、始めようとすっか。《悪竜顕人》』
『……はい』
コウタは頷く。
あの男さえ超える高い壁。
それに挑む時が、遂に訪れたのである。
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