第一章 ハウル公爵家

第198話 ハウル公爵家①

 その時、庭園は静寂に包まれていた。

 時刻は朝。午前七時頃。

 鳥達が目覚めの歌を奏でる平穏な時間帯だ。

 しかし、庭園を覆う空気は平穏にはほど遠い状況だった。


「「「……………」」」


 純白の兵服を着た兵士達が、それぞれ木剣と手に緊張した表情を見せていた。

 兵士の数は三人。彼らは円を描くように間合いを計っている。

 そして円の中央――彼らに対峙するのは一人の少年だった。

 年齢は十五歳。黒髪黒目が印象的な少年。

 エリーズ国騎士学校の黒い制服を身に纏い、借りて貰った木剣を自然体で携える騎士候補生――コウタ=ヒラサカだ。

 白い兵士達はずっと彼の隙を窺っていた。

 すると――。


「動きがないようでしたら、こちらから行かせてもらいます」


 不意に少年が宣言した。

 そして兵士の一人に向かって加速する!

 だが、決して速くはない。まるで倒れ込むような重心移動。


「――なにッ!」


 気付いた時には兵士の目の前に少年がいた。

 兵士は反射的に木剣で薙ぎ払おうとするが、その前に木剣の柄で殴打された。

 腹部を貫く鈍痛。兵士は苦悶の表情を浮かべてその場に膝を突いた。


「――チイ!」「おのれ!」


 兵士の仲間達が舌打ちする。

 続けて悠然と立つ少年に二人がかりで斬り込んでいくが、


「――ッ!」「クッ!」


 二人して冷たい汗を流し始めた。

 二人がかりの剣戟を木剣一本で悉く捌かれているのだ。

 しかも剣戟に衝撃を感じない。

 まるで、風にでも打ち込んでいるかのように手応えがないのである。

 ――二人分の斬撃を完全に受け流されている。

 その事実に兵士達も青ざめ始めた。


「化け物か!」


 焦燥を抱いた兵士の一人が深く踏み込んだ。

 が、それはあまりにも大振りで隙だらけの攻撃だった。

 当然、少年は見逃さない。


 ――ザンッ!


 もはや雷閃と呼んでも差し支えない斬撃が兵士の一人を襲った。

 もちろん、少年が手にしているのは木剣だ。

 それも修練用に切っ先は丸められ、刀身全体に綿を巻いたような安全重視の代物だ。直撃しても怪我などしない。

 だが、その一撃はあまりにも重すぎた。

 肩を殴打されただけで両膝を突き、「カハッ!」と息を吐き出すほどに――。

 芯を粉砕された兵士に立ち上がるだけの力は残されていなかった。

 そして残された兵士はあと一人。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ!」


 兵士の誇りから雄叫びを上げて猛攻に出るが、そもそも二人がかりでも崩せなかった実力差だ。斬撃は悉く受け流される。


「これで終わりです」


 少年の宣告。

 兵士は目を見開いた。

 彼の胸板を木剣が殴打したのは、その直後だった――。



「――そこまで!」


 少年の声が庭園に響く。

 コウタを含めて全員が少年に注目した。

 年の頃はコウタとほぼ同じ。黒い騎士服の上に純白のサーコートを纏った少年。

 ――アルフレッド=ハウル。

 コウタの友人であり、ハウル公爵家の跡取りでもある少年騎士だ。

 彼の隣には木剣を肩に担いだ大柄な少年――ジェイク=オルバンの姿もある。


「……凄えな、コウタ」


 ジェイクが腰をついて脱力している兵士達に目をやった。


「ますます強くなってねえか?」


「うん」アルフレッドも同意する。「コウタなら、うちの兵団の兵士相手でも三人ぐらいなら凌げるとは思っていたけど……」


 アルフレッドはハウル家私設兵団に所属する兵士達を一瞥した。

 見たところ負傷した様子はないが、揃って悪夢でも見たような顔色をしている。


「まさかここまで一方的になるなんて……アシュレイ邸の庭園でした僕との模擬戦の時は手を抜いていたのかい?」


「少しはね。あの時はお互いに真剣を使っていたし。けど、それを言うのならアルフだって同じでしょう?」


 コウタは兵士達に一礼してから、アルフレッド達の元に向かった。


「まあ、確かにそうだけど」


 アルフレッドは苦笑で返した。

 そしてもう一度、部下でもある兵士達に目をやる。

 ハウル家の私設兵団――『白狼兵団』。

 諜報を主体とする『黒犬兵団』と対を成す『表』の兵団だ。

 名門ハウル家の守護を担う彼らの実力は、皇国騎士と比べても見劣らない。

 今日もアルフレッドの修練のために三名ほど選んで連れてきたのだが、たまたま模擬戦をしていたコウタとジェイクを見かけて声を掛けたのだ。

 そうして話をしている内に、良い機会なので白狼の兵士達と模擬戦をしてみようという流れになって今に至るのである。


「しかし、コウタもそうだけど、ジェイクも凄いね」


 アルフレッドはジェイクの方にも目をやった。


「常に飄々としながらも、君はコウタの訓練相手を見事にこなしているからね。僕の知る同年代の中じゃあ君は間違いなく三本の指に入るよ」


「はは、褒めてくれてありがとよ。じゃあ一つ聞きたいんだが、《七星》の《双金葬守》さんってのに比べるとどうなんだ? オレっちは勝てそうか?」


「え? なんでそこで兄の名前?」


 アルフレッドが首を傾げる。コウタの方は軽く頬を引きつらせていたが。


「オレっちの最大のライバルだからさ。教えてくれよアルフ」


「う~ん、よく分からないけどそうだね……」


 ジェイクの心情を知らないアルフレッドは、とりあえず憧れとか目標なのかなと判断して質問に答えることにした。


「正直言って、あの人は――」


 と、言いかけたその矢先だった。


「――うむ。実に素晴らしかったぞ! エリーズの少年達よ!」


 朝の庭園にとある人物の声が響いたのは。

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