第六章 遠き足音

第180話 遠き足音①

 旅は順調に続いていた。

 ミランシャ一行と合流したコウタ一行。

 しかし、流石に四人も同行するのはコウタ達の負担になるので、傷持ち男だけはその場でリリースされた。


『――よっしゃあああッ! 復活っ! 俺の休暇復活っ!』


 と、両腕を天にかざして歓喜する傷持ち男の姿はとても印象的だった。

 その一方で、地面に両手をつけて深く落ち込むルクスとバルカスの姿もだ。

 こうしてミランシャ、バルカス、ルクスの三名は同行することになったのである。

 一応、彼女達の名目としては皇都までの案内なのだが……。


「ホントに凄いわね。この子達」


 山道を進む馬車の中。

 ミランシャは案内をする様子もなく、ただただ目を丸くしてた。

 彼女の両脇にはリーゼと甲冑姿のメルティアが座っている。

 そして前には零号と十二号が親指を立てて佇んでいた。


「このサイズで鎧機兵なの? しかも自分で動くなんて……」


 思いもよらない驚異の技術に、ミランシャは感嘆の声を零した。

 次いで、向かい側の席に座るコウタやバルカス達――男性陣と一緒にいるもう一機の方にも目をやった。


「こんなのがゾロゾロ現れたら、アルフもビックリして当然よね」


 再び感嘆の声で呟く。


「メルちゃん」それから隣に座る巨人に視線を向けた。


『あ、は、はい……』


 おずおずと返事をする鋼の巨人に、ミランシャは苦笑を零した。

 この少女は見かけこそ厳ついが仕草は可愛らしい。


「そんなに緊張しないで。この子達って本当にメルちゃんが造ったの?」


『は、はい。七歳の時に』


「七歳!?」ミランシャはギョッとした。「え? 七歳でこの子達を造ったの!?」


 天才とはこのことか。流石に驚きを隠せない。


「……メルティアは天才だから」


 と、どこか自慢げに主人を語るのはアイリだ。

 彼女はシャルロットと共に飲み物を取りに行っていた。

 隣に立つシャルロットは、二つのグラスに注がれた果実ジュースをトレイの上に、アイリはボトルを手にしていた。


「どうぞ。お嬢さま方」


 そう言ってシャルロットは、リーゼとミランシャにジュースを勧めた。


「……メルティアも」


 続けて、アイリもメルティアにボトルを渡す。


『ありがとうございます。アイリ』


 そう述べてメルティアは、手のサイズに対して明らかに小さいボトルを受け取った。

 ミランシャはグラスを片手にその様子をまじまじと見つめていた。

 未だ顔を知らない少女。

 ジュースを飲む時ならば、きっとその素顔を見れるのではと思ったのだ。

 しかし、


 ――カシュンッ!


(………え?)


 いきなりメルティアのヘルムの口元だけが開くと、メルティアはそのままボトルを丸呑みしてしまった。


「えええっ!? メルちゃん!?」


 流石に愕然とするミランシャ。


「なに今の捕食シーン!? ボトルごと食べたの!?」


「え、えっと落ち着いてくださいまし。ミランシャさま」


 リーゼが頬を引きつらせて、立ち上がろうとするミランシャを宥めた。


「メルティアは少し変わっているのです。少なくともボトルは食べていませんのでご安心してください」


「そ、そうなの?」


 ミランシャは困惑しつつも腰を下ろした。

 どうやら今の光景はリーゼ達にとっては日常茶飯事のようだ。


(確かにこれはビックリするわね)


 弟の評価も納得だ。

 まあ、個人的に言えば、それ以上に気になるのは……。


「「………………」」


 そこでシャルロットと視線が重なる。

 並外れた美貌を持つ二人は互いに押し黙った。


(やはり気になるわね)


 かつて『彼』にお持ち帰りされたという女性。

 果たしてその後に一体何があったのか……。

 ここは何としてでも詳細を聞き出したいところだった。

 そして、それはシャルロットの方も同様なのだろう。

 シャルロットにとって、ミランシャは初めて遭遇した恋敵だ。

 それも現在の『彼』に相当詳しい女性。

 敵意こそないが、今も揺るぎない意志を宿した瞳でミランシャを見つめている。

 二人は無言で見つめ合う。


『(あ、あのリーゼ)』


 あまりにも張り詰めた雰囲気に、メルティアは完全に萎縮していた。

 ここが魔窟館ならば、コウタに抱きつくレベルで怯えている。


『(シャルロットさん達が怖いです……)』


「(ま、まあ、どうやら彼女達は同じ殿方が好きなようですし、少しばかり緊迫するのも仕方がないですわ)」


 と、リーゼがフォローを入れる。


「(……けど面白そうだよ。先生のライバルは初めて見るし)」


 アイリの方は興味深そうに観察していた。

 一方、その傍らで――。


「なあ、おっさんよ」


 ジェイクがバルカスを見据えて尋ねていた。


「結局、シャルロットさんの好きな人ってどんな人なんだ?」


「うん。それはボクも気になる」


 と、相槌を打つコウタに、二十八号も続く。


「……サッサト、ハケ。オカシラ」


「いや、やめろチビ。お頭なんて呼ぶな。俺は山賊じゃねえからな」


「ははは、その格好じゃあ説得力がありませんよ。隊長代理」


 と、ルクスが苦笑を零す。結局、彼らは山賊ルックのままだった。

 面白そうだからという一言でミランシャが着替え直すのを禁じたのだ。


「まあ、いいさ。皇都までの我慢だ。それよりも旦那のことか?」


 バルカスは足を組み直すと、少年達に目をやった。

 ジェイクとコウタは頷いた。


「う~ん、旦那か」バルカスは頬をかいた。「あの人を語ると二つだな」


 大男は指を一本立てた。


「まず恐ろしく強えェ。俺と同じ傭兵上がりの人なんだが、完全に格が違うな」


「……そんなに強いんですか?」


 コウタが神妙な声で尋ねた。

 バルカスの実力は相当なモノだと推測している。

 そんな彼がここまで言うとは……。


「ああ、強えェよ」バルカスは何故か頬を押さえて自嘲の笑みを見せた。


「ありゃあ別次元の人だ。口で説明しても陳腐に聞こえるぐらいだな。まあ、いつか会ってみるといいさ。そんで二つ目だが」


 バルカスは二本目の指を立てた。


「とにかく女にモテる。それもとんでもねえレベルの美人ばかりにだ」


 そこで睨み合っているように見えるシャルロットとミランシャに目をやった。


「あの二人を見ればレベルの高さが分かんだろ。しかもあの二人さえ凌ぎそうな美女がもう一人。さらにはレイハート嬢ちゃんクラスの美少女達までわんさかとだ」


「……おいおい、何だよそれ。ただの女たらしじゃねえか」


 ジェイクが不快げに眉をしかめた。

 すると、バルカスはポリポリと頬をかき、


「いやいや、旦那は女たらしなんかじゃねえよ。そもそもあの姐さんとスコラ嬢ちゃんが女たらしなんぞに引っかかると思うか?」


「じゃあ何なんだよ?」


 さらに眉をしかめるジェイクに、バルカスは苦笑を浮かべた。

 隣に座るルクスも「……はは」と口角を崩していた。


「旦那は俗に言う天然たらしなんだよ。いや、この場合は人たらしって言った方がしっくりくんのか? まあ、強えェ上に、根は気遣いの人だから、自然と人の心を掴んでな。女だけじゃなくて野郎にもモテるタイプなんだよ」


「へえ~。そうなんですか」


 と、コウタが感心する。


「……なんかどっかで見たことあるような人物像だな」


「……ウム。ゴクチカクニ、オナジヤツガ、イル」


 と、呟くのはジェイクを二十八号だ。彼らはコウタの顔を凝視していた。


「ガハハッ! やっぱその坊主も同じタイプかよ」


 バルカスは朗らかに笑った。

 ルクスも「何となく似た雰囲気はありますよね」と頷く。

 当の本人は「へ?」と首を傾げていたが。

 バルカスは「まあ、気にすんな」と腕を組んだ。


「きっと、旦那と坊主は気が合うと思うぞ。同じ苦労とかしてそうだしな。そんで旦那の名前だが――」


 と、言いかけたところで、


『皆さま』


 不意に男性の声が響いた。

 パイプ管を通じて聞こえてきた御者の声だ。


『右側の窓の外をご覧ください。次の村が見えてきました』


 そう告げられ、女性陣も含め、コウタ達は顔を見合わせた。

 そして全員の視線が右側の窓に向けられる。

 窓の外に見えるのは、所々から何故か白煙が立ち上る村の風景だった。


「うん、確かに見えてきたわね」


 ミランシャが微笑む。


「あそこが次に滞在する村。秘湯で有名なルーフ村よ」

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