第170話 その女、気まぐれにつき②

 その街は、サザンと皇都ディノスの中間辺りに位置していた。

 皇都に続く街道沿いにあるため、人や物資の行き交いも盛んで、人口と建造物の規模も近隣では最大クラスの街だ。

 街の名は『フランシス』。交易都市フランシスだ。

 そんな街の一角。

 貴族御用達の大きなホテルの一室に、今コウタ達は滞在していた。


「……おおう」


 ジェイクがゴクリと喉を鳴らした。


「すっげえな。流石は貴族御用達のホテルだ」


 室内を見渡してそう呟く。

 彼も一応貴族ではあるが、実家はそこまで裕福ではない。少なくとも公爵家であるレイハート家やアシュレイ家に遠く及ばない家だ。

 しかも結構な大家族で、いつも騒がしくむしろ平民の家庭に近い。

 そんな彼の目から見ると、このホテルはとんでもなく豪華に見えた。

 大きなバルコニーにキングサイズのベッド。さらには天井にはシャンデリア。下には柔らかな絨毯も敷かれている。流石は公爵令嬢が借りたホテルだけのことある。


(怖くて金額は聞けねえなあ……)


 ジェイクは少し冷や汗をかく。と、


「はは、確かにね」


 正真正銘の平民であるコウタが笑う。


「けど、ここならメルも落ち着くと思うよ」


 平民であっても、彼は八年間も公爵家で暮らしている。

 大都市の人の多さに気後れすることはあっても、豪華さには慣れていた。


『ええ。そうですね』


 着装型鎧機兵パワード・ゴーレムを装着したままメルティアが同意する。


『少し手狭な感じもしますが、コテージよりも快適そうです』


 彼女の基準は豪華さよりも広さだった。


「まあ、あなたときたら」


 そんなメルティアに隣に立つリーゼが苦笑した。


「コテージと比べたら快適では、流石にこの部屋が可哀想ですわ」


「……メルティアは感性が人と違うから」


 と、アイリまで酷評する。メルティアは着装型鎧機兵パワード・ゴーレムの中で頬を膨らませた。


「皆さま」


 その時、室内に凜とした声が響いた。

 荷物を部屋の片隅に置いたシャルロットの声だ。


「夕食までまだかなり時間があります。他の街に訪れるのは中々ない機会です。散策でもされてはいかかでしょうか?」


「散策ですか……」コウタはあごに手をやった。「それもいいですね。けど……」


 そこでメルティアに目をやる。


「メルは大丈夫?」


 メルティアは少し考え込んだ。


『……着装型鎧機兵パワード・ゴーレムを着ていいのなら、コウタがいれば大丈夫だと思います』


 と、前向きに答える。

 しかし、それに対しジェイクが「う~ん」と腕を組んだ。


「けど、メル嬢のそれって無茶苦茶目立つだろ。街中を歩いたりしたら通報されるような気がすんだが……」


 そんな真っ当な意見を述べる。すると、それに答えたのはアイリだった。


「……それはきっと大丈夫だと思うよ」


 小さなメイドは、リーゼの方に目をやりつつ告げる。


「……リーゼと一緒にいれば、きっと護衛みたいに見えるから」


 これもまた真っ当な意見だった。

 騎士服を着ていようが、リーゼの『お嬢さまオーラ』は揺るがない。

 今時、鎧を着るような騎士はいないが、生粋のお嬢さまであるリーゼと一緒ならばそれもありといった雰囲気も生まれるだろう。違和感はかなり緩和されるはずだ。


『私が護衛ですか……』


 まあ、メルティアとしては少々不本意そうだったが、説得力は充分にあった。


「うん、なるほどね」


 ポン、とコウタも手を打つ。


「確かにそう見えるかも。それなら散策もできるね。けど――」


 そこでコウタはシャルロットの方に目をやった。


「ボクらは街を散策するとしても、シャルロットさんはどうするんですか?」


「……私ですか?」シャルロットは頬に手を当てた。「私は折角の大きな街なので旅の物資を補給しておこうと思います」


「あ、そうなんですか」


 そう呟くと、コウタはおもむろにあごに手をやった。

 一瞬の沈黙。そしてジェイクを見やる。


「あのさジェイク」


「ん? 何だよコウタ」


 首を傾げるジェイクに、コウタは少し慎重な声で話を切り出した。


「ボクはメルやリーゼ、アイリを守らなきゃいけないけど、シャルロットさん一人じゃあ大変だろうし、ジェイクの方で荷物持ちとか手伝ってあげれないかな」


「――ッ!」


 親友の提案にジェイクは目を見開いた。


(おお! ナイスアシストだ! コウタ!)


 心の中で大いに感謝する。

 要するにコウタは、ジェイクにシャルロットと二人っきりになれる機会を作ろうとしてくれているのだ。


「おう。構わねえぜ」


 もちろん、ジェイクが断るはずもない。


「シャルロットさんにはいつもお世話になっているからな。それぐらいお安い御用だ」


「い、いえ。お待ちください。ヒラサカさま。オルバンさま」


 しかし、当のシャルロットは困惑した。


「有り難い申し出ですが、オルバンさまにご迷惑を掛ける訳には……」


「ははっ、気にしないでくれよシャルロットさん」


 内心の緊張は隠してジェイクが豪快に笑う。


「散策なら買い物ついでにも出来るしな。二組に分かれるって思えばいいさ」


「……そうですわね」


 そこでジェイクの心情を知るリーゼも援護に入った。


「シャルロットも男手があった方が良いでしょう。ここはオルバンの厚意に甘えてもいいかもしれませんわね」


「……お嬢さま」


 主人にまでそう言われ、シャルロットには断る理由がなくなってしまった。


(あんがとな! お嬢!)


 と、ジェイクがシャルロットには見えない角度で親指を立ててリーゼに感謝する。

 まあ、リーゼの方はとても気まずげに微笑むだけだったが。


「分かりました。ご厚意に甘えさせて頂きます」


 そう言って、シャルロットはジェイクに頭を下げた。

 ジェイクは内心で喝采を上げる。と、


「うん。じゃあ早速出かけようか!」


 コウタがそう切り出した。メルティア、アイリ、リーゼも頷く。零号が「……承知シタ」と答える。次いで彼らはドアに向かって歩き出す。

 ただ、コウタはジェイクとすれ違う時、


「(……頑張りなよ。ジェイク)」


 小さな声だが、親友にエールを贈っていた。


「(おう! あんがとよコウタ!)」


 ジェイクは二カッと笑った。

 そうしてコウタ達は散策へと出かけた。

 これで残されたのは――。


「それではオルバンさま。。私は足りなさそうな物資の確認をして参りますので三十分後、ロビーで合流致しましょう」


 そう告げて、シャルロットもまた部屋を退出した。

 彼女のその台詞に、ジェイクは頬を強張らせていた。

 そしてゆっくりと視線を向ける。

 そこには二機のゴーレムが残っていた。


「お、お前ら、なんで残ってんだ?」


 ジェイクがそう尋ねると、ゴーレム達は首を傾げて、


「……フタクミニ、ワカレルトイッタ」


「……コウタタチ、四ニントアニジャ。コッチハ、ワレラト、オトメトジェイク」


「お、おい、それって……」


 ジェイクは青ざめた。

 仮にゴーレム一機を一人とカウントするのならばコウタ組は五人。ジェイク組は四人ということだ。確かに二組に分かれるのならバランスの良い配分だ。


「い、いや、けどな。これは違うんだぞ。お前らには分かんねえことかもしんねえが……」


 と、ジェイクが状況と自分の心情を説明しようとするのだが、


「……ククク」「……オロカナコゾウメ」


 ゴーレム達の瞳がギラリと光る。


「……ソウ、ウマクイクト、オモウナヨ!」


「……ワレラノ、メノクロイウチハ、オトメニフレルコトモカナワヌワ!」


「お前ら理解した上で残ってんのか!?」


 ――ジェイク=オルバン。

 彼の恋路は中々上手くはいかないようだ。

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