第127話 少女は悩む②
「……糖分が不足しています」
それが、目覚めたメルティアが最初に告げた台詞だった。
とりあえずベッドの上にあった図面だけは床にまでよけて、どうにか場所を確保したゴーレム達が「……メルサマ。ナニガホシイ?」と主人に尋ねると、メルティアは冬にも関わらず「アイスが欲しいです」と答えた。
そしてゴーレムの一機が厨房から、大きなタッパに入ったバニラアイスを丸ごと持ってきた。一応小皿も用意しているようだが、スプーンをぶすりとアイスに突き刺して渡してくる豪快な勧め方だ。
「……………」
じいっと。
未だ
「こうたぁ、こうたぁ」
と、甘えた声でコウタの名を呼ぶ。
「な、何かなメル?」
一方、コウタが頬を引きつらせて尋ねると、メルティアは明らかに寝ぼけた表情で小さな口を開けて「食べさせて下さい」と告げてきた。
コウタの頬がよりいっそう引きつり始める。
「い、いや、目の前にあるんだし自分で食べなよメル」
「嫌です。食べさせて下さい」
と、無下もない。
何度か説得しようと試みるが、彼女はいやいやと頭を振るだけだった。
挙げ句の果てにはコウタの首に両腕をからませて「こうたぁ、食べさせて下さい」とお願いしてくる。まだ半分ほど夢の中にいるようで甘え方が普段よりも大胆だ。
(うわ!? うわあああっ!?)
もはや幼児退行に近い行動なのだが、その肢体はとても幼児とは言えない。
なにせ、とんでもなく柔らかいモノがコウタの胸板に押しつけられているのだ。
すでに言葉も出ない。
自分の手に余る彼女の行動にコウタは完全に硬直していた。その様子を隣で正座するアイリが冷めた眼差しで見つめていた。
「わ。分かったから! メル! お願いだから離れて!」
と、ようやくそれだけを告げた。
いずれにせよ、メルティアにとことん甘いコウタは本気で甘えてくる彼女に逆らうことなど出来ないのだ。彼女の希望通りに行動した。
スプーンを手に取り、少しずつ彼女の口に運ぶ。アイスを一口食べる度に、彼女はミルクを与えられる子猫のように満足げな微笑みを浮かべて目を細めた。
実に愛らしい姿ではあるが、コウタはとにかく
しかし、彼女の口にアイスを運ぶにはどうしても見てしまい……。
「……コウタ」
その時、アイリがジト目で言う。
「……意識しすぎ。やっぱりスケベ」
「いや!? 普通はこうなるでしょう!?」
泣き出しそうな顔をしつつも、メルティアにアイスを与え続けるコウタ。
と、なんだかんだで五分ほど繰り返していたら、メルティアが不意に「もう充分です」と告げた。コウタはホッとした様子でスプーンを小皿に置いた。
ゴーレムの一機がアイスのセットを厨房に戻しに行く。
「少しは落ち着いた? メル」
「はい。ようやく頭が回り始めました」
そう言って、メルティアは自分の姿に目をやった。続けてコウタの顔をまじまじと見つめる。一瞬の沈黙。メルティアは一気に頬を赤く染めた。
「し、失礼しました」
か細い声でそう告げると、メルティアはアイリに頼んでシーツを持ってきてもらい、それを外套のようにして
そうしてようやく人心地ついたのか、メルティアはコウタを見つめて尋ねた。
「それでコウタ。こんな朝早くにどうしたんですか?」
「いや『朝早く』って、もう九時半過ぎだよ。ボクは普通に学校に行くのにメルを迎えに来ただけなんだけど」
と、言ってコウタは周囲に目をやった。
「ボクの方こそ聞きたいよ。これは一体どういうことなのさ?」
彼らがいるベッド以外は完全に図面に埋もれてしまっている状況だ。一体何があったのか流石に問わずにはいられない。
するとメルティアはきゅうと下唇を嚙んだ。
いつにない幼馴染の様子に、コウタは心配そうに眉根を寄せた。
「……メル? 何があったの?」
そう尋ねると、メルティアはふるふると頭を振った。
「何もありません。むしろ何もなくて困っているのです」
「何もなくて困っている?」
コウタは小首を傾げた。隣のアイリも同様だ。
メルティアは深々と溜息をついた。
「こんなことは初めてです。まるで考えがまとまりません」
そう言ってメルティアは立ち上がると、ベッドの端にあった一枚の図面を手に取った。そしてそれを凝視して、再び溜息をついた。
一晩経って改めて自分で読み直しても支離滅裂な図面だった。
「愚作です。我ながら情けない出来ですね」
「……メル? 本当にどうしたの?」
と、同じく立ち上がったコウタが尋ねる。
するとメルティアは「こうたぁ……」と泣き出しそうな顔で振り返った。
愛しい少女の不安げな様子に、コウタの面持ちも真剣さが增した。
「何かあったんだね。どんなことでもいいからボクに話してみて」
力になれるかどうかは関係ない。
メルティアが困っているのなら、手を差し伸べずにはいられなかった。
「ううゥ、こうたぁ……」
メルティアは再びコウタの名を呼んで、トスンと彼の胸板に額を当てた。
コウタはメルティアの精神を安定させる即効性の特効薬だ。ただこうするだけで漠然とした不安がかなり払拭されていく。
「……メル。大丈夫だよ。ボクがいるから」
そう言って、頭を撫でてくれることも実に心地よかった。
しかし、残念ながらこうして甘えていても根本的な解決には至らない。
メルティアは意を決し、コウタを見つめる。
「多分いま私は――」
そして彼女は無念そうに本音を吐露した。
「絶賛、スランプ中なのだと思います」
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