エピローグ
第124話 エピローグ
――晴れ渡る空。
多くの人が行き交うエリーズ国の王都パドロの正門に今、八人の集団がいた。
正確には見送る者が六人。立ち去る者が二人の集団だった。
見送る側は、コウタ、メルティア、リーゼ、ジェイク、アイリにシャルロット。
アイリとシャルロットはメイド服。コウタとジェイクは制服姿で、メルティアは外出時に必ず着込む
一方、立ち去る側は、アルフレッドとイアンの二人だった。
彼らのすぐ側には二頭の馬がいた。さらに言えば門の外ではアルフレッドの部下である黒犬兵団が馬に乗って待機している。
「今回は色々と迷惑をかけて申し訳なかったね」
そう告げるのはアルフレッドだ。
今日はアルフレッド達が帰路につく日だった。
すでに王城にて各将軍と要人に挨拶を終えている。コウタ達は友人として個人的に正門まで見送りに来たのである。
「気にしないで。結局、エリーズ側に被害者は出なかったんだ。君や君の仲間の人達が命をかけてくれたおかげだよ」
と、コウタが手を差しだして言う。
「そう言ってくれると亡くなった彼らも報われるよ」
アルフレッドはコウタと握手を交わした。
今回の事件。犠牲者を『ゼロ』にすることは叶わなかったが、部下達が命をかけてくれたおかげで一般人の犠牲者はなかった。
これはハウル家にとっても皇国にとっても数少ない利点となる実績だ。
「今回、犠牲となった彼らのことは忘れない。彼らの名前は僕の心に刻むよ」
真剣な面持ちでそう宣言するアルフレッド。
が、そこで少しだけ破顔して。
「だけど、今回は本当にバタバタしてしまったね。君らとゆっくり話す機会がなかったことは実に残念で仕方がないよ」
そう言って、見送りにきてくれたメンバーを順に目やる。
まずは強かな柔軟さと、実直さを持つのを感じ取れたジェイク。
おおらかな彼の態度はアルフレッドにとって実に新鮮で清々しいモノだった。
次に視線を向けたのは生粋のお嬢さまでありながら、本当に面倒見がよい淑女だったリーゼ。彼女には特に世話になった。それに彼女は群を抜いた美少女でもあったので手の甲に挨拶のキスをした時、結構緊張していたのは秘密である。
続いて楚々たる仕草からは想像できないほど武闘派メイドだったシャルロット。
実は彼女とは一番話す機会が多かった。
何より共通の知り合いがいた事には本当に驚いたものだ。
その件もあり、間違いなく彼女とは再会すると確信している。
視線を下に向ける。
運悪く、今回、《死面卿》に狙われてしまった少女・アイリ。
この《星神》の少女とは話す機会もほとんどなかったのだが、どこか『彼女』と似ているこの子にはもっと笑って欲しいと心から願う。
今度は視線を上げる。
そこにいるのは全身に紫銀色の甲冑を纏う大柄な公爵令嬢・メルティア。
彼女が一番謎だらけだった。独学であんな鎧機兵を量産する彼女はある意味とんでもない人物である。ただ一番ゆっくり話してみたいと思ったのも彼女だった。
次に会う時は、素顔を見せてくれるぐらいには親しくなりたいとも思った。
そして最後に視線を眼前の黒髪の少年に戻す。
コウタ=ヒラサカ。
アシュレイ公爵家の秘蔵っ子にして、今回の事件の最大の功労者。
恐らくは自分にも劣らない実力を持つ同世代の少年。
この少年も意外と謎だらけだ。出来れば彼ともじっくりと語り合いたかった。
言葉だけではなく、武芸においてもだ。
しかし、残念ながら今回はもうその時間もない。
「今回はもう帰還しないといけないけど、次はもう少しゆっくり出来るからその時はもう一度会ってくれるかな」
「おっ、次は休暇で来んのか?」
手を差し出しながらそう質問するのはジェイクだ。
アルフレッドはジェイクとも握手を交わし、
「いや、実は皇国とエリーズ国では騎士学校同士の交流会を計画しているんだ。僕は卒業生だけど今の生徒達と歳は近いから参加する予定でいるんだよ。第一回はエリーズ国側で開催するってうちの団長が言ってたよ」
「まあ、そうでしたの」
と、ジェイクに続けて挨拶を交わしたリーゼが「そのお話はまだ知りませんでしたわ」と驚いた表情を見せていた。
「うん。その時は、リーゼさまやコウタ達ともゆっくり話す機会があるはずだよ」
アルフレッドは破顔した。
そしてアイリ、シャルロットとも挨拶を交わす。
『お、お元気で……』
かなり緊張気味だが、メルティアとも親愛の挨拶を交わした。
その様子を横目で見ながら、
「うん。交流会か。それは楽しみだね」
と、コウタは共感の言葉を告げた。
これは社交辞令ではない。心からの言葉だった。身分こそ遙かに上だが、この赤い髪の少年とはもっと仲良くなれると感じていた。
「じゃあ、その時はディーンさんもいらっしゃるのですか?」
コウタはイアンに視線を向けてそう尋ねるが、
「……ディーンさん? どうかされましたか?」
少し訝しげに眉根を寄せた。ほとんど話す機会のなかったイアンが、随分と神妙な眼差しでこちらを見据えていたからだ。
「……いえ、失礼。何でもありません」
言って頭を垂れるイアン。
そして執事は少し言葉を選びつつも返答する。
「その時、私がこの国に訪れるかはまだお約束はできませんが、私も貴方がたと再会できる日を楽しみにしております」
「ありがとうございます。いつかまたお会いしましょう」
にこやかにそう告げるコウタに対し、イアンは「……ええ、そうですね」と覇気のない声で答えた。アルフレッドがわずかに眉をひそめた。
が、そうこうしている内に別れの時間は訪れる。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
そう告げてアルフレッドは愛馬に乗った。
イアンもそれに続く。
「アルフレッドさま。ディーンさま。お元気で」
と、リーゼがスカートの裾を優雅に上げて一礼する。
コウタ、ジェイクは片手を上げて声をかけ、メルティアはおずおずと頭を下げた。アイリ、シャルロットもそれに倣う。
「では皆さん。また会いましょう。行くかイアン」
「はい、アルフレッドさま」
そう言ってアルフレッドとイアンは馬を正門の外へと進めた。
そして待機していた一団と合流する。隊列を整えて進むアルフレッド一行。
そんな彼らをコウタ達は姿が見えなくなるまで見送ったのだった。
「……イアン。さっきのコウタに対する態度は一体どうしたんだ? 何か気になることでもあったのかい?」
そうして街道を進むこと十分。
馬上にて、アルフレッドが隣に並んで進むイアンに問う。
「随分とイアンらしくもない態度だったじゃないか」
言って、馬の速度を落として視線をイアンに向ける。
執事としても優秀なイアンが主人の友人に対し、あんな不躾な視線を向けることは初めてのことだった。主人として窘める前に、相応の理由があると考えた。
すると、イアンもアルフレッドへと視線を向けて――微かに渋面を浮かべた。
これもまた非情に珍しい態度だ。
「申し訳ありません。不躾な態度でした」
と、まずは主人に謝罪するイアン。
それから一拍の間を空け、黒い執事は自分の抱いた意見を素直に告げた。
「実はヒラサカさまとお会いした時から密かにずっと感じていたのです。アルフレッドさま。
「……え?」
そう指摘され、アルフレッドは軽く目を剥いた。
が、すぐに手綱を持ったまま手をポンと打ち、
「ああ! そっか! そうだったんだ!」
アルフレッドはようやく納得した。
「アイリちゃんと一緒に現れた時のコウタの姿にどうも奇妙な既視感があったんだけど、そっか! コウタってアシュ兄に似てたんだ!」
脳裏に兄貴分である青年の姿を思い浮かべる。
シャルロットの想い人にして今代最強と謳われる《七星》が第三座。
――《双金葬守》の二つ名を持つ青年の姿を。
アイリと並んで立っていたコウタの姿は、養女である『彼女』と並んで立つ『彼』の姿を連想させるほどよく似ていたのである。
「けど、イアンはそのことにすぐ気付いたのか。凄いね。あの二人って見た目はかなり違うのに。僕なんて今指摘されるまで気付けなかったよ」
「アルフレッドさまは《七星》の中でも《双金葬守》殿とご兄弟のような間柄であるが故に気付きにくかったのでしょう。ですが」
一拍置いて、
「……私のように『力』を信望する者にとって《双金葬守》殿は特別ですから」
「…………」
一瞬だけ暗い光を瞳に宿すイアンに、アルフレッドは沈黙した。
「正直思いました。ヒラサカさまもまた、まごう事なき『獅子』――強者たる存在。いえ、あそこまで気配が似ているのならば、もしかすると彼は……」
そこでイアンはかぶりを振る。
同時に推測ですらない滑稽な考えを振り払う。
流石にそれは安直すぎる発想だった。
「もしかすると……って何だい?」
「いえ、ただの直感の話です。確信のある話ではありません。お忘れください」
「……そうか」
イアンの返答に、アルフレッドは静かに首肯した。
もう少しイアンの話を聞きたくはあったが、イアンにも抱えるモノがあるのだろう。それに直感レベルの話を根掘り葉掘り尋ねられても返答に困るだけだ。
この話はここで切り上げることにした。
一団は沈黙の中、街道を進んでいく。と、
「それにしても」
気分を切り替えたアルフレッドは後ろを振り向いた。
まだここからでも王都の姿は視認できる。
森の国の首都。新たにできた友人達が暮らす大都市だ。
「ふふっ、騎士学校の交流会か。実は少しだけ面倒かなとも思っていたけど、思いのほか楽しいものになりそうだね」
今から楽しみを隠しきれず、そう呟くアルフレッドだった。
こうして《死面卿》を解決し、来訪者達は帰路につくのであった。
彼らの故郷であるグレイシア皇国を目指して――。
第四部〈了〉
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