第118話 魔窟館攻防戦④
ほぼ同時刻。アシュレイ家の邸内にある森の中――。
舗装のされていない一本道を歩きながら、アルフレッドが独白のように尋ねる。
「随分と森の奥にあるんですね」
周囲を見渡す。そこは昼間でありながら不気味さを放つ場所だった。
とても公爵令嬢が好んで暮らすような趣ではない。
「ええ、そうですわね」
リーゼは、クスリと笑みを零す。
「わたくしも初めて訪れた時はそう思いましたわ。ただ、メルティアとしては結構落ち着く場所だと言っておりましたが」
言って、彼女もまた周囲を見渡した。
その場所には今、三人の人間と一機のゴーレムの姿があった。
ゴーレムは四十六号。人間の方は並んで歩くアルフレッドとリーゼ。そして一歩下がって追従するシャルロットの三人である。
森に入るまではイアンも同行していたのだが、彼はアルフレッドの交渉が上手くいった時にすぐさま動くため、黒犬兵団の指揮に回っていた。
「ああ、そう言えば」
不意にアルフレッドはポンと手を打つ。
「メルティアさまは獣人族とのハーフであるというお話でしたか。それならこういった森の中の方がきっと心が安らぐのでしょうね」
獣人族は森の中で暮らす者が多い。
ハーフであるメルティアもきっと森との相性がいいのだろう。
リーゼはふっと笑い、
「確かにそうかもしれませんね」
そんな感じで二人は談笑を楽しんでいた。
その様子を一歩下がって従うシャルロットと、彼女の横に並んで歩くゴーレムは静かに見守っていた。
「(……これは意外と良い雰囲気ですね)」
「(……メルサマモ、ライバルガヘッテ、アンシン)」
と、四十六号が言う。シャルロットは横目で、ガシュン、ガシュンと歩くゴーレムを見やり、少しだけ苦笑を浮かべた。
(まあ、流石にお二人が付き合う可能性はないでしょうね)
相性はよさそうだが、きっと友人止まりで終わる。
リーゼのコウタに対する本気っぷりをよく知るシャルロットはそう判断した。
(ですが、それにしても……)
シャルロットは赤い髪の少年の後ろ姿に目をやった。
静かに凝視する。そして数秒後、彼女は微かに笑みを零した。
先日、この少年から聞いた話が脳裏によぎったのだ。
(まさかの大収穫でした。こんなにも簡単に『彼』の近況が聞けるとは)
あの日の夜。ダメ元でアルフレッドの部屋に訪れたシャルロットであったが、驚いたことにアルフレッドは『彼』と知り合いだったのである。
それどころか、かなり親しい間柄らしく、『彼』の名を出した時、アルフレッドは「……え?」とキョトンした顔を浮かべたぐらいだ。ただ、話を続ける内に「……うわあ、また一人出てきた……」という少年の呟きにはやたらと不安になったが。
ともあれ、念願の『彼』の情報を聞けたのは本当に良かった。近況の内容そのものには少々驚いたが、『彼』の現在の住所まで教えてもらえたのは実に僥倖である。
一瞬だけシャルロットは足を止めた。
それからわずかに俯いて、
(問題はかなりの遠方であることですが、今度長期休暇を頂き、訪れて……)
と、頬を染めながら、そんなことを考えるシャルロット。
……ああ、その時『彼』は一体どんな顔をするだろうか?
なにせ、アポなしのいきなりの訪問だ。
再会時には少し驚いた顔をするのかもしれない。
けれど、優しい『彼』は、その後きっと破顔してくれて――。
(…………ン君)
シャルロットは高鳴る胸の内を抑えつつ、小さく嘆息した。
続けて自分を戒めるようにかぶりを振った。
確かに『彼』との再会は思い描くだけで浮かれてしまうほど楽しみではあるが、今は非常事態。あの可愛い少女を全力で守らなければいけない状況だ。
色恋沙汰で浮かれるなどもっての外だった。
(気を引き締めなければ)
と、シャルロットが表情を真剣なものにした、その時だった。
不意に四十六号が足を止めたのだ。
「……? 四十六号さん?」
シャルロットも足を止めていきなり沈黙したゴーレムに声をかける。
「……ん?」「あら? どうかしましたか?」
異変に気付いたアルフレッドとリーゼも足を止めて振り向いた。
するとその直後、
――カッ!
と、四十六号の円らな瞳が光を放ち、けたたましい警報を鳴らしたのだ。
「「「――なッ!」」
ギョッとする三人。が、悠長に驚く暇も長くは続かなかった。
何故なら森の奥、本邸側からも同じような音が響いて来たからだ。
「……テキ! テキ! ロキコンガ、キタ!」
と、四十六号が叫びを上げる。
途端、三人は表情を険しくした。
「アルフレッドさま!」
「分かっています! くそッ! 先手を打たれたか!」
リーゼの叫びに、アルフレッドは強く歯を軋ませる。
一番恐れていた事態だ。警備を見直す前に襲撃を許してしまった。
(一刻の猶予もない! あの子の元へ急がないと!)
アルフレッドは腰のホルダーから機械槍を引き抜いた。
ここから先は鎧機兵に乗って移動した方が速い。即座にそう判断したのだ。
そしてリーゼ、シャルロットも同じ考えだったようだ。
リーゼは腰の短剣をすでに抜いており、シャルロットの方はメイド服のスカートを大きく翻して大腿部に装着していた短剣に手をかけていた。
女性陣の迅速な行動力に頼もしさを抱きつつも、
「二人とも! 急ぎます!」
と、声をかける――が、
「ああ、わざわざ奥に行く必要はないぞ」
「「「ッ!」」」
いきなり割り込んできた声に、アルフレッド達は息を呑んだ。
次いで三人は同時に後方に跳び、声がした方を睨みつける。
そこは木々に覆われた森の奥だった。
一瞬の沈黙。
すると、ガサガサと繁みをかき分ける音が響いてくる。
そうして三人が緊張する中、数秒の時が経ち、遂にその男は現れた。
獅子の相を持つ、黒い貴族服の紳士――《
アルフレッド達の表情に緊張が増した。
「ぬふふ、ぬははははあははははっはははははははははははははははははあははははははははははははっははあっはあはははははは――」
突如、現れた《死面卿》。
そして森に覆われた道に不気味な笑い声が響くのであった。
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