第96話 異国からの訪問者②

 魔窟館の四階。

 その最奥の位置にある寝室にて、彼女はふてくされていた。


「………むう」


 と、呻き声が零れ落ちる。

 金色の瞳と、獣人族特有のネコのような耳。薄く紫がかった白銀に近い髪はうなじ辺りまで伸ばしている。ずば抜けた美貌を持つ彼女は黒いタイトパンツと、肩を開けたタイプの白いブラウスを身につけていた。露出している肌は白磁のように白く、小柄な少女とは思えないほどプロポーションも見事なモノだ。その証拠とばかりにベッドの上でごろんと転がるだけで彼女の柔らかな双丘は大きく揺れていた。


「………むう」


 再び呻くと、ごろんごろんとベッドの上で転がる少女。

 彼女の名は、メルティア=アシュレイ。

 エリーズ国にたった二人しかいない公爵令嬢の一人であり、騎士学校でフドウの愛機を粉砕した甲冑騎士の。それが彼女であった。


「……ふう」


 その時、メルティア以外の深い溜息が零れる。


「……メル。いい加減機嫌を直してよ」


 続けて少年の声が響いた。メルティアがごろごろと転がり続ける天蓋付きの巨大な丸いベッド。その上で胡坐をかく少年――コウタだ。

 メルティアがベッドの上で転がり始めてすでに十五分。彼らの近くで散らばる工具の整理整頓をしていたゴーレム達も、そろそろ作業を終え始めていた。


「……納得いきません」


 言って、メルティアはコウタの方へと転がった。

 ごろごろと回転を繰り返しながらコウタの元へと近付き、彼の膝近くまで近付くと仰向けになって少年をジト目で睨みつけた。


「どうして私の評価がアカツキさんよりも低いのです? 私は勝ちました」


 ぷくうと頬を膨らませる。


「い、いや、それはさ」


 幼馴染の愛らしい仕種に、思わず「うん。そうだね」と同意しそうになる気持ちを抑えつけつつ、コウタは正論を告げる。


「騎士学校の鎧機兵の講習って、操手の技量を磨くためのものなんだよ。フドウはちゃんと《黄道法》の闘技とか使っていたけど……」


 そこでコウタは視線をゴーレム達に向けた。

 視線に気付いた何機かが、何故か親指を立ててくる。

 コウタは小さく嘆息する。


「メルって闘技を全然使わなかったでしょう? それがマイナスになったと思うよ」


 あの模擬戦でメルティアが行った事と言えば、シンプルに近付いて殴るだけだった。

 それ以外は移動方法からアンカーシューターまですべて《フォレス》の機能であり、操手としての技量に関係のないことばかりである。これでは低評価も仕方がない。

 それ以前に、後から聞いた話だとメルティアの愛機の操縦はゴーレム達が行っていたと言う。もはや《黄道法》さえ使っていなかった。


「ですが私に操手としての才能はありません。だから得意分野でカバーしたのです」


 と、メルティアが反論をする。


「まあ、その考えは否定しないけど……」


 コウタは渋面を浮かべた。短所を長所でカバーするのは当然の発想だ。

 しかし、苦手な科目こそ教育を施し、克服させるのが学び舎というものだ。

 ――何事もまずは努力から。

 それがエリーズ国の騎士学校の教育方針だった。


「……やっぱり学校は苦手です」


 再びぷくうと頬を膨らませるメルティア。

 そして再びごろごろと転がり始める。遠ざかったり近付いたりを繰り返す幼馴染の様子を見つめつつ、コウタはポリポリと頬をかいた。

 メルティアの愛機・《フォレス》は、およそ一ヶ月近くもかけて完成させた機体だ。製造期間中、コウタは一切立ち合わせてもらえなかったので、彼女の苦労と努力のほどは分からないが、フドウとの一戦を見ただけでも相当なこだわりがあるのは窺える。


 まあ、初めてあの機体を見た時、明らかに特定の機体との戦闘を想定しているようにしか思えなかったのでコウタもかなり顔を引きつらせたし、そもそも着装型鎧機兵パワード・ゴーレムを着込んで乗り込み、自律型の鎧機兵ゴーレム達に操縦させる鎧機兵とは一体何なのだろうかと思わなくもないが、あの鎧機兵が彼女の自信作であることには変わりないだろう。


 それが不評では少しぐらい不機嫌になっても仕方がない。

 メルティアは未だごろごろと転がっている。正直、子供のように拗ねた彼女も可愛いと思うが、やはりメルティアには笑って欲しかった。


(さて。どうやったら機嫌が直るかな)


 コウタはあごに手をやって考える。今のメルティアはかなり不機嫌だ。付き合いの長いコウタでも、すぐさま彼女を元気にする方法は中々思いつかない。

 コウタはしばし思案し続けた。

 そして――。


(うん。これで行こう)


 ようやく一つの案を思いついたコウタは、メルティアに話しかける。


「えっと、ところでメル」


「……? 何ですかコウタ」


 メルティアは転がるのを止めて、コウタの方に視線を向けた。

 コウタは「うん。実はね」と頷くと、


「今日、クラスの女の子達から聞いたんだけど、学校の反対方面に新しいケーキ店が出来たの知ってる?」


 メルティアは目を瞬かせた。同時にピコピコとネコ耳が動く。


「……ケーキ店ですか? それは初耳です」


「結構、美味しい店らしいよ。メルも気に入ると思うんだ」


「…………」


 メルティアは沈黙する。

 じいっとこちらを見つめる金色の瞳に、コウタは一瞬だけたじろくが、


「だ、だからさ、これからどんな品があるか見に行かない?」


 と、思い切って誘ってみた。

 メルティアは未だコウタを静かに見つめていた。


(さ、流石に露骨すぎたかな……)


 コウタはぎこちない笑みを浮かべたまま、冷や汗を流す。

 この誘いは彼女の機嫌を直すための提案ではあるが、実は別の思惑もあるのだ。

 コウタは常々懸念していた。

 最近はそこそこ学校にも通ってくれるようになったメルティアだが、それ以外では魔窟館に籠りきりため、引きこもり体質から脱しているとはとても言い難かった。

 これでは、いつ引きこもりが悪化してもおかしくない。

 だからこそ、今の内に少しでも外出の機会を増やすべきだと考えていたのである。今回の新店舗のオープンは、外出の良い口実だった。

 しかし、メルティアは何も答えない。

 コウタの浅い考えなど聡明な彼女は看破しているのだろう。


(やっぱりまだ外出を勧めるのには無理があったかなぁ……)


 と、思っていたが、


「分かりました。コウタ」


「……え? ホ、ホント? メル?」


 意外にもあっさり了承してくれた。

 コウタはホッと安堵して緊張を解いた。まさか、こんなあっさりといくとは思ってもいなかったが、外出してくれるのならば問題ない。もしかすると、彼女自身も自分の引きこもり体質をどうにかしようと、前向きに考えていたのかもしれない。


「うんうん、そっかあ」


 にこにことコウタは相好を崩した。

 いずれにせよ、これは良い傾向だった。

 外出の訓練にもなるだろうし、何より彼女の気分も晴れるだろう。


「それじゃあ、早速出かけようか、メル」


 弾んだ声でそう告げるコウタ。すると彼女は「ええ、そうですね」と言って上半身を立ち上げた。それから姿勢を正してコウタと向き合う。

 そして柔らかに微笑み、


「では、コウタ」


 メルティアは両手を大きく広げて、当然の如く願うのであった。


「お出かけするために、まずはブレイブ値の底上げをお願いしますね」

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