第38話 湖畔の別荘②
「おっしゃあああ! ダーイブッ!」
レイハート家の別荘の二階。
割り当てられた部屋で、ジェイクはいきなりベッドに飛び込んだ。
二つあるベッドの一つが、ばうんっとジェイクの大柄な体を受け止める。
「はは、テンション高いね。ジェイク」
そんな友人のはしゃぎっぷりに、コウタは荷物を床に下ろして苦笑をこぼした。
「当然だろ! やっぱこういうのはテンション上がるぜ!」
と、ベッドの上で大の字になり、ジェイクが言う。
普段は結構大人びた彼だが、こういうところは実に少年らしかった。
「まあ、それもそうか。みんなで宿泊ってテンションが上がるよね。メルも少しでも解放的になってくれたらいいけど」
「ははっ、コウタは相変わらずメル嬢が第一なんだな。しかしよう……」
そこでジェイクは、上半身を起こしてにんまりと笑い、
「実際のところどうなんだ? やっぱお前の本命はメル嬢なのか?」
そんなことを言い出した。
「へ?」と呟き、コウタの顔が赤くなる。
「い、いや、本命って……メルはボクの幼馴染だよ?」
そう言って、コウタは呆れたように頬をかいた。
「メルとは兄妹みたいに育ったんだよ。恋愛対象になる訳ないじゃないか。そりゃあメルは可愛いよ。寝ている時はつい頭を撫でたくなるし、拗ねた時とかは宥めるのには苦労するけど、その後の笑顔を見ると幸せな気分になるよ。グッと抱きしめたくなる」
「お、おう、そうか……」
ジェイクは少し頬を引きつらせて、そう呟いた。
一方、コウタの勢いは止まらない。
「あのね。そもそもボクにとってメルは――」
そう切り出して、いかにメルティアが愛らしいのかをひたすら力説するコウタに、ジェイクは「お、おう……」と、とりあえず相槌を打った。
正直、ここまで饒舌なコウタは初めて見る。
(こ、こりゃあ、自覚はねえみたいだが、ベタ惚れだな)
と、内心で確信するジェイク。
そうなってくると、気になるのはもう一人の少女だ。
「じゃあ、お嬢の方はどう思ってんだ?」
「え? リーゼさん?」
コウタは、キョトンとした表情を浮かべた。
それから少し考えて――。
「リーゼさんはいい人だよ。とても友達思いだし、色んな人に親身になって相談も受けているのもよく見るよね」
と、答えるコウタに、ジェイクはやれやれと嘆息した。
少しばかり、質問の内容に具体性が欠けていたのかも知れない。
ジェイクはあごに手を当てて、改めて具体的に聞いてみることにした。
「……まあ、そうだな。けど『女の子』としてはどう思ってんだ?」
これは流石に直球すぎる質問か。
口に出してから、ジェイクは内心でそう思ったが、鈍感なコウタにはこれぐらい率直に聞いた方がいいだろう。これなら誤解しようもない。
するとコウタは――。
「女の子としては凄く可愛いと思うよ」
直球を真正面から打ち返してきた。
「綺麗な顔立ちとかで凛としたイメージが強い人だけど、時折凄く可愛らしい仕種をするんだ。笑顔も魅力的だし、クラスでも彼女が好きな人は多いんじゃないかな」
ジェイクは目を丸くする。意外なほどの高評価だった。
「じゃ、じゃあ、コウタとしては、お嬢は『アリ』なのか?」
そして一番肝心な部分を聞いてみる。と、
「恋愛対象として……って意味なら『アリ』だよ。リーゼさん可愛いし」
コウタは少し気恥ずかしそうに頬をかいた。が、すぐに「まあ、ボクなんかじゃあ相手にもされないだろうけどね」と、苦笑を浮かべて告げる。
ジェイクは「……ほう」と呟いた。
(なるほど。お嬢って案外勝算があんのかもしんねえな)
聞く限り、コウタはメルティアの方に、より強い好意を抱いている。
しかし、色々な事情で彼女を『妹』として見ようとしているのが窺えた。
それに対し、リーゼの方は好意の点では遅れを取っているようだが、少なくとも恋愛対象としては意識されている。これは大きなアドバンテージだ。
リーゼの恋は、かなり劣勢なものだとジェイクは考えていたのだが、戦況は意外と拮抗しているのかもしれない。
(……こいつは中々面白そうだな)
と、ジェイクがベッドの上で胡坐をかいて、あくどい顔をしていたら、
「ところでジェイク」
コウタが話しかけて来た。
「ジェイクの方こそどうなのさ。好きな人とかいないの?」
「へ? オレっちか?」
不意に問われて面をくらったジェイクだったが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
それこそ、まさに旬の話題だった。
「ふふ、よくぞ聞いてくれた! オレっちは遂に運命の人と出会ったのさ!」
「え? そうだったんだ!」
今度はコウタの方が目を丸くした。
その話は、完全に初耳である。
「へえ、誰なの? ボクが知っている人?」
続けてそう尋ねると、ジェイクは「おうよ」と言って誇らしく胸を張った。
「実はな。シャルロットさんだ!」
「……えっ? ええっ!? シャルロットさん!?」
コウタは再び目を剥いた。
全く想定していなかった名前に、かなり驚いたのだ。
「クラスメートとかじゃないの? なんでまた……シャルロットさんって、まだ知りあってから一週間も経っていないよね?」
確か、ジェイクが彼女と初めて出会ったのは二日ほど前のことだったはずだ。今回の引率的な立場ということで、リーゼに紹介されたのが初対面である。
(う~ん……。確かに綺麗な人だったけど)
コウタはわずかに眉根を寄せた。
肩まである藍色の髪に蒼い瞳。やや冷たいような雰囲気がするが、スタイルも申し分ない美女。それが、シャルロット=スコラという女性だった。
ただ、コウタの初対面の印象としては、何故かいきなり突き刺すような眼差しで睨まれたこともあり、少しだけ苦手な感じがする相手でもあった。
しかし、ジェイクにとっては全く違って――。
「時間なんて関係ねえよ。あの人を一目見た時、心に電撃が走ったのさ」
と、両腕を組んで大柄な少年は語る。
「特にあのクールな感じがいいんだよなあ。あういうタイプって普段はクールだけど、二人っきりの時だけはきっとデレるんだぜ」
「……そうなの?」
少し困惑した声を上げるコウタ。
どうも、あのクールな女性のデレる姿というのがイメージ出来ない。
「まっ、そういうことさ。だから、オレっちのテンションもうなぎ登りなのさ。なにせ好きな人と一つ屋根の下にいるんだからな!」
と、嬉しそうに嘯くジェイク。
続けて彼は後頭部で手を重ねると、愛しい女性の姿を思い浮かべた。
出来ることなら、彼女の笑顔を見てみたいものだ。
そんなことを思いつつ、ジェイクはにんまりと笑った。
「ははっ。シャルロットさん、きっと今ごろ料理をしてんだろうなあ。シャルロットさんの手料理か。マジで楽しみだぜ!」
◆
――ぶるっ。
その時、シャルロット=スコラは少し身震いをした。
どうしてか、背中に悪寒が走ったのだ。
「……夏風邪でしょうか?」
そう呟いて一瞬眉をしかめるが、シャルロットはすぐに作業に集中した。
彼女の前にはいま大きな寸胴鍋が置かれており、中にはぐつぐつと野菜系のスープが煮込まれている。何とも言えない良い匂いが、周囲に充満していた。
そこはレイハート家の別荘の一階にある厨房。
コウタ達が各自の部屋にいる間に、シャルロットは早速夕食の準備に入っていた。
たった数人分の食事。彼女にとっては造作もない仕事だ。
料理経験のあるコウタやリーゼは手伝いを名乗り出たのだが、シャルロットは丁重に断った。メイドの自分がいるのに客人や主人に料理を手伝わせる訳にはいかない。
簡単に言えば、メイドの矜持という奴だ。
(これだけは譲れません)
シャルロットは慣れた手つきで、スープをゆっくりとかき混ぜていた。
と、その時、
「……サラダ、準備できたよ」
小さなメイドがそう報告してきた。
アイリ=ラストン。アシュレイ家のメイド少女だ。
この少女だけは同じメイドということで、シャルロットの手伝いをしていた。
シャルロットは少女を一瞥し、「ありがとうございます。ラストンさん。では、サラダを大食堂に持っていって頂けますか」と告げた。
この幼い少女は、てっきりメイドの真似事をしているだけだと思っていたのだが、意外なほどしっかりしている。今も当たり障りのない所で、とりあえずサラダの用意を頼んだのだが、きっちりとこなしていた。
(まあ、確かに彼女のスキルは少々意外でしたが、それ以上に気になるのが……)
シャルロットは鍋をかき回しながら、厨房の一角に目をやった。
そこにいるのは、三体の小さな鎧騎士だった。
彼らは食器を両手に抱え、せっせと大食堂の方へ運んでいた。
(……彼らは一体何なのでしょうか)
シャルロットは表情を変えずに、内心で小首を傾げた。
彼女の主人は「ゴーレムですわ」と言っていたが、意味が分からない。
さらに詳しく尋ねると、自分で動く小さな鎧機兵らしいが、あんな技術があるなど聞いたこともなかった。しかも彼らはカタコトだがしゃべっていた。
まさに驚くべき技術である。
(今時の鎧機兵は、会話までするようになったのですね)
シャルロットは何だか時代の流れを感じた。
自分が騎士学校を卒業して随分経つ。鎧機兵も進化したのだろう。
今回の件では、彼女の主人の想い人の人となりを探るつもりだったのが、随分と驚かされることばかりでいっぱいだった。
「まあ、ともあれ、今は料理に集中しますか」
と、気持ちを切り替え、シャルロットは鍋の様子を見たその時だった。
不意に、鈴が鳴るような音が聞こえて来た。
シャルロットは手を止めた。アイリ、ゴーレム達も作業を中断する。
今の鈴のような音は、来客を知らせるベルだった。
(……来客? 一体誰が?)
シャルロットは疑問に思ったが、放置する訳にもいかない。
(仕方がないですね)
シャルロットはアイリに目をやった。
「ラストンさん。少し鍋を見ていて下さい。私は様子を見てきます」
「……うん。分かった」
アイリはこくんと頷く。ゴーレム達まで頷いた。
シャルロットは早速玄関へと向かった。その間も定期的にベルは鳴っていた。
彼女は足早に進み、エントランスホールに出て重厚なドアの前に立った。
そしてドア越しに訪問者に問う。
「どちらさまでしょうか?」
すると、訪問者が答える。
「ああ、突然の訪問、失礼。リーゼ=レイハートさまはご在宅でしょうか」
「――っ!」
シャルロットは目を丸くした。この声には聞き覚えがあったのだ。
彼女は困惑しつつも「今開けます」と言ってドアを開けた。
「ん? ああ、君は……スコラ君じゃないか」
と、名前を呼ばれて、シャルロットは一瞬無言になった。
玄関先にいたのは、やはり見知った青年だった。
かつて、シャルロットと共にエリーズ国騎士学校に通ったクラスメートであり、彼女が座学でも実技でもただの一度も勝てたことのない首席の男。
今は、バラの花束を片手に、白い貴族服を見事に着こなした美丈夫だ。
「久しぶりだな。スコラ君」
そう言って、訪問者は親愛の笑みを浮かべた。
「ええ、お久しぶりです。サザン伯爵」
それに対し、シャルロットは内心はどうであれ、深々と頭を下げた。
いきなりの訪問者。
彼はシャルロットの知り合いであり、名前をハワード=サザンと言った。
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