第16話 迷い込みし者④
かくして、少年達が決意を固めていた頃。
少女達は自分達が借りたコテージに辿り着いていた。
一つのコテージにはシャワールームやキッチンを含めて六つの部屋がある。今日は利用者も少ないため、このコテージは彼女達の貸し切りだった。
そして彼女達は個室の前まで移動すると、鍵を開け室内に入った。
カチャリ、と。
壁際のスイッチに手を触れ、部屋に明かりを点ける。
恒力を利用した照明は、室内を余すことなく照らした。
「……あら。意外と綺麗ですわね」
と、リーゼが率直な感想を述べる。
室内は思いのほか整っていた。木目が印象的な木製の床に壁。大きな窓が一つ。椅子や机の類はないが、代わりにベッドは二つある。
余計なものがない質素な内装であるがゆえに、清潔な部屋でもあった。きっと管理者が毎日掃除をしているのだろう。
「ようやく一休み出来そうですわね」
言って、リーゼは自分のサックをベッドの近くに置いた。
メルティアもそれに続く。彼女は隣の部屋で泊るつもりだが、その前に少しアイリの様子を見ようと思ったのだ。
『……アイリ。とりあえずベッドの上にでも座りますか?』
そう言って、メルティアは手をアイリの方へ向けた。
すると、一瞬前まで無表情だった少女はビクッと肩を震わせた。
『……う』
思わず手を止めてしまうメルティア。
今のメルティアの姿はニセージルにも届く巨大な甲冑騎士だ。
そんな巨人が、ヌオオ、と手を伸ばせば怯えてしまうのも無理はない。
何より、先程からアイリは一度もメルティアと手を繋いでくれなかった。
『……アイリ。その、私が怖いですか?』
と、メルティアは恐る恐る尋ねる。
対し、アイリはほんの少しだけ眉根を寄せて頷いた。
『……う、うぅ』
流石にショックを受けるメルティア。
その様子を見てリーゼが嘆息する。
「メルティア。別にアイリはあなたに怯えている訳じゃありませんわ。その甲冑に怯えているのです。あまりに気になさらないで」
と、フォローをするが、メルティアには聞こえていない。
厳つい甲冑を身に纏っていても、彼女も女の子。
やはり可愛いものは好きなのである。
だというのに、こんな愛らしい少女に怯えられることはかなり衝撃的だった。
『……アイリ。私の姿は嫌ですか?』
そう尋ねると、アイリは少し迷いながらも「……うん」と頷いた。
メルティアは沈黙する。
何となくだが、アイリの姿がかつて大人に怯えていた自分の姿に重なる。
そして一分、二分と気まずい雰囲気で沈黙が続いて……。
『……いいでしょう』
静かに呟き、メルティアは遂に覚悟を決めた。
『ならば御覧入れましょう。私の真の姿を』
「……え? メ、メルティア?」
唐突な展開に、唖然としたのはリーゼだった。
「えっ? い、いえ、メルティア? あなたがアイリのために勇気を振り絞ったのは、実に素晴らしいことだと思いますが、えっと、その、あの……」
思わず口籠るリーゼ。彼女はメルティアの真の姿を――ムキムキっとした筋肉の鎧を纏う大柄すぎる少女を思い浮かべて激しく狼狽した。
もしも本当の姿を見せてなお、アイリが怯えたりでもしたら、メルティアのショックは計り知れないレベルだろう。もう目も当てられない。
きっと、メルティアは二度と人前で鎧を脱がなくなるに違いない。
「メ、メルティア。ここは一旦落ち着いて……」
と、慌ててメルティアを止めようとするリーゼだったが、
『光栄に思って下さい』
しかし、そんな友人の心情には一切気付かず、メルティアは小首を傾げるアイリの前に立ち、すうっと両腕を広げた。
『家族以外でここまで見せるのはあなた方が初めてです』
「メ、メルティア!? お待ちになって!?」
リーゼは青ざめて駆け寄るが、一歩遅かった。
プシュウ、と。
メルティアの鎧から空気が抜ける音がした。
続けて、鎧の手足に一筋の火花が走り、バカンッと解放された。
そうして最後に、肩を起点にして上半身の前面が上に開いていった。
「……えっ?」
まるで想像と違う鎧の脱ぎ方に、リーゼは目を丸くした。
アイリもまた同様の表情だ。
そんな中、「……ふう」という呟きと共に一人の人物が鎧の中から現れた。
トンと床に降り立ったのは小柄な少女。紫銀色の髪と猫耳を持つ少女だった。
少し冷めたような金色の瞳を持ち、その華奢な身体には黒いタイトパンツと、肩を大きく露出した白いブラウスを纏う美しい少女である。
「えっ? ええ?」
リーゼは一歩後ずさった。状況が全く分からない。
どうしてメルティアの中から、見知らぬ少女が出てくるのか。
しかも整った顔立ちといい、とても魅力的な美少女だ。
何よりもその豊かすぎる双丘が……。
(………くッ!)
リーゼは反射的に歯噛みする。
背は頭一つ分ほどリーゼよりも低く、華奢な体つきをしているくせに、恐らくその部分だけはリーゼのそれよりも二回りは大きいではないか。
見た所、ほぼ同年代のように見えるのに、これはあまりにも不条理だった。
(……むむむ!)
思わずグッと拳を握りしめるリーゼ。
と、その時、紫銀色の髪の少女はその豊かな胸を大きく揺らして膝をつき、驚いた表情を浮かべるアイリと視線を合わせた。
「……どうですか? アイリ。この姿なら怖くありませんか?」
そう尋ねて、紫銀色の髪の少女は優しく笑う。
しかし、アイリはまるで手品を見たかのような状況に、ただ唖然としていた。
そしてそれはリーゼも同様だった。
――えっ、いや、まさか、この少女が……。
「ちょ、ちょっと待って下さい!? あなたは一体誰ですの!?」
「……? メルティアですが、何か?」
と、返答しつつ、不思議そうに小首を傾げる紫銀色の髪の少女――メルティアに、リーゼは言葉もなかった。
「ええッ!? だ、だって大きさが!? そんな小さくさっぱりして!?」
「??? 大は小を兼ねます。甲冑より大きい人間ならともかく、小さい人間が出てきても不思議じゃないでしょう。どうして驚くのです?」
キョトンとして目を瞬かせるメルティア。
しかし、リーゼは納得できない。
「いや、だって、その小さな体ではあんな大きい鎧は動かせないでしょう!? 腕や足の長さもまるで違いますわ! どうやって動かしていたのですか!?」
「この鎧は特注ですから。その点は後で説明します」
それだけを言うと、メルティアは視線をアイリに向けた。
そして恐る恐る幼い少女に、両手を差し伸べる。
「……ア、アイリ」
少し緊張した声でメルティアは告げる。
「その、もし私が怖くないのなら、ギュッとさせて下さい」
どこか怯えたような様子で懇願するメルティアを、アイリは黙って見つめた。
そして数十秒後……。
アイリは、ぼふんっとメルティアの胸の中に飛び込んだ。
続けて、ギュッとメルティアの腰を掴む。
「ア、アイリ……ッ」
ギュウウ、と。
メルティアは少女を抱きしめる。
どうやら勇気を振り絞った甲斐があったようだ。
「……メルティア、柔らかい。むにむに」
言って、メルティアの豊満な胸の中に顔を埋めるアイリ。
「むっ、そうですか」
対し、メルティアは少しだけ複雑な表情を浮かべた。
「私は太りにくいのですが、少し運動不足なのかもしれません。しかし、ギュッとされたことはありますが、するのは初めてです。何だかこそばゆいです」
と、仲睦まじく会話をする少女達。
一方、残された蜂蜜色の髪の少女は、未だ動揺から立ち直れていなかった。
「む、むむむ……」
一人だけ呻く。
これは完全に想定外だった。てっきり筋肉質で大柄な少女とばかり思っていたメルティアが、まさかこれほど可憐だったとは……。
「……メルティア。一つよろしいかしら?」
「……? 何ですか? リーゼ」
言って、メルティアは首だけをリーゼの方へ振り向けた。
「その、彼は……あなたのその本当の姿を知っているのですか?」
「……彼? ああ、コウタのことですか。当然です。と言うよりも私はここ数年、父とコウタ以外の人に私の姿を見せたことはありません」
「むむ、むむむむ……」
思わず眉をしかめて呻くリーゼ。
これは、認識を大きく改めなければならない。
正直、メルティアのことは、その容姿から対象外だと勝手に決め付けていた。
しかし、事実は違う。メルティアは紛れもない恋敵だったのだ。
それも恐らくは最強の恋敵だ。
(けど、まぁ構いませんか)
リーゼは女王の貫録で気持ちを立て直す。
そもそも恋敵がいること自体は想定内だ。要は最後に自分が勝てばいい。むしろこの強力すぎる伏兵に、早々と気付けたことは僥倖と思うべきだ。
(何より、メルティアが甲冑を脱いでくれたのはとても喜ばしいことですわ)
リーゼは抱きしめ合う少女達を見据えて、ふっと口元を綻ばせた。
出会ったばかりの少女の為に、一歩踏み出したメルティア。
何となくだが、リーゼは思う。
きっと勇気とは。
自分の為ではなく、誰かの為にこそ生まれるものなのだろう、と。
「まあ、そんな気取ったことは置いとくとして」
リーゼはコツコツと足音を響かせ、メルティアに近付いた。
そしてポンっと友人の両肩に手を置いた。
「……? リーゼ?」
メルティアはキョトンとした表情を浮かべた。
彼女の胸の中にいるアイリも同じような顔をしている。
「良かったですわ。メルティア」
すると、リーゼは肩に添えた手に力を込め――。
「もう部屋を分ける必要もないでしょう。これでじっくりと聞かせてもらえますわ。あなたと彼の関係を」
そう言って、二コリと笑った。
◆
――同時刻。
とある森の野営地にて。
「……そうか。一人逃したか」
ラゴウ=ホオヅキは、部下の報告に小さく嘆息した。
テントの中に机を置き、地図で進路を確認していた手も止める。
「……申し訳ありません。ホオヅキ支部長。またしてもこんな失態を……」
「ふっ、構わんさ。あの混戦の後で三人は捕えたのだ。上出来よ」
言って、部下の肩を軽く叩くラゴウ。
それから、おもむろにテントの入り口をくぐり外に出た。
部下も慌てて後に続く。
「ホオヅキ支部長。どうか我らに一晩お時間を下さい。何としても最後の一名を見つけ出し、回収して参ります」
彼らの上司は実に寛大な人物だ。
失態に対して、反省を促しても責めたりはしない。
しかし、だからと言ってそれに甘えてばかりもいられなかった。
上司に負担ばかりかけて何が部下だ。
「どうか、ここは我らに汚名返上の機会をお与え下さい」
真摯に願う部下の男。
だが、ラゴウはかぶりを振った。
「いや、ヌシらの気持ちも分かるが、もう時間がないのだ。止む得ずとはいえ一戦交えた以上、このルートはすぐに特定されるだろう。今度は《七星》が来る。今日の深夜……遅くても三時には出立すべきだ」
「……では、最後の一名は諦めるのですか?」
そう尋ねる部下に、ラゴウは再びかぶりを振った。
「もはや探索に割く時間はない。人手もな。だが、君主より賜りし我が使命を、我が身可愛さで蔑ろにすることなど吾輩には出来ぬ」
そう呟き、ラゴウは空を見上げた。
野営地に選んだここは木々が開けた場所であり、星がよく見える。
その星々を見据えて、ラゴウはニヤリと笑う。
「ここは吾輩が出向こう」
そう呟き、部下に告げる。
「幸いにも吾輩は《星読み》が使える。捜索の手間はいらん」
「し、支部長! それは!」
部下は大きく目を見開き、上司を止めようとするが、すっと手で遮られる。
「これが最善だ」
と、断言され、部下は言葉もなかった。
そして、ラゴウは不敵な笑みを浮かべて指示を下す。
「ヌシらはここで待機せよ。かの《商品》は吾輩自ら回収して来ようぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます