俺、また何かやらかしちゃいました?(キューピッドver)

こじれてしまった二人の仲を取り持とう。で、どうする? なんて言葉を掛けようか。


――まあまあ、凛子。そうカッカしちゃダメだよ、血を分けた姉妹じゃないか。イルマ王女が凛子の事をどれだけ深く思っているか考えた事はあるかい? 彼女の気持ちを汲んで、もう少し丁寧に向き合うべきさ。


これではいけませんね。事情を大雑把に知っただけの第三者が、分かった顔で説教を垂れるのはアウト。何様だよナニ出してから偉ぶれよ、と反感を買ってしまう。

中身のないテンプレは用いず、音無さんを想った音無さんに届くやり方でなければならない。


と、いうことで買収しよう。


「凛子、ちょっとこっちに来て。二人だけで話したい事がある」


「ふぇ? と、唐突な逢引!? 行きます逝きますシケ込みます!」


「悪いけど、イルマはここで待っててね」


「えっ……ど、どうして?」


「ちょっと込み入った事情があってさ。すぐ戻るから」


イルマ王女の目の前で買収はマズい。「リンちゃんを物で釣るなんて!」と怒られるなら全然OKだが「物を尽くしてまで拙とリンちゃんを結びつけてくれるなんて(キュン」とポジティブ解釈されたら俺もターゲット入りしてしまう。


食事を取っていたテーブルを発ち、結婚を誓い合った祭壇に移動する。


「話って何ですか!? あたしだけに正式なプロポーズしてくれるんですか!? イルマを出し抜いてあたしたちで幸せになるって算段ですか!? あたし、抜け駆けも抜いて掛けられるのも大好きです!」


「違うから、それに声が大きいから、イルマ王女や南無瀬組がメッチャ怖いガン飛ばししているから」


よっぽど興奮しているのか、いつもの口調に戻っている音無さん。やんわりと買収せっとくするのは無理だな、直球で行こう。


「重要任務を依頼します。報酬は俺の手料理フルコースです」


「何でも言ってください」


アヘ顔から一変、音無さんはフルコースのためならコロコロも辞さない殺意キメた表情になった。


「依頼は、イルマ王女と仲良くすること。彼女が闇を抱えない程度で構いません、数ヵ月に一回会う親戚くらいの距離感を望みます」


「承知です」


即答である。イルマ王女との拗れた関係や、ブレイクチェリー女王国への複雑な感情を、音無さんは俺の手料理以下の些事さじと断じた。過去を乗り越え未来へ進む人って素敵だ、感動的だ、そういう事にしよう。





「リンちゃん、タクマさん。二人だけの秘密の話はやめてください、拙を一人にしないで……ううぅ」


痺れを切らしたイルマ王女が祭壇へ駆け寄ってきた。あっぶね、急いで買収しなければ密談を聞かれていたかも――っておや?


「一人にしてごめん。それより頭を押さえてどうしたの? 具合が悪いのかな」


「き、気にしないでください、拙は前々から片頭痛持ちで……うぅ、ハァハァ」


大変だ、女王ともなると気苦労が絶えないのかな。


「ハァハァ……アハぁ」


ん? なんかイルマ王女の頭痛リアクションおかしくね? 荒い息に快感物質含まれてね?


「イルマ~だいじょうぶ? 体調が悪いなら休む? どこか横になれる所を探そうか」


「あ、や、休むほどじゃないよ、拙は大丈夫だから」


「そう? あんまり無理はしないでね」


「う、うん。気を遣ってくれてありがとう、リンちゃん」


「いいって。じゃ、そういうことで」


上手い! やるじゃないか、音無さん。


倒れられたら困るのでとりあえず体調確認はするものの、積極的に介護はしない。突き放しはしないけど、引き込もうともしない。微妙で絶妙なソーシャルディスタンスだ、音無さんの心配顔の中には面倒臭さが見え見えで、それを察して健気に微笑むイルマ王女……うむ、第三者として居心地悪いぜ!


(こんな感じで良いですよね? 三池さんのお望み通りですよね?)


(見直しましたよ! 音無さんに役者の才能があるなんてビックリです)


(演技は三池さんや静流ちゃんの専売特許じゃないってことです)


(その調子でイルマ王女が俺たちに執着し過ぎないよう調節してください)


(了解です! えへへへ、今晩は三池さんのフルコースかぁ。昇天は避けようがないから現世への堕天を頑張ろっ)


(はい、元気なお帰りをお待ち――「なにをしているのですか?」


ゾクッと来た。

頭を押さえて苦しんでいたイルマ王女がいつのまにかこっちを見ている。前髪の間から放たれるアイビームが闇属性だ。


「もう一度お尋ねします。なにをしていたのですか?」


「別になにも~? あたしたち喋ってもいなかったよ」


「二人でアイコンタクトを飛ばしまくっていましたよね。二人の世界を作っていましたよね。拙を除け者にしていましたよね」


いかん、音無さんの表情が分かりやすいので、ついついアイコンタクトで会話を続けてしまった。

自分以外の家族が、言葉無しで意思疎通していたら疎外感半端ないよな。


「やだぁ二人の世界? あたしとタクマさんが? そんな事ないと思うけど、そう見えちゃったか~あはははそっか~」


「ちょ、音無さん!? なに煽っているんですか。ちゃんと否定してくださいよ」


「仕方ないですよ、あたしたちの隠しようのないラブラブが、イルマを勘違いさせたんです。誰が悪いって話じゃありません」


だから煽らないでって!


「ううっ……ううハァハァ……」ゴゴゴゴゴゴゴォォ!!


うわ、また周囲がゴゴゴゴしてきた。ここの次元、建て付けが悪いんだから勘弁してくれ。 


「お、落ち着いてイルマ! 俺たちは家族! 空間を割らずに腹を割って話し合おう!」


「うんうん、あたしも――」「音無さんは黙っていて。絶対事態を悪化させるから」「ええぇっ!?」


「ううぅ……一見、仲の良い三人なのに……うち二人が裏で深く繋がっていて……ハァハァ……それを知った拙は絶望して……でもそれって……あああアアアッッ」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォ!!


やべぇ、この震動は由良様級だ。空間や俺のメンタルだけでなく、結婚式場のセットまでガタガタと揺れ出した、崩れるんじゃないかコレェ!?



マイフレンド・嫌な予感さんは友情に厚いらしく、すぐさま俺の期待に応えてくれた。


ぃクマさんッ、うえッです!?」


えっ、なに音無さん、うえ……上?


言われるがままに視線を上げると、教会の天窓付近に設置した何かが、フラフラと、今まさに落ちかけているところだった。


あれは――キューピッドの像? 

男が居なくなって滅びかけた国を己の身一つで救ったという伝説的な逸話と精力を持つキューピッド少年の像。人口維持組織キューピッドへのゴマ擦りにはキューピッドが一番、という安直な考えで置いていた代物だ。なお一般的に普及しているのは全裸バージョンだが、結婚式会場にこれ以上の催淫要素はNG、という事で半裸バージョンを用意していた……と、そんな像が俺目掛けて落下してくる。


「いいッ!?」


キューピッド像は子どもサイズなものの、股間のふくらみと重量は大人顔向け。当たったら身体と心に大ダメージだ……が。


「なんとぉーっ!」

舐めんじゃねぇ! 俺の護身力だってパワーアップしているんだ! 自由落下物の一つや二つ回避してみせる! 


勢いよく横っ飛びッ! よし、確実に助かった!

空中に身を躍らせる中、俺の目は「あっぶな、ほいキャッチと」と軽くジャンプ(3メートル)してキューピッド像を受けとめる音無さんを捉えた。


あっ、やべ骨折り損――と後悔したのは一瞬で。



「んひゃあっ!?」

「いてぇ!?」


着地点をまったく考慮していなかった俺は、ナニかに思いっきりぶつかった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「拓馬はん、怪我はないんか? 擦ったとこあったらすぐ教えてな」


「大丈夫です、何ともありませんよ」


「ホッとしたわぁ。傷付いた拓馬はんを見たら、うちが血反吐を吐いてまう」


「あははは、これも日頃の行いが良かったからですね」


慌てて駆け寄ってきた南無瀬組を安心させようと、明るく受け答えした……のだが。


「ほ~ん、行いときたか? おもろいわぁ、拓馬はんにとっても善行に入るんか?」


真矢さんの言葉には鋭利な棘があった。


「い、いや、これって不慮の事故じゃないですか。不幸な偶然ってやつです。悪い人探しするのは違うと思うんです」


「三池氏、これは落とし前案件。イルマ氏と凛子ちゃんの間を浅はかにも取り持とうとして、なぜか凛子ちゃんと共に煽り芸した挙句、トドメの。それらをいつもの『俺、また何かやらかしちゃいました?』で済ませるのは違うと思う」


「んぐっ! た、たしかに俺にも落ち度はあったかもしれませんが……お、音無さんも何か弁明してくれませんか? 良さげな言い訳を出してくれると有難い……のですが……お、音無さん?」


「ふがふがふぐふぐ」


言い訳どころかマトモに喋られない、音無さんは簀巻きにされていた。布で目隠しされ、ガムテープで口封じされ、まな板の鯉のようにジタバタするのがやっとの状態だ。

結婚式の間、南無瀬組を尻目に音無さんは勝ち組アピールに余念がなかった。結婚式が終わった今、この悲劇は当然の帰結か。


「南無瀬組はチームワークで成り立ってん。暴女の群れから拓馬はんを守るには、全員が一丸となって取り組まなアカン。仲間を思いやる心が何よりも大切や」


「凛子ちゃんはチームの輪と情緒を乱しに乱した。自分だけ三池氏と結婚して幸せになろうとした。絶対に許してはならない」


ああ、これは蒸発コースまっしぐらだ。さようなら、音無さん。いつの日か元気な姿をまた見せてください。


「音無はんは後でちん、拓馬はんは後で説教として、まずはイルマ王女やな。はぁ~~」


真矢さんがコメカミを押さえながらイルマ王女を見る――意識を無くして倒れ伏すイルマ王女を。


どうしてこうなってしまったんだろう?


キューピッド像を辛くも避けた俺は、いつもの不注意からか、不幸にも黒オーラを纏うイルマ王女に追突してしまった。おまけに思いっきり覆いかぶさって、自分の腹部を彼女の顔面にこれでもかと押し付けてしまった俺に対し、イルマ王女が言い渡す示談の条件とは……


「救急車を呼んだ方が良いですかね? もしかしたら後頭部を強く打ったから気絶しているのかもしれませんし」


「大の女性ならあの程度の衝撃でどうもならへん。十中八九、至近距離からのタクマニウム過剰摂取によるオーバーヒートが原因や」


「ああぅ、やっぱりですか」


この世界の女性は車に轢かれてもピンピンしているもんな、後頭部強打なんてソフトタッチのうちか。


文字通り、眠り姫となったイルマ王女。手足も後ろ髪もだらんと床に広げて、前髪だけは頑なに表情を隠している。いったいどんな顔で気絶しているのだろうか。眠り姫のようなメルヘンで清廉な雰囲気は微塵も無く、とても不気味である。


「撤退を進言する。結婚式のデモンストレーションはすでに完了している、目標は達成済み。タクマニウムによってイルマ氏が如何ほどの変態を遂げるか不明な今、三池氏と対面させるのは非常に危険」


「……しちゃいますかね、変態?」


「私はこの手の変態に詳しい。イルマ氏は真理タクマニウムに触れてしまった。ハッピーバースデー不可避、もう昔の自分には戻れない」


姉や妹が変態しているだけあって、椿さんの発言は説得力に満ちていた。


「タックルかました謝罪は後日でええ。イルマ王女の介抱はうちがヤルさかい、拓馬はんは先に帰ってな。イルマ王女対策を考えるんはそれからや」


「……分かりました。すみません、俺の尻拭いをさせてしまって」


「ええよ、うちは拓馬はんのマネージャーやもん。喜んで尻拭いするわ」


真矢さんは恥ずかしそうに笑った。たぶん言葉通りのシチュエーションを想像してたぎっているのだろう。


「ありがとうございます。それじゃあ椿さん、行きましょう」


真矢さんまで変態しては色々と終わってしまう。俺は素早く話を切り上げ、次の行動に移った。


ちなみに音無さんは組員さんに芋虫状態のまま担がれて、いずこかへと消えて行った……





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





三日後。


懸念していたイルマ王女の襲撃はない。

あの場に残った真矢さんが言うには「イルマ王女やけど、急にむくりと起き上がってな。介抱の礼を言って、キューピッドの国際会議の場に戻って行ったわ。変態の素振りは無いし、拓馬はんや音無はんが居ない事にも動揺せんで……あの落ち着きは異様や」との事。溜める系はここぞと言う時の爆発力がヤバいんで止めてもろて……


イルマ王女の動向にビクビクしながらも俺は日常へと帰還した。

ただ、日常の風景に音無さんは居ない。安定の行方不明だけど、きっと大丈夫だ。

蒸発した水蒸気が空に昇って冷やされ雲となり、やがて雨として大地に戻ってくる。それと同じで蒸発した音無さんもいずれヒョッコリ戻ってくるだろう。自然のサイクルを信じて待とうじゃないか。



南無瀬邸の大広間で、真矢さんや椿さんと朝食を取る。


「今朝の由良様からの怪文書は格別でしたね。結婚式のデモンストレーションに触発されたのか、本物の結婚式をハリーハリーと急かしてきています」


「しゃーない、また妙子姉さんにストッパーになってもらうで。よう効く栄養剤もって頼みに行くわ」


「天道家も三池氏の結婚式デモに興奮している。今後、全力で囲いに来ると予測。テレビ局やロケ地に彼女らが出没した場合、無暗に近付かず私の背に隠れること推奨」


「了解です。世界人口を維持するためとは言え、結婚式は劇薬ですね」


これで、覚醒したイルマ王女が攻勢を掛けてきた――なんて事になったらいよいよ進退窮まるな。どうかイルマ王女が大人しくしていますように。何卒よろしくお願い致します。


「はぁ……もぐもぐ」


フラグを立てながらご飯をほおばっていると。



『緊急速報です』


大広間の大型テレビの音が耳に入ってきた。キャスターが慌てたように原稿を受け取り読み上げている。


『ブレイクチェリー女王国の女王陛下が退位する事となりました。新たに即位されるのは女王陛下の一人娘であるイルマ・ブレイクチェリー王女との事です』


「ぶぅぅぅっーー!?」


『王室からの突然の発表で、詳しい事情はまだ明かされておりません。国際情勢に詳しい専門家も寝耳に水の話のようで――』


「げほごほ、は、はぁぁぁなんでぇぇ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る