【北大路まくるの恐怖】

おかーさん! おかーさん!


「ん~? どうしたの、まくる?」


おかーさんは『りょうしゅ』なんだよね?


「そうよぉ、北大路の領主。これでも偉いのよ」


じゃあ、なんでウチには男のひとがいないの? ほかの『りょうしゅ』には男のひとがいるんだって、それもべったり。


「……踏んだわよ、まくる。あなた、お母さんの地雷を踏んじゃったわよぉ」


ひっ!? ご、ごめんなさい、おかーさん! すっごくはんせいしてます!    


「ふぅ、危うく個人的感情満載のしつけをするところだったわぁ。テヘッ、お母さんったら大人げない。まくるは悪くないのよぉ、ちょっとお母さんの急所を突く質問だっただけで、六割くらいは悪くないの」


ほんとに、ほんとに、わたし悪くない? おかーさんは、もうおこってない?


「怒ってないわ。だから、もう頭を上げてね」


ほんとに、おこってない? じつはムカムカしているけど、子どもの手前、おこってないポーズとか?


「怒ってないって。でも、しつこく確認するならその限りじゃないわよぉ」


あっ、はい。


「で、さっきの質問の答えね。うちにも男性はいるわ」


えっ? どこどこ? 見たことないよ。


「ほら、まくるが毎日お祈りをしている御方がいるじゃない」


それって……マサオ様?


「その通り。何を隠そう、お母さんはマサオ様と結婚しているのよぉ」


ええっと、それって……のう内ムコ?


「あらら、まくるったらお母さんの地雷原でダンスするのがマイブームなの? あまりナマ言っていると教育的指導よ」


ひっ、ごめんなさい! かさねてごめんなさい!


「まったくこの子ったら……しっかり聞きなさい。お母さんはマサオ教の代表。この身はマサオ様に捧げていると言っても過言じゃないの。だから、別の男性と濃厚接触するわけにはいかない。まあ、次代を作るために種だけは確保したけど」


えー。でも、前のダイヒョウだったおばーちゃんにはおじーちゃんがいるよ。それはそれ、これはこれ、じゃダメなの?


「ぐっ、我が子ながら甘言を……まくる、これは覚悟の問題なの。お母さんは全身全霊でマサオ様を信奉している。下半身だけは別口で、なんて甘い思想はマサオ様に失礼でしょ?」


う~~ん。


「まくるには難しい話だったかな?」


わかる、なんとなくわかるよ。でもでも、おかーさんは、さびしくないの?


「優しい子ね。大丈夫よ、マサオ様は男性の人権獲得のために生涯をかけた偉大な御方。そんな人と共に居られる、たとえ身体がくっ付かなくても心は寄り添えるの」


マサオ様ってすごい人なんだね! おかーさん、マサオ様のことをいっぱいおしえて!


「いいわよぉ、マサオ様の偉業を一つ一つ解説してあげる」


ありがとう、おかーさん! わたしもいつかマサオ様とけっこんする!


「あらら……気が早いわね。じゃあ、まくるもお母さんと一緒に修羅道へ堕ちましょ」


しゅらどう?


「こっちの話よ。それより、ブレイクチェリー女王国にマサオ様が現れたところからお話を始めましょうねぇ」






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






南無瀬邸で噂のアイドル・タクマ殿と会合した翌日。


小生は緊張の瞬間を迎えていた。



「遠い所をようこそいらっしゃいました」


「い、いえ滅相もない。お忙しい中、貴重な時間を割いていただきありがとうございます!」


心臓が痛い。動悸や赤面を抑えられない。

何度もお会いしているのにこの御方を前にすると小生はダメだ、入信仕立てで緊張する子供も同然だ。

南無瀬組の長たる妙子様が相手でも、こんなには揺らがなかったのに。


「うふふふ、自分の家のようにおくつろぎください。そうそう、飲み物ですが……まくる様はいつもの茶葉でよろしいでしょうか?」


「は、はい! もちろんですし、貴方様の手でお作りになられた物なら何だろうと小生の好物です!」


「まあ、お上手ですね」


上品かつあでやかな微笑み。同性でも見惚れてしまう美しさで由良様は小生を歓迎してくださった。





中御門なかみかど由良ゆら様。小生が敬愛して止まない女性だ。

小生が信奉しているマサオ様の子孫。それだけであがたてまつりお傍にはべり倒したくなるのに、由良様は御容姿の美しさは天井知らずな上、性格は誠実で民を思いやる人格者ときている。

なんだこれは、非の打ち所がない『神の子』そのものじゃないか。


由良様ぁぁ! ああぁまったく由良様ったら由良様!

あなたが神っぷりを発揮する度に、小生の崇拝値が上がる一方です。

子孫の由良様が美と情の傑物であればあるほど、源流たるマサオ様もイケ面でイケメン(タル)であった証となり、マサオ様に対する愛が深まります。つか深まり過ぎてズブズブしています。


ここだけの話、小生が心血注いで作るマサオ様の像。あの御尊顔は『由良様が男性だったら……ふぅ』と想像しながら彫りました。もし、由良様が本当に男性だったら逆に掘ってもらおうと凶行に走ったのは想像に難くありません――って、危ない。理性のタガを外すのはマサオ様と交流する時だけにしないと。


現状を把握しながら、自制に努めよう。


ここは、中御門邸の領主執務室。由良様の清らかな香りが充満する空間。

来客用の机を挟んで由良様と二人っきり。


つまりパラダイス。


由良様は不知火群島国の代表として、『国衣』をお召しになっている。中御門家の初代にあたる『由乃様』も袖を通されていた歴史ある服装だ。

格式が高く、いざと言う時に動きづらくターゲットを逃す恐れがある――という理由で庶民には敬遠されがちな衣服だが、小生は少しでも由良様やマサオ様に近付きたい一心で同様の格好をしている。もっとも由良様に並び立つのは不敬なため、袴を水色に染めて安っぽさを出したのは我ながら良き案だったと思う。




「粗茶ですがどうぞ」


「ご、御謙遜を。由良様のお茶は天下に轟く美味。小生にとっては生きる糧でございます」


「持ち上げ過ぎですよ、まくる様。ですが、お世辞でもありがとうございます」


世辞じゃない。このお茶は由良様の手が淹れた物。由良様はマサオ様の遺伝子を引き継ぐ御方。と、すれば小生はこの瞬間、マサオ様成分を摂取していると言える。

ああぁ、小生の細胞がマサオ様に浸されていく。なんて幸福感、生きる糧で逝きそう……あぐっ。


「まくる様、まくる様、まくる様」


「……はっ!? 小生は何を……?」


「お白目しろめを剥いたまま壁を見つめていました。もしかして、疲れが溜まっているのですか? 次回の式典は規模の大きいモノになりますし、準備で」


「そのような事はありません。マサオ様の御威光を示す機会を前にして、小生は活力で溢れています!」


まさか「お茶で絶頂していました」とは言えない。

由良様の不評を買うなんてやだ! やだ! ねぇ小生やだ!


由良様から疑われるのを防ぐべく、一気に話題を進める!


「ところで由良様。その式典のことでお話があります」


マサオ教で最も高位の信者――小生の母と同等の権力を由良様はお持ちになられている。神の子であるし当然、むしろマサオ教の最高位は由良様こそ相応しい。

だが、国家運営で多忙極まる由良様にマサオ教まで背負わせるのは酷と言うもの。

そのため、小生らが式典の立案と運営を引き受け、由良様は計画に問題がないか確認して承認のサインする流れとなっていた――普段の式典であれば。


「実は事前にお送りした計画書から変更される点が出まして」


タクマ殿の件をお伝えしなければならない。

昨晩、南無瀬邸で彼と相対し、北大路領で暗躍する例の集団について説明した。

タクマ殿を勝手に旗頭にして、マサオ教内の結束を緩め、民衆を狂騒へと導こうとする危険な集団。首謀者やメンバーは目下調査中ながら、このまま黙っているわけにはいかない。


「不躾なお願いとは重々承知しておりますが、タクマ殿には何卒ご協力を! 旗頭のタクマ殿がマサオ教の式典に参加したとなれば、あの集団は一気に求心力を失うはずです」


こちらの嘆願に対し、彼は「……あ……はは……だ、大丈夫……ちょっと内臓がゴリゴリしていますが……毎度のパターンなんで……はは」と虚ろな目で答えた。

その後、南無瀬組内で緊急の会議が行われた末――小生は「タクマのスケジュールに空きを作れるか即答は出来ない。しかし、前向きに検討する」と、上々の言葉を頂けた次第である。


タクマ殿に無理をさせてしまうのは心苦しい……が、それでも小生にはマサオ様を守護する使命がある。

申し訳ないタクマ殿。式典が無事終了した暁には、非売品含めたマサオ様グッズをお贈りしよう。マサオ様に囲まれれば、タクマ殿の精神的負担も欠片残さず解消されるに違いない。



昨晩の回想を打ち切り、由良様へ意識を戻す――と。


「……うふふ、珍しいですね。計画が変更? どう変わるのでしょうか?」


ゾクッ!


あ……あれ……なんだ、これは……?

いつも穏やかで陽だまりのように温かな由良様。なのに、小生の身体は悪寒で震えている!


「まくる様は昨日今日とお急ぎで移動されていますよね。やはりお疲れでしょうし、ゆっくり語ってくださいませ……時間は十分に取っていますから」


昨日今日の移動。どうしてそれを御存知で?

例の集団に勘付かれないよう南無瀬領行きの件は、公言を控えていたのに。


「あ、あ……あの、もしや南無瀬組から何か連絡がありましたか?」


「連絡がなくてもワタクシは――んん、話が逸れるところでした。まくる様が為すべきは計画の変更内容について仔細漏らさず述べること。そして、ワタクシと計画に不備がないか精査すること……よろしいですね?」


「あっはい」


「たくさん喋っていただきますもの。お口の中が乾かないようお飲みください」


相変わらずお美しい笑みの由良様が、相変わりまくりの圧力で湯飲みにお茶を注いでくださる。

小生はプルプル振動する手を必死に制御しながら湯飲みを持ち上げ、少し飲んでみた。

逝きかけた先刻と異なり味はまったくしない。恐怖で小生の味覚は麻痺していた。

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