【絶対撮影断行マンの凶行】

第二の被害者は紅華だった。


「あのさぁ、暑苦しいから離れてよ」

役者の矜持を賭け、紅華は『身内の男性に欲情しない女』という異常者を演じた。たんまのアプローチを心底嫌そうな顔で拒絶する。一体どれほどの自制心と演技力の成せるワザなのか……紅華、姉妹一の頑張り屋。その成長した姿に私は感動し――

「……ぅぅぅ。ば、バカぁ!」

――ようとしたが、それどころではない。家族からの心ない言葉に傷つき絶望した目の三池氏に、私のメンタルがティウンティウンと四散しそうだ。

離れて見ているだけでもこうなので、間近で「ば、バカぁ!」を喰らった頑張り屋はひとたまりもない。


「………………」

紅華は白目を剥いて気絶していた。口からモヤモヤと魂らしいものが昇っているのは、私の見間違いだと思いたい。


最初の犠牲者・ジュンヌ氏は幸運だったのである。彼女はたんまの悪意によってやられた。ある意味、納得のいく結末なので迷わず逝けたであろう。

しかし、紅華は善意のたんまを自ら傷つけた。ラブコールしてくる男性を袖にするなど鬼畜の所業。その罪悪感で逝ったのだから、さぞ無念である。呪縛霊になっていたらお祓いせねば。


カメラはたんまに寄っていたため、画面外で紅華が再起不能になっていても問題なかった。

なので。

「やべぇよ、やべぇよ」

という空気が撮影現場に流れていても、「次に行きましょう」と絶対撮影断行マンの三池氏を止められる者はいなかった。



なお、余談ではあるが真矢氏もやられた。

『全は一、一は全』理論という極度の感情移入法を実践していた彼女は、紅華と同様に「ば、バカぁ!」をストレートに受けてしまったのである。「あかんかったぇ」を最後に崩れ落ちた真矢氏は、南無瀬組によって白い布を掛けられ、現場の端に寝かされた。


「で、なぜに凛子ちゃんは無事だったの?」

「あ、これ死ぬ! という予感がしたから『全一』理論を解除したんだ。ふぃ~間一髪」


どうやら我が相棒は動物的勘で難を逃れたらしい。解除できる理論って、もうこれ分かんない。





第四の被害者は咲奈だった。


ソファーで婚約者の写真を収めたアルバムを開き、ウットリしている三女を「ねえねえ、僕にも見せてよ」と、たんまは抱え上げて自分の腰の上に載せる。

あ、あれは伝説として語り継がれるフォーメーション、背面座位!

脚本では『寄り添ってアルバムを眺める』だったのに、三池氏ときたら何というアドリブをっ!?


「みぎゃらぁあ」

三女役の咲奈が聞いたことのない悲鳴、ではなく喜鳴を上げる。


「……かはぁはぁ。い、いけないわぁタッくん。私たちは姉弟なのよぉ」

完全に発情しております、元姉の愛と怒りと悲しみのビンタをお見舞いしたろうか。


「いけないわぁ」と抜かしながら、三池氏の上で腰を昇降し始める咲奈。

当然だが「カット!!」と監督が叫んだ。


「大丈夫、静流ちゃん? 見るまでもなく殺気立っているよ」

「むぅ、すまない。【歌流羅】は捨てたはずなのに、バグが激しい」

「もっと余裕を持とっ。ほら、あそこでラブっているのは自分だと思えば、こんなに嬉しいことはないよ」


凛子ちゃんが楽しそうにスクワットしている。再び装備した『全一』理論を用いて脳内で三池氏とよろしくやっているのだろう。こうはなるまい、と私は心に誓った。



「こんなの無理ッ! タッくんを傷つけるくらいなら舌を噛んで死ぬッ!」

と、降板も視野に入れた咲奈だったが。


「我が儘はいけないよ、咲奈さん。役者なら役を全うしなきゃ」

「でも、タッくん!」

「お姉ちゃんの輝く瞬間を見たいなぁ~」

「タッきゅん!!」


三池氏の説得? により役者の使命? に目覚め演技を続行した。


その結果、テイク4回目で咲奈はようやく脚本通りに「お兄ちゃん邪魔! あっち行って!」を絞り出し――

「うう、ぐぅぅすぅぅええん」涙目になった三池氏の熱演で殉職を果たした。


咲奈の場合、『妹として兄を痛めつける』というブラコン(姉弟)のアイデンティティを否定しながら逝ったため、怨霊レベルの無念さを残しそう。高名な霊媒師を予約しておかねば。



なお、余談ではあるが凛子ちゃんもやられた。

『全は一、一は全』理論という極度の感情移入法を実践し、危険が迫れば解除することも出来た彼女だったが、一人背面座位スクワットに集中するあまり三池氏の泣き顔アタックを回避し損ねたのである。

「ブクブクブク」と泡噴いている凛子ちゃんは、南無瀬組によって白い布を掛けられることもなく放置された。別に凛子ちゃんが嫌われていたからではない、他の組員にも犠牲者が出ており、逝った者を弔う余裕がなくなってきたのである。



「最後は長女へのアプローチですね」

周囲が地獄になっても絶対撮影断行マンのる気は衰えることを知らない。

彼の視線は最後のターゲットである祈里姉さんに向けられている。


「ひぃぃぃぃ! 嫌ですわ、タクマさん! お慈悲を!」

妹たちが残酷に逝かされたことで、すでに昇天秒読みの姉さん。心臓を抑えて辛そうである。


「まあ大丈夫ですよ、きっと」

「なんですの、そのとりあえず撮影を続けたいから適当に口にしているような言葉! 大丈夫の根拠は!?」

「大丈夫なものは大丈夫ですよ」

「言い訳を考えるのが面倒だからってもう少し取り繕ってもいいのではなくて! タクマさん!」


二人のやり取りを見ていると、三池氏の異常性が視認できる。

鉄心、まさにそれ。三池氏はたんまを演じるために、自分の心をどんな事があっても壊れないよう作り変えたのだ。

だから、犠牲者の山が積まれようと三池氏は止まらない。

『早乙女たんまを演じて、パイロットフィルムを完成させる』それが彼の在り方なのだから。


この惨劇は罰。三池氏を追い詰めてしまった私たちへの罰なのだ。



「せめて休憩しましょ。落ち着くための時間が欲しいですわ」

後ずさりで三池氏から離れようとしていた祈里姉さんを。


「これ以上、お見苦しいところを露出させるのはお止めください」

諫めたのはメイドだった。


ずっとニマニマしながら撮影を鑑賞していた彼女にとって、祈里姉さんのシーンは待望に違いない。大事な愉悦要素を逃がすまい、とメイドの分を超えての登場である。


「で、でも、私の心臓が」

「心臓がなんですか。紅華様も咲奈様も見事な逝きっぷりでございました。妹様たちの逝き様に、祈里様は何も感じなかったのでございますか?」

「壮絶な顔をしていましたから、あんなのは嫌だなぁと」

「ああ! 聞こえません! 私の耳には聞こえませんでした! 栄えある天道家の長女ともあろう者が情けない事を言うはずがありません!」

「ひぃぃ、言論弾圧」

「そもそもパイロットフィルム対決は天道家の私情によるもの。タクマさんを始め、多くの方のご厚意で祈里様は戦っていられるのですよ。旗揚げした張本人が、逃げ出すなどあってはなりません!」

「……ぐうの音も出ませんわ、ぐう」

「お気を強く持ってください。私が付いています。『祈里様のためなら何でもする』覚悟でございます!」


メイドが熱く説き伏せ、祈里姉さんが折れかかっていると。



「いやぁ、盛り上がっているところ済まないんだけど」

寸田川氏が髪を掻きながら気まずそうに、三池氏、祈里姉さん、メイドの所へやって来た。


「タクマ君の名演でね、カメラマンがやられちゃったんだよ。他にカメラを扱えるスタッフはいないし、撮影は中断か後日に延期になりそうだね」


寸田川氏から出る、まさかの告知。

カメラマンはスタッフの中で最も過酷な仕事だった。他の者なら三池氏のヤンデレ演技から目を逸らすことも可能だが、カメラマンだけは毎度直視しなければならない。

むしろここまでよく逝き延びた、と称賛すべきだろう。


「えっ!? 困るんじゃないですか? もうスケジュールはカツカツですよ」

「そりゃギリギリだけどね無い袖は振れないさ」

「ぐぅ、私の愉悦が」

「仕方ありませんわ。なにしろスタッフがいらっしゃらないですもの。ええ、仕方ありませんわ」


落ち込む面々の中で、祈里姉さんだけは生存した喜びに酔いしれている。


「なにか方法は……カメラを扱える人さえいれば……あっ」


三池氏は着目した。いつも安全なところから傍観者気取りで愉悦にふけるメイドを――


「メイドさん!」

「ひゃ、なんでございますか?」

「カメラ使えますよね? 使えるはずですよね? 毎回部屋の隅から『●Rec』していますし」

「わ、私にカメラマンをやれと、おっしゃるのですか?」

「メイドさん言いましたよね? 祈里さんのためなら何でもするって? じゃカメラマンもオーケーですよね? ねっ?」

「……エエェ」


さすがのメイドも撮影絶対断行マンの強引さには勝てなかった。

こうして、天道家は使用人も含めて全滅するフラグが立ったのである。

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