王国の陰謀

「か、海外の要人の方々が出席する『程度』の晩餐会……程度?」


「左様でございます。不知火群島国の重要な国家事業となる『程度』の晩餐会です」


大したことではありませんでしょ? と何食わぬ顔で言う老齢の使用人さん。この人、いい性格しとるわ。


「ちょい待ちぃ! そら由良様にはご恩があるわ。せやけど、政治的な晩餐会に拓馬はんを出すなんて許容出来へん。絶対面倒くさいことになる」


真矢さんに賛成だ! 海外のVIPに目を付けられて、「ぜひ我が国でもアイドル活動を」とラブコールを送られるのは避けたい。不知火群島国だけでもヒイヒイ言っているのに。


「なぜに三池さんを晩餐会デビューさせるんですか! アレですか、由良様の隣にはべらせて『あらまぁ! あの二人、実はお突き合いしているの?』って、あらぬ誤解を振りまくためですか!」


「許されざる印象操作。そもそも、三池氏をパートナーとして見せびらかすなどクーデター不可避。タクマファンが修羅勢と化す」


音無さんと椿さんが殺気立つ。過激そうな二人の言い分だが、妥当な指摘だろう。タクマは未婚男性として売り出している。そこに女性の影が、しかも国主の影があったとすれば、裏切られた俺のファンが如何なる行為に走るか分かったものではない。


俺の乗る車に平然と飛びかかる彼女らのことだ、本気でブチ切れたら……最悪、革命が起こり、由良様は断頭台の露と消えるかもしれない。あかん、不知火群島国がディストピアになってまう。


「南無瀬組の方々は心配性ですね。由良様に限って、タクマ様を私物化するような真似はいたしません。それほどの男欲があれば、今頃結婚してお子を一人や二人は産んでいたでしょう」


人生のキャリアの違いか、ダンゴらから発せられるプレッシャーを受け流しつつ、使用人さんは説明を始めた。


「タクマ様にご出席願う晩餐会は、ただの国際交流ではありません。世界文化大祭・・・・・・のコンペに関わるものです」


「世界文化大祭?」

知らない単語が出たら辞書を引かねばならない。俺はツヴァキペディアを活用することにした。


「ふむ、世界文化大祭。四年に一度開催される芸能・芸術分野の世界大会。舞台、映像作品、音楽、絵画、華、陶器、舞踊、多くの文化が一国に集まり、どれが味わい深く、かつ革新的かを競う。ただ、各文化に優劣を付けるのはいかがなものか、という声もあるので、順位付けがされない分野も多い」


なるほど、文化的なオリンピックと世界的な博物館の要素を併せ持つ巨大な催しのようだ。


「世界文化大祭の歴史はまだ浅く、開催は今回で五回目です。しかし、すでに世界中が注目する一大イベントとして人気を博しております。開催国に行くだけで、数多あまたの文化が堪能できるとして、開催期間中は大勢の観光客が見込まれるでしょう。さらに、国内の文化人が大祭の影響を多分に受けることで、開催国の文化成熟度が大いに上昇するメリットもございます」


「聞いたことあるわ。どの国も世界文化大祭の開催国になるべく、招致活動に必死になっとるって」


「不知火群島国では由良様が主動となって招致チームを結成し、世界文化大祭実行委員会へのプレゼンや、国内の土壌作りに力を入れてまいりました。努力が実り、次回開催国の最有力候補地として名が上がっていたのですが……」


使用人さんが表情を曇らせ、タメを作った。ここからが本題だぞ、と言外で強く主張していらっしゃる。


「我が国と同じく、最有力候補となっていた『ブレチェ王国』が卑怯な手を使ってきたのでございます」


ブレチェ王国。その名前が出た瞬間、居間の空気がこわばった。


不知火群島国の隣国、西方の海を挟んだ大陸にブレチェ王国は存在する。

正式名称は、ブレイクチェリー女王国という物騒なもので、『ブレチェ王国』やら『王国』と省略されることが多い。


不知火群島国の歴史を紐解くと、必ず登場するのがブレチェ王国だ。

両国は非常に密接した関係を持っているが、仲が良いとは言えない。むしろ、最悪である。


かの国は、不知火群島国を骨の髄まで恨んでいる……

理由は明白だ。この世界の常識を勉強する過程で、ソレを知った時「そりゃ恨むわ」と俺は頭痛を覚えた。


一言でいうと、初代不知火群島国トップの中御門なかみかど由乃ゆの様が、やらかした所為せいである。


南無瀬領に性なる夜というロクでもない悪習を作った由乃様。しかし性なる夜は、彼女のやらかし武勇伝の中ではささやかな部類に入る。

トラブルメイカーの彼女が、己の厄を遺憾なく発揮したのが、ブレチェ王国に対するやらかし案件である。



今から数百年前。

由乃様はあろうことか、ブレチェ王国第一王女のお気に入りだった『マサオ』と呼ばれる男性を奪って、海の向こうへ連れ去った。


時の第一王女は、それはもうブチ切れにブチ切れて、マサオ奪還に心血をそそいだ。だが、追跡を見越した由乃様は部下を使って、ブレチェ王国内の長距離船をあらかじめ破壊して回っていた。


ブレチェ王国が改めて船団を建造している間に、由乃様はマサオと結婚し、子を作り……さらに、幸せな親子の肖像画をブレチェ王国第一王女宛てに送ったらしい。鬼だ。


こうして、ブレチェ王国は『男を奪われた間抜けな国、プギャー』と世界から見られるようになり、不知火群島国にとてつもない恨みを抱くことになった……という歴史的経緯がある。残当、それ以外の言葉が見つからない。


この一連の歴史的事件については、もっと複雑な物語があるのだが、今は横に置いておこう。

大事なのは『世界文化大祭の開催国になるべくブレチェ王国と不知火群島国が競い合っている』、『ブレチェ王国は不知火群島国を末代まで祟るくらい憎悪している』、そのニ点である。


「ブレチェ王国……」

音無さんが苦虫をモリモリ噛み潰すような顔をしつつ「あの国が何をやったんですか?」と質問した。


「男性を使ったハニートラップでございます」


ハニートラップ!

女スパイが色仕掛けで、男性政治家の弱みや機密情報を握ったりするやつか。あ、この世界では性が逆転するわけだが。


「世界文化大祭実行委員の視察の際に、複数の男性にエスコートをさせたそうです。夜な夜な晩餐会も開き、色々と・・・お世話をした、とのこと。実行委員のメンバーが篭絡された可能性は十分にあります」


「いいっ、あからさま過ぎでしょ! そういうやり方は禁止されていないんですか?」


俺の質問に、首を横に振って使用人さんは答えた。


「男性の接待は違法でも何でもありません。エサに釣られる方が悪いのです」


性欲旺盛なこの世界では、ハニートラップは凶悪な威力を誇りそうだ。


「ハニートラップは古典的な外交手段。賢人と呼ばれた歴史上の大人物たちが『こんな見え透いた釣り針に引っかかるわけには……く、悔しい、でも釣られちゃう!』と陥落していった。実に恐ろしい手。だが、男性を外交の道具にするのは、男性の人権が認められてきた現代では忌避されるもの」

椿さんが重苦しく言う。


「あの国は未だに女王の力が絶大で、男性を軽視するからね。ほんと、化石みたいな国」


「音無さん? ブレチェ王国を随分嫌いっているんですね」

先ほどから音無さんが、嫌悪感丸出しでブレチェ王国を批判している。騒がしい人だけど、生々しい負の感情を出す人じゃないのに。


「え……ええ、まあ。昔、住んでいましたから」


「へえっ、初耳です!」


「昔の事です。今は、もう、関係ありません」


いつも俺をガン見している音無さんが、顔を逸らした。意外な彼女の経歴を詳しく尋ねたいが、どうも突っ込んで欲しくない話題のようだな。世界文化大祭からも話が逸れそうなので、俺は好奇心を抑え込んだ。


「大体分かってきたわ。ブレチェ王国に対抗するために、拓馬はんにハニー役をやって欲しいんやな」


「このままでは、私たちの国は開催国に選ばれないでしょう。世界文化大祭は、由良様も関わっている大事な国家戦略でございます。招致チームの汗と涙の日々を、ハニートラップという卑怯な手で壊されるのはあまりに残酷です」


「同情はするで。せやけど、拓馬はんにハニートラップをさせるわけ――」


「無論、タクマ様にハニーになってほしい、とは望みません。由良様が絶対に認めませんし。ただ、拓馬様には晩餐会に出席して、適度に笑顔を振りまいて頂きたいのです。それだけでも、十分に好印象を与えるでしょう。一週間後、世界文化大祭の実行委員が我が国を訪れます。おそらく開催地の最終決定に関わる視察です」


一週間後。勝負の時はすぐそこまで迫っているのか。


「日に日に強まる重圧に、由良様はお心を痛め、時折ふさぎ込んだお顔をなさっております。もう、あんな由良様は見たくないのです。是非ともタクマ様のお力を」


使用人さんの懇願に、俺たちは顔を見合わせ、どうすべきか悩むことになった。

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