俺に足りないもの

オーディションは苛烈を極めた。

トップバッターのジュンヌさんを皮切りに、参加者たちは死力を尽くして幼なじみの萌え男子を演じる。


たかが萌えだと侮ることなかれ。

「はわわわ」や「ちゅきぃ」や「ぎゅ~として」は、演者の力量と気迫によって、とてつもない職人芸へと昇華されていた。

彼女らは女性の理想をハッキリと具現化してみせたのである。


「どの参加者も見事なものでしたね」

「これは審査が、もつれそうですな」

「私としては兵庫ジュンヌを推したいですが、その他の参加者も捨てがたい」


すべての演技が終了し、審査をする監督やプロデューサーたちが検討を始める。


「参加者のみなさんの熱に当てられてしまいました。ちょっと涼んできます」

俺は断りを入れて、審査席から立ち上がった。


スタジオの廊下に出て「……はぁ」とため息をつく。

いろんな意味で凄いものを見せられた。

テレビで観た時から感じていたが、この国の男役はレベルが明後日の方向に高い。

彼女らと今後やり合えるのか不安である。


「タクマ君」


黄昏たそがれていると、控え室の方からジュンヌさんが出てきた。

先ほどまで、どこか張りつめた雰囲気だったが今はスッキリとしている。オーディションで満足のいく演技が出来たためだろうか。


「どうでした、自分の演技は?」


あの狂気をはらんだモノの感想を言えと。


「……細かい仕草、表情の作り方、感情のこもった声、どれも高い完成度で驚きました。さすが男役トップのジュンヌさんだと」

「無理に誉めなくてもいいですよ。男の人から見て、可笑しかったでしょ?」


ジュンヌさんは自嘲した。


「『ずっきゅん』や『わっふ~』なんて言う男性がいると思います?」


「ないです」


「でしょ。だから、男役と言っても男の格好をした空想上の生物を演じているだけなんです。男の人から見たら、さぞ滑稽でしょうね」


「そんなことは……」否定できなくて、言葉に詰まってしまう。


「ですからね、男役なんて女性にモテるだけで、男ファンは思ったより出来ないんですよね……とほほ、こんなはずでは(ボソッ)」


あっ、ジュンヌさんから黒いモヤが立ち上がっている。

不知火群島国の女性が、モテない己の境遇を呪う時に上げるやつだ。よく見る。


「けれど、今は、この仕事に誇りを持っています」

ジュンヌさんが瘴気しょうきを消して、己を奮い立たせた。

「男ファンの少なさは残念ですが、多くの女性たちが自分の演技で満たされる、欲望の吐け口にしてくれる、必要としてくれている。男役、やりがいは人生を懸けるほどにあります」


「ジュンヌさん……」

眩しい。ひたすらジュンヌさんが眩しく映る。


「負けないですよ、タクマ君。たとえ君が本物の男でも、自分は君以上に女性を魅了してみせます!」


ヅカっぽい凛々しい宣戦布告をして。

「これ以上は君のボディガードさんたちを不快にしますね。失礼」

ジュンヌさんは控え室へと戻っていった。


「……っ」


今の俺では、ジュンヌさんはもちろん参加者の誰にもかなわない。


職業に貴賎きせんなし。

演技力もそうだが、男を演じる覚悟が違う。

ハチミツで脳を汚染されたような甘ったるい言葉遣いや動きを、彼女らは全力で行っていた。

ジュンヌさんが言うように、誇りを持っているのだ。萌え男子に気恥ずかしさを覚えた時点で、俺は敗北していた。


「そない深刻に考えんでええよ。拓馬はんには拓馬はんのやり方があるさかい」

「男役の演じる幼なじみが虚構であることは、皆理解している。無理に三池氏が従うことはない」

「三池さんがやった音声ドラマの幼なじみだって、あたし大好きです! 強気幼なじみ萌え!」


俺の後ろに控えて、ジュンヌさんを静かに威嚇いかくしていた真矢さんやダンゴたちが言葉をかけてくれた。

こちらが何か言わずとも、表情から汲み取って心配してくれる人たちである。


「そう、ですよね。俺は正真正銘の男なわけですし、ジュンヌさんたちのような萌え演技をしなくても」


「本当にそれでいいのかい?」


「――えっ?」


スタジオの方から寸田川先生が現れた。

いつもの飄々ひょうひょうとした様子だが、目だけがしっかりと俺を見据えている。


「なんや、毎度毎度、拓馬はんを惑わしよって。ええ加減にせぇ」

「あはは、真矢っちは相変わらず手厳しいな」

「真矢っち言うな!」


真矢っち?

疑問が顔に出た俺に対し、真矢さんはバツが悪そうに言った。


「あのトカレフ・みりはの舞台以降な。この先生からしつこいくらいにドラマのオファーがあったんや」

「え、初耳です」

「そら、うちの所で突っぱねとったさかい」

「どうしてそんな事を?」

「あ、あんな脚本認められるわけない」


真矢さんが顔を赤くした。

一体どんな脚本なのか、知りたいような焼却処分したいような。


「真矢っちったら、ボクが何度書き直しても全部突き返すんだよ。あれほどボツを喰らったのは初めてさ」


「書き直す度に肌色率を多くする脚本とか論外や! ごっつアカンもんを毎回うちに読ませて……うう、ちっとは学習せぇ!」


「え~、ボクとしてはちゃんと反省して、タクマ君の魅力がさらに輝くようあの手この手を」


「それが余計ちゅうんや!」


真矢さんがピュアな内面を遺憾なく発揮して、照れたり怒ったりしている。脚本の中の俺が如何にしてヒン剥かれていたのか気になるところだ。


「ねえねえ静流ちゃん。これは脚本の中身を調査する必要があるね」

「うむ。低俗な興味ではない、後学のため」

「データで送られているのなら、真矢さんのパソコンが怪しいかな。パスワードはなんだろ?」

「乙女脳の真矢氏のこと。大方『タクマLOVE』や『マヤ×タクマ』と思われる」


コソコソ良からぬ事を話し合うダンゴたちは放置するとして……


真矢さんが寸田川先生に遠慮のない敵意を持っていたのは、度重なる脚本のやり取りがあったためか。

しかし、完全に嫌っていると言うよりは、悪友相手に難儀している感がある。

歳は同じくらいの二人だ。意外と馬が合うのかもしれない。


「で、だ。タクマ君」

「は、はい」

真矢さんとのじゃれ合いに満足した寸田川先生が、急に話を戻した。


「君は『萌え』から逃げるのかい?」


「っ、逃げるって! 俺は男なんですよ! 男役の女優さんたちの真似をせず、独自路線を目指してもいいじゃないですか」


「素晴らしい。そのフロンティア精神、嫌いじゃないよ」寸田川先生が大きく頷きをする、大きな含みを伴って。

「君ならば、ジュンヌ君たちでは不可能な新たな男性像を創造出来るだろう……でもね」


「でも……?」


寸田川先生は楽しげな表情を消して、こう言った。


「出来るけどあえてやらない事と、出来ないから別の方法へ逃げる事は違うよ」


「……くっ」


「炎情社長は、君に足りない物を何と言っていたかな?」


炎情社長、あの暑苦しくも根本がクールな人。俺にはまだまだ足りない物がたくさんあると告げていたが、その中でも一番足りないのは――


「……経験」


「そうさ。役者というのは、多くの役に成りきることで演技の幅を広げていく。それが普段の自分とかけ離れれば離れるほど得られる経験は増える。自分の得意なフィールドで戦うのも良いだろう。でも、主戦場萌えでのやり方を学んでおいた方が、君は今よりずっと大きくなれる。これから中御門でやっていくなら覚えておいて損はないよ」


主戦場萌えでのやり方……」


ここにきて、ようやく俺は気付いた。

寸田川先生がわざわざ廊下まで出てきたのは、安易な逃げで役者としての成長をおろそかにする俺をいさめるためだったのだ。


「ありがとうございます。今の言葉、深く受け止めます」


「はは、そんな深刻に考えなくてもいいさ。タクマ君の萌え演技を見て濡れたい、って本音が九割のアドバイスだから」


そこは嘘でも五割くらいで留めてほしかった。


「じゃ、ボクは審査があるから。先に戻るね」

そう言って、寸田川先生はオーディション会場へと戻ろうとした――が。


「ああ、そうだ。忘れないうちに、これを伝えておかなきゃ。炎情社長からの伝言」


社長からの?


「記念すべきタクマ君の初ドラマなんだけどね。役柄から逸脱しなければ、好きに演じてOKだってさ」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




中御門市にそびえる最高級ホテル。

男性用のスイートルームへ帰った俺は「お部屋の中までお供します」と、入る気満々の音無さんと椿さんを堅い扉で阻み施錠すると、旅行カバンから一つの紙束を取り出した。


今度撮影する、炎ターテイメントテレビのドラマの台本。それを日本語に書き直した物だ。


肌触りの良い机に広げ、読み返す。


俺が出演するのは連続ドラマではなく、単発で終わるドラマだ。

ジャンルは恋愛ではなく、青春スポコン物。


単発ドラマなのは、長期撮影の連続ドラマより俺の負担が軽くなるから。また、屋外撮影の度に、俺を護衛したり周辺整理をするスタッフのコストがバカにならないから――と、いう炎ターテイメントテレビが判断した故だ。


まあ、こちらとしてもいきなり連続ドラマに出るよりは、気が楽である。


ジャンルが恋愛でないのは言わずもがな。

俺が女優と抱き合ったり、キスしようものなら女優の生命が終わる。役者生命ではない、本当の生命がだ。


なので出演作を重ねて、視聴者が俺に慣れるまでラブストーリーは厳禁となっている。



「どう、応援するかだよな」


ドラマは、サッカーのような足でやる球技を扱ったスポコン。

主人公チームが練習するグラウンドをたまたま通りかかった俺は、彼女たちのプレーに魅了されファンになる。

そして、試合の度に主人公チームの応援に駆け付ける。俺のエールに後押しされてチームは破竹の勢いで大会を勝ち上がり、ついに全国大会へ――


ストーリーの流れがこのようなものだ。

俺がチームの誰かと恋愛するのではなく、あくまでチームのファンとなるのがミソである。これで、役者たちの安全は(たぶん)保証される。


出番はそう多くないし、セリフも「がんばれー」とか「ファイトー」と単純なものが大半。


「これを好きにやれ、ってか」


ストーリーを大きくイジらず、キャラを好きに改変する。その余地は大いにあると思う。

炎情社長のことだ。ドラマの企画を真矢さんに持ち込んだ時から、俺に経験を積ませようと狙っていたのかもしれない。だから、改変が容易なキャラでオファーを……


そこまでお膳立てされ、寸田川先生に発破はっぱまでかけられたのなら……


「萌えキャラ、いっちょやってみるか!」


気合一発!

不知火群島国の女性がキュンキュンしそうなセリフや動作を台本に書き込むべく、俺はペンを握った。



それから三十分後。


俺は机に突っ伏した。

ジュンヌさんを見習って、怪しげな擬音を言葉始めや語尾に付けて、いざ読んでみたのだが。


「やばい、死にたい」


「きゃっふる~ん」と口にすると、ご機嫌なほど身体が震え、鳥肌が立った。

たった一言でこれなのだ。全台詞を萌え演技で行い、撮影した映像を確認した日には、俺の精神が危うい。


それに、どうしても取って付けた感が拭えない。素人がガワだけ真似したみたいだ……その通りなのだが。


心構えと技法。

両者を取得するには、指導者が欲しい。だが、ライバルである男役の人たちに頼むわけにはいかないし、南無瀬組の力でアドバイザーを用意してもらうか。


「いや、待てよ」


一人いるじゃないか。

萌え演技……可愛さの演技に特化した知り合いが。


「気は進まないけど、虎穴に入らずんば……って言うしな」


俺は携帯を取り出し、電話帳のページを開いた。少ない登録者の中で、彼女の名前はすぐに見つかった。





天道てんどう咲奈さくな


天道家の四女。

不知火群島国の芸能界において、もっとも活躍する子役と言えるだろう。

十歳らしいキュートな性格や演技が受け、最近はどんどん仕事が増えているというが。


俺から言わせれば重度なブラコンである。十歳にして、すでに末期だ。

彼女の前で萌え演技をしようものならブラコンが悪化し、終末期に突入しそうだが……


やっぱ電話するの止めようかな、どうしようかな――と迷っていると。


トゥットゥルートゥットゥルー♪


こちらが掛けるより先に、電話が鳴り出した。


「っ、ビックリした。相手は……紅華?」


天道てんどう紅華くれか


天道家の三女。

妹に劣らず、ファザコンが末期の女である。


「何の用だ……もしもし、拓馬だけど」


通話ボタンを押すと、紅華の無駄に活舌のいい声が聞こえてきた。


『あっ、今回は出たわね!』

「出たって何が?」

『電話よ。あんたってたまに居留守使うでしょ。あたしと話すのが面倒くさいからって!』


なぜバレたし。


「ん、んなことねぇよ。それより何か用事か?」

『誤魔化したわね……まあ、今はともかく、中御門に来るんだったら先に連絡よこしなさいよ!』


なぜ知っているし。


『ネットで話題になっているわよ。あんたを中御門の市内で見たって!』

「げ、やっぱり見られていたか」

『まったく有名人としての振る舞い方がなっちゃいないわね。で、いつ会う?』

「会う? なんで?」


別に会う予定なんてなかったよな。


『な、なんでって……ほら、あたしがあんたと……その、ょぅ……』

「えっ、なんだって?」

『だ、だから……東山院で一緒になった時に、子どもになったあたしが、あんたと……ぉぁ……』

「ごめん、紅華。よく聞こえないんだけど」

『ああもう! あたしの弱みが記録された映像データ! あんたがまだ持っているでしょ! それを取り戻すための取引よ! お金ならいくらでも出すから!』


ああ、また紅華がクレカさんになってる。ここでデータを返すよ、と素直に言ってもなぜかキレるんだよな。


「分かった分かった。そのうちな」

『そのうちって、あんたぁ!』


「それより紅華君」

俺は声を低くして、ダンディボイスになった。


『ひゃ!? な、なによ急に素敵な声になって』

「時に妹さんは元気かね?」

『咲奈? なんで急に咲奈のことを』


年が明けてから咲奈さんとのレッスンをやっていなかった。

『せいなる夜』の件で咲奈さんが「お姉ちゃん、タッ君のことが心配で気絶するかと思ったよ!」と怒っていたので、しばらく彼女を避けていたのだ。


もし、機嫌が悪いのなら演技指導の交渉は難航するだろう――と、いうことで紅華に探りを入れてみる。


「妹さんのこと、教えてくれないか(重低音)」

『く~~、ひきょうものぉぉ~』

こいつ面白いな。


『し、仕方ないわね。ハァハァ』

息を荒くしながらも、紅華はこう言った。


『咲奈ね、あの子……最近、スランプなのよ』


えっ……咲奈さんがスランプ?

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