さらば、いやらしのダンゴ (前編)

「三池さん……」

「三池氏……」


毎度のごとく俺の部屋に入り込んできたダンゴたち――だが、その日はいつもと様子が違った。

見るからに元気がなく、グイグイと距離を狭める動きにも精彩さが欠けている。


「どうしたんですか、二人とも?」


「お別れを言いに来ました」

「さよならにさよなら」


「ええっ!?」


その瞬間、俺の頭に浮かんだ言葉は『解雇』。彼女たちのアウアウな行動を思い返せば、ついに来てしまったかという心境だ。


「妙子氏からの命令」

「南無瀬組の一員として逆らえませんでした」


こちらの許容範囲ギリギリのセクハラをするヤンチャにして狡猾な二人も年貢の納め時か……


「……その何というか、とても残念です。音無さんや椿さんといるのは、(心労は溜まるものの)楽しかったのに」


「三池さんにそう言ってもらえて、あたし……幸せです」

音無さんが涙ぐむ。

「私たちの日々は無駄ではなかった」

椿さんは目を手で覆う。


「お二人とも……」いかん、突然の事で気持ちの整理が付かないのか、俺まで泣けてくる。

感謝の言葉を出そうにも、下手に口を開ければ感極まりそうだ。


「――と、いうことで三池さん。三時間ほど留守にしますね」

「私たちがいなくなって、部屋ががらんとするかもしれない。でも、すぐに戻るから心配しないで欲しい」


「――――ん?」

いま、なんつった?


「ちょ、三時間? すぐ戻る?」

「妙子氏から買い出しを頼まれた。市内に行ってくる」

「三池さんから三時間も離れるなんて吐きそうですけど、あたし、頑張ります!」


「…………」俺の悲しみを返せ。


考えてみれば、東山院での一件を除き、二人が俺の傍を離れたことはなかった。多分、俺中毒の影響だろう。

僅かな時間のショッピングだろうと、音無さんや椿さんにとっては酸素ボンベなしで海に潜るようなものなのかもしれない。


「あたしたちがいない間の警護は、真矢さんが主体となって行うそうです」

「後ろ髪を鷲掴みにされる想いだが、行ってくる」

「は、はぁ……」


「あ、それとあたしたちがいなくて悶々とした時のためにどうぞ」

「渾身の出来」


去り際に二人は自分たちの水着写真を置いて行った。

音無さんは大きな胸を、椿さんはしなやかな脚を、それぞれ自分の売りを強調してポーズを撮っている。肌色率は高めで、写っている人物の中身を知らなければセクシーに感じられたことだろう。


これを使えってか……



二人がいなくなって、数分が経った頃。


「拓馬はん、今ええか?」

真矢さんが、何とも微妙な顔で訪ねてきた。


「紹介したい人がいるんや」

「紹介……仕事の依頼ですか?」


アイドル活動の再開は年明けからと聞いているが、早めの打ち合わせだろうか?


「ちゃう、アイドルとは関係ないねん」

「関係ない?」


珍しいな。真矢さんが、仕事以外の件で俺と他人を引き合わせるなんて。それに何だか歯切れが悪い。


「じゃあ、どなたが来たんです?」

「――監察官や」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




南無瀬邸の応接間。

他の部屋より香りたつ畳と感度抜群の座布団と、壷や木の彫り物と言った調度品が備えられた小部屋である。

これまでは来客を迎えるのに広間を使っていたが、今回は応接間だ。


先に入室していた監察官の女性が、俺と真矢さんを見るや、スッと座布団から立ち上がり一礼する。


「男性身辺護衛局の池上です」


池上と名乗る女性は、南無瀬組の制服と同じ黒のスーツを着こなしていた。

幼くもなく老けているわけでもない顔立ち。

特別綺麗とは言えず、かと言って個性的だとオブラートに包む必要もない普通の容姿。


とことん凡百な存在感を放っている。人混みに紛れられたら、まず見つけられないくらいのモブオーラだ。


「はじめまして、三池拓馬です」

「はじめまして、お噂はかねがね」

「ほんまなら代表の妙子姉さんが対応すべき事なんやけど、多忙な人でな。すまへんけど、拓馬はんのマネージャー兼プロデューサーのうち、南無瀬真矢が話を聞かせてもらうわ」

「構いません、よろしくお願いします」


自己紹介と挨拶を終え、俺と真矢さんは池上さんの向かい側に座った。


「改めて池上と申します。既婚者です」


既婚者、つまり伴侶がいるので発情してあなたを襲ったりはしませんよ。と言いたいのだろう。


「今をときめく男性アイドルのタクマさんにお会い出来て、感激しております」


未婚者なら涎や鼻息と共に吐き出す台詞を、池上さんは社交辞令のようにサラッと出している。

真矢さんが紹介するだけあって、安全な人のようだ。


「恐縮です。あの、不勉強ですみませんが、『監察官』と言うのはどのような……?」


「簡単に言いますと、職務に就いている男性身辺護衛官が護衛対象に迷惑をかけていないか、不適切な行動を取っていないかを調査する者のことです」


あれ……限りなくヤバい流れじゃね、これ?


「男性身辺護衛官は男性にとっての守護神、何よりも信頼されなければならない職業です。そのため、我々の局では抜き打ち、かつ秘密裏に男性身辺護衛官の素行を調べております」


俺は隣の真矢さんを盗み見た。未だに微妙な顔をしたままだ、その表情の意味が分かった。


「タクマさんの男性身辺護衛官は、音無凛子と椿静流の二名で登録されていますね。調査の一環として、タクマさんから見た両名の仕事ぶりを聴かせていただけませんか?」


俺がここに呼ばれたのは、聞き取りのためだったのか。

いつもの広間ではなく、応接間が使われているのも人に聞かれてはいけない話だからか……


「……えーと、それは……」


どうしよう、音無さんと椿さんの仕事ぶりか。

何を言ってもアウトな気がしてならない。


口ごもってしまった俺に池上さんは口調を柔らかくして言った。

「ご安心ください。何があってもタクマさんが恨まれないよう適切に『処置』しますから。それに両名は現在、南無瀬邸を離れております。気兼ねなくお答えください」


「そう言えばさっき、買い物に行ってくる、って外出していましたね。あれってまさか……」

「内緒で監査するために妙子姉さんの協力でやったんや。始めは拓馬はんと離れたくないって二人とも渋とったんやけど、拓馬はんの下着がヨレヨレになってきたさかい、新しいのを買ってきて、って言ったら態度を変えたわ」


「なるほど……」

そう言えば、別れ際に二人ともジョニーに熱い視線を送っていた。あれは、ジョニーをどうコーディネートするのか考えていたのか。「ち、ちなみにですね……もし、音無さんと椿さんの素行に問題があったらどうなるんですか?」


「問題の大きさによって変わります。軽度でしたら訓練校で研修を受けてもらいます。重度でしたら『解雇』です」


解雇……先ほど想像したことが現実になってしまうのか。


「で、どうでしょう。両名の様子は?」

「その前にもう一つ質問いいですか。もし、もしですよ……例えばダンゴが護衛対象の着替えを覗いたらどうなります? 重度の問題になって解雇ですか?」

「いえ、違います」


あ、違うんだ、良かった。どうやら音無さんと椿さんの首は繋がりそう――

「解雇どこではありません。通報です」

――ダメみたいですねぇ。


「お、音無さんと椿さんは……その、とても優秀な人たちですよ。何と言っても腕っぷしが強くて、何度も助けられました。南無瀬百貨店襲撃事件はご存知ですよね? あの時の大立ち回りと言ったら素晴らしいものでしたよ。そ、それに二人とも観察力もありまして、密かに俺を狙っていた人の思惑を見抜いたこともあります」


「ほう……随分と評価していますね。確かに両名の訓練校時代の成績を見ますと優等生と言って差し支えありません」


えっ……そうだったんだ。


「ただ、教官の話では素行に難点があったとか。護衛対象を性的な目で見る傾向にあり、護衛者と襲撃者の二足の草鞋わらじを履いていたと……そこの所でタクマさんが感じた事はありませんでしたか?」


感じた事? そらもう貞操の危機ですよ。毎日ビンビンに感じていますよ――なんて言えるわけがない。


「ど、どうですかね~、あんまり気にならなかったのかなぁ……」

「南無瀬真矢さんの方はいかがですか? 両名について思っていることは?」

「……二人ともええ子やよ。仕事はきっちりするし、多少無茶をするのも熱心さの裏返しやし」


「ふむ、参考にさせていただきます。次の質問は――」

池上さんは机にノートパソコンを広げて、淡々と俺たちの話を記録していく。


聞き取りは一時間に及んだが、俺と真矢さんはのらりくらりとした回答で、二人にあらぬ(?)疑いがかかるのを防いだ――と思う。


「長い時間、ありがとうございました」

監察官の池上さんがお礼を言い、俺の肩の荷がようやく下りた。


「もうよろしいんですよね?」もう帰ってくれるよね?

「ええ、タクマさんに聴くことはもうありません。次にいきます」

「つぎ?」


池上さんは黒の背広をアピールするように胸を張った。


「これから実際に両名の働きを観察します」

「ま、まさか……南無瀬組の格好をしているのは……」


俺の胸中を読んで、真矢さんが解説する。


「最近の南無瀬組は人員を増強しとる。池上はんは新規採用者に紛れ込んで、今日一日、音無はんと椿はんをチェックするんやて」

言いながら半笑いになる真矢さん。半分諦めているようだ、その気持ちはよく分かる。


「私は監察官の中でもディフェンスと隠密力に定評があります」

隠密力……モブオーラを放つ池上さんならではの能力か。「必ずや気取けどられることなく、両名が本当に問題ないか見定めてみせましょう」


いやぁ、そんなに気合を入れなくても良いですよ――と思った時である。


「ただいま帰りましたぁ! 三池さぁん、あなたの音無凛子ですよ~!」

音無さんの無駄に大きな声が屋敷内に轟いた。


「損耗大。早急に成分を補給する必要あり」

椿さんの大きくもないのに無駄に響きの良い声もする。


「男性身辺護衛官である前に、人としてマナーに欠けていますね。これはしっかり見なければ」

池上さんがサングラスを付けて、いっぱしの南無瀬組員に扮した。「タクマさん、普段通りに応対してください。当然ですが、監査していることは極秘です。よろしいですね?」


「りょ、了解です」

こうなったら二人をなるべく興奮させないようにして、今日一日を問題なくお利口なままに終わらせるのだ。

そうでなけば、音無さんと椿さんが良くて解雇、普通で逮捕になってしまう。



俺は、真矢さんと池上さんを従え応接間から廊下に出た。と、すぐに――


「くんくん、あっ、いたいた! 三池さん! ただいまです!」

音無さんが犬のようにハッハッと舌を出しように接近していた。


「帰宅ナウ。これより補給を開始する」

椿さんも廊下を滑るように接近してきた。


「お、お二人とも買い出しお疲れ様です!」

後ろをチラ見すれば、池上さんが手に雑巾を持って、床掃除をしている。南無瀬組の新人はまず掃除から叩き込まれるので不自然でない行動だ。


廊下にいれば、常に池上さんの視線に晒される。とにかく二人を俺の部屋に押し込めないと……


「じゃ、じゃあ立ち話も何なので、俺の部屋に行きましょうか」と言ったのが不味かった。

背後にいた真矢さんが小声で漏らす「アカン」


アカン……えっ、なにが?


「し、静流ちゃん。今の聞いた?」

「しかと耳に。三池氏からのお招き。ついにデレた?」


し、しまった!?

今までダンゴたちにとって、俺の部屋は侵入するべき所であり、招待される所ではなかったのだ。

アイドル事業部の会議の場所として活用はしていたが、その時も部屋に誘う前より早く二人は室内に入り込んでいたし。


音無さんと椿さんの興奮の針が振り切れる。


「行きましょ、行きましょ! 三池さんのお・へ・や♪ せっかくですし、あたしたちが買ってきた下着を着てみませんか?」

「予算オーバーして自腹で色々買ってきた。ファッションショー希望」


いきなりもうダメだ。おしまいだぁ……

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