南無瀬陽南子のケジメ

南無瀬親子との話し合いは、俺の病室にて行われた。

非常にデリケートな内容なので、他の組員は全員室外に出てもらう。


男性用の個人病室は、見舞いや護衛のためのテーブルと椅子が充実している。

俺たちは丸テーブルの前に座った。俺の両隣をおっさんと妙子さんが固め、対面に陽南子さんが着座する形だ。

陽南子さんと俺が隣接していないのは、偶然ではないだろう。


話し合いの始まりは、謝罪からだった。

「本当に申し訳なかった」と、妙子さんが額をテーブルに付けるほど下げる。これほど、苦悶する妙子さんは見たことがない。


おっさんも沈痛な表情で、同様に謝罪した。

おっさんは、陽南子さんを溺愛している。その彼女が俺を我が物にしようと周りを騙し暗躍していたのだ。そのショックは計り知れないだろう。


男性の島移動には煩雑な手続きは必要だと聞く。この短時間で、おっさんが東山院に来るには相当な無理をしたはずだ。

移動の準備を整え、島を渡り、娘と再会する……その間のおっさんの気持ちを想うと、襲われた俺の方が申し訳ない気持ちになった。


「お二人を責める気はありません。どうか顔を上げてください」


おっさんや妙子さんには、ずっと世話になっている。いくら娘が悪事を働いたとは言え、俺が二人に悪感情を抱くわけがない。


「すまないねぇ……陽南子、お前も三池君に謝るんだ。誠心誠意ね」

頭を上げた妙子さんが、強い口調で娘に命じる。

そんな怒った言い方では、陽南子さんが縮こまってしまうのでは……という俺の心配は杞憂に終わった。


「タクマさん」陽南子が背筋を伸ばして、こちらをしっかり見据える。


おやっ? これまでの陽南子さんと雰囲気が違う。

「ござる」口調のヒョウキンさも、「私の光」と俺を讃えていた狂信染みた怪しさもない。

何というか、正統派である。品行方正な真面目さを漂わせている。


「身勝手な嫉妬と欲望であなたを傷つけてしまい、誠に申し訳ありませんでした」


俺と楽しく暮らす南無瀬組への八つ当たり――それが凶行に走った陽南子さんの動機だった。


「どうして私は東山院にいるのか、こんな事なら東山院に進学せず、南無瀬でタクマさんと過ごせば良かった……そんな事を思ったら、自分を制御出来なくなってしまい、あのような愚かな行為をしてしまいました」


陽南子さんが東山院に行かず、俺と……残念だが、そのIFは存在しない。

俺が南無瀬組に入ったキッカケは、家出したおっさんに遭遇して、一緒に保護されたからだ。

おっさんが家出したのは、東山院に進学した陽南子さんに会いたかったからだ。


つまり、陽南子さんが南無瀬組を出ない限り、俺は南無瀬組に入ることはない。何とも皮肉な話である。


「どんなに謝罪を重ねても、許されるとは思っていません。ケジメを付けさせていただきます」


ケジメ……俺が一番気になっていることだ。

身内に厳しい妙子さんが、娘の罪を『厳重注意のみで、お咎めなし』と不問に付すわけがない。

南無瀬組男性アイドルの俺に手を出すと言うことは、組に弓引く行為も同然。組員に示しをつけるためにも、陽南子さんへの制裁は避けられない。


「ケジメって、何をするつもりなんですか?」

俺の質問に、妙子さんが冷徹な声で答えた。

「陽南子には、高校卒業まで南無瀬領に帰ることを禁止する」

「っ!?」

「当然さ。人間ってのはそう簡単に改心しない。口では反省した風なことを言っても、また繰り返すことがままある。陽南子が再び三池君を襲う可能性がある以上、南無瀬領には近付かせない」


多くの犯罪者を見てきた妙子さんらしい考え方だ。そんな目線で娘を見なければいけないとは、辛い役目を負ってしまったのだと同情する。


「さらに、組からの支援をカットする。学費はこれまで通り払うが、生活や男子との交際にかかる費用は支援しない。バイトなりして自分で何とかするんだねぇ」


「それはキツいんじゃないですか。生活費を稼ぐためにバイトをやっていたら、陽南子さんの婚活が……」


もし陽南子さんの婚活が失敗して、卒業後も独身のままだったら南無瀬組の未来はどうなるんだ?


「三池君が心配することじゃない。すでにあたいら家族で話し合った事さ。陽南子も文句はないだろ?」


すでに家族間で決めたことなら、俺から言えることは何もないか。と、思っていたところで。


「いえ、お母さん。文句はあります」

陽南子さんが、まさかの燃料を投下した。


「あ゛っ?」妙子さんから怒りの炎が上がる。

「ひ、ヒナたん! 何を言うのかね!?」

慌て出すおっさんを遮り、妙子さんが怒鳴った。


「お前っ! この期に及んで見苦しい真似をするんじゃない!」

「減刑を願っているのではありません。私なりに考えたのですが、その程度の制裁では軽いと思うのです」


軽い……だとっ?


「もう十分ではないか! これ以上ヒナたんが苦しむところは……パパ、見たくないよ」


「親不孝な娘でごめんなさい。でも、決めたことなんです」


陽南子さんが今一度、背筋を伸ばす。妙子さんに似て、長身の彼女が居ずまいを正すと、部屋の空気が凛とする。


彼女は言った。


「私は、東山院中央高校を自主退学します。そして、別の島で一からやり直します」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



退院の日が来た。

正確には、過労で入院しているだけの俺を「まだ早い。あと一年は病院にいましょう」と食い止める病院関係者を退け、無理矢理退院する日が来た。

日に日に医師も看護士も肉食獣の面構えになっていたから、長居は無用だったのである。


病院からそのまま東山院空港へ。

東山院の予定滞在期間はとっくに過ぎている。早く南無瀬領に帰ろう。

東山院空港に降り立ってから、まだ十日ほどしか経っていない。随分昔のことのような気がするのは、それだけたくさんの出会いや騒動があったためだろう。


『結婚に及び腰の男子を応援する』

当初の来島目的は、紆余曲折を繰り返して、何とか達成できた……と思う。

昨日病院に届いたトム君たちの手紙には、俺への感謝や今後も夢を捨てずに頑張っていく、という旨が書かれていた。

男女比が狂った世界だ、同じ男が懸命に生きる姿は、俺にとっても励みになる。

トム君、スネ川君、みんな……共に精一杯やっていこうぜ。


「そろそろ出発ですね。帰ったら、三池さんは何がしたいですか?」

「ずっと寝たきりだったんで身体を動かしたいですね。武道場を使わせてもらおうかな?」

「ええけど、無理はあかんで」

「もし倒れたら、私が付きっきりで看病する。シモの世話までお任せ」

「た、倒れないよう気をつけます」


男性やVIP用の出発ロビーに俺たち以外の人影はなし。おかげで、ダンゴたちや真矢さんと飛行機の出発までゆっくり時間を潰すことが出来る。

帰りも南無瀬組のプライベートジェットを使う。行きと違うのは、搭乗員におっさんと妙子さんが追加されたことだ。


その南無瀬夫婦だが、今は見送りに来た娘との最後の別れを惜しんでいる。


「ヒナたん、何かあったらパパに連絡するんだよ。それと一週間に一度は必ず電話するから出てくれたまえ」

「うん。電話、楽しみに待っているからね」

「お前が決めた道だ。とやかくは言わないが、ぬるく生きるんじゃないよ」

「分かってる、もう南無瀬組の顔に泥は塗らない」


陽南子さんは、退学と引っ越しの準備でもうしばらく東山院に残り、年が変わる頃に新天地へと旅立つそうだ。

彼女のケジメに始めは難色を示した妙子さんと、猛反対したおっさんだったが、梃子てこでも動かない決意だと分かるや渋々と了承した。

お見合い指定校を自主退学する生徒は前代未聞。結婚のチャンスを自ら捨てて、一般校に入り直すなどあり得ないことらしい。


それだけ、陽南子さんは今回の一件を反省しているのだろうか。


「三池君、ちょっといいかい」妙子さんが娘との会話を終えて、こちらへ来る。

「陽南子が君と二人で話したいらしい。危険はないと思うが、嫌なら断って構わない。どうする?」

「ちょうど良かったです。俺も別れの挨拶をしたいと思っていました」


音無さんと椿さんを少し離れた所に配置して、陽南子さんの所へ行く。

「最後にお話しする機会を認めていただきありがとうございます」

「いえいえ、畏まらないでください。それより、新天地での生活は大変でしょうが、身体に気を付けて……たしか、『北大路きたおおじ』に行くんですよね?」

「はい、馴染みのない環境ですが、精進します」


北大路。不知火群島国の北に位置する大島だ。

南無瀬島からだと中御門を挟んだ向こう側にある。陽南子さんにとって故郷から一番遠い島だ。

そこで己を鍛え直そうとするとは……彼女の凛々しい顔が、一層大人びて見える。


「凄いですね。自分から厳しい道に行くだなんて、そうそう出来ませんよ」

「厳しい? それは違います。北大路に行くことこそ、私の道なんですよ。もう、東山院でお見合いをしている場合じゃありません」

「えっ?」

全身を怖気が走った。改心して真面目になったはずの陽南子さんの目が……狂信者のソレになっている。

「タクマさんは、北大路に何があるかご存知ですか?」

何が……乏しい不知火群島国の地理の知識を思い返すと。


「あ、北大路には……マサオ教の総本山が」

「そうです」嬉しそうに手を合わせる陽南子さん。「あのカビの生えた古臭い邪教の総本山です」


「じゃ、邪教って」

「交流センターでタクマさんの股間の洗礼を受けて、私は目覚めたのです。タクマさんこそ、この世界を照らす光。唯一無二の尊い光。それをあまねく者に知らしめる、それこそが私の天命なのです」

「ちょちょちょ!?」

「そのためには、まずこの国に蔓延する悪しき教えを排除しなければなりません」

「な、何を言っているんですかぁ」

俺が陽南子さんを止めようとしたところで。


「拓馬はん! そろそろ時間やで」

真矢さんの声が聞こえてきた。


「悲しいですが、お別れのようですね。タクマさんの益々のご活躍をお祈りしています」

「ひ、陽南子さん! そんなことより、今の話は冗談ですよね? ねっ?」

必死な俺に陽南子さんは笑いかける。


「はは、タクマ殿は騙されやすいでござるな。もちろん冗談でござるよ」

「なぜ『ござる』キャラに戻るの!?」

「では、拙者は行くでござるよ。達者で!」

「ちょっと陽南子さん! 待って! 勝手に話を切らないで!」

「さらばでござる」


俺の制止を聞かず、陽南子さんは出発ロビーを走り出て行ってしまった。


「ヒナたんと、どんな話をしたのかね?」

止めようと手を伸ばしたまま固まる俺に、おっさんが話しかけてきた。


「あ、陽南子さんが、宗教革命を」

「革命? 何を言っているのかね三池君は?」

「……すいません。多分俺の気にし過ぎ、だと思います」

「うん?」


陽南子さん、マサオ教を排除するとか嘘だよね。

冷静に考えれば、一少女が国教を潰すなんて出来るはずがないよね。

ま、まったく最後の最後に笑えないジョークを言わないで欲しい。



後に、俺は後悔することになる。

どうしてこの時、陽南子さんを追いかけなかったのか。

捕まえて、どんな手を使ってでも、狂信にまみれた彼女を改宗していれば……あんな事にはならなかったのに。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




プライベートジェットに乗って一時間。

「三池さん! 三池さん! 南無瀬島が見えてきましたよ!」


子どものようにテンションを上げる音無さんに釣られて、窓の下を眺めると、群青に彩られた冬の海に浮かぶ島が見えた。

帰って来たんだな、南無瀬島。

休養を兼ねていた東山院の旅は、多大な疲れを俺に残した。

もう無理はしないぞ。すでに年末と呼べる時期に入っている。

今年のうちは南無瀬領でしっかり養生して、年明けからアイドル活動を再開だ。


そう思っていた俺だが、やっぱりと言うべきか、お約束と言うべきか……年が変わるより前に無理を強いられる事態になってしまった。

俺は知らなかったのだ、あの忌むべき夜がすぐそこまで迫っていることを。





第三章『黒一点偶像と少年少女のお見合い性愛闘争』 終


→ 第3.5章『せいなる夜の黒一点アイドル』

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