偶像

いや、まだだ!


メールに動揺したものの、ハタと思い直す。まだ、柿崎君たちは結婚られていない。


ルールでは、グラウンドのトラックまで男子を連れていかなければ結婚成立とはならない。

メールと一緒に送られてきた画像には、警備ルームが映っている。敵はこの建物内だ、柿崎君たちを救うチャンスはある。


俺は防犯銃を持って周りを見た――男子たちは力なく消沈している。彼らを励まし共に救出作戦を行う時間はない。


「丙姫さん、みんなを頼みます!」

「……えっ? ええ、任せてぇん」


廊下に出る。

警備ルームからグラウンドを目指すとすれば、敵が辿るルートは……


そんなことを考えながら走り出した、直後。


「げっ!?」


前方の廊下が突如として塞がれた。防女シャッターが下ろされたのだ。


しまった!?


シャッターを叩いたり、下から持ち上げようとするもまったく動かない。

完全に封鎖されてしまった。


――ってことは、まさか……


振り向くと、後方の階段前にある防女シャッターも下がったところだった。


これでは、この二階からどこへも移動できない。

柿崎君たちを救うどころか、袋のネズミにされた形だ。


「くそぉぉ!?」


女子の侵攻を防ぐためのシャッターが悪用されてしまうなんて……早速、警備ルームを占拠された影響が出ている。


影響はこれだけには収まらず――


「た、タクマさああんっ!?」

セミナー室からトム君の悲鳴が響きわたる。


「どうしたっ!?」

急いでセミナー室に引き返すと、男子たちは震えながら窓の外を見ていた。


それだけで何が起こっているのか、理解出来た。


屈強な正門が、男子の心の拠り所でもあった正門が、無情にも開かれていく……


突破口から続々と進撃する女子たち。

壁際防衛にいていた男子たちは、遠目でも分かるほど恐れおののき、俺たちのいる交流センターの建物へと逃げる――が、その多くは道半ばにして捕らえられていく。


運良く建物入口にたどり着いた男子もいたが、警備ルームの介入で扉がロックされており、もたついている間に女子に追いつかれ拘束された。


ご用となった男子たちが、グラウンドのトラックに連れ去られていく。

なんて凄惨なウェディングロードなんだ。


みんなで頑張って保っていた均衡が、一瞬で崩れさり、少なくない男子が(未婚者として)帰らぬ人になってしまった。


未だ独身せいぞんしているのは、このセミナー室にいるトム君たちだけであり、その命も風前の灯火である。セキュリティは掌握され、廊下の防女シャッターが彼らの逃亡を許さない。文字通り詰んでいる。


「もうダメだ、おしまいだぁ」

スネ川君が両手両膝を地面に突いて、うなだれる。

彼の言うとおり、おしまいだ。しかし、それを認めてしまったら本当に終わってしまう。


「バリケードを作りましょう。それでこの部屋に女子が入らないようして、時間稼ぎを」


「無理っすよ。バリケードって何を使うんですか……椅子も机も固定されてますよ」

生気のないスネ川君の言葉だが、言っていることは正確だ。


学校の教室とは違い、セミナー室は長机が地面に固定し設置され、そこへ等間隔に椅子が付けられている。

動かすことは出来ない。

机と椅子の他にバリケードとして使えそうな物はなく、ドアに鍵をかけても警備ルームから遠隔操作で解除されてしまう。


籠城すらままならない。


「ま、まだ助かる方法はあるはずです」


「……いいんすよ、もう疲れました。さっきまで独身でいようぜ、って励まし合っていた友達が次の瞬間に結婚してしまう……この恐怖、タクマさんは分かりますか?」


「お、おう……」

そう言われると、かける言葉が見つからない。


他の男子たちもスネ川君と同じく絶望の淵に落ちている。

動けるのは俺だけか。


どうする、歌で撃退してみるか……厳しいな。

陽南子さんが言っていたが、女子たちはミスター対策で耳栓を常備している。コンテストの時のように歌で酔わせることは出来ないだろう。


やばい、万策尽きてないか、これ。

俺まで弱気になってくる。



『私とここで事が終わるまで居て欲しいのですけど……いえ、それでこそ私の光ですね。絶望的な事態ですが、あなたなら何とかしてくれる気がします』

陽南子さんは、俺を光と称してそんなことを言っていた。


無理だよ、俺は光じゃない。

女子に勝てず、結局ザマスおばさんの手のひらの上で、ましてや真なる敵なんて……





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




ついさっき、陽南子さんから受けた忠告を思い出す。


「杏さんは難敵ですが、真なる敵と比べれば可愛いものです。タクマさん、あなたが本当に男子たちを助けたいのなら、戦うべき相手は――男性を取り巻く概念です」


「が、がいねん?」


真なる敵って大人物か巨大組織かと予想していたが別方向の解答である。


「言うなれば、『男は貴重品だから後生大事に、しまっちゃおう』という概念です」

「し、しまっちゃうんですか?」

「はい、しまいます」


いろんな意味で酷い概念である。

俺の頭の中に「さあ、しまっちゃおうね」と言いながら男性を穴蔵に入れ、大きな石で蓋をする女性の光景が浮かんだ。


「忌むべき歴史ですが、中世の大陸では男性の誘拐や売買が多発しておりました。男性を家族に持つ女性が、外界から男性を隔離したくなる気持ちも分かります」


俺、この時代に転移して良かった。中世だったらとっくに貞操を散らしていただろう。不幸中の幸いだ。


「マサオ様のおかげで、今でこそ男性の自由はある程度認められましたが……しまっちゃおうの概念は、女性たちの根底に根付いたままです。トムさんたちのインターンを杏さんや芽亜莉先輩が反対するのも、大元を辿ればこの概念に行き着く、私はそう思います。そして、仮に杏さんが失脚したとして、次に仲人組織の代表になる人も同じ概念持ちです」


俺もアイドル活動以外では南無瀬邸に、しまわれているようなものだな。先日、俺の不調を察して息抜きに百貨店に連れて行ってくれたが、不調を訴えなかったら動いてくれなかっただろう。

その概念ってやつは、俺の知り合いを含め大多数の女性の中にあるのか。


「トムさんたちの夢は、多くの人に難色を示され、妨害を受けるでしょう。仕方ありません、しまいたい男性を外に出すのですから。人類が文明を作った古代から脈々と受け継がれてきた歴史ある概念。それを壊すのは並大抵のことではないでしょう。それでも――」

陽南子さんが口調を強くする。

「トムさんたちを助けたいと本気で思っているのでしたら、タクマさんのやるべきことは――」


「や、やるべきことは……?」

何だか思った以上に規模の大きい話だ。不安になる俺に陽南子さんは、やはり規模の大きいことを吐いた。


「世界的な思想大革命パラダイムシフトです」





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「あっ……め、芽亞莉ちゃん」

トム君が窓の下を見て、後ずさった。


何事か、とトム君に代わって窓際に立つ。すると、建物入口にこの部屋の男子と同じ数の女子が集まっているのが見えた。

一人の女子が指示を飛ばし、他のメンバーは静聴している……突入前の最終打ち合わせだろうか。


「指示を出しているのが、芽亞莉ちゃんです」

トム君がボソッと呟く。


「よく分かりましたね」

女子は全員フルフェイスヘルメット、しかも上から見下ろしているので顔が見えない。普通は誰が誰か判別出来ないのだが、トム君は自分の元婚約者に気付いたようだ。


「分かりますよ、ずっと一緒でしたから。メアリちゃんのことは……たくさん知っています」

「トム君……」

「憧れでした、昔の彼女は……でも、変わってしまいました」


トム君はメアリさんのことをもっと嫌っていると思っていたが、どうやら複雑な感情が見え隠れしている。


「僕が、僕が……芽亞莉ちゃんとの結婚を拒否しなければ、仲間を集めて、反抗しなかったら……こ、こんなに酷いことには」

それ以上言えず、トム君は泣き崩れてしまった。


もうすぐ、防女シャッターが上がり、そこからメアリさん率いる女子たちが突撃してくる。

防犯銃を使ったところで防弾装備のハンターが止まると思えない。戦意喪失した男子たちに万が一の勝ち目もないだろう。


この状況で、俺に出来ることはないのだろうか……




暗雲たるセミナー室を見ていると、不意に在りし日の光景が脳裏をよぎった。

あれは……二回目の交流センター訪問の時だ。

俺がミスターとなってコンテストに出場する、その報告のためにトム君たちの下を訪れた。

ちょうどトム君たちは授業が終わったばかりで、このセミナー室で俺を迎えてくれたよな……


あの時はみんな未婚者で、未来に希望を持っていたのに――



「……………あっ」



そう言えば、あの時、俺たちは、このセミナー室で、どんな会話・・・・・をしたっけ?




俺の頭に雷が直撃したような衝撃が走る。


こ、これだ……!?

一寸先は結婚という今、男子たちを助けるために出来る最善手。

女子たちの猛攻を退け、ザマスおばさんの手のひらから離れ……何より世界中に思想大革命パラダイムシフトを起こせるかもしれない、たった一つの方法。


しかし、出来るのか? こんな無謀なやり方が俺に出来るのか?

少しでも誤ったらゲームオーバーだ。練習する時間はない。ぶっつけ本番で、これほど困難なことが可能なのか?

アイドルの域を超え、偶像アイドルでなければ成しえないような無理難題だ。



「でも、やるしかないよな」

ファンを前にして尻込みはいけない。やるべき事があって、やり切れるかもしれない手段を見つけて、それで何もしないでトップアイドルになれるものか。


緊張で早まる胸をドンと力強く叩き、うつむきがちな顔を上げ、俺は覚悟を決めた。





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★





『終わり』が地鳴りとなって近づいてくる。

もうダメだ、本当にダメだ、あと数分もせずに全てがダメになってしまう。


全身から力が抜け、地に伏す。

絶望に絡め取られた身体は、二度と立ち上がれないほど重い。


周りの仲間たちも涙ぐみ、嗚咽を漏らし、嘆く。

失敗した、出来損なった、考えが甘かった。


どうして、どうしてこうなった……

どうすれば良かった、こんな結末にならないためにどう動けば良かった……


分からない、もう何も分からない。


「……う、うわぁぁ……」

頭を掻きむしって憤る――その手を、力強く掴まれた。


「えっ?」

うなだれていた顔を上げるとタクマさんが眼前に立っていた。

自分を傷つけるのは止めろ、と言うように厳しくも優しい顔でこちらの手を掴んでいる。


「あ……あ、あ……」

言葉が上手く出ないこちらに向かって、

「まかせろ」と一言。


まかせろ、たった四文字の言葉なのに、胸の中の暗がりが一気に晴れる。なんて力強いんだ。


それからタクマさんは肺に空気を吸い込み、大声を発した。


「全員、注目!」


仲間たちの虚ろな視線が集まる。が、プレッシャーを感じていないのか、それでもなおタクマさんは笑ってみせる。


「諦めるな、まだ終わっちゃいない。手はある、この窮地をひっくり返す手はある! でも、それにはみんなの協力が必要不可欠だ。俺を信じてくれ、仲間を信じてくれ、自分を信じてくれ。そうして、今一度立ち上がってくれ……俺たちは、まだやれる!」


神々しさすら感じた。

この絶対絶命の危機に瀕してなお、希望を捨てず、皆を導こうとする姿――


その姿は、まさに偶像アイドルだった。

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