ナイスミドルでいこう

不知火群島国のテレビを初めてけた時。

俺は天道てんどう紅華くれかを知った。


番組表の文字が読めないため何のドラマかは分からない、ストーリーも途中からの視聴のため分からない、そもそも天道紅華という名前だってあの頃は分からなかった。

しかし、主役を張る彼女の演技力の高さだけは分かった、嫌と言うほどに。


虚構を現実に置き換える声、没入感を誘う仕草。

本物だ。

コネの力で役を得る者たちとは違う。天道家の威光など必要としない光を天道紅華は放っていた。


彼女こそ俺が目指すトップアイドル。

そして、いつか手に入れたい不知火の像に最も近い人物だった。

……凄い。と同時に悔しい気持ちが溢れた。


今の自分と比較して、彼女がどれだけ先を行っているのか……

実力差があり過ぎて、どのくらい努力すれば追いつけるのか、その距離がまったく想定出来なかった。


でも……負けたくない、負けっぱなしでいたくない。

いつの間にか、俺は天道紅華をライバル視していた。


以前、電話越しに妹の天道咲奈さんから言われた「天道家のレッスン法を教えてあげる」は絶好の誘いだった。


「あっ、咲奈さんったらあからさまに俺との接点を作ろうとしている。危険だ、この子の病気お姉ちゃんを悪化させることになるぞ……悔しいっ、でも誘いに乗っちゃう!」


天道紅華に並ぶにはリスクを恐れてはいられなかった。


そんな矢先に、


「あたし、天道紅華です」

天道紅華は俺の前に現れたのだ。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「こ、これはこれはご丁寧な挨拶で。ふぉふぉふぉ」


俺は付け髭を撫でながら、内心の動揺が治まるまでの時間稼ぎとして、とりあえず笑ってみた。

咄嗟とっさに出したナイスミドルな笑い声は、バルタンみたいになってしまったが、天道紅華さんに気にした素振りはない。


彼女と不知火群島国の芸能界談義や、アイドルとしての心構えやら生活やら話し合ってみたいところだが……


時と場合が大変よろしくない。


変装した状態での長時間の会話は、正体がバレる可能性大アリだ。

ここは、早々に話を切り上げてお見合いを観よう。


「いつもテレビで応援していますよ、これからも頑張ってください」


このくらいで良いか。

俺は常套句を口にし、もう会話は終わりだ、と告げるように身体の向きを天道紅華からメインモニターに移――


「いつもテレビで!? そ、それじゃあ、この前の『愛棒あいぼう』のテレビスペシャルも観てくれたんですか! ど、どうでした!?」


――そうとしたが、その前に呼び止められてしまった。


「あ、愛棒ですか……」

「はい!」

「う、ううむ」


愛棒と言うのは、不知火群島国で長年愛されている刑事ドラマのことだ。多くの難事件(たいていが強漢ごうかん事件)を解決する股下警部と彼女の愛棒 (意味深)の活躍を描いている。

そのテレビスペシャルで、天道紅華さんは犯人役として出演していたな。


ゴクリと唾を呑み込みながら、俺の言葉を待つ天道紅華さん。

俺が感想を言うまで、目力の強い眼差しを止めてはくれないようだ。


「ちょっと!」

困っている俺を助けるべく声を上げ、

「有名アイドルだか何だか知っていますけど、みぃ! ぁ……みぃ……」

と、固まったのは音無さんだった。


おそらく「みいけさんに詰め寄るような真似は許しませんからね!」ってな感じで啖呵を切ろうとしたのだろう。

しかし「あ、やば。三池さんの本名言っちゃう」と急に気付き言葉が出なくなってしまった、そんな所だと思われる。


「ミィスター。こちらのミスターは訳あってお見合いの視察に来ていらっしゃる。著名なアイドルだとしても、ミスターを長く呼び止めるのは看過出来ない」


おおっ、上手いこと椿さんが言葉を引き継いだ。


「せや、すまへんけど、これ以上騒ぐようなら退室してくれへんか?」


真矢さんも続き、形勢はこちらが有利になった。

組員さんたちも「ちょっとあの子さぁ、こっちは忙しいんだから空気を読んで欲しいよね~もう」という雰囲気を出して、俺を援護してくれている。



「……初めてだったんです」


えっ……? 

天道紅華さんが俯き加減で呟いた。俗に言う自分語りのポーズである。


「あたし、実力派アイドルとして売り出していて、演技力や歌唱力には自信があります。スタッフやお客様からの評判も上々です……でも、男性からコメントをもらったことがなくて……」


うん? 天道紅華さんクラスなら、男性の中にもファンがいて良いと思うんだけど。


そう疑問を持った時に役立つのがツヴァキペディアである。

俺の方へスッと近付いて、耳元で情報を発信してくれる。吐息が耳に当たって少しくすぐったいな。


「天道紅華が女前の性格をしているのは周知の事実。彼女の気の強さが男性たちをヒエッらせている。そのせいか、男性人気は最底辺」


ああ、日本の芸能界にもいるよな。同性には大人気だけど、異性からは野蛮だったり汚いから嫌、とか言われる芸能人。その不知火群島国版が天道紅華さんなのか……もったいないな、実力は本当にあるのに。


ドラマの感想くらいなら言っても良いんじゃないか。そんな気持ちが湧いてくる、しかし。


「あかんで」俺の顔を見て察した真矢さんがストップをかけてきた。

「そうやって優しい面を出すさかい、毎度トラブルに巻き込まれる。しっかりしてや」


うっ……さすが真矢さん。俺のことをよく分かっているな。

厳しい人だけど、すべては俺のためを思ってのこと。温かい鉄壁さが心地良い。


「少しで良いんです、感想を」

「ダメや、あんたもしつこいなぁ」

「どうか、ちょっとだけ」

「ああ~なに言っても聞こえへんで」

「お願いします、『奥さん!』」

「……………………あんた、今、なんて言った?」


鉄壁にヒビが入った。


「え、奥さん……ですよね。ミスターさんに助言して、頼られていますし」


「あ、あんた……」氷のように冷たかった真矢さんの表情が……「ええ子やねぇ! いやぁ、塩対応してごめんな」氷解した。


「ちょ、真矢氏! 懐柔されてはいけない」

「手のひらグルングルンじゃないですか! しっかりするのは真矢さんの方ですよ!」


「そちらのお二人もダンゴかと思いましたが、ミスターさんと仲が良さそうですし、もしかして奥さんですか?」


「なかなかの慧眼。当たらずとも遠からずと言っておく」

「へっへ~ん。一つ屋根の下で寝泊まりしてますし、事実上の夫婦と言っても過言じゃないですよね」


俺を守る頼もしい人たちが、こんなにもモロいとは知りとうなかった……今後の護衛について後で反省会だな。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「愛棒の演技ですか……そうですね」


まあ、何はともあれだ。

これほど懇願する天道紅華さんを無碍むげにするのも悪いので、俺は感想を述べることにした。


彼女が演じた犯人は、国を恐怖のどん底に陥れた同時多発強漢の首謀者であり、巧妙なアリバイトリックやら密室トリックやら心理トリックを用いて股下警部を最後の最後まで翻弄してみせた。


「私がこれまで逮捕した犯人の中でも、あなたは一番の強敵でしたよ」

と、警部が賞賛するほどである。


「犯罪集団の冷徹なリーダーらしく、ロボットのように人間味がない演技には目を見張りましたよ」


「あ、ありがとうございます!」


「ですが、おれ……ごほごほ、私が注目したのは逮捕された後の演技です」


「逮捕された後……ですか?」


「ええ。連行される時に『叱責も同情もいらない。我らが欲したのは男……ただそれだけなのだ』と言って、空を見上げたじゃないですか。あの横顔に僅かな人間味が出ていて、思わず唸ってしまいましたよ」


「そ、そんなに詳しい感想がもらえるなんてっ! えっ、それに台詞が一字一句合ってる」


「ああ、良いシーンだったので何度もリプレイしたんですよ。それで、台詞も覚えてしまってね」

演技の勉強として、何度も観察させてもらったよ。さすがは俺のライバル、名演技だったぜ。


さて、言うべきことも言ったし、後は……


「これからも頑張ってください。ファンとして、あなたをいつも見守っていますよ。益々ますますのご活躍をお祈りしています」


天道紅華さんの名演を思い出したせいか、俺もナイスミドルの演技に熱が入った。

険しい未来へ進む若者の不安を取り去り、背をそっと押す年長者。

ダンディズムにのっとった渋い声が出た、と思う。


「…………」

天道紅華さんの顔が赤髪と同じ色に染まる。瞳が潤んでいる。唇がプルプル震えている。


「……あ、ありがっ……ありがとうございます!」

大きく頭を下げた天道紅華さんは、その頭を上げず俺の横を走り過ぎ、力強くVIPルームのドアを開け放ち退室して行った。


「やってしまいましたねぇ。紅華さん、恥ずかしさが暴走して出て行っちゃいましたよ」

「天道紅華、陥落確認!」

「はぁ……まあ、ええやろ。あの子、ミスターはんの正体が拓馬はんって気付いておらんし。二度と会えない想い人を作るなんて、拓馬はんも罪な人やで」


感想を口にしただけなのに、酷い言われようである。


けど、これで良かったんだ。

俺は天道紅華さんのライバルでありたい。

ファンとして彼女を応援するナイスミドルは一瞬だけ現れた幻、それで良いんだ。


「……あっ、そうだ。お見合いはっ!」


「終わったでござるよ」


「いいっ? もうっ!?」


天道紅華さんとの会話に入らず、ずっとモニターを観ていた陽南子さんが教えてくれた。


「まだ開始して十分も経っていませんよ」


だが、メインモニターに先ほどまでいた男女の姿はない。

本当に終わっている。


「レッドカードを喰らってゲームセットでござる」


「はっ?」


「審判からイエローカードをもらった時点で、会話の方針を変えるべきだったでござる。なぜに殿方の個人情報を上げ続けたのか……それだけ殿方に関心があるのをアピールしたかったのかもしれんでござるが、明らかに下策。さすがに『あなたの夜の右手の代わりになりたい』はアウトでござるよ。最後には辛抱たまらなくなって飛びかかろうとするし……退場になるべくして退場になった。そう言うしかないでござる。いやはや、後輩として反面教師にしなくては……」


どうしよう、ツッコミ所が多すぎて、ツッコめない。

神妙な顔をする陽南子さんの隣で、俺は何も言えず誰も映っていないモニターを眺め続けた。






「ただ観ていただけなのに、疲れた」


車のリアウインドウから遠ざかっていくお見合い会場コロシアムを見る。

こうしている今でもあの中では、熾烈な婚活が行われているわけか……願わくば、二度と行きたくないな。


「そういえば、最終選抜お見合いの結果、誰とも結婚しなかった男子はどうなるんですか?」


「また最初からでござる。多くの殿方は一ヶ月くらい休養期間を設け、再び結婚相手の募集をするようでござるよ、若干募集要項を改稿して」


「へぇ……なら、今から俺が会おうとしている男子たちって」


「何度も募集をかけては、全員を不合格にしてきた猛者たちでござる。タクマ殿、同じ男だからといって油断なきよう」


覚悟はしていたけど、よその島で活動するってのは大変だな……と、よその島と言えば、普段中御門で活動している天道紅華さんがどうしてここにいたんだろう? 何かの撮影で、かな?

にしても、なんでお見合い会場に……?


頭の片隅にそんな謎を貼り付け、俺は男子たちが待つ場所へと赴いたのであった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「……今、なんて言いました? 俺はあなた達を励ますように言われて来ました。それがどうして……」


「すみません、そう言わないと南無瀬さんがタクマさんに仲介してくれないと思ったんです。ボクらがタクマさんにお願いしたいのは、励ますとか曖昧なものじゃありません」


この場に南無瀬組は一人もいない。男だけだ。

その状況になって明かされた真実の依頼に、俺は混乱した。


「俺に、倒せ、って言うんですか?」


「はい、是非に! ボクたちの未来が掛かっているんです。どうか、どうか――」


彼は振り絞るように告げた。


「――天道紅華を倒してください」


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