俺が作った光景

寸田川先生の『子宮ビンビン』発言によって周囲は凍った。が、当の本人は毛ほども気にせず言葉を続ける。


「君たちが考えた話ってさ、守りに入っているんだよね」


守り、だとっ?


「『魔法少女トカレフ・みりは』がここまで大きなコンテンツになったのは、それまでの魔法少女物にはない過激さがあったからさ。男性を狙う者たちには一片の慈悲もなく制裁を下す。怪人が泣こうがわめこうが確実に急所を攻撃し命を刈り取る。子どもの教育に悪い? それがどうした、と言わんばかりに薄っぺらい感情論を廃し、必罰必償を追求するストーリーがウケたわけだ。つまり、攻めに攻めた結果なんだよ。ひるがえって、君たちの話は――」


寸田川先生がコツコツと靴音を鳴らし、俺の前まで来た。

俺は会議室の椅子に座っているので、自然と彼女を見上げる形になる。

同時に彼女は俺を見下して、

「タクマくん、君の勇気にボクは敬意を表する。男性の身にしてよくぞ舞台のスポットライトを浴びる覚悟をしてくれた。今この時もボクの下半身は熱くなっているよ。しかし、勇気を見せるのなら中途半端は良くない」


「俺がヘタレていると言うんですか?」


「気にさわる言い方ですまないね。なにぶんこんな性格を三十年近く続けているんだ、至るところが凝り固まっていて今更直らないのさ。あっ、下の方は君がほぐしてくれれば柔らかくなるかもね」


「あ、あんたぁ!? さっきから拓馬はんにセクハラしよって、高名な先生だろうと許さへんで!」


怒りに任せて真矢さんが立ち上がった。それを「待ってください」と止める。


「た、拓馬はん。言わせたままでええの?」


「色々文句はありますけど、まずは寸田川先生の話を最後まで聞きましょう」


セクハラで訴えることはいつでも出来る。それより先生の言う「守り」がどうしても気になってしまう。


「さすがは世界唯一の男性アイドル、心が広いね。その広さで是非今からボクが言うことも受け止めて欲しい」


「善処しますよ。それで、守りってなんですか?」


俺が目力を強めて寸田川先生を見据えると、彼女は小気味良い調子で話した。


「タクマくんは己の魅力をきちんと理解しているね。君が舞台に立つだけで観客の満足度はほぼ上限に達する。これほどの役者は古今東西、果たして何人いることやら……が、悲しいことにその環境が君から向上心を奪っている」


「お、俺が成長するのを止めて堕落しているって言うんですか!」


聞き捨てならない。俺はこれまでアイドル活動に全力でやってきた。手を抜いた覚えはないぞ。


「誤解しないでくれ。君の活動はボクもよく知っている。頑張っていることは重々承知さ。けどね、どうも君は高みを目指すより、周囲が暴走しないように抑えることばかり注視している。今回もそうさ、君が悪役として出れば観客は満足するから、後はどう穏便に事を収めようかと、そこばかりに頭を使っているんだ」


「っ!?」言葉が出なかった。

寸田川先生の指摘は的確に俺を貫く。

思い返してみれば、いつも俺は『どうやればお客さんが喜んでくれるか』よりも『どうやればお客さんが興奮状態や鬱状態にならず、人間としての節度を保てるか』を念頭にアイドル活動してきた。


黒一点アイドルは、いるだけで価値がある。その事実に甘えて、お客さんがもっと楽しんでくれる、もっと喜んでくれるサービスを怠ってきたのかもしれない。


「意思のない戦闘魚からみりはが逃げ回って、愛の力で正常に戻して終幕。おいおい、『魔法少女トカレフ・みりは』シリーズの脚本家として、こんなふ抜けたラストは認められないよ。生粋のみりはファンがガッカリするのが目に浮かぶからね。胸躍るようなバトルなくして『魔法少女トカレフ・みりは』は語れないさ」


「……なら、語り草になる舞台にしてみせますよ」


「ちょ拓馬はん、しっかりしてや! 相手の言葉に呑まれたらアカン」


心配してくれる真矢さんには悪いが、ここまで言われては引き下がれない。

今までの俺は周囲が暴走しないよう配慮する余り守りに入っていた、という寸田川先生の評価は少し間違っている。

俺の活動が今一つ弾けていなかったのは、周囲の心配より自分の名に傷がつくのを恐れていたからだ。今回だってぎょたく君にネガティブなイメージが付かないように、操られた意識のない悪役にする予定だった。


お客さんのことより自分を優先した結果、舞台の面白さを下げる。

それは、アイドルとして絶対にやってはいけないことだ。


俺は一度目を瞑る。そして迷いを振り払うように開眼して立ち上がった。

「なります、なってみせます! 闇墜ちしたぎょたく君を完全無欠の悪役にします!」


「はぁはぁ……イイ、とってもイイよ。なんて濡れる啖呵を切ってくれるんだい、最高じゃないか」


これには脚本家先生もご満悦である。


「くっふふ、それじゃあボクの中の悪役とタクマくんの言う完全無欠の悪役を擦り合わせしようじゃないか」と言いながら内股で擦り擦りと身体をクネらせる寸田川先生。

舞台が終わったらこの人、本当に通報した方が世のため人のためな気がしてきたぞ。


「はい、お客さんが心から楽しんでくれる悪役にしましょう!」


後から想うと、この時の俺は若干頭に血が上っていたのかもしれない。

その場のノリやテンションに身を任せて勢いのあることを言いまくっていた。


で、あるから時間が経って、冷静になって気付くのだ。

俺は悪魔の囁きにまんまと乗ってしまったのだと。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




やってしまった、と後悔する打ち合わせが終わった。


「脚本の直しはボク自らやろう。なに、二時間もあれば終わるさ」

と、言いながら驚く早さで修正を始めた寸田川先生の邪魔にならないよう小会議室を出る。


「お疲れさまでした! 台本の話し合い、どうなりました?」

「途中であの奇人が入室していたから、平和に終わったとは思えない」


部屋の前で待機していたダンゴの二人が合流する。


「色んな意味で終わったわ。拓馬はん、あれでほんまに良かったんか? うちには、もうどんな結果になるか分からん」


真矢さんが盛大にため息をつく。

俺だってため息をつきたい。寸田川先生の独特な雰囲気から遠ざかって、冷えてきた頭が「こらあきまへんあきまへん」と嘆いている。


せやけど、賽は投げられてもうた。引き返す道はないんや、は、ははは。


「ダイジョウブデスヨ、ナニモ、モンダイアリマセン」

俺の口から出た感情のない言葉に、「あっ(察し)」とダンゴたちはそれ以上根ほり葉ほり尋ねてくることはなかった。




「あれ?」

舞台に戻ってくると、先程よりも多くの人がいた。

しかも見覚えのある人ばかり。


「タクマくぅん、私たちも来ちゃったわぁん」

モデルウォーキングで近付いてきたのは、『みんなのナッセー』のフロアディレクターの心野乙姫さん。

その後ろには『みんなのナッセー』のスタッフさんが数人揃っている。


「みなさん、どうしたんですか? なぜここに?」


「だってぇ、サカリエッチィさんを怪我させたのは私たちの責任でもあるのにぃ、タクマくぅんだけを寄越して後は知らんぷりなんて出来ないわよん」


オカマは義理堅い。どこかで聞いた言葉だが本当のようだ。正確にはオツ姫さんってオカマじゃないけど。


「ぎょたく君を悪役にするんでしょぉ。だったら、普段からぎょたく君の着ぐるみのケアやメイクをしている私たちに任せてぇん」


有り難い申し出だ。

劇団・コマンドの人たちは他のことで手一杯。こんな時に外部の経験者の助力は手を合わせて拝みたくなるほどの支えになる。


オツ姫さんたちを劇団・コマンドの上役に紹介し、早速ぎょたく君のイメチェンプロジェクトを始めてもらう。

寸田川先生が描いたぎょたく君の悪役イメージ図に「な、なによぉん、これぇぇえん!!」とオツ姫さんが野太い悲鳴を上げていたが、頑張ってくれとしか言いようがない。



助力に駆けつけたのは、『みんなのナッセー』のスタッフだけではなかった。


「こんばんは、タクマさん」


穏和に笑うこの中年女性は、たしか俺のファンクラブ運営のリーダーさんだ。

半歩後ろには委員長のお姉さんもいた。俺と目が合うと、ペコペコと何度も頭を下げてくる。

年上のうぶな反応が可愛らしくて、思わず俺の顔が綻ぶ。

それがお姉さんを刺激したらしく「ふわぁ」と、あわや気絶しそうになる……が。


「ギリッ」と中年女性のキツい視線を受け、「ひっ」とお姉さんは体勢を戻した。

元の会社で上司部下の関係だった二人は、ファンクラブ運営の中でも同様の間柄のようだ。


「おっ、来たみたいやな。急な呼び出しに来てもろうてありがとさん」

「他ならぬタクマさんのためです。お気になさらないでください」

「ほんなら、向こうで明日の舞台について話そか」


中年女性と真矢さんの会話に入る。


「あの、真矢さん。ファンクラブ運営の人たちを召集して何をするんですか?」

「ん、それはな――」


明日、『魔法少女トカレフ・みりは』を観劇に来る客は、俺が急遽出演するのを知らない。

このままサプライズで俺が登場した場合、性欲と血の気の多い客たちがヒャッハーして舞台上に乱入する可能性がある。

そこでファンクラブ運営には、明日の舞台に俺が出ることを事前告知してもらうのだ。


また――

今日の『みんなのナッセー』の特別公演でマナーの悪いファンが舞台の物品を破損させ、ファンクラブから除名処分になった。タクマさんのお仕事を邪魔する人はバンバン除名するので、ファンクラブメンバーは淑女的振る舞いを心掛けるように――

そう警告文を添えて、今一度ファンクラブの風紀を取り締まることになった。


これらの情報は、ファンクラブホームページはもちろん、南無瀬組や劇団・コマンドのホームページにも載せて、なるべく多くの衆目に晒すようにするらしい。


具体的なやり方をこれから真矢さんと運営メンバーで話し合うそうだ。


「こんな夜更けに呼び出して無理をさせることになって。申し訳ないです」

「い、いえいえ、夜中に男性のために呼び出されるなんて夢のようで、と、とても光栄です。タクマくんの助けになるなら何でもします、どんどんお願いしてください」


うおっ、何という献身的な言葉なんだ。

隣のお姉さんみたいに親しみを持てる人にそんなことを言われたら、膝枕オナシャスと頭を差し出しそうになるぜ。


「あー、お姉ちゃんったらタクマさんと仲良く話していてズルい」

「え?」


お姉さんの後ろからヒョコっと顔を出したのは委員長だった。隣には孤高少女のトップの姉小路さんもいる。


「あなたたち、なんで来たの!? モニターの仕事は明日の昼間からでしょ」

「そうなんだけど、タクマさんが困っているって聞いたらいてもたってもいられなくて。ねえ、姉小路さん」

「す、すいません。あちき、力仕事には自信があるんで設営の手伝いとかなら出来ると思って」


姉による問いつめを妹とその友人はアハハと笑って逃れようとしている。


「まあまあ。俺のために来てくれたんですね。とても嬉しいですけど、今から徹夜の作業になると思います。二人とも大丈夫ですか?」


委員長も姉小路さんも高校生。明日は休日だから学校はないにしても、夜更かしに慣れているのだろうか。


「はいっ! 孤高少女愚連隊の奴らで夜通し遊びまくって朝焼けの海岸沿いをバイクで走ってましたから、夜には強いです!」

と胸を叩いて豪語した後「あっ、って言っても今はみんな更正して真面目に早寝早起きしてますからね」と慌てて付け加える姉小路さん。

ふふ、まだ昔の不良癖が見え隠れしているけど、まっすぐな生き方をしようと努力しているみたいで微笑ましいな。


「私も夜には強いです。最近はタクマさんのグッズが充実して夜の作業が長引いちゃって……えへへ」


委員長はもう手遅れだ。

姉小路さんとは真逆でどんどん真面目から遠ざかっている。

ポスト寸田川先生みたいで、接し方には注意した方がいいな。


「なんや、二人も来たんか。作業を手伝ってもらうのは助かるけど、明日のモニターはちゃんとしてもらうで」

「「任せてください!」」

「あの、真矢さん。モニターと言うのは」

「悪と化したぎょたく君に世の女性がどんな反応をするか事前に知っておきたいさかいにな。明日の昼間に一度拓馬はんの演技を見てもらうんや。はは、えらい大変になりそうで頭が痛いで」


まっ、反応が分かったとして修正する時間はないかもしれへんけど。とボヤきながら真矢さんは運営の人を連れて別室に向かって行った。


「じゃ、タクマさん。私と姉小路さんはスタッフさんの所に行きます。また後で」

「失礼します!」

「ええ、頑張ってください」


委員長たちを見送って、俺は客席へ降りた。

そして振り返り、舞台上を一望する。


劇団・コマンドの人、『みんなのナッセー』の人、南無瀬組の黒服さんもいる。

それにファンクラブ運営に、委員長や姉小路さんみたいに俺のファンまで来てくれた。


この胸の熱さは、みんなの協力が嬉しくて感激しているからだろう。でも、それと同じくらい俺は、


「三池さん、後ろめたいんですか?」

「自分が代役をやるとワガママ言ったせいで、たくさんの人を真夜中に呼び出し作業させている。それで胸がつかえている」

「ぐむぅ」

いつも俺の傍にいて、いつも俺以上に俺を見ているダンゴたちが、こちらの心中をズバリ言い当てた。


「……ええ、そうです。悪役宣言をした時は、先のことを全然考えてなくて。まさかこんなに多くの人に迷惑をかけるなんて」


「それは違います!」音無さんがグイッと近づき、珍しく色欲のない目で俺を見つめてくる。「今夜駆けつけてくれた人は、みんな三池さんの力になりたくて来たんです。誰も迷惑だなんて思っていません!」


椿さんも音無さんとは反対方向から近づき、抑揚はないものの心に染みる声色で語りかけてくる。

「三池氏、自信を持って欲しい。今、目の前に広がるのは、あなたが作った光景。あなたのこれまでのアイドル活動で救われた人たちが、今度はあなたを救いたいと集まって出来た光景」


「俺が、作った光景……」


「寸田川氏に何か言われたようだけど、忘れないで。三池氏は人々に希望や夢を与える立派なアイドル。この光景がそれを証明している」

「まだ何か足りないっていうならこれからどんどん付け足していけばいいじゃないですか! あたしたち、どんな事でも協力しますよ!」


……ったく、二人とも何だよ。いつもはロクなことを言わないくせに、こんな時だけ人の目頭を熱させちゃってさ。

んな事を面と向かって言われたら奮起するしかないじゃないか。


「ありがとう、ございます。上手く言えないんですけど、アイドルになって良かったって今までで一番感じています。みなさんのご期待とご支援に応えられるようこの舞台を俺、必ずやり遂げて見せます!」


「うふふ、三池さん。俺、じゃないですよ。俺たちでやり遂げましょう。ねっ、みんなで頑張りましょ」


「そう、タイムアップまで残り少ないが、ここにいるメンバーが力を合わせれば何も問題ない」


「……はい!」

二人の温かい言葉を胸に俺は大きく首肯した。


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