堕ちる半魚人
サザ子さんの話を要約すると、こうなる。
特別公演が終わり、市民会館から出てきたサザ子さん。
そこで高校生くらいの少女たちが、会館の裏手に向かうのを目撃する。
後ろ姿に引っかかりを覚えたサザ子さんがこっそり付いていくと、少女たちは人気のない所で止まり、何やら物を取り出して攻撃を始めた。
その物こそがサカリエッチィのマスクであり、器物破損を行った少女たちこそ俺が危惧していた『
『特好のタク』らは、観客席の前方に座っていた。
そして、サカリエッチィの落下時に混乱する現場に近づき、ドサクサに紛れてマスクを手に入れたらしい。
その後、舞台で俺とイチャイチャしていたサカリエッチィへ怒りが湧き、腹いせでマスクを破損させた、とのこと。
俺たちが必死で画策したサカリエッチィへのヘイト緩和対策を以てしても、過激ファン集団の凶行を止めることは出来なかったわけだ。無念である。
マスク入手の経緯に関して、元々マスク狙いでサカリエッチィの落下現場に接近したのか、最初は介抱しようと思っていたところ魔が差したのか、それは分からない。
「あの子たちは、ワタクシの方でメッと怒っておきました」
そういうわけで
ウーウー。
おっと、遠くからサイレンが聞こえてきた。警察か救急車か、どちらにしても『特好のタク』はしばらくシャバに出られないな。
「うちの方でファンクラブ運営に連絡入れとくわ。アホやった輩は全員除名や」
横で真矢さんが憤慨しているおかげか、俺自身は怒りを覚えなかった。
それよりも、マスクを抱きかかえたまま、顔を伏せる天道咲奈が気になって仕方なかった。
「じゃあ、お姉ちゃんは行くね。明日の舞台、何とかするから見に来てね」
天道咲奈が儚い笑みを残し去っていく。
「あ……」
「ん? なにタッくん」
「いや、その……舞台、応援しているから」
「えへへ、ありがと」
不安とプレッシャーで押し潰されそうな少女に俺は気の利いた励ましすら言えなかった。
天道咲奈ら劇団のメンバーがいなくなり、特別公演の片づけもあらかた終わり、周囲が閑散とする。
「三池さん! いろいろありましたけど、今日はパーッと打ち上げしましょうよ。ねっ! あたしがとっておきの宴会芸を披露しちゃいますぜっ」
暗い雰囲気もなんのその、音無さんはどんな時も音無さんである。たまに煩わしい彼女の行動が、今は有り難く感じた。
このまま音無さんのテンションに乗っかり、何も気にせずドンチャン騒ぎしようか。
それはとても魅力的な選択だけども……
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
市民会館を出ると、すっかり夜になっていた。
晩秋の夜空は透き通っていて、星々が綺麗に輝いている。
一瞬「明日の天道咲奈の舞台が上手く行きますように」と星に願おうかと思ったが、自分の無力さを痛感するだけのような気がして止めた。
「タクマくぅん。良かった、まだいてくれたのねん」
『みんなのナッセー』フロアディレクターの心野乙姫さんが、帰り際の俺たちを呼び止めた。
会館から漏れる明りに照らされ、トレードマークの青髭がダークブルーに渋く見える。
「たった今、病院からサカリエッチィさんのことで連絡があったのん」
「えっ! だ、大丈夫なんですか?」
「それがねん、強く打った足や腰に骨折はないみたいよん」
ホッ、と張りつめていた空気が緩んだものの、次の報告でまた張り直された。
「だけどぉ、打撲箇所がいくつかあるみたいで身体を動かそうとすると激痛が走るそうよ。お医者様の話では、数日は絶対安静にするように、だってぇ」
数日の絶対安静。
その言葉は俺の中で重く受け止められた。
とてもじゃないが、明日の『魔法少女トカレフ・みりは』の舞台に参加出来ないってことか。
いや、もし参加出来たとしてもサカリエッチィのマスクがない。
あれはパーティーグッズショップで売っているマスクとは違い、特殊技巧を集めて作った特注品だ。
コラボ劇の時にみりはが、サカリエッチィの腹を執拗に殴っていたのも、顔のマスクを壊さないための配慮だった。
簡単に代えを用意は出来ない。
「咲奈さんの劇団はどうやって明日の舞台を行うんでしょう?」
誰に向けたものでもない俺の問いに、椿さんが答えた。
「公演中止はないとして、考えられるのは二つ。サカリエッチィに代わる悪役を出すか、クオリティの低いサカリエッチィのマスクを作るか」
「その二つのどちらかをやれば、ピンチを乗り切れるわけですか」
「難しい。『魔法少女トカレフ・みりは』の舞台ポスターには大きくサカリエッチィが載っている。観客の多くがサカリエッチィとみりはの対決を楽しみに観劇しに来る。代わりの悪役を出すのは論外、低クオリティのマスクでお茶を濁すのも悪手。そもそもあの舞台はすでに他の島で上演され、ネットには上々の評価と感想が溢れている。南無瀬領だけ不出来な舞台をした場合、叩かれるのは火を見るより明らか」
どう取り繕うとも非難は避けられそうにないか。
「あっ、それとねん。意識を取り戻したサカリエッチィさん、ずっと泣きながら謝っているそうよ。同じ劇団の人やタクマくぅんの名前を言いながら、ごめんなさい、ごめんなさいって」
「……そうですか」
サカリエッチィさんが落下した原因の一端は俺にあり、サカリエッチィのマスクが使い物にならなくなったのは俺のファンのせいだ。
責任を感じてしまう。
つい数時間前のこと。
「もうすぐ本番ですね。て、手荒なことをしてしまいますが、極力穏便になるよう用心しますので……よ、よろしくお願いします」
「こっちのことはあまり気にしないでください。悪役のサカリエッチィさんがビクビクした演技をしていたら、緊迫感のない舞台になっちゃいますよ」
「で、でも」
「タッくんがこう言っているんだし、思いっきりやっちゃっていいですよ。その方が助けに来たお姉ちゃんをタッくんは強く求めるし……ふふ。あ、でもタッくんを傷物にしたらわたし、怒っちゃいますからね」
俺と天道咲奈とサカリエッチィさんは、直前に迫ったコラボ劇に対して互いを励ましたり脅したりと、微笑ましいやり取りをしていたのだ。
それが僅かの間に、一人は怪我をして周囲に迷惑をかけたと苦しみ、一人は暗雲たる未来の重圧に苦しむことになってしまった。
一回きりの舞台仲間とはいえ、彼女たちの苦境から目を背けるのか。他人事だと割り切り、コラボ劇お疲れさまと音無さんたちと打ち上げをするのか。
ふざけるなよ。
「椿さん、さっきの話ですけど。明日の舞台、観客の多くがサカリエッチィとみりはの対決を楽しみに観劇しに来る。代わりの悪役を出すのは論外って言いましたよね」
「肯定する」
「なら、観客が満足する悪役を代役に立てればどうですか?」
「ちょ! 拓馬はん!? なに言っとんのや!」
「コラボですよ」
「へっ?」
真矢さん、椿さん、音無さん、オツ姫さん、四人を見渡して俺は声を張った。
「『みんなのナッセー』の舞台に魔法少女みりはがコラボ出演したように、『魔法少女トカレフ・みりは』の舞台にぎょたく君がコラボ出演するんですよ」
唖然とする四人、真っ先に復帰した真矢さんが唾を飛ばす勢いで「ま、待ちぃ! ぎょたく君は南無瀬領で今もっとも愛されているキャラやで。それを悪役で使うんか!」
「はい、ぎょたく君には闇堕ちしてもらいます」
今日のコラボ劇でぎょたく君はヒロイン役だったが、俺としては悪役の方が似合うと思う。見た目、半魚人だし。
あれだ、戦隊もので言うなら主要登場人物の顔見せが終わった七話くらいに出てきて、キャラを深掘りする個別エピソードの片手間に倒される役割が丁度いい。
「三池さんが、悪役」
「男性が悪事を……なんというアブノーマル」
何を妄想したのかじゅるりと涎を垂らすダンゴ共。
「ぎょたく君のコラボに関しては反対はしないわよん。こちらとしても、『みんなのナッセー』の特別公演でサカリエッチィさんを怪我させちゃった負い目があるものん。でも、悪役というのは」
「どうにかします! 最終的には更生して
「ふぅん、まあそれならオーケーかしらぁ」
よし、『みんなのナッセー』のスタッフからGOサインはもらえそうだ。
「拓馬はん、こないな事は言いたくないんやけど……ええんか、あの子を助けて」
ここで天道咲奈に手を貸せば、天道家に気に入られる。俺を婿にしようとする動きが活発になってしまうかもしれない。
真矢さんが心配するのも当然のことだ。
「ご忠告ありがとうございます。でも、決めました。咲奈さんは天道家からの刺客ですけど俺の舞台仲間なんですよ、見捨てられません」
「お人よしやな。コラボが上手くいったとして、感激したあの子が迫ってきたらどうするんや?」
「セメント対応します、が、頑張って」
「頼りないなぁ、まっそん時はうちが横からチクチク小言を言って、拓馬はんを守るわ」
真矢さんが手のかかる子を見る目を向けてくる。「お手数かけます」俺は頭を掻いた。
話は決まった。
これから『魔法少女トカレフ・みりは』が上演される南無瀬芸術劇場に行き、天道咲奈の劇団にコラボを持ち掛ける。
もし、了承されれば突貫準備だ。本番は明日だから不眠不休になるだろう。
「打ち上げは延期ですね」
宴会芸を見せると張り切っていた音無さんが隣に立つ。残念な素振りはまったくなく、柔らかな笑みを浮かべている。
「ええ、その分、明日の舞台後は大いに盛り上がりましょう。みんなで」
俺は力強く返事をした。
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