天道家からの刺客

「今日、もっとも運勢が悪いのは、すみません五月生まれのあなた。仕事も勉強も何をやっても上手くいかない日です」


俺は言葉を切って、声色を柔らかめに変えた。


「それでも今日という日を頑張る五月生まれのあなたは素敵だと思います。めげたくなる事があったら思い出してください。僕があなたを応援していることを……じゃ、今日も元気にいってらっしゃい! 二度寝はダメだぜ☆」


笑顔でカメラに手を振ること数秒――


「はい、オーケーです」


スタッフの声がして、現場から緊張がなくなった。


「お疲れさまでしたー」

「お疲れさまでしたー」

「五月生まれのスタッフ三名倒れました、誰かヘルプお願いします」

「お疲れさまでしたー」


みんなが口々に互いを労い合う。


ふぅ……大きな問題もなく終わった。

占いコーナーは朝のニュース番組で毎日放送されるが、収録は撮り溜め形式で行う。

一回の放送は二分程度だが、それを一週間分一気に撮ると結構な労働だ。


「お疲れさん。最初のぎこちなさもなくなってええ感じやで」


「声の抑揚や間の取り方が手慣れてきた。こちらも落ち着いて収録を見守れる」


「特に最後のエールに痺れますよねぇ。次の収録ではぜひあたしの誕生月をワースト運勢にしてください!」


占いの館をイメージした舞台セットから降りたところで、真矢さん、椿さん、音無さんが迎えてくれた。

俺は羽織っていた黒のローブを外しながら「いやぁ、まだまだですよ」と日本人らしく謙遜しつつ、内心「俺、イケてるイケてる」と自画自賛する。


「タクマさん、お疲れさまでした。また来週もお願いします。こちらが来週分です」


現場を仕切るスタッフさんが、新たな台本を持ってきた。

毎日を占うはずのコーナーに台本があるのは、なんだか台無しな話だが演じる方としては有り難い。


この台本だが、後で真矢さんやダンゴたちに朗読してもらい、それを日本語に自分で書き直さなければならない。

面倒な手間だが、不知火群島国の文字をまだ操れない俺には、欠かせない作業だ。


「ありがとうございます」

俺は台本を受け取って、ふと以前から疑問に思っていたことを尋ねてみたくなった。


「そういえば、毎日の運勢ってどうやって決めているんですか?」


まさか、本当に占っているわけではあるまいし。


「先にワースト月を決めます。それ以外は消化試合ですからパソコンのランダム機能を使って適当にやります」


占いコーナーって上位陣が花形だろうに、それを消化試合だなんて……


「どうしてワースト月だけ特別なんですか?」と訊くことはない。理由は、占いの台本を読めば分かる。

毎回テンプレのような台詞の中で、ワースト月の人に送るエールだけいつもガラッと違うのである。

よくもまあこんなに色々な応援文句を考えるものだ、と感心したくなるほど、エールの文章には情熱が注がれている。


俺の占いコーナーは、やっているのが男というだけしか当初ウリがなかった。

この味気ないコーナーに何かプラスアルファを付けたい、と悩んだ俺は、運勢が悪かった月の人に「頑張ってください、応援してます」とアドリブでエールを送ってみた。


それが、すべての始まりであり、今ではごらんの有様。

視聴者のみんながワーストになりたいと切望する、世にも奇妙な占いコーナーがいっちょ出来上がりである。


「ち、ちなみにワースト月はどうやって決めるんですか?」


嫌な予感がしたが、好奇心に負けて質問してしまった。


「各誕生月のスタッフを一名ずつ選出して、じゃんけん大会を開いています。みんな南無瀬領に住む大勢の人間を代表していますから必死ですよ。負けが続くと視聴者から『私の誕生月がまったくドベにならないぞ、ふざけるなっ!』ってクレームが届きますからね。『今から、チョキを出すね』などブラフや真実を織り交ぜた牽制や、相手の表情や手の筋肉から出す手を読んだり、対戦者の過去の戦績をすべて記録しパソコンで思考予測プログラムを組んで戦いに臨む人もいたり。じゃんけん大会の場は、ざわ……ざわ……と尋常ならぬ雰囲気が支配しています。プレッシャーで身体を崩す者もチラホラ出てきて大変ですね」


「うへぇ」

やっぱり聞くんじゃなかった。


「ですが、ワーストを勝ち取った勝利者には、タクマさんのエール文を考える栄誉が与えられますから、やりがいは十分にあります」


「そうですか、これからもみなさん頑張ってください。では、俺はこれで」

もう関わりたくない俺は、定型句を述べてさっさと場を去ることにした。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




南無瀬テレビの雑多な物が溢れる廊下を、椿さんと音無さんに前後を守ってもらいながら歩く。


「今日の仕事はこれで終わりや。明日は『みんなのナッセー』が朝からあるさかい、早めに寝るんやで」


「はいっ」


「あれ? 『みんなのナッセー』の収録はまだ先じゃないんですか?」


真矢さんのスケジュール確認に、音無さんが疑問の声を上げた。


「凛子ちゃん、今朝の真矢氏の報告を思い出す。明日は『みんなのナッセー』特別公演の打ち合わせ」


「あっ、そうだったね。あはは」


椿さんの言うように、俺が現在抱えている仕事の中で大きなものに『みんなのナッセー』の特別公演がある。


普段はナッセープロダクションで収録されている『みんなのナッセー』がスタジオを飛び出し、外で撮られるのだ。

元々、全盛期の『みんなのナッセー』は南無瀬領内の文化センターや市民ホールを使って、多くの人が観覧が出来るコンサートを開いていた。昨今は人気の低下によって開催されていなかったのだが……


「拓馬はんの登場によって『みんなのナッセー』は一躍人気番組になった。そんで、ナッセープロダクションの資金はグッズ販売で潤沢になった。この特別公演はナッセープロダクション復活の狼煙なんや。うちらとしても、拓馬はんの影響力がどんだけ大きいのか不知火群島国中に知らしめる大事なイベントさかい、気合入れて行くで! もち、警備員はナッセープロダクションと南無瀬組からぎょうさん用意して万全を期すから安心してな」


なんだかモノモノしい特別公演になりそうだが……幼児番組の公演とは言え舞台の仕事だ。俺の実力向上のためにも、このイベントは必ずやり遂げたい。


そんな決意を胸に廊下の曲がり角に来た時だ。

角の向こうから、駆けるような足音が聞こえてきた。


「きゃっ!?」

突如現れた可愛らしい声の持ち主が、俺たちに衝突しそうになる。

その少女は、先頭を行く椿さんの横をすり抜け、俺の方へ倒れかかった――が。


「……甘い」

優秀なディフェンダーである椿さんが、子どもにしてやられるはずがない。

少女の腰に腕を回し、がっちりホールドする。


「わわっ!」

「捕まえた。なかなかの素早さ、子どもの癖に侮れない……ん、あなたは」


椿さんが拘束した人物を確認し、ジト目を見開いた。


「咲奈……天道、咲奈」


天道咲奈……って、あの天道姉妹の!?


南無瀬領では、中御門のテレビも放送されている。

そこに出演するタレントたちはいずれ俺のライバルになるかもしれない。と、いうことで敵情視察の意味を込めて色々な番組を視聴するようにしていた。

その中で、俺の印象に残った一人の女性がいた、引退した天道祈里と同じ天道の姓を持ち、他の芸能人にはない存在感を放つ『彼女・・』……


この少女はその妹に当たるのか、そう言えば何度かテレビで観たような……


「ほんまや。天道咲奈、なんで南無瀬島に?」

「クンクン! こ、これは泥棒猫の匂い! グルグルルル」


真矢さんと音無さんが警戒した目で、天道咲奈を凝視する。


「あ、あの……わ、わたし」


拘束され、大の大人たちにガン付けられ、少女はすっかりビビッてしまっている。

俺への接触未遂が偶然か故意かは分からないが、子ども相手にやり過ぎな感は否めない。


「ま、まあ、放してあげましょうよ。その子、怯えきっているじゃないですか」

「しかし」

「お願いしますよ、椿さん」

「……了解した」


椿さんが少女の腰に巻いていた腕を解き、俺から遠ざけるように放逐する。


「ご、ごめんなさい! 私、慌てていて、男の人にぶつかりそうになっちゃって」


少女がペコペコと頭を下げ、その度にツインテールが激しく上下した。


うっ、か、カワイイ!


大きな瞳に、思わず突きたくなる柔らかそうな頬。

月並みな表現だけど、絵本から飛び出してきた妖精のようだ。

俗世にまみれていないあどけなさは、肉食獣の舌なめずりに晒される生活で擦れてしまった俺の心に、人間として失ってはいけないものを思い出させてくれる。


さすが不知火群島国で有名な天道家の一員。姉たちとはベクトルが違うものの超絶した魅力的な容姿だ。


「今度から廊下は走らないように気をつけるんだよ」


「はい! ありがとうございます。タクマお兄ちゃん」


これはいけません!

少女が『お兄ちゃん呼び』と『混じりっけなしの笑み』の同時攻撃を仕掛けてきた。

成長途中の女子にときめく特殊性癖の人が喰らったら、幸せのまま人生を終えるようなイチコロさだ。


ロリコン属性がなく、『みんなのナッセー』で幼女たちから散々『お兄ちゃん』と呼ばれていなかったら、俺でも耐えられたか分からない。

お、恐ろしい。まったく恐ろしいぜ、天道咲奈たん。


「ぐっ…………さ、さくなたん」


「なに言うとるんや、拓馬はん!? こらアカン。みんな行くで」


なぜか急に慌てだした真矢さんが、椿さんたちに撤収を命じる。


「あっ、お兄ちゃん」

まだ言いたげな咲奈たんが俺に手を伸ばしてきたが、


「悪いが、話すことはない」

「グルグルル」

椿さんと音無さんから明確な拒絶を受けて、残念そうに手を下ろした。


そして、ダンゴたちに手を引かれ廊下の角を曲がる俺の耳に、「お兄ちゃん。また、会おうね」という健気な声は長く残った。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



『天道咲奈の日記』



○月×日


ついに南無瀬島にとうちゃく。

いどうで疲れているけど、舞台のせんでんを南無瀬テレビさんがしてくれるので、さっそくあいさつに行ったよ。

そのときに、あのタクマさんが局内にいると聞いておもわず会いに行っちゃった。

でも、しっぱい。

ぐうぜん、ろうかでぶつかりそうになって、タクマさんの周りの人におこられちゃった。

お姉様からタクマさんと会うときは失礼のないように、って言われていたのにダメだなぁわたし。

でもでも、タクマさんはすごくやさしい人で、わたしをかばってくれたんだ。

お父様以外の男の人に良くしてもらったことなかったから感動しちゃった。やった。


お姉様のアドバイス通り「お兄ちゃん」って言ったらよろこんでくれた。

もっともっとお兄ちゃんって言ってよろこんでもらおうっと。


タクマさんとはまだまだお話ししたかったんだけど、周りの人がタクマさんを連れて行っちゃったよ。ぐすん。

まっ、いいや。

お姉様のおかげでテレビ局の人から、みんなのナッセーとのコラボをOKしてもらったからね。

タクマさんとおしゃべりするチャンスはいっぱいあるんだ。


ふふ、これから楽しみだなぁ。ほんとうに、楽しみ。

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