彼女は海に吠える

「以上が撮影に関する動きになります。ご質問はありますか?」


全長十メートル、総トン数二トン、定員二十名。

流麗なボディが眩しい最新型漁船の見学を終えると、広告代理店の人が尋ねてきた。


「今のところは大丈夫です」


俺がそう返すと、サザ子さんが「お疲れさまでした。打ち合わせはこのくらいにして、事務所の方で美味しいスイーツを用意しております。お時間の許す限り、ゆっくりしていってください」と労ってきた。


有り難い申し出だが、俺にはやるべき事がある。


チラリと横の真矢さんを盗み見……澄ました顔だが、どこか表情が堅い。

やはりこのCMに思うところがあるのか。その真意を確かめずして、悠長にスイーツを食べる気にはなれない。


「すみません。もう少しここでCMのシミュレーションをしたいです。その後で事務所に向かいます」


「でしたらワタクシ共も一緒に」


「いえ、自問自答しながらイメージを固めていくスタイルですのでお構いなく」


まず、意識高い系を装って漁業組合関係者を遠ざけて、と。


次に「音無さんや椿さんたちも離れて、周辺を警戒してください」


「うえっ!」「ぐぬぅ!」

指で四角の形を作り、手カメラとして海をバックにした俺を撮りまくっていたダンゴたちも遠ざける。

不本意な顔しても指示は撤回しない、仕事してください。


そうして――


「やっと二人っきりになれましたね、真矢さん」


「ファ!? なんやねん、どないしたん、拓馬はん! いきなり攻め攻めやん!」


狼狽する真矢さんを逃すまいと、距離を詰める。


「俺、真矢さんのことを尊敬してますし、信頼しています。俺のためにいつも忙しく動いてくれて、骨を折ってくれて、ほんと感謝の毎日です。真矢さんに対しては誠実であろうと常日頃思っています。だから、真矢さんも俺に誠実であろうと思ってくれているのなら……嬉しいです」


「拓馬はん?」


「すんません、なんか回りくどい言い方をしてしまって。ストレートに行きます。教えてください。真矢さんの本音を!」


「本音って……?」


「真矢さんが今、いだいているものですよ!」


「た、拓馬はんはイケズやわ。うちの気持ちなんてバレバレやろ」


キツネ目をぎゅっとつぶって、真矢さんが下を向く。

海風に肩まであるミディアムヘアーが荒れ、彼女の顔が隠れる。


「分からないんです、ちゃんと答えてください。そうしないと俺、不安でこのままじゃ仕事出来ません」


「うちも女や。男性にここまで言われて言葉を濁すことはせん……いえ、しない。拓馬君、きちんと聞いてね。私の想いを」


真矢さんが顔を上げた。その瞳は決意の色を秘めている。

ぽえみたちに追いつめられた時と同様にエセ関西弁を止めている、おそらくこれが真矢さんの本気モード。


俺も真剣な目で応える。

「はい。真矢さん (が危惧しているCMの問題点を教えてください)、お願いします」


「拓馬君と私は随分歳が離れているから、多分私なんか拓馬君の対象外なんだと思う。こんな気持ちを押しつけられても迷惑だと思う。でもね、ダメなんだ……初めて会った時からずっと想っちゃうんだ」


うん? 真矢さんは何を言っているんだ? 

なんかおかしいぞ。


CMのことで頭が一杯で、性急に話を進め過ぎたかもしれない。

待て待て、俺はどんな言葉を繋いで、この会話に漕ぎ着けたんだっけ?

…………………………あっ。


こらあきまへん。


「拓馬君は私の太陽。拓馬君がいてくれる限り、頑張ろうって気力が漲ってくるんだ。そんな拓馬君にこんな気持ちを持つのはおこがましいけど、それでも私は」


いかん! これ以上は傷になる。

もうご臨終レベルかもしれないけど止めなければ!


「ま、真矢さん!」


「な、なに……やっぱり迷惑? 私の告白なんて……そうだよね。ふ、ふふ」


「いえ、身に余る光栄で、小躍りしたい気分なんですけど……あの、俺が訊きたいのは……その、しー、しーえむのことで……」


「え、CM?」


「はい、CMのことで……その、真矢さんが何か思い詰めていたみたいだから……本音を訊きたいなって」


「……」

「……」



ヒューヒュー。


沈黙の中を海風が過ぎていく。

ここは船着き場近くの港湾。

遠慮なく風が身体にぶつかってくるが、そんなものを気にしていられない。


ただでさえ赤かった真矢さんの顔が、人体の限界に挑むかのごとくさらなる高みへと朱を濃くしていく。


フォローしなければ、と思うが一言でも喋った瞬間に真矢さんが爆発しそうで何も言えない。


そうして、時間と風だけが流れ……

やがて、真矢さんが海の方向を向いて……






「ううぅぅうわわわぁぁわわわあああああああああああ!!! 拓馬くぅんのアホーーーーーーォォォフォオ!!!」



青春の一ページとして額縁に飾りたいほど、見事な吠えっぷりだった。

俺は厳粛に受け止めた。




「時間をください、お願いします」


「すいません、すいません」


「いったい何をしたんですか、三池さん?」


「時間をください、お願いします」


「すいません、すいません」


「真矢氏、これは酷い」


「時間をください、お願いします」


「すいません、すいません」


真矢さんが体育座りで顔を埋め、同じ台詞を延々と繰り返すようになってしまった。

俺は、というと膝をコンクリートの地面に付けてひたすら謝罪を繰り返すばかり。


真矢さんの叫びに何事かと駆けつけた南無瀬組の人たちも、この状況にどう対処すれば分からずオロオロする有様だ。


「俺が、俺が悪かったんです。真矢さんの心を踏みにじってしまった。すいません、本当にすいません」


「よく分かりませんが……真矢さん、一人になりたいみたいですし距離を置いた方がいいんじゃないですか?」


音無さんの提案によって、俺は後ろ髪を引かれる思いで真矢さんから離れた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




真矢さんが回復するまで、港をブラブラ歩いていると。


「そういえば変ですね~。まだ昼間なのに漁船がみんな岸壁に繋がれていますよ。海が荒れているわけでもないし、漁に出てないんですかね?」


音無さんが素朴な疑問を口にすると、ツヴァキペディアが知識を披露した。


「沿岸漁業の船は夜明け前に出港して、朝方には戻ってくる。すでに今日の漁は終了している」


「へえ、そうなんだ。じゃ漁師さんって滅茶苦茶早起きなんだね~」


そういえば魚は夜明け前くらいが釣れやすい、って耳にしたことがあるな。

どおりで屈強な漁師の女性をあまり見ないわけだ。

もしかして漁業組合が余計なトラブルを避けるために、俺と漁師たちが会わないよう時間を調整したのかもしれない。


「あっ、でも漁師じゃない人はいるみたいですよ」

俺の目が着岸した船から出て桟橋を歩く人をキャッチする。あの風貌、多分彼女だ。


真矢さんが行動不能になっている現状、CMの問題は自力で突きとめなければいけない。自分の仕事だ、真矢さんに頼ってばかりじゃ情けないしな。



俺は音無さんと椿さんに一言断りを入れてから彼女に近づいた。

あの謝罪 (?)ノートに書かれていた名前を思い出しつつ声をかける。


「姉小路さん!」


「た、タクマさん!? ど、どうしてここに? それにあちきの名前を」


元スケバンこと姉小路旗希さんは、俺の出現に心底驚いたようで手にしていたバケツや雑巾、ブラシを地面に落とした。

どうやら船内を掃除しての帰りらしい。


真面目にやっているな。

ショートカットのオデコから汗が浮かび、ジャージには船の汚れが移っている。だけれど、俺にはその姿が好ましく思えた。


「早速ノートを見させてもらいました。ぎょたく君グッズを気に入ってくれてありがとうございます。早く更正プログラムが終わって、グッズをゲット出来るといいですね」


「ハ、ハイ! 一日でもぎょたく君に近づけるよう、が、頑張りましゅ!」


ガチガチに緊張している。

漁業組合や南無瀬組相手に堂々と渡り合っていた姿は見る影もなく、お目目グルグルにしてテンパっているぞ。


「ああ……あちき、タクマさんと一対一で喋ってる、二人だけの世界だ……」


俺の後ろには南無瀬組がいるんだけど、舞い上がった少女には無いものと見なされているようだ。


「それにあちきの名前を呼んでくれた。もうこれだけで一週間は飯抜きで生きていけ」


「姉小路さん! お気を確かに!」パン!


「はっ!?」


自分の世界に入ってしまった姉小路さん、その眼前で猫だましを行い、彼女を現実へと引き戻す。

俺と会話経験が乏しい人はすぐトリップしたがるからな。おかげでこの手のショック療法を身につけてしまったぜ。


「さっき何でも協力する、って言いましたよね。少しお聞きしたいことがあるんですけど、今大丈夫ですか?」


「ああ……タクマさんが頼ってくれている。学校では腫れ物扱いだったあちきを……もうこれだけで」


「そいやっ!」パン!


「はっ!?」


意外にトリップ熟練者だった姉小路さんをインタビュー相手にしたのは人選ミスだったかもしれない。


四苦八苦しながら、俺は漁業に携わって日が浅い彼女の意見を収集するのであった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




そろそろ頃合いか……


トリップアドバイザー姉小路さんの献身によって、俺の中にあやふやだが見えてくるものが出来た。


あとは真矢さんと答え合わせし、対策を練らねば。

もう立ち直ってくれているといいんだけど……うっ。


真矢さんと別れた海岸線に戻ると、彼女は堤防に腰を下ろして海を眺めていた。

どうしようもないほどの虚ろな目で。


すごく、声を掛けづらいです。


「あっ、拓馬はん、それにみんな。どないしたん?」


ひいっ! 今にも消えてしまいそうな薄命笑顔!


「真矢さん、お、お加減はよろしいのですか?」


「ん、何のことや? ビックリしたわぁ。気づいたらみんないなくなっているんやから」


「え……それは真矢さんが一人になりた「ウチハ ナニモ イットラン、タクマハンモ ナニモ キイトラン。エエナ?」「あっはい」


「それでなんやったっけ? ああ、CMのことか」


「俺の方で孤高少女の姉小路さんに話を聞いてきました。で、CMの問題点について思いついたことがあるんですよ」


「ふぅん? どんなことや」

真矢さんが少し嬉しそうな顔になる。生徒の成長を喜ぶ女教師のように。


「漁師募集を狙ったCM、その効果に問題はないでしょう。ただ、集まってくる人間の質とそれによって起こるであろう混乱が問題……ではないですか?」


真矢さんの表情を窺いながら、俺は自分の考えを語り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る