【私の陽だまり】

あなたにとって男性は何か?

と、質問されたら私はこう答えるだろう。


『陽だまりのような存在』だと。



私が初めて知り合った男性は、陽之介兄さんだった。

従姉妹である妙子姉さんの幼なじみ。

線は細くて頼りないけど、その無害な笑みを向けられるだけで私は『陽だまり』にいるようでポカポカした気持ちになれた。


まあ――


「真矢、あたいの男に色目使ったらバラすぞ」


――すぐ隣にいる妙子姉さんのプレッシャーによってポカポカはヒエヒエになったんだけどね。



女性として生まれたからには男性を射止めたい。誰もが切望する願いだ。

でも、身近な陽之介兄さんはダメ。妙子姉さんが番犬になっている。近づく者を区別無く噛みちぎる恐ろしい番犬だ。


陽之介兄さんには妙子姉さん以外を娶る義務があるんだし、死ぬ気で土下座すれば何とか書類上の妻にはなれるかもしれない。既婚者というステータスだけ欲しいならそれでも良いだろう。


しかし、私は自分の夫と同居してイチャイチャしたい。あのポカポカをいつも感じていたい。



学生時代の私はそれはもう頑張った。

あの学園島の学校に通い、男子校とのお見合いでは持てる全ての力と頭脳を総動員した。

必死だ。少しでも男子に印象を持ってもらおうと口調も変えた。

後から考えると自分でもよく分からない方向に突っ走った気もする。なりふり構わずやると逆効果な奇行もやっちまった気もする。


その結果、私は独身で学生というボーナス期間を降りることになった。誠に無念である。

社会人になっても口調はそのままにした。一人称の「うち」を止めた時、私の中の結婚願望が朽ち果てるような気がして怖かったのだ。


学園島から地元の南無瀬に帰ってきた私は、弱者生活安全協会の南無瀬支部で働くことになった。

学生時代に結婚は出来なかったけど、少しでも男性と触れ合える (可能性がある)職につきたかったのだ。


女性と比べ男性はデリケートだ。

幼い頃からどこへ行くにも好奇な目で見られ、すれ違いざまにボディタッチを試みる女性が後を絶たない。そんな環境にいれば誰だってデリケートになって心を病む。


彼らを取り巻く世界が優しいものでないなら、ジャイアンの一員である私が守る。

その一心で朝も夜もなく仕事をした。


たまに男性と話す機会があったが、どの人も追いつめられて余裕がなく、近くにいるのにあのポカポカは得られなかった。


息苦しい。ジャイアンで働いていて改めて思う。

この世界は息苦しい。少数派の男性は言うに及ばず、多数派の女性だって苦しんでいる。

みんな幸せになりたいのだ。でも、この世界の男女比がそれを許さない。


誰か、人類誕生から続くこの閉塞した世の中を変えて。

ジャイアン職員として自分の力不足を感じ、せめてもの願いを私は星に向けるのだった。





南無瀬という姓を持っているためか、私は優遇されあれよあれよと昇進し続けた。

周囲からの妬み嫉みはあったけど、そんなことは気にせず職務に集中していたからか……気づけば二十代も終わりに近づき、私は副支部長の椅子に座っていた。



「真矢、昇進おめでとう。これからは私のサポートよろしくね」


支部長の丹潮ぽえみは実際に柔らかい肉を用いた柔らかい微笑みで私を歓迎した。


前々から私はぽえみが苦手だった。人当たりが良さそうな顔をしているが、その行動の一つ一つから極少量何かが漏れている。それが何かは分からないが、不快に思えた。



副支部長となって多忙の日々が続いた。

おかしい、偉い立場って書類仕事ばかりじゃないの? なんで現場に出張ることが多いの? まっ、男性と会えるから不満ってわけじゃないけどね。


新しく男性を住まわせる施設が出来た。私はその完成に立ち会い、内部のバリアフリーがしっかりしているかの最終確認をしていた。


「なんやこれ?」


シャワールームのタイルにヒビが入っている。新築でヒビって何でよ!


舐めた仕事をした責任者を説教して、早く修理するよう命ずる。すぐに男性の受け入れがあるのよ早くしなさい!

けれど、業者は次の仕事があって早急な修理に回す人員がいないとアホ言い出した。私は本気でキレた。ふざけんな、もうお前らに仕事は出さないからな!


「まあまあ、いいじゃないヒビくらい」


どこから話を聞いたのかぽえみがやって来て、仲裁に入った。


「男性の受け入れスケジュールを遅らせるわけにはいかないのよ。ヒビの件は、あらかじめ伝えて謝りましょ。いずれ必ず直すってことも言ってね」


ぽえみの豚の、いや鶴の一声でこの話は終わった。私の中にぽえみへの不信感を残して。



それから一ヶ月後。

私は頭の痛い問題に悩まされていた。

男性の脱衣や入浴の盗撮写真が出回っている。顔はモザイクで隠されているが、もし自分の裸が不特定多数の女性に見られたと男性が知ったら自殺もありえる。

絶対に許せない犯罪だ。


「えっ?」


入手した一枚の盗撮写真に私は釘付けになった。

違う、釘付けで見ているのは男性の裸じゃないぞ、そっちはなるべく見ないようにしているから。

はぁはぁ、私はジャイアンの副支部長。守るべき男性に欲情はしないんだ。

それより写真の端にシャワールームのタイルが写っている。画像解析ソフトを駆使し、モザイク処理を何とか逃れた場所を拡大して、注意深く観察すると……


「ヒビや」

それはいつかの欠陥工事の産物。


急いで直接現地に赴いたが、すでにヒビは修理されていた。それでも成果が欲しい、と写真と現場を見比べる。

写真のシャワールームと現場は同一の作りをしていた。アングル的に天井のあの辺りに隠しカメラがあるはずだ。

家の者から脚立を借りて、天井を調べるがそれらしい物は隠されていなかった。

ここで撮影されたというのは私の思い違いだったのか?


だが、脚立を返す際にこの家の世話役が言った。


「そういえば、この前ヒビを直しに来た業者さんも脚立を持ち込んでいましたね、ヒビはそんな高い所にないのに」


私は鈍感な自分に怒りを覚えた。


ヒビが修理されたという報告を私は聞いていない。誰かが私を通さず、ヒビを修理させた。そしてその時に隠しカメラを回収したのだ。


指示した人物はすぐに分かった。ぽえみだ。


私は手元にある押収された盗撮写真と、ジャイアンが手配した男性施設を比較していき――似ている、と思った。


写真の多くがモザイクで場所を特定出来ないが、それでもジャイアンが提供した施設に似ている気がした。

しかもぽえみが推薦した業者が絡んだ施設ばかり。

ジャイアンの職員が盗撮事件に関与しているのか、私の中で疑惑が大きくなっていった。


首謀者は、ぽえみか?

職員の何人が手を貸しているのか。あの工事業者みたいに外にも共犯がいるのだろうか。


ジャイアンが作った施設を洗って、未だ撤去されていない隠しカメラを見つけたいが、私一人では手が足りない。

誰かに協力を頼もうにも誰が味方で敵か分からない。

さらにそんな行動を続ければ、すぐジャイアン内部の犯罪集団に気付かれて私の身も危なくなる。



最早、あの人に頼むしかない。



私は、泣く子も愛想笑いを浮かべる南無瀬組の首領、妙子姉さんに協力を仰いだ。


話を聞いた妙子姉さんは私もビビるほど激怒した。おそらく陽之介兄さんが被害にあった場合を想像したのだろう。危うく淑女の尊厳が股から漏れるところだった。


南無瀬組との協力関係は結んだが、それは極秘とされた。ジャイアンの誰が敵か分からない現状、私と妙子姉さんは仲が悪いよう装う。


南無瀬組の支援を受けながら、私はぽえみの周囲で何か手掛かりになるものがないか、内部調査する。


疑わしいとすれば支部長室だ。あそこなら何か証拠があるかもしれない。

が、ぽえみは用心深く、部屋を離れる時はいつも施錠をしていた。



調査が難航する、そんなある日。


妙子姉さんから連絡があった。


「どうしたん妙子姉さん? 陽之介兄さんの家出の件? あれは南無瀬組独自に解決するって話やからこっちは人員出してへんで」


『ああ、旦那の家出は何とかなったんだが』


「そら良かったわ」


『そのな、旦那と一緒に保護した青年がいるんだ』


「ちょい待ちぃ。はぁっ!? その人も家出してたんか? いくら男性に厳しい世の中でも、そうポンポン家出する男性がいたらおかしいやろ」


『いや、どうも家出とは違うようだ。もっとヤバい。下手したら誘拐の被害者かもしれない』


思わず携帯を落としそうになった。


「……ほ、ほんま?」


『ああ、詳しくは後でメールするがどうもその男性が特殊でな。どの道ジャイアンで保護されると思うから、真矢に面倒を見てもらいたいんだ』


「今のジャイアンはアカン組織やし、頼まれんでもうちが担当するけど……なんなん? その特殊ってのは?」


『別の国から来たらしい。しかも彼の出身は男女比が1:1の所らしく、この世界の常識が通用しない』


今度こそ私は携帯を落とした。

盗撮事件で大変な時に、さらなる爆弾だ。



翌日、私は彼と出会った。

三池拓馬。私のアイドルであり、私の『陽だまり』に。

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