トロフィー接触作戦

トロフィーに願った瞬間、俺はこの世界に来てしまった。


と、なれば転移の原因はトロフィー?


常識的に考えれば、んなアホなって話だけど今の状況がすでに常識外だ。今更自分の当たり前に沿って頭を悩ませてどうする。


ここが男女比のイカレたファンタジー世界なら、相応のファンタジー脳で考えよう。


あのトロフィーには願いを叶える不思議な力がある。はい、決定。

この前提で次を考えていこう。そうしないと、話が進まないし。


俺がトロフィーに願ったのは「トップアイドルになりたい」だった。

それがどうして、この世界に飛ばされることになるのか?


ひょっとして、男が少ない世界なら半人前の俺でもトップアイドルになれる、とトロフィーが踏んだのか。

悔しいけど、日本より不知火群島国の方が天下は取りやすい気がする。


とにかくトロフィーはこちらの願いに応えてみせた……ということにしよう。

なら「日本に帰りたい」という願いにも反応してくれるかもしれない。



……ここまで考えて、あまりのネジ外れの思考に笑いたくなった。

妄想たくましい中学生じゃあるまいし、これからやろうとしていることに恥ずかしさを覚える。


だが、まあいい。


この行動は、日本に帰るためのもの。

それと同時に、不知火群島国で流されるだけだった自分を捨てるためのものでもある。


成功の是非は大事だが、実行すること自体に意味がある。





次に俺は、支部長室のことを思い出した。


棚に飾られていたトロフィー。

路上で手にした物と同一のトロフィーだ。コロネのようにクネった奇怪なボディは印象に強く残っている。


なんで別世界の支部長室に同じトロフィーがあるんだ?

そんな疑問は当然無視。考えても分からないことは考えない。


いま考えるべきは、どうやって支部長室に入ってトロフィーにお願いするかだ。



こっそり部屋を抜け出して行くのは無理だろう。

この部屋の前には護衛の職員がいるし、ここから棟の異なる支部長室に行くには距離があり過ぎる。

途中で絶対に見つかる、ただでさえ男は目に付くみたいだしな。


スパイ御用達のミカン箱でもないか、と部屋を見回ったが使えそうな物はない。

どうすっかな……今夜中にトロフィーまでたどり着かないと。明日になって新居に移ったら、支部長室どころかジャイアン支部に行くのさえ難しくなる。



ない知恵を総動員しているとドアをノックする音がした。


「三池様、お夕食の件でお話があるのですが」

職員さんの声がする。


夕食……それだ!





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





不知火群島国の食は俺の口に合う。

出された料理を綺麗に平らげ、ベッドに横たわり一心地をついた。


さあて、腹が減っては戦は出来ぬ。腹が膨れりゃ戦時いくさどきだ。


俺はこれからの流れを一度頭の中でシミュレートすると行動に移った。



「……い、いぃてぇえ……ぅぅ」


如何にもな苦痛の声を出して、のろのろとドアに近づき、やっとの思いの感じでノブを回して外に出る。


「ど、どうしました!?」

フラフラと現れた俺を見て、護衛として廊下に立っていた女性が慌てる。


「急に、お腹が痛くなりまし……いててぇっ」

「食あたりですか! まさか先ほどの夕食が悪い物が」


夕食の前に料理担当らしい女性からアレルギーの有無など詳しく質問された。この世界の男性は女性より身体が弱いそうで、出す料理は細心の注意を払いまくって作るのが当然らしい。

調理した女性に腹痛の責任を負わせるのは気が引ける。


「いえ、元々俺は胃腸が弱くて、慣れない環境の中、食事をしたんで、いいたっ……腹痛になったんだと思います」


「では、急ぎお医者様を呼びます」


「い、いえいえ。そこまで大袈裟にしなくても大丈夫です」


「男性に何かあったら国家の一大事です。大袈裟であることなど一つもありません」


まずい、この世界の男性に対する過保護っぷりを甘くみていた。

ガチな病気ではなく胃腸が弱くて腹痛、くらいの設定ならそこまで大きな反応はされないかな、と思っていたが駄目だった。

このままだと支部長室に行くより病院行きになっちまう。


「あ、あの、薬で十分です。いやほんとに」


「薬ですか……」職員さんは不服そうな顔をしたが「他の者に胃腸薬を用意させます」

と携帯を取り出そうとする。


そうはさせない。

「胃腸薬なら持っています。こちらの国の薬が合うか分からないので自前の物を使いたいんですけど」


女性が小首を捻る。

じゃあ見張りの自分に伺いを立てず、早く薬を飲めばいいじゃないか。そう思っているのだろう。

でも、簡単に話が終わったらこんな猿芝居する意味がない。


「それが、飲もうとした胃腸薬が見つからないんですよ。どうも落としてしまったようで」


「えっ! どこでですか?」


「支部に来るまではあったんで、たぶん支部長室で落としたのだと思います……くぅ、いたたっ。あそこの椅子に座った時にポケットから転がったんじゃないかなって」


常時胃腸薬をポケットに入れているなんてどんだけ胃腸が弱いんだよ、と我ながら強引な話し運びである。


「支部長室ですか……困りました」見張りの女性は俺の話を疑いもなく信じている。男に騙されるかもしれない、という発想自体がなさそうだ。「すでに支部長はお帰りになり、施錠されています」


よし、部屋の主は帰宅っと。時間を置いて計画を実行したのは正解だったな。


「鍵はぽえみさんが持っているんですか? 予備は?」


「警備室にマスターキーがありますから、それを使えば入ることは可能です」


きた! 

予想通りの展開に頬が緩みそうになる。いかんいかん、今の俺は腹が痛くて半泣きでないといけない。設定には忠実でいこう。


「じゃ、じゃあお願いします。胃腸薬はすぐ見つかると思うんで、マスターキーを使わせてください」


「そ、それは……私の一存では決めかねます」

一介の職員さんからしたら、支部最高責任者の空間へ勝手に立ち入るのは恐れ多いのだろう。


「少々お待ちください。支部長に電話を入れて、入室の許可を取ります」

電話か、正直止めてほしい。もし連絡を受けた支部長が引き返して来ようものなら、トロフィーに近づきにくくなってしまう。


なのでここは

「ぐぐうぅぅいてぇぇ。は、はやく」

『電話なんて悠長なことするなよ、さっさと支部長室に行こうぜ』アピールだ。



俺の様子が悪化したことで、職員さんの動きが鈍くなる。きっと内心は焦りで一杯だろう。さっ、面倒くさい手順は省いて、俺を支部長室まで案内してください。



と、そこに。


「どうしたん、なんこの騒ぎ?」


「えっ?」


廊下の向こうからやって来たのは、南無瀬真矢さんだった。まだ帰っていなかったのかこの人。


「あ、副支部長。三池様が腹痛を起こしまして」

職員さんが経緯を説明する。


それを聞きながら俺は額から汗を垂らした。

ちなみにこの汗は演技ではない。予想していなかったイレギュラーの登場に計画が崩壊しそう、それ故の汗だ。


「ほーん」説明を聞き終えた真矢さんの細目がさらに細くなり、こっちを観察する。すべてを見透かされそうで、俺は思わず目を背けてしまった。


まずい。


『今夜、俺は反旗を翻す (キリッ)』

とカッコいいこと言って、やっているのは

『おなかいたいよーいたいよー』という現状。


これで作戦が失敗したら俺の中の大事な柱がポキッと折れそうだ。




「ええよ。支部長室への入室、うちが許可するわ」


「ほ、ほんとですか!?」


真矢さんったら予想外に話が分かるじゃないか。よしよし、これで計画の難所は抜けたな。


「拓馬はんは部屋で待っといて。胃腸薬はうちが探して持ってくるさかい」


「へ? いや、そんな、真矢さんのお手をわずらわせるには」


「それはこっちの台詞や。お腹を痛めた男性の手を煩わせるわけにはいかんやん」


しまった! 

痛がる演技をやり過ぎた。ジャイアンの人たちの立場を思えば、腹痛の男性を胃腸薬捜索に連れていくわけがない。


だが、そんな道理をおとなしく受け入れたら、人生の墓場行きシャトルバスに乗っちまう。無理でも何でも俺は支部長室に行く!


俺は真矢さんの肩に手を回し、強引にもたれ掛かった。


「俺も行きます」


「た、たくまはん!?」

初めて真矢さんの口から余裕のない声を聞いた気がする。


「経験則なんすけど、この腹痛はベッドで横になろうがやわらぎません。薬じゃないとダメなんです。人任せにせず自分から取りに行った方が、早く痛みから逃れられる。だから真矢さん――」


肩にもたれたため、真矢さんの顔が間近だ。

そこに『くらえっ!』と、持てるすべての目力をぶつける。


「――俺、いきます」

人生が掛かっているのだ。つべこべ言わずに俺を連れていけ! お願いします、何でもしますから!


俺の眼光に、真矢さんは怯んだ様子だったが、一瞬狐目を見開いて合点がついたような顔になった。

『そっか』だろうか? 声を出さず口がそんな形を取った。


ん? 真矢さんったら、なに一人で納得したんだ?


「しゃーない。男性にそこまで懇願されたら断れんわ。拓馬はん、うちと一緒に行こか」


「あ、ありがとうございます」

よっし! 引っかかることはあるけど、まあいい。これで支部長室に入る算段はついた。


「副支部長!? よろしいのですか?」


「支部長には後でうちから言っとく。悪いんやけど、警備室からマスターキーを取ってきてくれんか?」


「しょ、承知しました」


職員さんの姿が廊下の向こうに消えたところで、真矢さんは肩に回された俺の手をしっかり握って、もたれやすくしてくれた。


「拓馬はん、頑張ろうな」


「は、はい?」


薬が見つかるまで耐えてくれってことか?

腑に落ちない物を抱えながら、とりあえず俺は肯いたのであった。



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