初めてのライブ

「アイドル? アイドルって歌って踊るアイドルですか? 男性が? えっ、ほんとのほんとに?」

音無さんが信じられないけどもしそうだったら超ハッピーって顔をする。

なに考えているかわっかりやすいなぁ、この人。


「はいっ! まだまだ駆け出しですけど」正確にはまだ駆け出してもないけど。


「では三池氏が持っていたギター。あれは商売道具?」


「ええ。ちょうど駅前でストリートライブをしようと向かっていた途中、この国に運ばれたんで、そのまま背負って来てしまったんですよ」


今の俺は、先輩アイドルのバックダンサーとしてたまに使ってもらうくらい。まだまだ実力不足だ。

だから、技術向上と度胸を付けるために自主練としてストリートライブをやっている。


「お、おい。駅前でストリートライブ? 絶対にここでやってはいけないからな! 猛獣の檻に高級肉を投げ込むものだ。男がそんな目立った行動を取ったらあたいでも守れる自信がないぞ」


「わ、わかりました」


俺がアイドル、正確にはアイドル研修生ってことでみんなが騒がしくなる。

アイドルを目指す者として、注目されるってのは単純に嬉しいものだ。

特にまだまだ売り出されない身としては……


「じゃじゃ! 三池さんの歌を聴かせてくださいよ! あたし、男の人が歌うところって見たことなくて」


「芸術活動をする男性は本当に少ない。しかも多くは家族間だけのもので、世間に披露されることはない。その歌唱は興味深いどころの話ではない。フィーバー」


「仕事云々はともかく同性の歌というのはうちの旦那にも良い影響を与えるかもしれない。うまく行けば、新しい生き甲斐のヒントになる。三池君、悪いが旦那にも聞かせていいか?」


俺の歌をみんなが楽しみにしてくれている。期待してくれている。

ストリートライブをしても、立ち止まってくれる人なんてほとんどいなかったからな。

こんな経験初めてだ。ああ、凄い高揚感、たまらない!


「俺は誰の前だって歌いますよ。旦那さんだけじゃなくて、組員さんでも何でもウェルカムです!」


南無瀬組の人たちには、寝床とご飯を提供してもらった恩がある。

その恩を歌で返せるなら、俺は何曲でも歌うぞ!



こうして、とんとん拍子に俺のライブは決まった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





男がやるライブってことで、南無瀬家の中は慌ただしくなってきた。


妙子さんは部下の人たちを大広間に集め、会場のセッティングをかって出てくれた。その間に俺とダンゴの二人は一度部屋に戻る。


「どんな曲を歌うつもりなんですか?」


ギターケースから中身を出し、チューナーを使ってチューニングしている俺に音無さんが訊いてきた。その声は弾んでいて、すぐにでも聴きたいと気持ちがにじみ出ている。


「そうですね……」


作詞作曲の経験がないアイドル研修生の俺がオリジナルソングを持っているはずがない。格好付かないが、既存の曲に頼ろう。


ギターケースの中に入れていた楽譜を取り出す。

平成になってからのヒットソングをチョイスした『ギターで奏でる平成ベストソング』の表紙を開く。

ストリートライブするなら大衆が知っているものに限る。知っていると知らないではノリが違うからな。

そういうわけで俺が練習する曲は、よく言えば王道、悪く言えば聞き飽きた定番ソングが中心だ。

が、この世界では誰も聴いたことのない曲しかない。日本中を虜にした定番が、その良さをそのままにして新鮮さを取り戻す。

名曲たちがここではどう受け入れられるのか、観客がどんな反応をしてくれるのか、胸が高鳴る。


最近の曲は、アップテンポだったりあえて王道を外したものが多い。

この島の文化が分からない以上、冒険は避けて一昔前の早すぎず遅すぎずのテンポで、比喩や回りくどい言い方ではない直球の歌詞がいいかもしれない。


該当した曲の中から、俺の実力や練度を考慮していくつかピックアップ。


……うん、こんなところだろう。


「三池氏、準備オーケー?」


「はい、参りましょう!」


俺は一度深呼吸すると、二人を伴って再び大広間へ向かった。



扉を開けると、すでに集まっていた南無瀬組の人たちの視線が一斉に突き刺さった。

五十人はいるだろうか。住み込みや通いの人、そのほとんどがこの場にいるのかもしれない。

みんなが背筋を伸ばした正座で佇んでいる。私語する人はどこにもおらず静かに時を待っている様子だ。

直座不動、思わずそんな造語が脳内に生まれる。



えっ、マジこんな空気の中でライブやるの?


俺はこわばる表情筋を無理矢理動かして微笑を作ると、一礼して広間前方にセットされたお立ち台まで進む。

お立ち台の前には、どこから用意したのか譜面台がある。そこに楽譜を置いて、ゆっくりと観客たちと向き合った。


屋敷内でもグラサンをかけていた組員たちが、今はありのままの瞳で俺を見ている。

俺のライブをきちんとした視野で楽しみたいからグラサンを外した……だと嬉しい。


グラサンを取ったことで組員から醸されるプレッシャーはだいぶ薄まっており、対峙する者として有り難い。


観客たちの最前列には南無瀬夫妻が座っている。

穏和な佇まいの妙子さんと、無表情でじっと俺を見つめるおっさん。


俺の歌がおっさんにどんな影響を与えるのかは知らない。けど、観客の事情がどうであろうとやることは一つ。

全身全霊、ありったけを歌に込める。それだけだ!



「みんな、今日は急なライブなのに集まってくれてありがとう!」


黒服の人たちにタメ口を吐くと一緒にゲロまで吐きそうだ。

でも我慢しろ、俺。

ライブはお行儀の良い発表会じゃない。会場を沸かせるためには、ある程度の馴れ馴れしさは必要。特にこんな極寒の空気の中ではな。


「男の歌は聞くのはみんな初めてかい?」

俺の問いに黒服のみなさんは戸惑いを見せつつ、おずおずとYESのボディーランゲージをする。


「オーケー、なら今日がみんなにとってのメモリアルライブだ。みんなの心にバッチリ男の歌ってもんを刻み込むからしっかり聴いてくれよな!」


と、言葉だけ聞けば粋がっている俺だが、内心は冷や汗の大滝だ。だってライブのMCはこれが初めて。

今にも噛みそうですし、呂律の回り具合も怪しいです、はい。


俺の懸命なMCで会場の空気はやわらいだと思う。

和らいだはずだ。和らげよ。和らぐべし。和らいだよね。和らがずしてどうする。和らいだり和らがなかったりして、あれもうよく分かんない。



よし、さっさと曲に行こう。

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