ロープ越しの月

秋葉啓佑

第1話 2人の出会い

お気に入りの白いワンピースを着て、それに合わせた白いパンプスを履き、いつもの様に夜の散歩をしていた。

夜風は心地良く、胸元まで伸びたストレートな髪を揺らした。

空を見上げれば、綺麗な満月が見えた。

こんなに心地良い夜は、たまには違う道を歩いてみよう。近くの公園には大きな桜の木がある。すでに葉桜になってはいるが、見ればより気分が良くなるだろう。

ゆっくりと歩きながら公園に辿り着くと、大きな桜の木の太い枝にロープを縛り付け、先が輪になっているそれに首を入れようとしている人が見えた。

俺は走りながら言った。

「待て、早まるな」

何故そんな事を言ったのかは俺にも分からなかった。とにかく全速力で走り、その人に近付いた。

ロープの輪から首を外し、小さな脚立に乗った男はゆっくりと振り返り、微笑んで言った。

「こんばんは、お嬢さん……いや、お兄さんかな?」

白いワイシャツと黒いスラックスを身に纏い、癖のある髪を肩まで伸ばした男は、先程の光景がまるで嘘の様に落ち着いていた。

俺は荒い呼吸をしたままで言った。

「お前、何を、しようとしてたんだ……」

そんな事は聞くまでも無い。どう見ても自殺だ。しかし、男は予想外の事を言った。

「自殺未遂です」

「未遂……?」

男はロープの輪に腕を通し、強く引き下ろした。しばらくすると、ぶつんと音を立てて輪が切れた。

男は微笑んだまま言った。

「このロープの輪の中心には切れ込みを入れてあります……だから、首を掛けても死なない」

俺の呼吸がよくやく落ち着いてきた。

俺は男に問い掛けた。

「そんな事をして楽しいのか?」

男は微笑んだままで言った。

「楽しい……というよりも、恍惚が近いでしょう……綺麗なお兄さんもどうですか?やってみますか?」

馬鹿馬鹿しい。そんな事をして何が良いのかが俺には分からなかった。

男は小さな脚立から降り、俺の顎を右手で掴み、上げた。男の背は俺よりも10cm位は大きいだろう。

「月が綺麗ですね」

男がそう言うと、俺は空を見た。

「ああ、今日は満月だからな……確かに綺麗だと思うけど」

男は一瞬不思議そうな顔をしたが、また微笑を浮かべて俺の顎から手を離した。

「また、会えると嬉しいです……明日もここに居ますから、今度コーヒーを一緒に飲みましょう、お気に入りの店があるのです」

俺は無言で男に背を向け、自宅へと向かって歩き出した。

せっかくの楽しい散歩が邪魔されてしまったと思いながら。



俺は自宅に着くと、長いウィッグをウィッグスタンドに乗せ、丁寧にブラシで梳かした。そしてワンピースを脱ぎ、洗濯用のネットに入れてから洗濯機に入れた。

「変な奴に会ったな……」

俺は浴室へ行き、トランクスも洗濯機に入れてからシャワーを浴びた。

浴室から出ると、洗面台の上にある少し曇った鏡を見て思った。

「俺も……変か」

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