第75話「星々の波濤を超えて」

 軌道エレベーターが伸びる先、漆黒の宇宙に光が走る。

 無数の生命が咲き誇る中で、も結ばずに散ってゆく。

 天城級あまぎきゅう宇宙戦艦三番艦愛鷹アシタカ戦闘指揮所Combat Information Centerの艦長席で、大友美雪オオトモミユキは唇を噛む。愛鷹の配置は最終防衛ライン、軌道エレベーターの中継ステーションがある宙域だ。眼下には大気圏の下に、地球の大地が広がっている。

 先程の電波ジャックによる放送と共に、ルナリア王国を名乗る者達は宣戦布告してきた。

 テロリストではない……自らを国家と名乗り、独立を宣言した。

 国家と国家が武力で衝突する、まぎれもない戦争の始まりだった。


「各セクション、状況を報告して頂戴ちょうだい


 美雪が今日、この命令を発するのは何度目だろう?

 聞かなくてもわかっている、状況は最悪だ。ルナリアンの宇宙軍はやはり、人型機動兵器ヴェサロイドを実用化していた。地球の四大大国と同様に。そしてさらに、連中には謎の協力者がいるらしい。地上で日本を壊滅寸前に追いやり、今も軌道エレベーターを攻めている謎の男。

 その真意も定かではないが、宇宙でも模造獣イミテイト黄泉獣ヨモツジュユ、イジンといった怪異が暴れていた。


「艦長、第三次防衛ラインを突破されました。敵軍、さらに前進……5分後に第四次防衛ラインの艦隊と接触します」

「航海長です。今後ですが、戦闘の際は中継ステーションを盾にするような操艦を選ばざるをえないかと……最終防衛ラインには、我が艦しかこれませんでした」

「砲術長としても同意見です。単艦での防衛戦闘である以上、地の利をかさないことには」


 精悍せいかんな顔付きの航海長も、壮年の砲術長も真剣な表情だ。

 オペレーターの少女も美雪を振り返る。長く結ったツインテールが揺れて、人工重力の中で静かにたなびいた。彼女の報告で、いよいよ愛鷹の戦いは始まりつつあった。第四次防衛ラインが突破されると、次は愛鷹の待つこの中継ステーション……最終防衛ラインだ。

 今、日本の軌道エレベーターは上下から攻められ陥落かんらくしようとしている。

 宇宙からはルナリア王国軍が、そして地上からはバケモノ達が。

 リジャスト・グリッターズと名乗る謎の戦力がIDEALイデアルと共に協力してくれているが、彼我戦力差ひがせんりょくさは火を見るよりも明らかだ。

 だが、それでも武力に寄る現状変更を容認する訳にはいかない。

 そして、美雪は命令された任務を全うすべき軍人なのだ。

 艦長席の肘掛けにある受話器を持ち上げ、格納庫ハンガーへも美雪は確認を取る。


「格納庫、嶋大悟シマダイゴ博士を。……嶋博士、出せるVDヴィーディの数はどうでしょうか?」

『艦長、全機スタンバイ完了している。けど……やっり氷威コーリィ、もとい、佐甲斐燕准尉サカイツバメじゅんいがいないのが辛いかな。コロニーのゴタゴタから直接、地上に降りてしまったから』

「その、所属不明の〝オーラム〟というのは……やはり、彼でしょうか?」

『アキラ……御門晃ミカドアキラだって報告が来てますけどね。なら、も出番があると思いますが』

「では、スタンバってください。……どうやら一戦交えるしかないみたいです」


 CICのメインモニターに映る光点が、激しい動きで乱れる。

 敵は士気が高く、練度は互角だ……当然とも言えた。

 敵も味方も、同じ訓練……同じ兵器のための『機巧操兵きこうそうへいアーカディアン』で技術を身に着けているのだから。人型機動兵器VDと、そのシミュレーターでもあるゲームの存在。それが今、地球と宇宙の軍事バランスを崩し始めていた。

 ルナリア王国の軍は、異形の軍勢も手伝って勢いが衰えない。

 逆に四大大国の国連軍は、次々と敗北し潰走かいそうを続けていた。

 そして、先程の少女オペレーターが叫ぶ。


「第四次防衛ライン、突破されました! 敵集団来ます、300秒後に会敵かいてき予定。先行する部隊が……あっ、待って下さい! 一機だけ、猛スピードで突出! 来ます!」


 決断の時は来た。

 美雪は立ち上がると、クルーを見渡し伸ばした右手で空を裂く。

 滞留する緊張感を薙ぎ払うように、彼女は小さく叫んだ。


「エンジン全開、軌道エレベーターから距離を取ります。VD各機、発艦準備。全兵装オンライン、セフティー解除!」


 航海長や砲術長が言う通り、ベストな戦術は誰もが知っている。

 軌道エレベーターと中継ステーションを盾に取り、防戦に徹する。相手は軌道エレベーターの占拠が目的なのだから、自然と攻撃手段は限られてくるだろう。

 だが、その可能性は実現しない。

 軍人として選べぬ選択だ。

 いまもって軌道エレベーターと中継ステーションには、多くの民間人が避難中なのだ。常駐する人員は3万人とも5万人とも言われている。彼等を守るのも大事な任務だ。


「ごめんなさい、貴方達あなたたちの命を預からせてもらいます。愛鷹、抜錨ばつびょう! 発進して下さい」


 巨体を震わせ、宇宙戦艦愛鷹が軌道エレベーターを離れ始める。

 振り返る誰もが笑って美雪の視線を受け止めた。


「預かるってことは、返してもらえるんですよね? いつもみたいに」

「返してもらえないと、利子つけて取り立てますよ? 艦長!」

「それと、この鼻ペチャが年齢イコール彼氏いない歴で死ぬのだけは勘弁だよなあ? な?」

「航海長っ! あたし、彼氏いますし! ネットでなら何度もデートしてるし! っと、艦長。各機発艦よろしいですか?」


 後手ごてに回った国連軍は、十分な艦艇かんていを集められぬまま防衛ラインの構築に追われた。結果、奥の守りが手薄になったのだ。最終防衛ラインに集結予定だった80隻の艦艇は、合流前に各防衛ラインの支援へと吸収されていった。

 結果、旗艦きかんの愛鷹だけが残ってしまったのだ。

 控えめに言っても絶望的な戦いであることは明白だ。

 だが、絶望が不可避であっても、それに屈せぬ者達は確かに存在する。


「……では、始めましょうか。私のかわいい貴方達! これより愛鷹は前進、全速で敵へと吶喊とっかんします!」

「了解! 微速前進、エンジン臨界……増速」

測距そっきょデータ諸元入力しょげんにゅうりょく、ブッ放してやりまさあ!」

「CICより格納庫へ、発進どうぞ!」


 宇宙の闇へと今、漕ぎ出す。

 部下達がカタパルトデッキから出撃してゆく。

 美雪が預かる命の何割かは、二度と戻ってはこない。人類の文明が生み出した全てを、ただいたずらに消費し消耗する、それが戦争だ。そして、戦争の中では人間の尊厳や生命は、ただの戦術単位でしかなくなるのだ。

 それでも、そうして守れるものがある限り……軍人は戦わなければいけない。

 絶望的な状況でさえ、戦う姿を見せなければいけないのだ。


「砲術長、ミサイル全弾装填、主砲発射用意」

「一番から八番まで装填、主砲一番二番よし!」

「火力を前方に集中、最大戦速で爆発の中へ! 航海長」

「了解! 突っ込みます!」


 星々の海へと火線が走る。

 まばゆい光の照り返しがモニターを塗り潰し、広がる爆光を超えて愛鷹が進む。見えぬ波間なみまを飛ぶように馳せる中で、何かが艦のすぐ横を通過した。高速でちがう敵影が、美雪にははっきりと見えた。

 そして、知っていた。

 先程報告のあった、突出してきた高速型のVDだ。

 通常の機体を凌駕りょうがするスピードで、あっという間に後方へと飛び去る。

 遅れてきた敵の第一陣は、愛鷹のセオリーを無視した操艦と攻撃で爆発を連鎖させる。全火力を集中して作った炎の壁に阻まれ、敵機は大半が火柱へと変わった。辛うじて避けた数機も、地獄のかまごとき鉄火場に動揺し、想像不能な突出を見せた愛鷹の対空火器に落とされてゆく。

 美雪は見えるはずもない背後を振り返った。


「今の機体……! 敢えてスピードを殺さず、弾幕の嵐を飛び越えてきた! レーダー、あれは――悠仁ユージン!」

「ターンしてきます! 軌道エレベーター狙いではありません! 来ますっ!」


 虚空こくうの闇を引き裂くように、一機のVDが愛鷹の頭上に迫る。

 悲鳴と怒号どごうが入り交じる通信回線の奥から、酷く落ち着いた声が響いた。

 若い男の声で、その若さを信じられぬ程に静かで重みのある言葉だった。


『やあ、エイラ……いや、大友美雪艦長。できればゲームの中でだけ引きたかったよ……この銃爪ひきがねをね。では、お別れだ』


 スラスターの光を背負って翔ぶのは、CVD-05〝ジェスター〟だ。扱いの難しい上級者用の軽量型万能機体で、ゲーム同様にピーキーながら高いポテンシャルを誇る。

 その機体を使うゲーム仲間が今、真空の宇宙を隔てた向こう側にいた。

 手にしたライフルがブリッジをロックオンする。

 警告音を確認して振り返るオペレーターの少女は、同時に突然叫んだ。


「艦長っ! 地球側からなにかが来ます!」

「報告は正確に!」

「わかりません! わかりませんが……敵ではないみたいです。あと、凄く速いです! 超もの凄く!」

「正確にと言いました! ……何っ!?」


 同時に『チィ!』と頭上の殺意が小さく叫んだ。

 至近での爆発が愛鷹を震わせる。

 そして、下がってゆく〝ジェスター〟の機影が、見えないなにかによって愛鷹から引き剥がされた。そう、見えない……あまりに速過ぎる光は、まるで鳥だ。

 不可視の翼を翻すその鳥は、背に雄々しき姿を立たせていた。

 美雪は辛うじて、黄金のVDを目視する。

 次の瞬間、指揮をる声は思考より直感で叫ばれた。


「格納庫、カタパルトでアレを射出して頂戴! 嶋博士、〝オーラム〟が……アキラが来ました!」

『晃が!? しかし艦長、戦闘機動中の換装なんて……しかもぶっつけ本番で!』

「嶋博士、アキラよ! あのアキラなの。あの子ならやれてしまうから! 出してください! お願いします!」

『了解っ!』


 今、〝オーラム〟は星の海を見えない波にのってぶ。何かしらのサブフライトシステムに乗っているようで、バックパックがない不利をおぎなっている。

 そう、EVD-01〝オーラム〟はバックパックを換装することで多種多様なミッションに対応するタイプのVDだ。必定、性能の半分は各バックパックに集約されてしまう。素体の性能も高いが、本来の力はバックパックと合体した時に発揮されるのだ。

 美雪が見守る中で、戦場の宇宙に声と声とが交差する。


『あの機体……〝ジェスター〟!? なら、もしかして! 悠仁!』

『やれやれ、予定通りにとはいかないものですね……アキラ。いや、御門晃君』


 同時に、愛鷹がカタパルトの振動で身震いする。

 真っ直ぐ射出された〝オーラム〟のバックパックが光を引いた。

 だが、すぐに〝ジェスター〟が撃墜するべく機体を翻す。そのパイロットが美雪の知るゲーム仲間、悠仁ならば……絶対に合体の隙を与えない筈だから。そして、真っ直ぐ飛ぶ無人のバックパックはただのまとだ。

 だが、スピンしながら〝ジェスター〟を追う〝オーラム〟は……足元のサブフライトシステムを宙返りで蹴り出す。そしてそれは、ただ〝オーラム〟を宇宙の大海で踊らせるだけのマシーンではなかった。


『なにっ!? サーファー気取りのボードが……違う、変形!? これは!』

『アキラッ、アレと合体しろっ! ここは俺が抑えるっ!』


 眩い粒子の光を振りまきながら、鋭角的な姿が変形してゆく。VDではない……全く違う技術体系で作られた人型機動兵器がそこに現れていた。白地に朱色のラインが、まるで宇宙の闇に光を拾う花びらのようだ。

 悠仁の〝ジェスター〟は、攻撃ポジションを失い謎の可変機から逃げる。

 その間隙をついて、晃は軸線に乗るや新たな力を愛機に招いた。


『ドッキングセンサー、同調……合体します! この力なら……ッ!』


 獅子を胸に刻んだ黄金の機神に、新たな力が宿る。行き交うビームや銃弾の中で、晃はドッキングを成功させるや加速した。

 わずか二機の増援が、あのリジャスト・グリッターズだと知って美雪は驚いた。

 地球を単騎で飛び立ち羽撃はばたいた姿は、まるで救世主メシアしるべたる鳳凰フェニックスのよう。その翼が進む先へと、絶望の中から希望が見え始める。愛鷹はそれでも、徐々に下がりながら防戦に徹するしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る