第45話「再会と、出会いと」

 大都会ブライト・シティも、郊外へ出ると牧歌的ぼっかてきな風景が続く。

 東城世代トウジョウセダイが連れてこられたのは、片田舎を彷彿ほうふつとさせるゆったりとした土地だ。あちこちで森を背景に牛が草をみ、往来の行き来はまばらだ。

 そして、目の前にはガレージや倉庫のたぐいに見える建物。

 看板には、『ジン工房』の名が記してある。

 世代はすぐに、この場所が機械の整備や修理、そして製造を行う場所だと察した。それも、おそらくはロボット……人が乗り込む人型のマシーンだ。何故なら、わずかに漏れ出るオイルや金属の臭いが、世代の中で思い描くヴィジョンに直結する。

 来客を告げるベルを鳴らしてから、目の前で東埜ひがしのいちずが振り返った。


「ここはジン工房。私の父とも親交があって、『回路』で動く機械や装置全般を取り扱っている」

「えっと、『回路』っていうのは」

「魔力を循環させ、その術式にのっとった力を発揮する装置の総称だ。そもそも、この暗黒大陸では……ん? 世代、どした? ちゃんと私の話を聞いているか?」

「えっと、あんまし。それより、この音」


 不意に世代は、今しがた来た街の方を振り向く。

 風に乗って微かに、自然界には存在しない音が鳴り響いた気がした。常人ならば、そよぐ枝葉や鳥の鳴き声、なにより雑多な大自然の音に紛れて聴こえなかっただろう。

 だが、世代の耳ははっきりとその音を拾っていた。

 それは、彼が鋭敏な感覚を持つ職人気質の人間であると同時に……極めて偏執的な性格をに対してのみ発揮し、御執心おねつだからだ。

 遠くを見やる世代に、ははーん、といちずも目を細めた。


「……今のが世代にも聴こえたか。なんだろう、街が騒がしい……悲鳴? それと、絶叫が入り交じる。なにか事件があったのかもしれないな」

「あ、いや、それはどうでもいいんだけど」

「こっ、こら! 世代! ……ち、違うのか? 私はてっきり」

「いや、なんていうか……ガキーン! って感じのこの音は、多重関節を持つマシーンの駆動音だと思うんだよね。音の深みからして、結構大きめのサイズ、15m前後……人型の。まあ、いっか」


 不思議そうにいちずが首を傾げる中で、世代は再び視線を彼女へと戻す。

 東城世代、基本的にあれこれ細かくこだわることが少ない少年だった。彼がこだわりを持って接することは、ただ一つ……メカデザインとしてのロボット、それだけである。だから、突然の異世界にも、名だたる有名な人型機動兵器を配備する超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたいにも、すぐ慣れた。

 自分がデザインしたロボットが現実となった今でさえ、落ち着いていられたのだ。

 そうこうしていると、目の前でシャッターが開いて、二人の少女が現れる。


「お待たせして申し訳ありません。私はルーメ・ヘルフェン、こちらで使用人をしながらジン工房のお手伝いをさせていただいてます。どうかルゥとお呼びください」


 少女の片方が、笑顔でペコリと頭を下げる。家庭的な雰囲気で、その穏やかな表情はあどけなく、ともすれば幼く見えた。多分、世代よりは少し年上だと思えたが、彼女をまじまじと観察する趣味はなかったし、背後の工房の方が何倍も気になった。

 その時、もう片方の少女が飛び出してきた。


「いちずーっ! とうとうやったわね、おめでとう! そう……ヤッたのよね? ねっ?」


 いちずに抱きついたのは、やや薄い茶髪の女の子だ。その全身が、女性らしさを満たした優美な曲線で象られている。格好もヘソ出しタンクトップにスパッツと、豊かな起伏のスタイリングを浮き立たせる快活な姿だ。いちずがスタイリッシュに機動性を重視した『当てて避ける系』のロボなら、丸みを帯びてふくよかながらもすらりとした彼女は、補給や回復で活躍しそうな『サポート系』の雰囲気がある。

 世代はいつもそうだが、人の印象をロボやメカに置き換えることが稀にあった。

 小柄な少女は、わしわしといちずの頭を撫でつつ頬擦りしながら……世代を横目に見つけて、にんまりと笑顔になった。


「ははーん、彼が噂のナイト君ね。ふーむ……ねね、どうだった? 昨夜は」

「はあ、えっと……とりあえず、よく眠れなかったかな」

「ほう! ほうほう! ほうほう、ほうほうほうほう! それで? それでそれで?」

「ずっと、設計に没頭してて……いちずさんの頼みで。息抜きにコスモフリートとサンダー・チャイルドの格納庫を行ったり来たりしたけど、まだ半分も調べ終えてないんだ。設計の方もガリゴリやってたら朝方だったし。午後は戻ったら、トールを全機見せてもらわなきゃ」

「……そんだけ? えっと、あのはがねの方舟と、鉄巨神のことよね? それが、まあ……話の流れだと、沢山積んでる訳ね。その、魔生機甲レムロイドが」

「そ、魔生機甲的なのが」


 ぎゅむ、と少女はいちずを胸の上に抱き寄せ、その髪を撫でつつ……次第にがっかりしたような、残念なものを見るような表情で眉をひそめた。

 だが、世代は気にした様子もなく、ジン工房の奥へと首を巡らせる。

 やれやれと溜息を零したいちずが、ルゥの笑顔に促されて紹介し始めた。


「世代。彼女の名は双葉フタバ、私の友人だ」

「よろしくね、えっと……ナイト君の名前は」

「あ、ボクは東城世代です。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げる世代に、双葉は「東繋ひあしつながり、だねえ」とにんまり頬を緩めた。肘で突かれ、何故かいちずは頬を赤らめている。

 どうやら仲はいいらしく、双葉といちずは年相応の女の子同士のように言葉を交わして笑いあっていた。彼女たちの弾んだ会話で、改めて世代は気付く……双葉が言うように、気付けばいちずは少し露出の多いスポーティな服装を着こなしていた。見心地の良い彼女のしなやかさが、自然と簡素な服にもきらびやかないろどりを添えている。

 だが、世代にはそれより気になることがあった。


「えっと、ルゥさん。工房の中、見てもいいですか? ……凄く、なんていうか……異世界のメカデザインに興味があるんで!」

「え、えっと……」


 世代は今、異世界にいる。

 もう一つの地球、惑星"ジェイ"の暗黒大陸と呼ばれるファンタジー世界だ。

 だが、それはあまり重要ではない。

 彼にとって今、もっとも興味を引くのは……この暗黒大陸にも、多種多様な人型兵器が存在するということだ。世代が常日頃から、軍事機密や企業秘密に阻まれなかなか見られない実物のロボット、それがこの世界では無数に闊歩かっぽしているのである。

 勿論、褒められたものじゃないデザインも多い。

 しかし、それが全てではない。

 妙な気迫にタジタジになりつつ、ルゥはにこやかに応えてくれた。


「どうぞ奥へ。各国からの発注が最近相次いでて、中には操御人形や機兵、サーキメイルが無数にありますけど。でも、気をつけてくださいね? 出処不明の、妙な機体もありますから。……ライトさんは、湖猫ウミネコとかって人たちから買い取ったって言ってたけど」

「ではでは、拝見しまーっす!」


 許可が出るや否や、世代はルゥの横を走り抜けて工房へ飛び込む。

 中には、ずらりと大小さまざまな機体が整然と並んでいた。一見して乱雑に見える工房内は、その実とても効率的に散らかっていた。散らかっているというよりは、作業をよりスムーズに行うために、敢えて散らかしているという感じだ。

 自然と世代には、ここで働く職人の作業導線が見えるかのように感じた。

 こうしてオイルやグリス等の雑多な臭いを吸い込むと、同じ空気の中で働く者の気質や気心が知れる気がした。それに、並ぶ機体はどれも、世代に丁寧な仕事を感じさせる。


「凄いな、うん。やっぱ、ロボのデザインはこうあるべきなんだよね……どれもそれぞれ、用途と目的に応じた機能美が集約されている」


 世代がこの世界に飛ばされて、初めて見たロボ……いちずが言うには、彼女の亡くなった父の元関係者である、柳生ヤギュウ一味の魔生機甲は酷かった。のっぺりとしたシルエットに、取ってつけたような球体関節、そして武器という武器も持たずに繰り出す大雑把な魔法。

 だが、ここに並ぶ物は全て違う。

 特に目を引くのは、緋色ひいろに塗られたマッシブな機体だ。

 世代の直感と本能は、一発でその巨体を気に入ってしまった。サイズはせいぜい6、7mと、世代のヴァルクに比べて小さい。しかし、どっしりとした全身の作りは、堅牢堅固そのものだ。加えて、貫禄のある姿とは裏腹に各関節の作り込みが瞬発力をも感じさせる。


「凄いなあ、こいつは気合が入ったやつだぞ。胴体部の装甲はこれ、三層構造じゃないかな? つまり、コクピット部分か、それに類するものの保護が念入りなんだ」


 ブツブツと呟く世代は、早速赤地に白で彩られた機体へと近づく。触って撫でて、よじ登ろうとする。その材質の質感は初めての手触りで、いやおうなく世代の好奇心をあおった。

 そうしていると、不意に女性の声が響く。

 落ち着いた声音は、鉄と油の臭いに満ちた工房内では異質な程に澄んでいた。


「少年、気に入ったのか? それはロウのためにアルがあつらえたものだ。ジン工房の助けもあって、おおむね完成というとこだが……アカグマと名付けられたらしい」


 振り返れば、そこには一人の女性が立っていた。

 不思議と神秘的で高貴な雰囲気があるのに、自然と身近にも感じる。彼女は世代の近くに来て、一緒に並んでアカグマを見上げた。言い得て妙で、あかい熊……その厳つい巨体は、豪腕で山野を統べる熊に似ていた。

 隣で目を細める女性に、思わず流石の世代も気を取られる。

 かと、思われた。


「……お姉さんは、女性的なスーパー系の雰囲気ですね。なんだろう、とても綺麗なのに力強くて、きらめく光をまとってせるイメージかなあ」

「ふふ、妙なことを言う少年だな。私は、私の名は――」


 その時だった。

 背後で絶叫が響いたかと思うと、突然ガシリと世代は二の腕を掴まれた。振り返れば、血相を変えたいちずがそのまま胸に世代の腕を抱いて、抱き締め、そのまま引きずって下がらせる。訳もわからず世代は、追いついてきた双葉にグイグイと頭を押されて深々と礼を強要された。

 そして、二人の声にルゥの笑みが入り交じる。


「ばっ、馬鹿者! 世代、この方は、この方はなあ!」

「あなたね! 事情はさっき聞いたから、この世界のこと、暗黒大陸のこと知らないのもしょうがないけど。あんまし無礼でしょ、ね? なんかこー、わかるでしょ? ねっ!」


 いちずと双葉に左右から挟まれ、何度も世代はグイグイ頭を下げさせられた。

 だが、ルゥと一緒に目の前の女性は笑っている。そして、世代は名乗られてようやく彼女の気品の正体を知った。

 お姫様でお嬢様な雰囲気に、気取らなさがあって親しみやすい第一印象。

 その正体は、それそのものであり、身も蓋もないそのままの女性だったのだ。


「エネスレイク王国の王女、フィリア・アイラ・エネスレイクです。少年、名は?」

「あ、はい。東城世代です」

「いい名だ……察するに、少年も異世界の者ではないのか? ロウと……あ、いや、知り合いと雰囲気が似ているのでな」


 そう言ってフィリアは、再度アカグマを見上げる。その視線には、なにか複雑な想いが入り混じっているようで、世代のような人間にさえ不思議な感覚を抱かせた。ロボにしか興味がない世代でも、どこか思い詰めたようにロボを見詰める女性、それも美人には敏感になってしまう。

 そして、事前にあれこれリジャスト・グリッターズやいちずに聞かされていたので、ぼんやりと思い出す。エネスレイク王国とは、暗黒大陸でも比較的大きく、穏やかで政情の安定した国家だ。その周囲の地方では、機兵と呼ばれる人型機動兵器が用いられる。

 アカグマと名付けられた機兵を見上げるフィリアの、憂いを帯びた横顔が気になった。


「えっと、フィリアさん」


 背後ですかさずいちずが「こら、世代!」と声をあげたが、フィリアは微笑むだけだった。そんな彼女に世代は、上手くは言えないが言葉をどうにか紡いで喋る。


「こいつ、ええと、アカグマ? すっごくイイ感じですよ。造った人が、乗る人を大事にしたいって気持ちが伝わってきます。主に胴体周りの作りと、四肢の装甲の厚みやなんかで」

「……そうだと嬉しい。アルも、拳王機は暫く大地に沈めて治癒を待たねばならないと言っていた。そんな中でも、彼は……ロウは協力すると言ってくれたからな」

「拳王機?」

「ああ。。……ロウを中心に回り始めた、運命の糸を束ねて引く力。この暗黒大陸はおろか、世界の全てを握り、潰すことも運ぶことも可能な拳を持つモノ」


 フィリアは自分にも言い聞かせるように、静かに言い放つ。

 自然と世代には、ロウと呼ばれた人物が男性で、そしてフィリアにとって特別な意味を持つ人間だと察することができた。

 多分、女性的なスーパー系と対をなす、頑丈で頑強な、それでいてしなやかさを感じさせる同じスーパー系だと思う。素手での格闘スタイルを武器とするような、ド直球なスーパーロボットだったら最高だ。

 そして、突然世代は自分を見詰める視線に気付く。

 振り返ると、いちずがプイと目を逸した。

 なにごとかと首を傾げていると、周囲が騒がしくなってくる。他にも工房には客がいたようで、男の二人組がやってきた。彼らは心なしか、表情が明るい。


「ルゥさん、確認した! ゴーアルターもオーディンも、勿論レナスも無事だったよ。ありがとう」

「お礼を言いたくて、その……俺のゴーアルター。うん、俺のゴーアルターをありがとう! 千景チカゲさんやミヤコさんの機体も、しっかり保管されてたし」


 現れたのは、精悍な顔つきの青年と、自分と同世代くらいの少年だ。青年の方は、着ている服に見覚えがある。あれは確か、独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんの制服だ。少年の方は、学ラン姿で世代とそう変わらない。

 二人はまるで、探し求めた宝を掘り出したように興奮して、無邪気な笑顔を咲かせていた。それで奥を伺えば、なるほど見覚えのあるラインで形作られた機体がある。二機並んでいるのは、どちらもレヴァンテイン……世代の世界では一般的な人型機動兵器だ。その横の巨体は、一見してスーパーロボット然とした雰囲気だが、装備される増加装甲や火器が既存のユナイテッドフォーミュラ規格で作られている。武器を持ち寄りアレコレ装備させることで、本来の姿を封じているようにも見えた。


「あ、ボクはもうちょっと……奥、いいですか?」


 そう言って返事も待たず、世代はフィリアたちに一礼して歩き出す。そして徐々に、広い工房内で早足になる。

 ここは世代のような人間にとって、夢のようなパラダイスだった。

 本当にロボットが存在する世界で、そのロボットを製造し、整備する場所がここだ。世代は気付けば、昨晩徹夜気味だった作業の疲れも吹き飛んでしまった。

 昨夜はいちずの頼みもあって、世代も一仕事していたのである。

 とりあえずは民間人と言い張って、コスモフリートに乗せられた避難民たちに混じっての夜……世代はいちずの許可を得て、水を得た魚のように腕を奮った。デザインしたのだ。休憩にと格納庫で様々な機体を見れば、さらなる創作意欲が自然と刺激された。


「いやあ、夢みたいだな。異世界、結構いいかも……ん?」


 高揚する気分のままに歩いていた世代は、ふと脚を止める。

 様々な機体が並ぶ中、その奇妙な物体は床に鎮座していた。そう、物体……黄色いそれは、キューブ状のブロックだ。角ばった合金製で、世代でなければ意味を見抜けなかっただろう。

 それは、まるで胎児のように手足を畳んで身を縮めた、人型のロボットだ。

 そうとは簡単にわからない程に、完全に変形して、鉄の固まりになっている。

 だが、世代は見逃さない。

 そうして密度を高めて小さくなった機体は、


「あれ、これって……まるで、この構造……もしかして」


 その時、完全に沈黙して金属の塊となった機体の影から、一人の少年が現れた。どこか線の細そうな、穏やかで柔和な雰囲気の同世代だ。

 彼は名を八尺零児ヤサカレイジと名乗り、黄色いブロック状の機体をザクセンと紹介した。

 既に真道歩駆シンドウアルク東堂千景トウドウチカゲが再会を終えていた人物に、世代はこの時初めて出会ったのだった。

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