第10話「鋼の黙示録を歌う竜」

 ナット・ローソンは混乱していた。

 この半月間の、木星圏からの航海で溜めたフラストレーションが、今にも爆発しそうだ。に生きてじんを尊ぶ宇宙海賊……宇宙義賊コスモフリートの旗印はたじるしに誇りを持つものとして我慢ならない。彼の仁義でささやかな平和を得るべき木星圏は、もう遥か後方だ。

 今はもう、地球圏……あおい水の星はすぐ眼前。

 そして、その先に進もうとするナットたちに、鉄屑てつくずの残骸が立ちはだかる。


『わわっ、なんですか? これ……生体反応のない機体ばかりです! つまり、ゾンビですか? アンデッドなんですか? これって、わたしは一人で部屋に鍵を掛けて寝る展開ですか!?』

『落ち着けって、星華セイカちゃん。あと、それって高確率で死亡フラグな』


 新入りの天使をなだめた、その声の主は落ち着いていた。バロム小隊を率いる隊長格、KTケーティが機体をひるがえす。合わせるようにナットが呼吸も鼓動も重ねれば、乗り込み操るダイバーシティ・ウォーカー、クレイヴンが僚機の背中を守る。背後を支えてくれるのは、KTのソリッド――鹵獲した機体へ暗礁宙域迷彩を施した物――だ。

 緊急時の警戒シフト、ツーマンセルの迎撃フォーメーション。

 軍隊並みに訓練を積んできたナットは、即時に考えるよりも身体が動いた。

 それは同調したKTも一緒だし、バロム4のシンディ・サハリンも一緒だったが――


『ちょ、ちょっと! 星華ちゃん、離れて! ってか、背中を守ってくれよ! フォーメーション、マニュアル通りに!』

『やっ、やですぅー! 怖いです! わたし、オバケとか幽霊とか妖怪、ピクルスが苦手なんですっ! こゆの、全くダメなんですー!』


 シンディのソリッドは、二回り程大きなエヴォルツィーネに抱きつかれていた。

 どうやら羽々薙星華ハバナギセイカは、ホラーなオカルト展開がダメらしい。

 これだから素人しろうとは……ナットは無線を通じて聞こえそうな、大きな舌打ちをこぼす。それに反応して気遣いの言葉を差し込んできたのは、やはりKTだった。

 KTはナットのちょっとした憧れ、キャプテン・バハムートも認める宇宙パイロットだ。


『ナット、大目に見てやれ。周囲のスクラップ共は数が多いが、死に損ないだ。油断する理由はないが、過度にヒステリックになる必要もないぞ』

「はあ、でも小隊行動の鉄則が」

『まあ、いいじゃないか。お姫様はシンディに預けて……俺たちは死霊狩りといこう。このままコスモフリートがこっちに突っ込んできちまったら、最悪我が家がオジャンだからな』

「了解!」


 ナットの声と同時に、不規則で不揃いな射撃が浴びせられる。

 かつての戦いにじゅんじた者たちの棺桶かんおけは、そのあるじを乗せたままに意志もなく動く。無軌道な攻撃は全く統制が取れていないが、それだけに全く先読みができない。

 セオリー無視のでたらめな射撃に、散開ブレイクするKTとナットの二機もランダム機動で回避に応じる。


『マニュアルで避けろ、ナット! 機体のアシストに甘えてると当たるぞ、こいつはな!』

「わかった! ……死者が生者を殺すなんてさあ!」


 ゆらゆらと揺れるように銃を向ける、破損の激しい機体群。その射撃は宇宙に降り注ぐ驟雨しゅううとなって、限界機動で光の尾を引くナットのクレイヴンを襲った。

 だが、残りのエネルギー量に注意を払いつつも、ナットは接近を試みる。

 宇宙海賊としてお尋ね者でありながら、虐げられた弱者を助けてU3Fやインデペンデンス・ステイトと戦うコスモフリート……局地戦の連続を戦い抜く中で、ナットに任されたクレイヴンはダイバーシティ・ウォーカー、DSWとしては異色なチューニングで完成形に達しようとしていた。思い切り良く稼働時間とピークパワーを切り捨て、比較的短時間での強いトルクを重視した設計。機動性と運動性を高めて被弾率を下げ、操るパイロットも徹底して回避運動の精度を高めた。

 故に、海賊軍の鋭い曲刀カットラス、クレイヴンの切れ味は一味も二味も違う。


「損傷度は全部、バラバラッ! 致命傷を与えずとも止まるのは、止めて、新品めいているのはあ!」


 ナットは自分を奮いたたせる咆哮ほうこうに酔いつつも、燃えて熱くなる中に冷静さを押し込んだ。理性的な挙動で小刻みに動くクレイヴンが、半壊したパンツァー・モータロイドを踏抜き、蹴り倒した反動で手近なアーマーへとサブマシンガンを押し込んで一斉射。

 次の瞬間には、小破状態のDSWへ肉薄するや、抱き着くように体を浴びせる。

 密着の零距離ぜろきょりで機体と機体を重ねた中、ナットは見る。

 幽霊DSW、ソリッドの虚ろなメインカメラの輝きを。

 それでもナットは臆せず、全身の火器を連動させた銃爪トリガーを引き絞った。


「喰らって寝てろぉ! 全部のっ、バルカンの使い方!」


 刹那せつな、密着の距離で三種のバルカン砲が唸りを上げて火を噴く。クレイヴンは汎用性を持たせた万能機体であると同時に、コロニー内での戦闘も考えて口径も砲身も違う複数のバルカン砲を装備していた。対車両用に対DSW用、それと対艦用の大口径……その全てが吠えれば、腕の中のスクラップは黙るしか無い。

 死者を殺して解放するや、動作停止を確認してナットは次のマーカーを探す。


「あいつじゃなくたって、アレックスじゃなくたって……人が乗ってなけりゃ気が楽さ! それはわかってんだよ」


 だが、あの機体のコクピット付近に損傷はなかった。

 まだ、あの中には人が……かつて人だった死体が詰まっている。それは、ナットにまわしき記憶を蘇らせた。今、倒した機体。今、撃ち抜いた機体。今、ぶっ飛ばした機体……その全てに死体が詰まっているという錯覚。そして、それがナットの想像力からくるIFもしもではなく、実際そうであることが多いという現実。

 否が応でもナットは、自分でも意識の奥に沈めて殺した記憶が再浮上する不快感にうめく。


「肉、肉……肉なんだよ! 死ねば肉塊にくかい肉片にくへんでしか! そうはなりたくないって、俺は……それは、みんな同じだったからさあ!」


 気付けば周囲の亡霊たちは、倒せば倒す程に増えてゆく。

 そして気付く……コスモフリートの航路を切り開く戦いは今、先の見えない泥沼の消耗戦に突入したということを。

 KTの声でようやく思い出を振り切ったナットは、改めて周囲を見渡した。


『機動領域を確保しろ、ナァーット! 脚を止めたらアウトだ! そして……連中は死ぬことも出来ずに彷徨さまよい出た幽鬼ファントムらしいな。見ろ、倒しても倒しても襲ってくる』


 カメラを通したコクピット内のCG補正画像を見て、ナットも戦慄に身体が強張る。

 そこには、数えきれぬ程の損傷機、大破機が浮かんでいた。既にもう、その黒光りする影で地球は見えないほどである。

 そして、その中に無数の銃創じゅうそうを飾る蜂の巣の機体……先ほどナットがほうむった個体だ。


「嘘だろ……死体は殺せない、ってやつか。くっ、そうと知ってればこんな! 迂闊だな、俺は!」


 思わず奥歯を噛み締めたが、払った代価があながいを求めてくる。

 もとより相手は無人の鉄屑、原因不明の再起動で襲い来る怨念の残滓ざんしだ。動力源を完全に破壊しない限り、無限に蘇るということも十分に考えられた筈である。

 そして、そのことを後悔するナットの目にも、愛機のエネルギー残量は心許ない。


『うう、ちびりそう……でもっ、わたし頑張ります! 皆さんはふねに戻って、補給と増援を! わたしは宇宙天使アークエンジェルラジカル☆星華として、この熾天使装星セラフィック・クラインエヴォルツィーネで! 亡者を黄泉よみへと帰しますっ! さあ、ここはわたしが相手ですぅ!』

『あっ、星華ちゃん!』

『KT、星華ちゃんの言うことも一理ある……戦況は不利だし、好転する望みがない。クールでクレバーな選択が求められているんだ、今っ!』


 シンディの言葉は正論で、それに息を飲みつつ歯軋はぎしりするKTに打開策はない。

 一際強い光を放ったエヴォルツィーネは、六枚の翼を広げて輝きをまとうや飛翔する。なるべく周囲の敵を引き付け、ナットたちから引き剥がそうとしているのは明らかだ。

 民間人の協力者、いたいけな女の子に、自分が? 自分たち、義賊を気取る宇宙海賊が、背を向けるのか? 仲間は信用して頼る、その言葉はお互い様だが……進んでおとりを引き受けた少女に甘えて、それで宇宙義賊のすじが、道理が通るのか。

 否……断じて、否だ!

 頭の中で火花がスパークして、次の瞬間にナットは無線へとがなりたてる。


「羽々薙星華! 無理はするなっ、女子供が守れなくてぇ……なにが、宇宙義賊っ、だってんですかよぉーっ!」


 虚無きょむ深淵しんえんにも似た宇宙へ、ナットの絶叫が響き渡る。

 その声は、闇の軍団が覆い隠す地球からの光を呼んだ。

 突如としてナットの耳元で、高熱源体の接近反応がアラートを歌う。

 そして、その声は唐突に暗黒を引き裂いた。


『ふふ、えてくれるじゃないの……しびれるよ、いいね。これで私も、熱くたぎれるっ!』


 若い女の声……少女の声音こわねだ。

 それはりんとして真っ直ぐな響きの中に、総身が泡立つような闘志がみなぎっていた。

 そして、ナットたちの視界に突如として、巨大な円筒状の構造物が高速で飛び込んで来る。KTの声が叫ばれた瞬間にはもう、周囲の亡霊たちは新たなる熱源へと群がっていた。


……こんな旧世紀のポンコツが何故っ! みんな、避けろっ! あの質量だ、かすっただけでもタダではすまないっ!』


 三機のDSWが散り、その中でナットも残り少ないエネルギーを振り絞る。一番間近にいた彼は、誰よりも速く回避運動に入りつつ、目撃した。

 星華のエヴォルツィーネが、先ほどの少女の声にみちびかれるように……疾走する巨大なロケットの上に降り立った。両足で舞い降り踏ん張って、そのまま突いた片手の五本の指が摩擦熱に火花を散らす。鋼鉄のわだちきざみながらロケットに飛び乗ったエヴォルツィーネは、よろりと立ち上がるや、両の手を開いて突き出した。


『なんだかよくわからないけどっ! チャンスです! 必殺っ……マキシマァァァァァムッ! ノヴァアアアアアアッ!』


 周囲の死霊たちから火線が殺到する中、天使の絶叫が福音ふくいん光芒こうぼうを解き放つ。

 凄まじい熱量を放ちながら爆発の中に消えるエヴォルツィーネの、その頭の上に……ナットはかがやく天使の輪を見た。今まで、稼働中のエヴォルツィーネにそんな装備はなかったし、リング上になった発光現象を確認するのは初めてだ。

 まばゆきらめきの輪を頭上にいただいたまま、無数の銃弾と砲声の中にエヴォルツィーネがロケットもろとも消えてゆく。

 真空の宇宙を煌々こうこうと照らす大爆発に、思わずナットは喉の奥から声がほとばしる。


「羽々薙星華っ! お前……バカヤロウ、天使に乗ってても……お前、人間じゃねえかよ。人を導く聖なる天使が、死んじまったらどうするん――」

『ちょっと? 勝手に彼女を殺さないでくれる? 機体を見たままのパイロットだったら、絶対に私の好みなんだからさ』


 先ほどの、あの声だ。

 不敵で自信に満ちた、なにものも恐れぬ瑞々みずみずしい声色。

 そして、集束してゆく炎の中にナットは、宇宙義賊コスモフリートのパイロットたちは見た。

 そこには、ようやく悪霊たちの影をぬぐわれた地球光をバックに……漆黒しっこくの魔竜が浮かんでいた。それは周囲の黒ずみ煤けたスクラップとも違う、宇宙の暗黒すら塗り潰すかのような、強い意志と戦意に満ちた黒。

 そして、見るも恐ろしい竜の尻尾に足首を絡め取られて、逆さまに天使がぶら下がっていた。


『貴方も宇宙海賊、船乗りなんでしょ? 祝福の天使は大事にしなきゃね……ほら、返すわよ』

「っ! お前は何者だ! いや、それより先に……俺たちは義賊! だ!」

怒鳴どならなくても聞こえてるわ。悪いけど、を忘れるほどマヌケじゃないのよ。そうね、でも悪くない名乗りだわ。私もちゃんと名乗らないとね』


 黒暴竜ヒューベリオンの存在感に気圧けおされたかのように、周囲の暴走スクラップは動かない。だが、発する威圧感が戦慄を呼んで、それが命のともらぬ鉄屑に恐慌状態パニックを呼んだ。

 狂ったように、一機のパンツァー・モータロイドがきしみによじれながらもおどりかかる。

 確か、以前ちらりとカタログで見た……あれはアメリカのマキシア・インダストリアル製、TYPE-13R【サイクロプス】だ。アメリカ本土の精鋭部隊にしか配備されない、輸出禁止の局地戦用PMRパメラである。カタログスペックを眺めてるだけでも溜息が出るくらい、そのパワーが圧倒的なのをナットは覚えていた。

 その名のごとく一つ目に明滅する光をくゆらしながら、【サイクロプス】が豪腕を振るう。

 だが、衝撃音と同時に……竜のシルエットを巨体で覆った【サイクロプス】の背中に、刃が生えてきた。回避することなく、まるで息を荒げるように唸りながら、黒い竜が肘打ちエルボーを放ったのだ。その肘に尖る鋭い切っ先が、正確に【サイクロプス】の動力部を貫いている。


『私は無頼ぶらいの賞金稼ぎ、悪逆の雇われ傭兵……アーマーローグ、神塚美央カミヅカミオ。依頼とあらば宇宙にだって飛んでくる、無法者を狩る無法者ドゥンケルイェーガーよ』


 蹴りの一撃で、すでに事切れた死体のように動かない【サイクロプス】を引きがす。それを合図に、周囲のびた殺気が一斉に黒き魔竜に群がった。

 だが、身を翻した竜の怒りが、耳まで裂けた巨大な顎門アギトへと光を呼ぶ。

 喉の奥よりり上がる輝きは、全てを塩の柱へと変えるメギドの神罰にも似て……懺悔ざんげ悔恨かいこんも許さぬ怒りのブレスが解き放たれる。

 周囲が光に吸い込まれてゆく中で、ナットは必死でエヴォルツィーネを回収、確保した。


『カルディアー、出力マキシマイズ……消し飛べっ!』


 刹那、閃光が突き抜け宇宙をった。

 黒い竜は地球にも似た蒼き瞳に殺意を灯して、周囲を同心円上に薙ぎ払う。

 遅れて連鎖する無数の爆発が、跡形もなく過去の残骸を葬り去った。戦いに破れてなお戦う、いびつな死霊たちの散華さんげ……それを飲み込む光の奥から、なにかが高速で接近してくる。

 咄嗟にエヴォルツィーネを守ろうとしたナットのクレイヴンをかすめて、その影は黒き竜に迫った。まるでそう、最大の一撃を放った、そのすきにつけ込むような狡猾こうかつな機動だった。


「危ない、避けろ! そういう大技は、放った直後が一番危ないんだよッ!」


 あまりに高出力、そして高熱量の殲滅、虐殺だった。恐らく、戦略兵器級の攻撃力……だが、まるで溜飲りゅういんを下げたかのように動かない竜へと、謎の敵が飛びかかる。

 だが、美央と名乗った声は落ち着いていた。


『ようやく姿を表したわね……アンゲロス。隙を見せれば絶対、カルディアーの反応につられて出てくると思った。フィンプラズマ!』


 静かな声と共に、黒き竜の背ビレに光が屹立きつりつする。

 それはまるで、甲殻と鱗に光の剣を振り上げた、輝ける聖竜のよう……その神々しい姿に恥じぬ名を、竜使いの少女は気高く叫ぶ。


『ソルジャータイプ……このデブリ帯の一連の幽霊事件はお前が原因ね。残念だけど、さっきの子と違って天使とは思えないもの……さよなら。引き千切れっ、神牙シンガ!』


 一瞬、ナットの視界から黒き竜が消えた。

 そして、その姿を光の照り返しで振り返った時には……まるで空間をジャンプするような高速で竜の怒りが光の刃をしならせる。その名の如く、神の牙が闇を裂く。それは、地にちた竜が失った翼を蘇らせたかのよう。背ビレの光は容赦無く、冥府の王タナトスを気取った一機のアーマーを両断する。

 そう、アーマーだ……美央がアンゲロスと呼んだアーマーは、木っ端微塵に爆散した。

 ナットは背後に近付く母艦コスモフリートとの通信に、無意識の内に呟いていた。

 天使のラッパが吹き鳴らされる中、黙示録アポカリュプシスの獣が竜となって蘇った、と。

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