ワタルの世界

 目の眩む光に飲まれてワタルが私をきつく抱き締めた。こんなに強く抱いてるくせに大声で私と姫の存在を確かめてる。

 ワタルの背中に回す手に力を込めてその声に応えた。

 そして、何か薄い膜のようなものを突き抜ける感覚の後、光は消えて私たちは落下を始めた。

「ぎゃぁぁぁあああ! なんで空中に放り出されてんだー! ヴァーンシアに飛ばされた時は普通に地面だったじゃんか! 落ちる! 落ちて死ぬ!」

「変な建物がいっぱいある」

 あれは塔? 見たことのない形をした高い塔がいくつも密集してる――っ! いくつも付いてる窓らしき場所から見える先に動くものが居る。

 この塔全てに?

 っ!? 遠くに変な形の大蛇が蠢いてる。

「暢気に観察してる場合か!」

 落下なんて姫の能力でなんとでもなるのに……クラーケンに突っ込んだりするくせにこの程度で焦るなんて…………。

「おかしくなってる時はあんなに冷徹に私を殺そうとしてたのに……そんなに騒がないの、こんなの私の力でどうにでも出来るんだか、ら!」

「うお!?」

 姫は落ち着いてるから大丈夫だとは思ってた。

 姫の作った裂け目に入って私たちの落下は終わった。

「うん、やっぱり使える様になってるわね。異世界だと使えないかも、とか思ったけど、使えてよかったわ」

「もう死ぬんだと思った…………」

「ワタル怖がり?」

 敵には簡単に突っ込むくせになんで落下くらいで?

「いや、あんな高さから落ちたらお前だって死ぬだろ?」

「……知らない」

 一人なら分からない……でも今はひとりじゃないから。


「とりあえず出ましょ、どんな世界に来ちゃったのか調べないと」

 そう、あんな大蛇が大地を走ってた。

 他にも変なものがかなりの速さで行き交うのも見た。

 どんな危険があるかも分からない。まずはこの世界で生き抜く方法を作らないと――。


「うわぁ、人間がいっぱい。変な世界じゃないのは安心したけど、これはこれで変な感じだわ」

「黒い目で黒髪の人も居る」

 ワタルと同じ? 服もワタルが着てるやつに似てる気がする……ここはワタルの世界?


「あの人たち急に現れなかった?」

「そうそう! 変な裂け目が出来て、そっから出て来た!」

「なにあれ、コスプレ?」

「女の子二人は可愛いけど、野郎はイタいな。なんだあの長髪」

 ワタルを馬鹿にされてこめかみがピクリとした……がまん、がまん……何が危険の引き金になるか分からない。

 あの男には悪意はあっても敵意はないから無視……する。

「あの銀髪の娘の頭に乗ってるのってぬいぐるみ? なんか凄く可愛いんだけど」

 褒められたのが分かったみたいでもさが頭の上でくるくる回って自分を魅せてる。


「あの剣って本物?」

「コスプレなんだから作り物だろ、本物だったら銃刀法違反だし」

 こすぷれ? じゅーとーほー違反? 異界の言葉はよく分からないけどなんだかワタルを悪く言ってるように聞こえる。

「にしてもあの男、あんな小さな娘にあんな恰好させて抱き締めてるとか……ヤバいんじゃない? 警察呼ぶ?」

 なんで少しだけ小さいのが駄目なの? どうしてワタルを悪く言うの? コウヅキもそうだった。ワタルが変わり者の異界者だから?


「おい、あの男のマントみたいなのに付いてるのって血じゃないか?」

「コスプレでそういう風にしてるんだろ」

 ワタルは周囲の声に顔を曇らせながら視線を巡らせて――緊張を解いた。

 でも――。

「あっ!」

 急に声を上げたかと思ったら顔面蒼白になって震え始めた。

 身体にも力が入ってなくてこっちに凭れながらずり落ちていくのを支える。

「ワタル? 大丈夫?」

「あ、いや、俺…………? え? フィオ、その背中に背負ってるのって……」

 ワタルらしくなく目が死んだみたいになってたのに背中の荷物を見つけた途端輝きを取り戻し始めた。

 あの空間に居た時に気付いてなかったの? 

「? ワタルの荷物、戻る予定でも遠くに移動する時は絶対持って行きたいって言ってたから持ってきた…………駄目だった?」

 黙り込んだまま私を凝視してる……すこし、変な感じ。


「フィオ!」

「お前最っ高だー! ありがとう! 助かった! これで大事な目的が果たせる、本当にありがとう!」

「え? え?」

 今度は私が落下中のワタル以上に困惑する番だった。

 さっき以上に力強く抱き締められてワタルの顔がすぐ近くにある。

 心臓が跳ねる。

 これはなに……? すごく喜んでるワタルの顔を見てるだけで動悸が……こんなこと今までなかったのに。


「ワタル~、周りの人間がすっごい見てるよー、大勢に注目されるのは慣れてるつもりだけど、人間にこんなに見られてると流石に居心地が悪いわ」

「ちょっと君たち! 交差点のど真ん中で何してるの、それとそっちの黒髪の君はその子とはどういう関係? 保護者か何か? 職業は? それとその大荷物は何? 何か身分の確認できる物を見せてくれる? そのマントに付いてる赤いのは本物の血じゃないよね?」

 他とは違う出で立ちの男が険しい表情でワタルを見てる。

 血を気にしてるなら治安維持の憲兵のようなもの? ワタルは混乱してるみたいですぐに答えられず憲兵の表情は険しさを増してく。


「えーっと、俺とこいつは――」

「妻、らしい」

 言ってみて妙に恥ずかしくなって顔が熱い。

「そうね、私たちはワタルの妻よ」

『…………』

 私と姫の答えを聞いた瞬間、世界がすごく静かになった。ワタルは顔をひきつらせて冷や汗を掻いてる。


「はぁ、そこに交番があるから一緒に来てもらえるかな?」

「はぃ」

 憲兵の表情は一際険しくなって同行を促して来てワタルは完全に縮こまってしまった。

「ちょっと! 信じてないの? 二人とも結婚式はまだだけど――」

「姫様、お願いだから暫く大人しくしててください、ここは俺が居た世界で、この状況は当然の成り行きなんで…………」

「! ワタルの世界なの?」

 ここが、ワタルの世界……アドラの首都なんかよりもずっと凄い町を作り出す技術、色んなもので溢れた世界。

「あら! ならワタルは帰って来れたのね! これももさのおかげかもしれないわね、他にも世界が存在している中で自分の世界に帰れるなんて奇跡に近いもの」

 もさのおかげなんだ……なら、きっとリオの所にも帰れる。そしたら今度はリオとも一緒にこの世界に……。

 小さくありがとうを言ったらもさは誇らしそうにしながらまたくるくる回り始めた。

「あぁ、うん、まぁ……とりあえず交番に行くから大人しくしててね」

 せっかく帰ってきたのにさっきとは打って変わって青い顔をしたワタルと一緒に私たちは連行された。


「それで、先ずは身分の確認できる物を見せてくれるかな」

 冷や汗を流し椅子に座ったままワタルが反応しない。そしてようやく恐る恐る曲の聴ける変な板を取り出した。

「え? あれ? なんで――あ…………」

 ワタルが板に触れると光ったり絵が変わったりしてたのに今は黒いまま、そしてワタルの顔がひきつり始めた。

「どうしたの? 身分証、持ってないの? 無いなら誰かに連絡して証明してもらってもいいけど」

「あの、真面目に話すんで、ちゃんと聞いてもらえますか?」

 板のことを諦めたみたいで意を決した表情で憲兵に話し始めた。

「…………内容によるね、偶にいい加減な作り話をして時間を取らせる人がいるけど、そういうのはお互いに無駄な時間になるからやめてほしいんだ」

 憲兵は私と姫に視線を向けたあとにワタルを睨む。

 この世界の決まり事は知らないけど、ワタルが悪い事なんてするわけないのに――。

 ……? ワタルの表情に余裕が出てきた。

 何か思い付いた? ……ん、ワタルのこういう表情は良い。

 これならきっと大丈夫。

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