強くしてあげる

「はあぁっ!」

「ひぃ!?」

 ナハトの剣がワタルの体スレスレの位置を通過する。勿論手を抜いているんだろうけど、ワタルは相当焦った様子ですぐ近くを通り過ぎて行く剣を凝視してる。


 今までのワタルなら避けられなかった一撃――。

 ワタルの剣への能力付加は成功みたい……それにしても、ワタルの動きはどう見たって素人、身体能力が上がったからって素人があの鋭い攻撃を何度もかわせるはずがない。

 それなのにのらりくらりと焦りと怯えを含んだ表情で避け続けてる。


 コウヅキは別にしても異界者は基本的に平和ボケしてるように思う。たぶんそれで生きていける世界なんだと思う、それなのにああもひょいひょいと……予測が出来たりしっかりと見えてるわけじゃないはず。

 それでも避けるのは相当に勘がいいというか……危険察知は出来るのに危険に飛び込んでるんだ……やっぱり変。

 平和な場所に居たのならあの勘の良さは天性のものかもしれない。自覚があるのかないのか、そのおかげで生き延びてきたせいなのかなんでもなんとかなるって勘違いしてそう。


「避けるな、打ち込んで来い」

「無茶言うな! 付加されたのは打ち合いする為のものじゃないだろ!」

 そこはちゃんと理解してるんだ……ワタルの腕力じゃ打ち合いなんて向かない。強敵と対峙した場合相手の隙を狙い一撃で葬るべき、長引けば体力の劣るワタルに勝ち目はない。

 ナハトは少しずつ加速している。それでも対応出来ているのは勘の良さと四つの剣に付加された能力の相乗効果みたい。

 ワタルが攻撃を躱す度にナハトの表情が険しくなる。鍛えたいならこれは喜べき事だと思うけど……ムキになってるみたいにしつこく打ち込み続けてる。


 開始直後に比べたら大分速くなってるのにそれでもワタルは避け続けてる。

 今のはギリギリで頭を掠めたけど、それでも避けた。今のはワタルの位置からは見えにくい軌道だったと思うんだけど……少し試してみよう。


「っ!? ちょ、ちょっと待て! なんでフィオまでナイフ抜いてんだ」

「ワタルはもう少し動けそう、ギリギリで訓練した方が成長する」

 ギョッとして顔を引き攣らせてるけどこれは本当、自分に出来る限界を超えるならそれを使って体を慣らすしかない。

 それに私の注文通りなら成長は早い、普通の人間用のぬるい訓練で時間を使うのはもったいない。

 ワタルの為にもこれに関しては手を抜かない。

「い、いや、俺はもうナハトだけでギリギリ――」

「良い事を言うな小娘、確かに極限状態の方が成長し易いだろうな、ワタルには強くなってもらいたいし二人で相手をするのが良いかもしれないな」

 ワタルの近くに居ると疎ましそうにするナハトもこれには賛同する。

 私に対しての呼び方が気に入らないけど……娘ってなに……自分がちょっとだけ背が高いからってっ。

 訓練では利用するけどそれ以外はワタルに近付かせないから。


「あの、どっちか一人ず――つぅ!?」

 ぬるい事を言ってるワタルを無視して私は動き出した。

 避けられないと思ってた。だから寸前で外すつもりだった。それなのに――ワタルは躱した。

 今のは予測? 私が視界から消えた事に反応したようだったけど動きは見えてなかったはず……面白い。ちゃんと育てたらそこそこ強くなるかもしれない。

「ほらほら~、がんばれ~、立派な婿になる為に~」

「特殊効果の付加って凄いんだな~、僕今のフィオちゃんの動き見えなかったよ」

「あたしも何か頼んでみようかしら」

「ワタル~、がんばてくださ~い」

 リオもワタルの成長を望んでるんだ。任せて、ちゃんと育てて見せる。

「っ!? あぶ、危ないだろ!」

 ワタルは一撃避ける毎に気が抜ける。だから今もナハトの不意打ちに慌てたように避けてる。

 さっきの反応が出来るなら今のは気を張ってればもう少し余裕を持って回避出来たはずなのに……この辺は平和な場所に居たが故かもしれない。

 この辺りも矯正していかないと、少なくともこの世界に居る間はワタルの世界よりも何倍も命の危険があるんだから。

「立派な婿になる為だ。頑張ってくれ」

 ナハトの変なやる気はミズハラのせい……まぁ、ワタルの成長に役立つならいいか……ワタルは心底迷惑そうにミズハラを見ているけど。


「交互にいくぞ!」

 今はワタルの限界を見極めよう、さっきのような反応が繰り返し出来るのか、出来ないならどういう時に反応出来るのか。

 ある程度は変えられるけど私にも動きの癖がある。私にばかり慣れてしまわない為にもナハトが居るのはありがたい。

「ちょっとまっ――うわっ!」

 ナハトが斬り上げたのを正面から受けた。あれじゃダメ、ワタルの腕力じゃ受け止めきれない。

 相手の力は流すべき、この辺も教えないと……上手く打ち込んでワタルの刃の上を滑らせよう。

 どうすれば自分に負担の無い受け方が出来るのか身体に教え込まないと。


「考え事して止まってると死ぬよ」

「っ! なあぁあああ!」

 吹き飛ばされた事で私の事が完全に頭から抜けていた。回り込んだ先である程度流しやすい角度から打ち込むとどうにか受け流した。

 そう、まだまだ荒いけどその感覚を覚えて。そう思うのにまた何か考え事してる。

 

「またぼーっとしてるぞ」

「うわっ、ちょっとくらい手加減しろよ! 怪我したらどうするんだ!」

 今のは際どかった……良い勘をしていても本人の集中力に問題がある。

 そういえばヴァイスと戦った時だって急に笑いだしたし……こういうのも直させないと。

「大丈夫だ、もし怪我をしたら私が付きっ切りで看病する!」

 そんな事させない、それは私とリオがする事――私もワタルに関わると思考が余計な方向に行くかもしれない。

「また気が抜けてる」

「くっ、お前も手加減しろよ! 俺は普通の人間だぞ!」

 それを変えようとしてるんだから加減は必要最低限、こういうのは手を抜けば変な過信を生む、結果実力に見合わない事をして死ぬ。

 ワタルにそんな事はさせない。

「今のを避けるくらいなら手加減なんて要らない、それにギリギリの方が訓練になる」

 ワタルの瞳が絶望と怯えに染まっていく、そんな顔してほしくないしそんな瞳を向けないでほしいけどここは譲らない。ワタルには生きていて欲しいから。


「小娘、今度は同時にだ」

「その呼び方嫌」

 っ! いい加減鬱陶しいな……そんなに自分の大きさを自慢したいの? 私は他より小さいだけ、それをみんなしてチクチクネチネチ――。

 ワタルへの攻撃を中断してナハトに制裁を加えるけど……やっぱりナハトは別格だ。私の動きをしっかり見た上で防いでくる。こんなのは初めて……ナハトを相手にすれば私ももう少し成長出来るかもしれない。

「ならフィオ、今度は同時にだ、私たちでワタルを強くするのだ!」

「ん」

 やっと分かったみたい。最初からそう呼べばこっちだって不快にならなくて済むのに。


「いくぞ!」

「っ!? ちょっ――いぃ!? がはっ」

 っ!? 何……今の……? 私とナハトの挟撃への反応の初動は遅かったのにその後の急加速……さっきまでの動きを見て今の上限は見極めたと思ってたのに……今の動きはそれを遥かに上回っていた。

 本人は受け身も取れずに木に激突してむせてるけど……自分の体が自分で制御出来ていない?

「だ、大丈夫かワタル!?」

「いってぇえええええ! あぁくそっ、脚いてぇー!」

 脚? 背中じゃなく? 脚の負傷……筋力の制御が出来ていないの? そんな事があり得るの? 


「あ、脚? 背中ではないのか?」

「ワタル、今の何? いきなり速くなった」

「つぅ~、さっきのは自分の身体に電気を流したんだ。一時的にだけど身体能力が上がる……でも挟撃に焦って加減を間違えた」

 雷にはそんな力もあるの? すごい、まだ制御出来ていないみたいだけど慣れれば……ワタルは私が思う以上に成長するのかもしれない。

「ワタル! 大丈夫ですか!? 怪我はないですか?」

 リオが心配して身体をぺたぺたしてる。脚に触れた瞬間面白いくらいにびくりとして涙目になってる。

「っ!? リオ、脚は止めて、マジで痛い」

「え? 背中じゃないんですか? 凄い勢いで背中から木にぶつかったのに」

「脚が痛すぎて背中はどうでもいい」

 結構な勢いだったからどうでもいい事はないはずだけど……後で診ておこう。

「す、少しだけ待っていろ、すぐに治癒能力を持ってる者を連れてくるから!」

 ナハトが血相を変えて駆け出して行った。

 治癒能力なんてものもあるんだ……エルフは恵まれている。力も能力もあって……ううん、いい。

 私だって今は――。


「こっちだセラフィア、早く治してくれ」

 ナハトが連れてきたのは私くらいのダークエルフ、子供かな? 私は子供じゃないけど。

「やっぱり嫌、人間怖いよ」

 酷く怯えてこっちの姿を確認すると後退っていく。町中に異界者が現れた時のアドラの人間のような恐怖に支配された反応……混ざり者が送り込まれてる事を考えるとこういうものかもしれない。

「大丈夫だ、ワタル達は悪い人間ではない。私たちと戦った時も怪我人や死人が出ない様に気を配っていたほどだ」

「でも怪我した人いたよ、私が治したんだから知ってるよ」

 怪我人はそれなりに居たと思ったけど全部治したの? それは凄い。なるほど、こういうのも居るならアドラは余計にエルフや覚醒者を欲しがる。

 そんなものを知っているから混ざり者は使い捨てだったんだ。


「あれはワタル達の仕業じゃない、いつもの人攫いたちにやられたものだ。それに人間は人間でもワタルは異界者だ、この世界の人間とは違う」

「フィオ、これ持って離れててくれ、リオも一緒に離れてて、人間が固まって居ると余計に怖がられそうだし」

「ん」

 何もしない、何も出来ないって見せる為だと思う、ワタルは剣を全部私に預けてきた。

 それと同時に分かるこの剣に付加された能力、これは……体が軽い。今なら確実に普段の数倍速く動けると実感する。なるほど、ナハトは本当に良いものを用意してくれたんだ。

 それだけワタルを盗ろうとしてるって事でもあるけど…………。

「分かりました。セラフィアさーん、私たちは離れてますからワタルの事治してあげてくださーい」

 リオの声にビクリとした。こんなのほほんとした相手にまで……エルフって基本的に身体能力は人間よりも上のはずなのに、あんな怖がりのエルフだと治してくれないかもしれない。


 ナハトが長い時間を掛けて説得してどうにかワタルの事を治してもらえた。

 治した直後に怪我をさせるわけにもいかないのでそのまま今日の訓練を終えた。

 夕食はまたワタルが用意してくれた異世界料理、食べた事なかったはずなのにすごく馴染むというか……上手く言えないけどとても嬉しくなる。ワタルが私に嬉しいをいっぱいくれる。


 変えるつもりはないけど訓練中の時の事が心配になってワタルと少し話をした。

「怖かった?」

「ん~、まぁちょっとな」

「そう…………」

 嫌われたら嫌だけどあれは必要なこと――。

「でもまぁ、必要だと思うんだ。守りたい時に守る為に、それに結局俺はフィオ達には怪我させられてないし、ちゃんと見てくれてるんだよな? だから……これからも頼むな? 頼りにしてるよ」

 っ! ちゃんと分かってくれてた。気持ちとか、思った事とかを理解してもらえるのってこんなに……頑張ろう、絶対にワタルを強くする。

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