神龍とは
「神龍とは何か、ですか? 神龍――ズィーヴァ種の特異体は箱庭の環境維持の一部の担っています」
「え? でもステラお姉ちゃんこの施設が維持してるって言ったよ」
リルは自分とさほど変わらない少女を不思議そうに見つめている。
「はい、勿論当施設が箱庭内の環境の大分を管理しています。ですが箱庭は設計当初から成長拡大していくものとされていました。それも加味して必要な施設は作られていますがそれでも箱庭の自然も生き物です。完璧に制御する事は出来ません、時には他の生命の多くを飲み込む大災害に発展する可能性も予測されています。箱庭内の生命が環境を破壊する可能性もあります。そうした自然の変化を調整したり有事の際は特定の能力を備えたズィーヴァ種の特異体がその力で対応するのです。その為特異体は生命としては行き過ぎた、自然を左右する強大な能力と無限に等しい寿命を持ち他のズィーヴァ種には無い知性を備えています。環境異常が無い限り本来スペリオルはひっそりと暮らし箱庭に在るだけです。スペリオル零位の行動は異常の極みとしか言えません」
他生物の生存競争に介入したあげくに他生物との間に新たな命を設けてしまうとは、とステラはぶつぶつとクーニャの批判を繰り返す。
クーニャは神龍の在り方としては相当に問題があると認識されているようだ。
「でもステラ、クーニャは殆どの事を覚えてないんだ。造物主やその遺跡、同族にすら接触した事が無かったんだ。だから――」
「だから知りようがないと? それは違います。スペリオルはその特殊性から生まれた時点で必要な情報は頭の中に送られます。もしそれが無かったとなれば何らかの欠落があると思われます。ですのでそちらのスペリオルは即刻没するべきかと思います――」
「結局そういう展開か」
俺は剣を抜く、大切なものを守り抜くために――ここがヴァーンシアの自然環境の維持に必要なものだろうと、彼女がクーニャの同族であろうと家族を害する意志のあるものは排除する――。
「ワタル落ち着いてください!」
「落ち着いていられるか、クーニャは即刻死ねって言われてるんだぞ!? 俺は何一つ失いたくない、子供のような言い分だろうとこれは絶対だ。みっともなかろうと俺は最後まで――あたっ!?」
リオの割りと本気な拳が脳を揺すった。
「落ち着いてください。ステラちゃんは没するべきとは言いましたけど自分から何かするとは一言も言っていないでしょう? あくまで神龍としてのルールを教えてくれただけです。それに、話は最後まで聞くべきです。無闇に命が消えるのを望まない彼女が没するべきと言うならそれなりの理由が在るはずです」
「あなたは冷静で助かります。情報を備えていないということはスペリオルとしての行動に支障が出ます。それでは箱庭の環境管理にも影響が出てしまう、だから没するべきと。箱庭に必要な存在であるスペリオルは命尽きたとしても新たな命として再生します。そうすれば情報欠落や他生物と共生する異常は改善されると思います」
「つまり結局死ねって事だよな」
「しかし再生します」
「記憶は?」
「? 当然全て清算されます」
全部聞いた結果がこれだ。もう怒っていいかとリオを見る……彼女は困ったようにため息を吐くばかりだ。
「それでどうするんだ、クーニャを殺しに来るのか?」
「いいえ、スペリオル零位には自害を求めます。これは箱庭を適切に管理する為に必要な事です」
「どうやって?」
「? 普通に説明しますが、スペリオルであれば自身の不具合を知れば自ら選択するはずですから」
なるほどつまりこの娘にとって神龍とはヴァーンシア運営のシステムの一部で異常があればそれぞれが自分から改善に努めるのが当たり前だと言っているのだ。
まぁいいや、不愉快な話だが会話しかしないのであればクーニャに会わせてやるのも悪くないのかもしれない、同族については気になっているはずだし。
説得についても、自惚れかもしれないがクーニャが今の生活を手放すとは思えないから問題ないしな。
「説得なら自由にしてくれ。ただクーニャに何かするってなら徹底的に抗うからな」
頷いたステラは地上への道を示して同行する事になった。
「ワタルー! 心配したわよもう!」
「ティナが探しに来なくてよかったよ」
あの施設は知性のあるものが迷い込まないように隠してあり、万が一にも移動能力で訪れてしまわないようにその周囲は移動関連の能力が無効化されているらしい。
つまりもしティナが跳んで来た場合範囲内に入った途端に跳べなくなって落下していた。
「それで……何がどうなれば遭難してロリが増えるんだ?」
安堵の表情を浮かべつつもナハトは俺の後ろに居る存在を見つけて声が荒くなっている。
「うんまぁ、ここを見よ!」
ステラの頭――捻れた角を指差すと全員がハッとした様子で顔を見合わせる。
「主……そう、なのか?」
「ああ」
「なるほど……主は角っ娘趣味もあったのだな。嬉しいが増やすのは不満だ」
「ちっがうでしょーが!? 同族! 神龍!」
「これが零位のスペリオル…………」
ステラは照れつつ不満を漏らすクーニャを冷めた目で凝視してため息を吐いた。何か期待と違ったらしい。
ちなみに、零位というのは神龍の階級らしい。自然の中で眠っているタイプと施設管理をしているタイプが居るらしいが施設を任されている者の方が能力も強く階級も上のようだ。
しかしクーニャは零位、例外的存在で存在は知ってはいたが詳細データは全く無いのだという。だからクーニャが俺たちに関わっているのを知ってからステラはずっと気にしていたらしい。
「零位のスペリオル――」
「儂はクーニャ、もしくはクルシェーニャだ。先ず名乗れ失礼な小娘」
「あなたの方があとから生まれたはずなのですが……んっん! 私はステラ・ディーヴァ・スペリオル。名は先ほどこちらの方々に貰いました」
「ふむ、ステラか。主が付けたのか? ……二人目は主に任せてみるか」
やったぜ。名付け参加のお許しが出た! しかし二人目か、まだ先の事だろうが……これ以上に増えるのか、今更だが大家族過ぎる。
「それです!」
俺の手を握るクーニャをズビシと指差す苛立たしげなステラは震えている。
「なんだ? お前も欲しいのか? しかし主の神龍は儂だけだ。残念だが他を当たれ」
「そうではなく、神龍とは本来箱庭の自然環境の異常の際にのみ他の生命の為に動くもので……普段からその様に軽々しく不必要に接触する事を許されてはいません。我々は箱庭の他の生命とは違い規格外の存在です。我々の存在が他の生命に影響を及ぼすのは認められていないのです。況してや他種族と子供を設けるなど――」
「儂、お前、嫌い」
会って間もなくクーニャは会いたかったはずの同族を拒絶した。しかも怒りのあまり片言で。
ステラも本当は悪い娘ではないと思うんだが、彼女を縛っている――信じているルールが相容れない。
「き、嫌いとか好きとかの問題ではなく……そもそも我々の能力は箱庭を守り管理する為に造物主より与えられたものであって特定の種族に肩入れする為のものではないのですよ。分かっているのですか! それを子など成して――」
「……分からぬわボケ! お前の言っている事は何一つ分からぬ、造物主など儂は知らぬ。主が! この家族が儂の全てだ! 何があろうと離れぬし害為すものは灰塵としてくれるわっ!」
俺が居なくなった後に大きな心の支えだった家族や娘のミュウを否定するような事を言われてはクーニャも黙っていられない。人のぬくもりを知った神龍様は人一倍寂しがり屋なのだ。
怒ったクーニャの荒々しさか、それともそこまで何かに肩入れする事に対してか、ステラの目はまん丸に見開かれて大口を開けている。よほど彼女の知る神龍の性質から外れているのだろう、そこだけはステラを見ていて俺も理解した。
「まぁでもクーニャ、少し落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか! こんなやつの肩を持つのか主は」
「うんまぁ調教次第かと(ドラゴンの姿見たい)」
「この浮気者ー!」
ドラゴンアッパーを貰って華麗に空を舞った。部分顕現って腕力も増すんだよなぁ、下が柔らかい雪で良かった……さてさて、どうにかステラを懐柔したい。せっかく同族に会えたのだ、実際は聞きたい事なんかがあるだろう。しかしステラもクーニャもあの調子だと一向に話が進まない。
クーニャの気持ちを話してみてステラが理解出来るのか、造物主に与えられた使命を忠実に守っているようだしそれに沿わないクーニャに納得がいかないという事なのは分かる――。
「ねぇステラちゃん、家族体験――してみません?」
リオの発言に皆きょとんだ。でもなんとなく言いたい事は分かる、分からないなら教えてしまえということだろう。
クーニャがどういう日々を過ごして何が嬉しく何が嫌いなのか、説明だけでは伝わらない。まぁ体験したから伝わるものでもないかもしれないが……それでも体験する事でステラの中にも何か芽生えるかもしれない。そこに賭けようって事だろう?
リオは優しく頷いてそっとステラを抱き締める。ステラはといえば訳が分からないと混乱の最中に居るようだ。
「な、何ですかそれは……」
しかし戸惑っている時間などくれない存在が居る――。
我が娘たちだ。エルスィの話では造物主と違い神龍は昔話でも活躍する事があるという、実際の目撃情報とは違って咆哮や影のようなちょっとした情報からの空想創作が殆どのようだが、ステラの言っていた事を考えるとあながち真実もあるのかもしれない。
自然の脅威という異常事態に現れて平定していくのだ。ある意味ヴァーンシア人にとって神龍は神様に近いとも言える。そんな存在な目の前にいて家族になるかもと言われれば――。
「お姉ちゃんお姉ちゃん顕現出来る? クーニャママとどっちがカッコいいかなぁ」
マリアが好奇心で瞳を輝かせてステラに詰め寄った。クーニャも勿論神龍だというのは分かっているが子供たちにとっては母親という部分が大きいのだろう。だから神龍のステラが物珍しいってところだろうか?
「当然出来ますが……あの姿は無闇に他生物に見せるものでは……そもそもスペリオルが人間やリィテ種に近い形を取れるのは他生物に存在を知られず静かに潜む為と、もし接触した場合も怯えさせない為であって――」
「そんな事言って本当は出来ないんじゃない? ミュウでもちょっと出来るのに」
「っ!? 混血種のスペリオルでも可能なのですか?」
ミュウの部分顕現に驚いた彼女はリオの胸から抜け出してミュウに詰め寄り顕現の再現と能力の詳細を教えるように要求した。
「わ、わしの顕現は母上の部分顕現と同じだ。ほら、な? 能力は、パパ――じゃなかった。父上に貰った黒い雷は標的の精神を、母上に貰った白い雷は標的の体を焼く。威力は……分からぬ。本気ではやってはいかんと言われているからな」
「雷? スペリオル零位の能力は雷なのですか? ……確かに落雷被害などもありますが、調整が必要なほど大規模なものが起こった事例はありませんし断続的に発生する予測もされていません……調整の必要性がない。何故あなたは雷なのですか?」
「儂が知るか」
至極あっさりした回答、しかしそんなものだろう。俺だって何でこの能力なのか分かんないし……でも、必要があって生み出された神龍にはそれぞれ理由があって然るべきなのか?
「なぁステラ、神龍の能力は自然の管理に関わるものだけなのか?」
「そうなります。私の場合であれば太陽の活動異常時に夜が訪れなくなるという事が何度かあり今後も予想されます。その際に闇を使って世界を覆い異常な太陽光から箱庭の生物を守る役目を果たします」
北極と南極以外の白夜? そんな事あり得るのか? というかこっちの北極南極どこだ……そもそもこの世界の宇宙ってのがどうなってるのか分からないから判断付かないな。しかし生き証人があったと言うんだからあったのだろう。
「他にも寒い土地にはそこに適応した生き物が、暑い土地にはそこに適応した生き物が居ます。自然のバランスが崩れ環境が変われば生きられない種も多く存在しています。完成された環境を維持する為に冷気や熱などを操る者たちも存在しています。普段は勿論施設があるので必要ありませんが、異常時には重要になってきます。なのに、あなたはいつ必要になるんですか?」
世界を守り、命を繋いできたという自負から彼女の声は少々荒くなる。クーニャも同族に存在理由を問われて困惑している。
クーニャだって人を救った事がある、しかしそれはステラの疑問への回答にはならないだろうし何より自然現象を制御の結果以外認めそうにない。
「ステラ、俺はクーニャが必要だ。クーニャは俺たちに出会うために生まれたんだ」
「主!」
「それはあり得ません」
速攻否定!? ……ちょっと恥ずかしいセリフだったんですけど! まぁクーニャは嬉しそうなので良しとしよう。
「しかし何故造物主たちはスペリオル零位の情報だけ秘匿したのか……零位というのもよく分かりません。本来位は必要とされて生み出された者にのみ与えられるもの、雷の調整など必要ではありません。製作過程の失敗や半端者は夢幻島にて穏やかな生を生きているはず……いえ、そもそもそういった者には位は与えられませんね。むむむ……」
顎に手を当てて悩ましげに唸るステラってば可愛い――とか思ってるとナハトに睨まれましたよ。そしてクーニャに蹴られる、よほど他の神龍を見ているというのが気に入らないようだ。
「まぁまぁステラちゃん、分からないなら分かるまでクーニャちゃんの傍で見ているというのはどうですか? クーニャちゃんが大切にしている家族というものも知ってほしいですし」
「群れの事でしょう? そのくらい知っています。とりわけ強い雄というものは多くの雌を囲い多くの子孫を残します。ここはそういう群れなのでしょう? これ程他種の混ざったものは例がないかもしれませんが」
なんか動物に例えられると凄く嫌なんですが……俺は別に生殖本能で今の状態を作ったわけではないのですよ!
「……何故他種族が
リオさんリオさん、それはつまり原因である俺に全部丸投げするって事でしょうか! うわぉ良い笑顔……笑っていないその瞳が言っている。昨日ワタルも丸投げしましたよね、と。
「なるほど、スペリオル零位の異常の原因を探るのですね! 確かに、再発防止の為には原因を探らなければ同じ状態になるかもしれませんね……機会をいただきありがとうございます。暫く同行させて頂こうと思います」
あっさり承諾したステラを歓迎する娘たちと複雑そうに見つめる嫁たち……綾さんなんてアマゾネスの事も解決してないのにどんな女運してるんですかと呆れている。
「あぁ、そういえばフィオ達居ないけどまだやってるのか?」
「激戦なのじゃ。審判をしておったエルスィは流れ弾で逝ってしまって収拾がつかぬのじゃ」
「因みに生き残ってるのは?」
「アマゾネスチームはイェネのみ脱落、うちは双子が落ちてるぞ」
うぇ!? うち負けてるのか……リュン子が呆れつつ戦況を教えてくれたが、どうなる俺のハーレム。
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