旅行に行こう

「なるほど、レヴィは見張りみたいなものか」

 したり顔で帰って来たティナを正座で反省させつつ事情を聞き出したが……俺をヴァーンシアに留め置くならば何らかの異変に際してすぐに消し去る事の対処出来る者を常に傍に置けというのがハイエルフ達の結論だった。


 リオが言うにはかなり譲歩してもらってこれだという。

 レヴィの話では七年前のやり方は随分一方的で乱暴なやり方であったがヴァーンシアの安全の為には間違いではないというのがハイエルフの見解らしい。

 だが今回の嫁たちの怒涛の陳情で譲歩する事を決めたのだとか。七年間溜めに溜めた想いの爆発は凄かったようだ。

 だからといってレヴィが嫁になる理由は全く分からないのだが。


「あれから七年です。エルフという種にとっては大した時間ではありませんが多くの仲間を失ったハイエルフわたくしたちには変化を求められる時間でした。ですがやはり、繁殖という点ではハイエルフはどの生物よりも劣るのでしょう。結果としては新たな命を一つも授かる事はありませんでした。そこで今回精力の亡者であるワタルの元に誰かが嫁ぐ事が提案されました」

「最後のところが意味分かんないんですけど……混血に拘らないって事ならエルフとか別の人間でもいいでしょう? それに嫁をもらえばいいじゃないですか」

「そこはその……永らく交流が断絶していた上にワタルを殺したという事でハイエルフわたくしたちは忌み嫌われていますので交流出来る方が居ませんので」

 だからって何故俺……殺した相手に殺した者が嫁ぐって絶対におかしいよね?


「それに、あなたを留め置くならば新しい命にはあなたが暴走した場合等の脅威に対抗する力になってもらわないといけないので強い力が求められます」

 だからって俺の子が強くなるとは限らない――とは言い切れないのかと元気な娘たちを見て口を噤む。今のところ全員強いらしいんだよな。


「それ誰が決めてるの」

「長です」

「一発殴りてぇ」

「それは大丈夫、みんな一撃入れてきたわ」

 みんなが一撃入れちゃったの!? 暴力沙汰になったのによく譲歩を勝ち取れたな。

 それにしても、考え方がロフィアに近いな……実行する辺りも。

 絶滅危惧種になりつつあるハイエルフは切羽詰まった事情なんだろうけど……どうにか断れないものか……あれをレヴィが望んでやったわけじゃないのは分かっているが、俺をみんなから引き離した張本人と一緒なのは流石に複雑だ。


「レヴィだって嫌だろう? どうにか別の方法を――」

「いいえ、この条件が決まった時にわたくしは自分で志願しました。誰に強制されたものでもありません。あの日、私はあなたに、あなた方にとても酷いことをしました。私はそれをずっと悔いていました。だからこれは良い機会なのです。これからはあなた方に寄り添い傍で誠心誠意尽くさせていただけませんか? ワタルは女好きですよね? 私の容姿は好みではありませんか?」

 瞳を潤ませて手を取るレヴィを罵倒して振り払いたい気もするが、申し訳なく思っているのは事実だろうし娘たちの前でそんな乱暴な姿を見せたくない。


「そういう言い方をされると……困るんだけど」

「ほらやっぱり言い淀んだわ。もう完全にハーレム状態に麻痺してるわね」

 それもあるかもしれない。みんなが許容してくれるから際限なく甘えている気がしないでもない。


「ママが増えるの? やったやったぁ」

 リルの澄みきった瞳が眩しすぎる。無邪気だなぁ、拒絶感が微塵も無いのは良いことなのか悪いことなのか。

「お店の手伝いが減るから嬉しいのじゃ」

 特に疑問もなく口々に喜ぶ娘たちの適応力の高さよ……元々が母親複数という普通の家族の形とは違うからか受け入れるのが早すぎる。最早俺より周りが受け入れ体勢万全な状態だ。

「みんなはそれで良いのか?」

「穏便に旦那様と暮らせるなら今更一人二人は同じなのじゃ。それに――」

「主なら皆を平等に愛せる度量くらいあるだろう?」

 一緒に居られる、その事を第一に考えた時みんなにとってはこの問題は些細な事のようだ。だから一緒に暮らせる代わりに家族を増やす、か…………。


「どうするのボウヤ? ここまで言われて応えないのは男が廃るんじゃないかしら?」

 普通に馴染んでしまっているアスモデウスに呆れ、違和感を感じつつ覚悟を決める。やっと帰ってこられたんだ、もう二度と離れたくない。一緒に居るための条件がこれだと言うのなら呑もうじゃないか。

「……よろしく、レヴィ」

「はい、精一杯尽くさせていただきます」

 不安に強張っていた表情をほどいて柔らかな笑顔を見せてくれた。

「はぁ……ワタルは女性の居る種族をコンプリートしてしまいましたね」

 ため息を吐いたリオは呆れ顔で笑っていた。

「いやいや、コンプはしてないって。アマゾネスとか犬っ娘とかうさっ娘とか狐っ娘とか羽っ娘とかまだまだ居るだろ……う? ごめんなさい何でもありません」

 うっかり反論すると嫁全員の視線が痛かった。


 久しぶりの我が家で久しぶりの嫁の手料理、料理が得意だったリオ達だけでなく皆それぞれが美味しい料理を振る舞ってくれた。

 七年経っていて母親なんだもんな、料理も上手くなるか……傍に居られなかった時間を思うと寂しくもあり悔しくもあるが、これからは傍に居られる。失った時間をゆっくり取り戻していこう。


「もぅ父様くすぐったい~」

「ん~、ティリアは脇が弱いのか~?」

 背中を流しながらくすぐってやるとキャッキャとはしゃいで身を捩る。まさか娘と風呂に入る日が来ようとは……しかも十二人。感動しながらせっせと洗っていく。

 エリスとフィアは俺を警戒しつつも様子が気になるのかみんなに付いてきているが俺には寄り付かない。

「父さんあたしも洗って~」

「ほいほい、リュエルはまだ自分で頭洗えないのか?」

「洗えるよ~。でも父さんにやって欲しいだけ~」

「父しゃま父しゃま私も~」

「父様、父様、私もだ」

 ずっと構ってやることも出来なかった父親の帰還を受け入れて甘えてくれる。それがどんなに幸せな事か、それを噛みしめながら娘達の相手をする。


「パパ私もー」

「はいよ、ちょっと待ってろよ」

 エリスとフィアとも話をしないとな。すぐには受け入れられなくても笑った顔を見せて欲しいから――。

「みな子供だな、わしは自分で出来るぞ」

「そっかそっか、ミュウは偉いな」

 褒めてやるとミューリャは得意げに頭からお湯を被った。だが慣れていないのかすぐにお湯が目に入ったと大騒ぎだ。

 俺の前で背伸びしたかったという娘の愛らしさに顔が綻ばずにはいられない。


 元気いっぱいの娘たちの相手をするのはなかなかに大変だが楽しくて時間は簡単に過ぎていく。軽く湯に浸かり俺の膝に乗って満足した娘から上がっていきエリスとフィアだけが残った。

 そういえば子供の頃は長風呂なんてしなかったもんなぁ、でもこれはいい機会だ。気まずくもあるが話をしないと始まらない。


「二人も一緒に入らないか?」

 俺を避ける為に長々と身体を洗っている二人に声を掛けると視線は一層険しくなる。でも、俺を睨む瞳は揺れていて――だからなんとかしてやらないとと思う。未熟な父親だけど未熟なりにどうにかしたい。

「どうして……どうしてパパもっと早く帰って来てくれなかったの!? ママ達いっつも泣いてた。私たちに隠れていっつも、いっつも! パパが居なくて寂しいって! それなのにパパ他の女の人と一緒に居たんでしょ!? なんでなの!?」

 あぁ……この子たちはフィオ達の為に怒っていたんだ。大切な者を哀しませた存在に対して怒れる優しい子たちに育っているんだ。


「フィオ達の為に怒ってくれてありがとう。それからごめんな。俺ももっと早く帰って来たかった――でもこれからはフィオ達を悲しませない。だから――」

 小さな衝撃と水飛沫、そしてお湯とは違うぬくもり。

「どうしたエリス?」

「もうお母さん達泣かない? お父さんが守ってくれる? 約束してくれる?」

「ああ守るよ。守りたいから、ずっと帰りたかったんだ」

 震えながらぎゅっとしがみつく小さなぬくもりがただただ嬉しかった。フィオ達が守り育ててきたものを俺も守りたい、心からそう思う。


「ねぇフィア許してあげよう? お父さん約束してくれたよ、もう大丈夫だよ」

 一緒に頑張っていたエリスが先に折れてしまった事でフィアは意固地になっているようで俺を睨むのを緩めはしない。

 それがまた怒っている時のフィオを彷彿させてなんとも愛らしい。そんな感じで顔を緩めてしまった俺を馬鹿にしていると取ったようで話は余計に拗れていく。


「私はパパなんて信じない!」

「嘘つき、フィアが一番お父さんの事気になってたくせに! お父さんが居たらみんなで遊んでみんなでお風呂入ってみんなで寝たいって――」

「そんなこと言ってない。パパなんか、パパなんか大っ嫌いなんだから!」

 刺さった! 的確に心臓を抉って行った。無条件に受け入れてくれる娘が多くて安心していたが本来こういうものかもしれない。

 理由はどうあれほったらかしにして更に別の女性に縋ってた父親――と、事実だけ並べてみると酷いものだ。それに対しての態度はフィアが正しい。

 納得なんて出来はしないのだろう、割り切れない思いが雫となって頬を伝っている。


 俺はその雫に触れようと手を伸ばす。びくりと怯え、戸惑いながらも睨む事はやめない。

 それでも退かないのはフィアの気性か、それとも本当は父親を求めているのか。

「フィア、おいで――フィアが怒るのは間違ってない。大切な人の為に怒れるのは大事なことだ。俺はそんなフィア達を誇らしく思う……でもまぁフィアがそんなに俺の事を仕方ない、お風呂上がったら出ていくから我慢してくれな」

「え……?」

 手を引くとストンと俺の膝に収まりこの世の終わりでも迎えたかのような表情でエリスと一緒に俺を見上げる。


 さっきまでの緩んでいた表情から打って変わって真剣な眼差しの俺に二人の不安は助長される。

 これはズルいやり方だ。

 でも可愛い娘にいつまでも嫌われていたくはない。これから一緒に暮らしていくんだ、だからこの蟠りは早めに片付けたいのだ。


「嫌っ、嫌嫌嫌! お父さん行かないで、お母さん達を置いていかないで! また泣いちゃう、寂しいって、苦しいって……また! 私たちじゃ慰めてあげられないの」

 エリスは慌てて俺の腕にしがみつく、俺がどこにも行かぬように、放さぬようにと子供とは思えない力で拘束する。

 フィアは自分の言動に思い悩み取り消すべきかとおろおろと視線を彷徨わせ先程までの敵意など欠片もない。


「フィアが嘘ついたからお父さん居なくなっちゃうよ!」

「っ!? ご、ごめっ――ごめんなさぁい。わた、しも、パパの事待ってたの! 居なくならないで、もうお母さんを泣かせないでぇ」

 不安に震えてしがみ付く二人をそっと撫でる。フィオ達の幼い頃ってこんな感じだったんだろうか……めっちゃ可愛い生き物だな。

「――行かない行かない。フィアとエリスが許してくれるならどこにも行かない。ずっと一緒に居るよ、困らせて悪かった」

 あやす為に頭に置いた手は二人に捕まり解放されない。この子たちだって俺の帰還を全く喜んでくれてなかったわけじゃない、そうでなければみんなに付いてきたりしなかっただろう。


 小刻みに震え鼻を鳴らす二人は次第に落ち着き、照れくさそうにしながら背中を俺に預けて自分の事を話してくれる。

 フィアはフィオ直伝でナイフと蹴りが得意でエリスはいつも組手で蹴っ飛ばされていると頬を膨らませる。

 この歳の娘に刃物を持たせるのはどうかと思うが……今まで居なかった俺がフィオ達の教育方針に口を出すのは躊躇われる。

 それに! こんなに可愛い娘たちだぞ? もし不審者が近付いてきた時に対処出来る能力はあった方がいいかもしれない。

 いや絶対に俺自身で守る気満々ですが!

 エリスはエリスでアリスの真似をしてどんな武器でも器用に使いこなす練習をしているそうだ。


 フィアは野菜が苦手でよくエリスに回してはフィオに叱られているのだとか。マシュマロが好きでパンパンになるまで頬張るからよくハムスターみたいになっているという――なにそれめっちゃ見たい!

 エリスは逆に野菜が好きでサラダが好物だとか、甘過ぎるのは苦手らしく、菓子は煎餅とかを好むようだ。

 少しずつ、少しずつ娘の事を知っていく。それはとても幸福な時間で自然と涙が零れた。


 風呂を上がって自宅の屋根に上り花舞う町を眺める。最後に見たのが七年前、またこの場所に帰って来た。帰って来られた。

「もぅ、また一人で抜け出して……ダメですよ。これからはワタルは必ず誰かと一緒居てくれないと」

「俺は小さな子供か」

「だって、また何かあったらどうするんですか? もうあんな経験は嫌ですよ?」

「俺も嫌だよ」

 屋根をよじ登ろうとするリオを引き上げて一緒に空を見上げる。

 聖樹の枝葉で星はよく見えない。ただ、その隙間から入り込む月光が花吹雪を照らす。

 ヴァーンシアここにしかない、ここに帰って来たと実感させてくれる景色だ。


「ワタル」

「ん?」

「おかえりなさい」

「ただいま、リオ」

「……ずっと、ずっと、辛かったでしょう? ワタルがどんなに私たちを想ってくれているか分かるから、ワタルがどれだけ苦しんだのかも分かります。本当に、また会えてよかった」

 寄り添ったリオは俺をその胸に抱いて優しく髪を撫で付ける。

 その行為に心の底から安堵する。求めて、求めて、求めて! それでも届かなかった大切なものに触れている喜び。このぬくもりをいつまでも感じていたい、しかし――雫が俺の顔に落ちては伝う。

 

「……寂しかった、です。家族が居る、娘も居る。そんなあたたかい場所なのに心にぽっかりと穴が開いて、埋めようのない苦しさがいつも付き纏って、これはワタルじゃないと埋められない。帰って来たんだと、傍に居ると私に教え込んでください」

 ゆっくりと瞳を閉じたリオが俺を待っている。

 俺だって苦しかった。だから分かるんだ、リオが、リオ達がどれ程苦しかったのかが。大切な人のぬくもりを感じたくて感じたくて、傍に居ると実感したくて……だから俺たちは――。

 しかしまぁ――。


「リオ、抜け駆けズルい」

 そりゃまぁ二人居なくなったら捜すし見つかりますよねぇ。

 唇が触れ合う直前に左右からリエルとシエルがずいっと顔を寄せる。流石にこんなに凝視されている中でするのは恥ずかしい。

「もぅ、シエルちゃん少しくらいいいじゃないですかぁ」

「寂しかったのはみんな同じよ。私たちなんてぬくもりをもらった直後に消えられたんだから、だからしっかり可愛がりなさいよねっ。これからは私たち大人の時間よ!」

 夜闇でもはっきりと分かるほどに頬を染めたリエルは俺の手を引き部屋へと連れ戻した。


「予想はしていたが……みんな自分の部屋があるだろう」

「七年ぶりに会えたのに一人で寝るって言うんですか?」

 いやだって嫁十四人+aと娘十二人ですよ!? いくら大部屋と言っても狭いんですよ。

 娘たちを子供部屋に寝かし込んだつもりのお嫁様方だったが父親が帰って来た興奮の冷めない娘たちは部屋に潜り込んで来ていた。

「せめて何人かに分けて――」

「ワタル様、今日くらいはみんな一緒でないと嫌です」

 クロの潤んだ瞳はもう、ダメだなんて言わせない魅力があって……それに合わせて娘たちが甘えて纏わり付いてくるものだから屈服するしかない。


「とはいえワタルの隣は二つしかない……ここは娘と妻一人ずつ、公平にじゃんけんでどうだ?」

 必勝法でもあるのかナハトは自信満々で宣言する。

 皆自分が勝つと信じて疑わない勝負の結果は果たして――。


「やったやったぁ! 妾の勝ちなのじゃ!」

 ロリチームもおっぱいチームもあっさりと敗退してミシャとシロの一騎討ちは長引いたがミシャが勝利した。

 娘たちの方はといえばなんとシロエが一発で一人勝ちしていた。

「パパ、ぎゅってしていい?」

「ああいいぞ」

 安心出来る匂いに包まれた部屋で床に就く――が、なかなかに寝付けない。

 感じる気配からしてそれはみんな同じようで――。


「なぁ、旅行に行こうか。新婚旅行で家族旅行だ。世界を巡ろう」

『ワタル様!』

 クロとシロは俺が約束を覚えていた事を喜んでくれているようで声が弾んでいる。

「旅行! リルね、リルね、色んなとこ見てお絵描きする!」

 リルは絵が得意で家族の絵を描いているのを見せてもらった。これがなかなかに上手いのだ。

 専門の勉強をさせてやった方がいいと思える程には想像で描かれた俺は似ていた。

「クロは、クロはね、パパと一緒に遊びたい!」

 クロナの言葉に反応して次々と娘の声が上がる。

 リオ達はと言えば、既に店をどのくらい休業するのかの計算に入っている。

「クロは大丈夫なのか? 国の代表をしてるんだろ?」

「大丈夫です! ロフィアさんに頼んでどうにかしますから! ですのでわたくしだけ置いていくのは無しですよ?」

「もちろんそんな事しないが」

 本当に共同でやってるのか。あの土地も変わったんだろうな……クロが頑張った成果も見てみたい。

 俺たちは楽しい旅行について話しているうちに幸せな眠りへと落ちた。

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