帰還

 ザハルの追放を終えた俺たちは一部の戦力をクロイツに戻し掃討を行った。

「白いディアボロスとドラゴンが多いな……おぉ、恋強いじゃん」

「儂も雷の扱いを指導したしな!」

 クーニャの上で城壁から走る閃光を確認して感嘆する。

 雷光は真っ直ぐに突き抜け、見事にディアボロスと複数のドラゴンを貫いた。少ない攻撃で済むようによく狙っている。

 下はフィオ達が片付けてくれているし上はナハトの聖火と俺の黒雷、戦闘ヘリで粗方片付いた。

 疲弊はしていたが大きな脅威もなく殲滅は完了だ。


 町は荒らされてしまったがあの滅亡の危機から復興したこの国ならば元の姿を取り戻すのもそう難しくはないだろう。

「あの大陸での戦闘に比べれば楽なものであったな!」

「元気だなぁ、俺はもうくたくただ」

 人の形態に戻ったクーニャは元気いっぱいで胸を張るが俺は魔物の死体を避けて座り込んだ。こりゃ片付けが大変だな。

「ワタルっ!」

「うわっぷ!? リオまだ城を出るのは危ないって」

「ごめんなさい、もう我慢出来なかったんです。無事に帰ってくれてよかった」

「ワタル様本当にご無事でよかった……わたくし戦いを見ているだけで本当に恐ろしくて…………っ」

「わーっ!? クロ泣くな、生きてる! 俺たちちゃんと生きて帰ったから!」

「クロエ様を泣かせないでください!」

 そう言うシロも泣いてるし!? ティナの能力で跳んで来たのか――連れてきた当人は良い仕事したでしょ? みたいに親指を立てている。


 クロイツ内の掃討が終わる頃には東の大陸の魔物とも一応の決着が付いた。大半は毒島と導の能力により再び死の世界へ、一部はその能力に恐れをなして雪深い山の中や南下して人里から離れた地へと逃亡したそうだ。

 逃げ出したのは知性のない獣のようなタイプではなく、コボルトやリザードマン、ゴブリン等で、力関係がはっきりとした以上人の生活圏には現れなくなるのでは、と生き残ったハイエルフは語った。


 ゴブリンは欲望のままに生きるオーク達の影響を受けて凶暴化していたが今回の一件で彼我の実力の差は明らかになりオークの後ろ楯もなくなった。元々悪事に流されやすくはあるがずる賢いゴブリンであれば自分から人間危険に近付くような事はしまいということだ。


 コボルトとリザードマンについても同様で、封印から逃れていた彼らの一部を観察した結果によれば、独自のコミュニティを作り、人里を極端に避けて暮らすものばかりであり、今回の争乱に参加していたのは封印されて鬱憤の溜まっていた者とディーによる操作を受けた連中の仕業であり、その大部分も失われた事もあってしばらく様子を見る方針に決まった。


 今回の争乱を引き起こした張本人のディーの処遇だが……逃げやがった。俺が親父の件で乱心する少し前にドゥルジに連れられ母と一緒に何処かへと飛び去ったという。

 これだけの事をしでかしたのに何の落とし前も付けずにとんずらとは……まぁ残っていても平穏無事な扱いにならないのは確実なんだから取り戻した母と逃げるのは当然の事だろうが……リディアもディーの件でハイエルフからは浮いた存在だったそうだし、ディーがザハル解放等をしたせいで残るという選択はなかっただろう。


 釈然としないが美緒のリンクがという事は既にヴァーンシアに居ない可能性もあるからどうしようもないとレヴィに言われてしまい、世界にはザハルが諸悪の根源だったと知らされた。

 落ち着きを取り戻したディア大陸にはアイオーンの森とドワーフの国の拠点を残し、ヴァーンシアの者はそれぞれの国へ、地球側の者はクロイツの駐屯地へと戻ってきた。


 兵士たちは盛大な歓声に迎えられ勝利と無事の帰還を大いに喜んだ。

 世界中を巻き込んでのお祭り騒ぎになろうかという段に俺は抜け出して家族と共にティアの見舞いへと向かった。


 世界の時間を抜き出しその身に引き受けた彼女は老死寸前にまで弱っていた。長い寿命を持つエルフの老衰、ティナのである面影はなくなってしまっている。

 それだけでもどれ程の負担が掛かったのか窺える。今は引き受けた時間を徐々に植物へと受け渡す事で回復を図っているという。

「ティア、ありがとう。ティアのおかげで俺はここに居られる、全員で帰ってこられた。本当に感謝している」

「なら、お兄様……一つお願いをしてもよろしいですか?」

 震える手を伸ばし嗄声でティアが口を開いた。


「俺に出来る事なら何でも言ってほしい」

「簡単なことです。でもとても難しいことかもしれません。姉様を、姉様たちを幸せにしてください。笑顔を絶やさず、大切なもの思い出を増やしていってください。それが私の願いです」

「ちょっとティアあなたそれだとまるで死ぬみたいじゃない。早く回復して私の結婚式に出席しなきゃだめよ?」

「すぐにとはいきませんがいずれ回復しますよ姉様。それよりもお兄様、暴走の事を話してよかったのですか?」

「……俺がやった事を知っておいて欲しかったんだ。みんなの為にも――」

「関係ない、よ」

 フィオが顔を不安に曇らせて手を握ってくる。その温かさと柔らかさから安心をもらった。そうだ、もう大丈夫だ。危険な事からは縁がなくなるのだから。

「まぁそうだな、儂はその程度気にせぬ。というかその状況でいかれぬ主は主ではないからな!」

「旦那様が危険な存在であろうともう離れぬのじゃ! それにこれからは平和になるのじゃ、旦那様が暴走するような出来事など起こりっこないのじゃ」

「異世界の脅威の再来、ですか……それは本当に大変な事だと思います。それでも、その時のワタルの深い悲しみは理解できます。是非はともかく、大切なものの為に怒れるワタルが私たちは好きですよ。さぁ! 暗いお話はここまでにしてここで祝勝会をしましょうか。ティアちゃんが一番の功労者ですからね、お城のキッチンを借りてきます」

「待てリオ私も行くぞ。ティアに元気の出るものを作ってやりたいんだ」

 リオたちに連れ立ってナハトも出ていき、しばらくして運ばれてきた料理でティアの負担にならない程度の細やかな祝勝会を行った。


 ザハルの追放、ディア大陸の解放から一月が経過し荒れた町々の片付けの終わった今でも王都はお祭りムードが消えない。

 何度も危機に見舞われ、今度こそ払い除けたのだという思いがそうさせるのだろう。王都の人々と出入りする他国の人間共に活気が今までとは違う。辛い事を乗り越えて進もうとする力強い笑顔がまぶしい。


 戦後の処理も進み、段階的に多国籍軍は帰還を始めて自衛隊以外はその殆どが自分の世界へと帰った。

 死界から助けた少女は様々な検査の結果だという結果となり帰還の許可も下りて第一陣で送り届けた。


 少女の件は異世界の国の醜悪さを広めた事件であり多くの人が知っていた。その少女が蘇り日本に戻ったというのは世界の度肝を抜く大事件として大々的に取り上げられた。無思慮な輩はゾンビだのと騒ぎ立てたが娘を抱きしめ号泣する夫妻を見て何も言えなくなっていた。

 この件で爆発的に増えてしまったのは不慮の死を遂げた者たちを蘇らせて欲しいという膨大な嘆願書の山だ。

 無理だと伝えると利益や力の独占だと叩かれ、不躾にも金を投げつけまだ足りないのか業突く張りめと罵られる事態となった。


 覚醒者になった者の中に記憶のメディア化なんて覚醒者が居たおかげで死界を開く危険性を伝えてどうにか落ち着きは取り戻したが、やはりと言うか。諦められない者も多い、誰だって生きていればどうしても助けたい人くらい出来るだろう。可能性があるのなら縋りたい、当たり前の気持ちだ。

 それでも死界あれは駄目だと思う。死そのものに満ち、怨みと憎しみが溢れ返っていた。そんな世界と繋ぐわけにはいかない。俺だって叶うのなら母さんを蘇らせて糞親父に土下座をさせたい……そしてそこを踏みつけるか蹴り飛ばすか……イライラしてきた。

 やめよう、あいつが最低なのは変わらないが救われたし体の再生が終わっても眠り続けているんだし……せっかく我が家に戻ってきたんだからな。


「ワタル様、あのお話どうしたらよろしいでしょうか?」

 困り顔のクロが料理を運んだ後にこちらにやってくる。

 ディア大陸に向かいしばらく離れている内に我が家は小料理屋になっており美人女将が三人も居て、日本で学んできた味もあるという事で結構繁盛しているようだ。


「クロを代表にディア大陸を立て直すってやつか」

 ディア大陸は解放され、既に再びドワーフやアマゾネス人間が住み着いているという話が漏れたようであの大陸を故郷とする人達が帰還を望んでいる。

 だが早々に逃げ出したデューストの王家を代表に据えたくない民たちは世界のリンクの際に生存が判明したディアの王家のクロに白羽の矢を立てた。


 クロは当然困惑したが混血者の疑いで幽閉されてきたクロならば世界の違いを問わず開かれた国にしてくれるのでは、というのが人々の思いのようだ。今回の事で異世界人への差別等も鳴りを潜めて共存が望まれている。

 それに、最終決戦で戦っていた者たちを支えていたお姫様、なんて知れてしまえば人気も出てしまう。クロが受け入れられるという状況に大いに喜んだシロだったが飛び火して自分にも人気が出始めた事に困惑を通り越して、恥ずかしいのでやめてください! と触れ回っている。


「やればよいではないか――おかわりだ」

「はい、あの……ロフィア様? おかわりはいいのですが、お代を払っていただかないと……もう二十回は無銭飲食なのですが…………」

「気にする事はない。こいつに身体で払う」

「金で払え!」

 というかそんなに無銭飲食してたの!? 家に戻る度に居るなぁとは思ってたけど全部無銭飲食!? 客じゃないじゃん。

「二十回は酷いな」

「いえワタル様、二十回で、お連れの方々を合わせると百は超えています」

 もう帰れよ!? 開いた口が塞がらないとはこのことだ。というかよくこの店続いてるな――。

「というか食わせるなよ!?」

「皆様美味しい美味しいと言ってくださるのでわたくしもシロナ達もつい……ワタル様と一緒に戦ってくださった方々ですし」

「うむ、今日も良い味であったぞ。おかわりを頼む」

 丼を差し出し茶を啜っている。金子を出す気配はない、頑なに無銭飲食をする気だ!


「うちの嫁の優しさに付け込まないでくれませんかねぇ!?」

「しかし困ったな、こうも食事が美味であると戻る気が失せる……ヴァーンシアここで暮らすか」

 無視された……居座る気だ。我が家に居座る気だ!

「無銭飲食者は自分の世界に帰ってください」

「差し当たっての問題は金の工面だな……一緒に来たのが森ではなく鉱山であればよかったものを…………」

 聞けよ!? 強制的に送り返す方法はないものか。

「……じゃあもう猫のコスプレしてアマにゃんカフェでもやればいいんじゃね――」

「いいわねそれ!? アタシにも一枚噛ませてちょうだい!」

 秀麿居たんだ……クロが常連なんですよと耳打ちしてくる。久しぶりに見ると強烈だなぁ。


「噛むってどうするんだ?」

「衣装の手配、物件の手配諸々を我が社カマーズが引き受けるわ。ついでに拠点をディアにしてチェーン展開すれば観光客や人手も集まって復興が早まるんじゃないかしら? クロちゃんの悩みも解決でしょう?」

 アマゾネスの拠点をディアに、か……いっそディア大陸の代表の件をロフィアとの共同統治にすればクロの負担が減るんじゃないだろうか?

「なぁロフィア、ちょっと話が」

「貴様いつの間にやら呼び捨てだな……話とはなんだ?」

 ゴニョゴニョっと思いつきを伝えると喜色満面となった。

「くくく、良い、面白いぞ男。共同統治とは言え大陸丸々我が国とはな! 増えた民が飢える事もなくなる。帰る理由はなくなったな、早速リニス達に話してこよう」

 結局ロフィアは何も支払わないままに退店した。


「引き受ける感じの話になったけど良かったか? 頼めばロフィアに丸投げ出来るとも思うけど」

「いえワタル様、これで良いと思います。気にはなっていたので放り出す事も出来ず、かといって一人で引き受けるのは不安でしたので統治に慣れた方がいらっしゃるのは心強いです」

「クロエ様は一人ではありませんよ。常に私やワタル様が傍に居ます。帰還のお仕事も落ち着かれたのでしょう?」

「まぁそうだな。残ってるのは永住しようかって人達が殆どだし」

「はいはーい! 私と麗姉ぇも永住しまーす」

 恋は元々あまり帰りたいという気持ちが薄かったが永住するのか。紅月も合わせた感じだろうか? クロイツ王からの謝礼で不自由なく暮らせるだろうしな。

「麗姉ぇは騎士で私はカマーズに就職なんだよ」

「なんでだよ? 恋も騎士の称号貰ってただろ? オカマになりたいのか?」

「先輩カマーズそういう会社じゃないから。オカマさんとか男の娘多いけど――」

「男の娘が多いのは子会社の男の娘カンパニーよ?」

 もう何から突っ込めばいいんですか…………。

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