同位存在

 混血者を恐怖で従わせてきた象徴が能力一辺倒なはずがなかった。大剣で身を隠した天明が黒炎の盾を失った毒島を一方的に昏倒させるかと思っていた.

 だがあいつは格闘術の動きを見せ、圧縮した空気を破裂させ天明の接近を阻み自身の動きの補助にしている。毒島のやつ何が対生物だ、裏技隠してやがったな。

「フィオ、分かっているな? 速やかに処分しろ」

 こくりと頷いた瞬間超加速して逆手に持ったアゾットを首筋に突き立てようとしてきた。

 間一髪で左手を伸ばしフィオの右腕を掴んだが叩き付けられる勢いを殺せずに吹っ飛ばされ壁に打ち付けられた。

 強敵だ。今までで最強の、一番やりにくい最も戦いたくない相手だ。これは訓練じゃない、俺がミスをしてもフィオは止まらない。それどころか抉るべき場所としてそこを的確に狙うだろう……フィオが――フィオ達が生きてきた世界……殺しが日常化して目に映した人間を標的として鏖殺する。

 そんな過酷な世界を生き抜いて並み居る混血者の頂点に居たこの娘を無傷で止める術があるのか? 先ほどまでと違い今のフィオには動揺は見られない。完成された戦士はどんな状況に置かれても標的を殺す。あいつの目に映る俺はもうただ殺すべき対象でしかないのかもしれない。


「フィオ……帰ってこい。お前はっ、俺の大切な人だ。家族になるって約束しただろ、リオ達が待ってる。俺はお前を一人ぼっちになんかさせない――だからお前の居場所は俺の隣――」

「黙って。言葉なんて無意味。私は惑わされない。あなたの命を終わらせる」

「俺は……お前を愛している。こんな世界に俺を引っ張り込んだくそったれな運命に――お前に出会えた奇跡に感謝している。知ってるか? お前は本当に可愛く幸せそうにとろけた顔で笑うんだ。俺たちの傍で、安心した表情で、俺たちの腕の中で丸くなる。そうやってリオに甘えてるのを見ると思うんだ、こいつらと家族なら幸せだろうなって」

 手を突き出し俺の言葉を止めたフィオは顔を歪め、その表情は不快とも苦痛とも取れるものだった。

「うるさい」


 感情を振り払おうと踏み込み、一気に距離を詰められてからのナイフ二刀流の連撃をタナトスのみに注意して受けたためアゾットが身体の各部をなぞり脇腹に回し蹴りをもらう。冷静を装っていても俺の言葉は不快なようで太刀筋に感情が乗っていた。血が滴るがまだ動ける、身体の調子も落ちてはいない……大丈夫だ。

「……変な話は聞き飽きた。これで終わりにする。私を殺せなかったらあなたは死ぬ……どちらにしてもこれで一人は死ぬからこれでお仕舞い」

 纏う闘気は気高く、城内に渦巻く怨念の気すら払い退ける。フィオは本気だろう、どんな結果を招こうとこれでけりをつけるつもりだ。

 少しでも躊躇すれば本当に死が待っている事を直感させるだけの迫力がある。許されない。俺はこの娘を無傷で取り戻すんだ。


 決着を焦るフィオとは逆に死が近くなった事で酷く冷静になって違和感に気付いた。ああ、なるほど……敵にしてみれば仕掛けたものが大詰めを迎えて俺たちが崩壊する最終局面だ――に来てもおかしくはない。

 冷静になった俺だけが気付いた視線、あぁ悪趣味な奴め。同士討ちをさせるのを娯楽として見物するなんて下衆の極みだ。

 だが、乗ってやる。微かに覗かせたお前のその殺意に――。

「フィオ・ソリチュード、我流蹴双術」

 え゛!? いや、ちょ――その戦法名前あったの!? ――いや今そんな事え~から! 気を抜くな――つってもフィオが待ってるし、俺はどう名乗れば……?

「え……あ~如月航、フィオ直伝剣闘術?」

 互に名乗り視線が交差した刹那に終わりが始まった。

 駆け出した互いのスピードは既に人の域なんて疾うに超えている。

 全力で激突して常人には理解できない速度で打ち合う。雷迅に加えて強化諸々込みの速度ではやや俺が上、しかし経験による動きの予測と腕力では明らかにフィオが上を行く。次第に押され始め壁際に追い詰められる前に弾き飛ばして大きく距離を取った。次が最後の一撃、俺たちはそう確信した。

 フィオが先に動き出した。遅れて俺も走り出す。

 狙いは分かっている、タイミングを間違えるな。研ぎ澄ませ、敵意を見抜け、自身の精度を極限まで上げろ! フィオたいせつなものに指一本触れさせるな!


 超神速での激突、フィオのアゾットは俺の胸を刺し貫いた。

 迫り上がってくるものを抑えきれずに吐き出した。あぁ、こんなに血が出るもんなのか。

 紙一重で躱したつもりがきっちり合わせられたって訳だ。それでも心臓からは逸らせたんだから上出来か。

 そして、俺のレーヴァテインは――フィオの左肩の上を抜けてその背後に迫っていた悪意の心臓を見事貫いていた。

『ゴホッゴホォッ!? こんなはずでは……これで一網打尽に出切るとあの方は……ゲハッ!?』

 心臓を貫いたんだ。俺も重症だがこいつは終わりだ。ざまぁみやがれ……ハイオークは醜悪な顔を苦悶に歪めて倒れ伏した。でもこいつがディーがじゃないのは残念だ。って事は黒幕がまだ居る。恐らくそいつがディー……天明と毒島にはどうにか協力を――。

「どう、して……? なん、で……受けた、の……? どうして、私を助け、たの……? 終わる――終わったはずなのに、なんでこんなに、胸が痛いの? なんでこんなものが……涙なんて今まで一度も――」

「初めてじゃない。お前は何度も俺の為に泣いてくれてるよ。お前は本当はそういう優しい娘だ」

 命が零れ落ちていく中でそれでもフィオ抱き締めた。この温もりがあるなら俺は――まだ死ねない!

「嫌……嫌……嫌っ! なんでこんな……嫌、駄目っ。死なないで……いなくならないでっ! ここに……居てっ、私の……私の隣に――」

 記憶が戻ったのかと期待してしまうが戸惑いの表情からそうではないと分かる。やっぱり原因を叩くしかないんだろう。

「大丈夫だフィオ、ずっと一緒だって約束したからな。俺はまだ死ねない。まだ誰ともいちゃラブしてないしな?」

 宥めようとフィオの頭に右手を持っていくが上手く動かない。こりゃ相当効いた――毒島がこっちを――。

「させるものかーッ!」

「貴様のその大剣もそろそろ鬱陶しい。屑鉄に成り果てろ」

「この魂の剣は俺の意思に呼応する。俺はあなたに負ける気は一切無い、大人しく眠ってください」

「貴様が永久に眠れ」

 床を蹴り毒島を翻弄する動きを見せた天明の背後で圧縮された空気が弾け毒島の視界内に押し出された。マズいっ、閃光で援護を――電撃を放つが集中の欠けた状態で放った閃光は天明を覆い隠すには至らなかった。天明の左腕はあり得ない形に変形して圧し潰された。

 それでも天明は大剣を支えにしながら毒島の視界から逃れた。そして、まだ大剣の裏に居ると思い込んでいる毒島の背後から手刀を落とした。


「あっちも終わったが……ボロボロだなぁ」

 痛過ぎて感覚無くなってる気がするし……このぶっ刺さってるアゾット抜いたら絶対死ぬよなぁ。抜かなくても死ぬだろうけど、外にアマゾネスが居るならサナも居るだろうか――。

「ちょっと!? どうしちゃったのあなた。ねぇワタル! 様子が変よ。大剣の子が……息はあるみたいだけど糸が切れた人形みたいに突然気絶したわ」

 気絶した連中を一箇所に集めていたティナが異常に気付いて天明を助け起こしている。毒島の力の余波か? それにしては――フィオも気を失っている。

「アリス、アリスは大丈夫か?」

「……駄目ね。ピンクの娘も気を失っているわ。それでもみんな外傷は殆ど無いわ――それよりも……ワタル、この近くにエルフは居る? あなたの傷は一刻の猶予もない……あれ? 血、止まってない?」

 ティナの指摘を受けて血塗れの胸に目を向けるが確かに出血が止まっている。血を吐いたのもさっき一回きりだし痛みもない。それどころか今まで受けた傷が消えている。

「ティナ、アゾットを抜いてくれないか?」

「そんな事したら血が一気に噴き出すわよ!?」

「いや……多分平気だ」

 これがレヴィリアさんがくれたアミュレットの力なんだろう、無茶をする俺には効果を教えないってのはこういう事だったんだろう。当てにして傷を負いまくるなんて馬鹿な事だと思うし。


「本当に、いいのね? ……死んだら許さないわよ!」

 ティナがゆっくりとアゾットを引き抜くと刃が抜けたそばから傷が塞がり痕すらなくなった。それと同時にアミュレットは砕け、塵となり消え去った。

「本当に、無事ね。良かったっ」

 ティナに押し倒されて頬擦りをされる。記憶は戻ってないだろうにスキンシップ過剰なのは変わらないなぁ。

「それにしてもなんでティナは気絶してないんだ? 何か原因が――アミュレットの破片?」

 ティナの髪に光るものを見つけて髪を掬うとアミュレットのペンダントトップの破片らしきものが手に残った。戦闘中に絡んだのか? これが原因だとするなら天明達の気絶は能力に因るものだ。


「ティナ、みんなを頼めるか? 毒島たちは記憶が戻ってない可能性があるから目隠しを忘れずにな」

「ワタルはどうするの?」

「原因を潰す。また一から好きになってもらうのも楽しい経験かもしれんがやっぱ不便だろ。危ないやつも居るし――それにこれだけ無茶苦茶やってくれたんだ……きちんと返礼してやるのが礼儀ってもんだろう?」

「めちゃくちゃ怒ってるのね……いいわ、ナハトが起きたら追うから行ってきなさい」

 当たり前だ。お前たちの記憶から自分が抜け落ちた時の絶望感……絶対に許さん。


 階段を上り城の奥へと踏み込んでいく。空気は異様だが敵の気配は感じない……さっき仕留めた奴しか居ないなんて事はないだろうし上の階に進むほど嫌な空気が濃くなる。

 最上階の淀んだ空気の最も濃い場所――仄暗い玉座にその男は居た。

『来たか。ほう? 無傷か……クク、余興は楽しめたようだな』

 暗くて顔は確認出来ないがこの声は確かにあの時頭に響いた声だ。

「ああそうだな、おかげで大切な人にもう一度惚れてもらうって貴重な経験が出来たよ。返礼としてお前を叩き潰してやる、お前の望み通りにはさせない」

『なるほど、妙な入れ知恵をしている者が居るようだな……まぁいいだろう。既に俺の描いた絵は完成しつつある、そしてお前にしてもらう返礼は既に決めてある。さぁ、始めようか?』

 明かりが灯り玉座に居る男の姿がはっきりと確認できた瞬間俺は戦慄した。なんで……? なんで俺と同じ顔をしている!? 耳の違いはあれどあれは見慣れた自分の顔に瓜二つだ。

『クク、外法師に聞いてはいたがこれだけ似ていると妙なものだな。数多引き込んだ異界者の中で俺の必要とする能力を持つのが俺に近い姿をする者とはな』

「な、なんだよそれ……なんで俺がハイオークとそっくりなんだよ!?」

『何を不思議に思う。世界は広く、無数にある、同じ姿の者が居たとしても不思議はあるまい。こうして巡り会ったのは奇縁ではあろうがな――敵の首魁は醜いとでも思っていたか? 俺は母の血の影響を強く受けハイエルフ寄りの存在なのだ。さぁ、お前のを見せてみろッ』


 動揺していた俺にその動きは完全に不意打ちだった。微かに動き出す動作をしたと思った時にはに側面に現れて身体を打ち抜くような衝撃を与えてきた。

 鞘にしまったままの剣を振り抜いたのだと分かったのはいくつか壁をぶち破り次の壁に打ち付けられて床に倒れてからだった。剣を抜いていれば今の一撃で終わっていた。遊ばれているのか。

 速い……恐らく今の俺やフィオよりも……これが敵の大将、こんなのが復活させようとしてるオークキングってのはどれ程の化け物なんだ? ハイエルフが殺さずに封じてるってのを考えると……怪物ってことなんだろうな。


「やれやれだ」

 同じ異常が表れる可能性があるから援軍は呼べない。何らかの力を受けて気絶している以上フィオ達も来ないだろう、俺が気絶させた者も影響下だったとしたら起きはしない可能性が高い。無防備なフィオ達を守る為にティナは残る必要がある。

「孤軍奮闘するしかないってね……ああやるよやってやるよ! どのみちあいつをぶん殴りに来たんだ」

 雷迅で加速し壁を切り裂き玉座の間から動いていないディーに斬り付けた。加減などしていない、全力で斬り付けた一刀は容易く受け止められた。

『姿は同じでも人間ではこんなものか? これでは遊びにもならんぞ。そらもっと本気を出せ!』

 重い一撃を流しきれず受け止め再び吹き飛ぶ。踏ん張っていても勢いが殺せず壁際まで追いやられた。

 悔しいが身体能力じゃ敵わない、黒雷で奴の動きを制限して追い詰めないと――。

『考えている余裕が貴様にあるのか? 死ぬ気になって能力を使え』

「言われなくてもッ!」

 眼前に迫った奴を振り払おうと黒雷を溢れさせる。それを軽々と躱し不敵な笑みを浮かべる。

 幾条もの黒雷を放ち不規則な動きでディーを追う。躱されてもいい、奴の動きを制限する、そうして奴がこちら思惑通りに動いたところへ黒雷を纏ったレーヴァテインを打ち込むッ!


『今のは良かったなァ? だがまだ足りない。本来貴様の能力は俺と同じく世界を繋ぐ系統のものだったようだが……攻撃に傾倒して本来の能力が薄れたか? 俺が用があるのはではない』

 黒雷を纏った一撃が通じない!? 電撃を無効化出来る能力まであるのか? こいつ一体いくつの能力を――。

『さぁ出せ! 貴様のその能力ちからを!』

 こいつの口振り……黒雷を使うのはマズいか? 世界を繋ぐ系統だとか言っていたが、俺を利用して何かする気満々じゃないか。

『隠すか。貴様にそんな余裕も権利もない……俺は待った。永き時を、この日を待ち続けた。邪魔をすることは許さん!』

 息をつく暇もない斬撃の連打、黒雷を使ってディーの動きを制限しないと瞬く間に叩き潰される。でもこいつには効果がない――考えろ、なんで無効化出来るのに奴は躱していたんだ? 『俺が用があるのはではない』? 俺の能力は本来世界を繋ぐものらしい……だが攻撃に傾倒したせいでそれが薄れた……奴が必要としているのは世界を繋ぐ力……躱していたのは必要のないものだから? 黒雷の中の世界を繋ぐ力の比率が低かった? 比率の変化どころかそんなもの意識したこともなかった。

「っ!? くそっ! 雷迅でフルに動いてんのに――」

 流していた斬撃は次第に身体を掠め小さな傷を無数に作っていく。直接殺す風じゃない、弱らせる事が目的のような攻撃だ。

 繋ぐ力の比率が高い黒雷には触れてそれ以外は躱す……なら目的は俺の黒雷の吸収、能力を結晶化させる奴が居たはずだ。それがディーじゃなくても結晶化させる能力を結晶化させておけばこいつも使える。なら俺が取るべき方法は――。

「攻撃一辺倒を意識すりゃいいんだろうがッ!」

 攻撃を、相手を害し殺める事を強く思う。比率の変化なんて経験がない。

 それでも俺の雷の変化はいつだって戦う力を望んだ時だった。なら自分の意思である程度傾けられるはずだ。

 黒雷で荒れ狂う黒竜を作り出してディーを襲わせる。二頭しか作らなかった分制御はしやすい、どこまでも追尾させて追い詰める。

『チッ……くだらんお喋りが過ぎたか。つまらぬ事に気付いたようだな、ならばやり方を変えるまでの事――グッ、ヌゥ!』

 ディーは黒竜の頭を掴み消失させた。どのくらいの割合で力が含まれているかは分からないが躱す必要がある程度には攻撃に偏重していたはずだ。それでも尚吸収しやがった。それとも意思だけではどうにもならないのか?

『くだらん小細工の返礼だ。くれてやる』

 っ!? さっき俺がディーにしたのと全く同じ攻撃!? いやでも――威力が落ちている。こんなものレーヴァテインで切り裂く! 両断された黒竜はレーヴァテインが纏う黒雷に勢いを飲まれて収束した。

「俺に俺の能力が効くかよ」

『そのようだ、だが俺にも効かぬ。さぁどうするかな人間?』

 余裕を崩さず嗤うディーの顔は自分自身と戦っているようで気持ちの悪い不快感がある。

「こうするよッ」

 十の黒竜を作り出して襲わせる。うねり纏わり付くそれを易々と躱し迫るディーと斬り合う。身体能力でフィオより凄い奴が居るなんて思いもしなかった。それでも勝たないといけない、能力を引き上げろっ! 限界を超えろ! 外はみんなが片付けてくれる。ならこいつはここに居る俺が倒すしかないだろ。

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