蒼い瞳の女

 剣戟はヴェッリルの山々に木霊し響き渡る。激しい打ち合いは疾うに百合を超えているが勢いは緩むことがなく、寧ろ激しさは増している。

「なんか見物人が増えてないか? 見られてるとやり辛いんだが」

「この速度の切り合いなんて向こうの世界の人達には珍しいんだろう」

 いやこっちの世界でも珍しいだろ、俺たちと同じ速さを出せるやつがほいほい居たら恐ろしいわ。

「それに、可愛い娘なら尚更見たいだろうしね」

 そう言って俺の剣を躱した後フィオとアリスにちらりと視線を向けた。俺と天明から少し離れた場所ではフィオ達が組手を行っている。高速の攻防は実戦そのもので、本気で相手を叩き潰そうとしているようにすら見える。が、一体どれだけの人があの目まぐるしく攻守の入れ代わる攻防を理解できているのか……見えていない人が大多数な気がするが――。

「うぉっと!? あぶねー、殺す気か!」

 眼前を巨大な刃が通過するのに驚き後方に転回して距離を取った。

「余所見してるからだ。まぁ見物対象は嫁を増やし続ける大色魔もみたいだな」

 誰が大色魔だ…………。

「ふぁ~、気が抜けた。休憩にするか?」

「そうだな、折檻で本調子じゃないみたいだしな」

「もう治ってるっての」

 ニヤりと笑った天明の肩を叩いて端に移動した。脚の調子は悪くない、今は雷迅を使えばスピードは天明よりも僅かに俺が上回る程だ。だが腕力で負けている分どうしても押し負けるんだよな。馬鹿力め…………。

「食うか?」

「クッキー? 補給にこんなものあったか?」

「リオクロシロの手作りだよ。この前来た時に置いていったんだ。美味いぞ」

「いいのか?」

「ああ、ただの嫁自慢だからな」

「なるほど、なら少しいただくよ……これは、確かに美味いな。バターの香りと程良いサクサク感が……なるほど自慢だな」

 包みからクッキーを取り出して齧りながら草の上に寝転がる。予定では今日には剣が完成する。他の諸々の準備も今日中に完了して明日には出発する事になっている。

「次、どうなるんだろうな」

「何かが喚ばれている可能性が高いって予測されているからね。今回のような救出戦になる可能性もあるかもしれない。森があるなら潜む事に長けた魔物からの不意討ちも考えられるし――」

「めんどくさいのは確実か。さっさとラスボス倒して帰りたいもんだ」

「いきなりラスボスに行けば取り巻きが残った状態だからかなりの乱戦になって被害が増える、今みたいに敵が分散しているのを各個撃破出来る状況は逆にチャンスだと思うけどね。まぁ、航の気持ちも分かる。俺もソフィアが心配だからさっさと済ませたい気持ちはあるから」

 二人して空を見上げて帰りを待ってくれている人を思う。俺はこの間会ったが天明は随分と会っていないし心配事も多いんだろう。


「ワタル君! 見てくれ! 出来たぞ、傑作だ! 仇なすものに破滅を齎す魔剣、レーヴァテインだ!」

 闇のような黒と血のような濃い赤に彩られた禍々しい鞘から抜き放たれた長剣は――剣身は漆黒、刃は真紅、剣身の形状こそ元々の俺の剣やミシャが作ってくれたカラドボルグと似ているが切っ先の鋭さと剣身の幅は増し、刃の片面は柄頭まで伸びて護拳の役割を成している。剣身に文字のようなものが浮かび上がっているが、真紅の模様はエルフの紋様師の使うそれとは違うように感じる。

「こりゃまた禍々しい形に……というか壊れたのは短剣だったはずなのになんで長剣に…………」

「興が乗ったというか、ワタル君に似合うものを追求していたらいつの間にかミシャと一緒に趣味の世界に……えへっ」

「短剣なら使い分けが出来るけど、長剣三振りなんてどうするんだよ」

「全部使えばいいじゃないか」

「使えるかっ、俺の腕は二本だ! はぁ、まぁいいや――これ重いな」

「軽さも重視したカラドボルグと違ってレーヴァテインは全てアダマンタイトで出来ているのじゃ。多分タカアキでも壊せない分少々重くなってしまったのじゃ。それと、アダマンタイトの特殊加工と紋様の相性が悪いらしくて紋様は無しなのじゃ」

 紋様と違うと感じたのは間違いじゃなかったって事か。血文字のようにも見えるが、これがまた禍々しさを増幅させている。天明の大剣が勇者の剣ならこっちは魔王の剣だ……デザインは嫌いじゃないが、何かモヤる。

「特殊加工?」

「バカミシャ、不用意に話すなって姉さんに言われてるでしょ!」

 いやリュン子のその反応もアウト、聞いてるのは天明だけだからあまり気にする必要も無いだろうけど。

「た、タカアキ忘れるのじゃ、何も思い出してはダメなのじゃ!」

「ははは、何か秘め事かな? なら俺はフィオちゃん達の方に行ってるよ」

 天明は深く詮索する事はせずに軽く手を振って俺たちから離れていく。

「天明で良かったな……ミシャも特殊加工について聞いたんだな」

「一緒に作業するし将来的に家族になるって事で姉さんに許可をもらったんだ」

 勝手に家族に加わる事が決定している!?

「……それで、こいつの性能は? 剣身がカラドボルグより巨大化してるが特殊加工の関係なのか?」

「ん? 違うぞ。ワタル君が使う技……なんだっけ? 見えない速さで玉を飛ばすやつ、あれをやるのに大きい方が良いって聞いたからな。ワタル君が扱い辛くないギリギリを測って大型化したんだぞ。それとこれな」

 リュン子が手渡してきたのはじゃらじゃらと音のする革袋、中身は予想通りレールガン用の弾丸、色合いからして恐らくアダマンタイト製だろう。オリハルコンを超える高硬度金属を大量に使った装備……言うのは野暮だろうが物凄い金額な気がする。それをぽんと渡してくるリュン子……これを受け取るって事は受け入れるって事になってしまうんじゃないのか? 剣を受け取る事を躊躇っていると、リュン子がニッと笑いかけてきた。

「あたしとの事を気にしてるんだろ? これはお礼とお詫びだぞ、だから気にしなくて大丈夫、だから笑って受け取ってほしいぞ」

「……そうか、ありがとう」

「あたしの方こそ、助けてくれてありがとうな。大丈夫なはずだけど一応振ってみてほしいぞ」

 言われてその場で剣舞のように斬撃を放つ、重さも大きさも違う分最初はぎこちなく、次第に慣れて思った通りの軌跡を描く。

「なるほど、ちょい慣れが必要だな。あとはレールガンだが剣身が伸びたとはいえそんなに射程は変わらないんじゃないかな――っ!?」

 レーヴァテインを構えてアダマンタイト製の弾丸を離れた位置にある分厚い氷壁の残骸に向けて放った瞬間氷壁に罅が走った。なんだ今のは!? 俺が調節した威力を軽く超えてたぞ。慌てて確認に向かうと弾丸は容易く氷壁を貫通して行方が分からなくなっていた。

「リュン子、何したんだ?」

「おぉ~、そう聞くって事は上手くいったみたいだな。あたしが施したのは身体強化、それから能力の拡張だぞ。特殊能力の持ち主なんて向こうには殆ど居ないしお目にかかる事なんてなかったからそれに合わせた物なんて作った事なかったけど、上手くいって良かったぞ」

 拡張? 瑞原の能力みたいなものか? それでさっき俺の能力が増したのか? そういえば何度か金属の鍛錬中に能力の使用を求められたが、これの為だったんだろうか? 状況が理解できずにレーヴァテインとリュン子に視線を行き来させる。

「因みに、すっごい難しかったから同じ物は作れないぞ。ミシャに手伝ってもらってようやくって感じだったからな」

「そうか……ナハトとか紅月用の物が出来ればって思ったんだが難しいのか」

「妾とリュン子の渾身の合作なのじゃ。調整も物凄く難しかったし、この水準の物をもう一度というのはかなり時間が掛かるから仲間に配布というのは現実的ではないのじゃ」

「その割には数日で鍛え上げたよな? こんなに早く出来るものなのか?」

「それだけ集中したって事だぞ。自分の最高を維持し続けた数日間だっ、た…………」

「えっ!? おいリュン子――」

「そう、なのじゃ……頑張った、のじゃ…………」

 ミシャも!? 二人とも倒れ込みギリギリのところで受け止めた。既に二人に意識はなく安らかな寝息が聞こえる。寝ずにやってたのか……よく見りゃ二人とも凄い隈が出来ている。

「頑張ってくれたんだな、ありがとう――」

「そうらぞ! がんばっら! ぞぅ…………」

 寝言か、ビビらせんなこいつめこいつめ、揉み倒してやる。頬と肩をだが。げっ、リュン子の頬揉み心地良いぞ。フィオには劣るがなかなかだ。

「わ、ワタルさんがニヤニヤ笑いながら寝ている妹に悪戯している!? そ、そんな事をして、責任は取ってくださるんですよね!? リュンヌを捨てたら許しませんよ!」

 怖いお姉さんに見られてたー!? ついでにアリスにも見られてた……お前組手してたんじゃないのかよ、天明と交代したアリスがとことことこちらに向かってきた。

「まったく、ワタルはすぐそんな事するんだから…………」

「えぇ……労って肩揉んでただけだろ。それよりソレイユさん、西野さんに告ったんですか?」

「告っ!? えぇっと、それはその! あのあの、私用事がありますので失礼しますね! リュンヌの事大切にしてあげてください、この娘が私以外に尽くそうとしているのは初めてなので、よろしくお願いしますね!」

 誤魔化しついでに西野さんの名前を出したら途端に湯気でも吹き出しそうな程に茹で上がったソレイユは一気に捲し立てて逃げていった。

「あれ、成功してナニかあったな?」

「そうね、ニシノが結ばれるならこれからは変な視線を向けられる事もなくなるわね。良かった~」

 女の子は視線に敏感、そんな視線を向けられてたのか……今度絶対文句言ってやる。


 翌日、俺たちは緩やかに進軍を開始した。進路上にはベートのような獣系の魔物が多く徘徊しており、数発体に銃弾を受けた程度では死なないという問題があったが手数で圧倒する事で進行を止める事はなかった。道中の廃村、町の廃墟には人型の魔物が多数潜んでいて能力持ちのハイオークも居た。結界の管理をしている者には劣るものの、高い身体能力と魔物の大群の幻影を駆使して戦車や銃器を奪うなどしてこちらに被害を齎した。獣の群れや廃村での散発的な戦闘を繰り返しながら結界の管理者を探す。道中の、魔物が住み着いている廃墟から数人の女性の遺体を発見する事があったが倒したハイオークからキューブは発見されなかった。遺体は損傷が激しく大した情報は得られず調査の後埋葬された。そんな状況を何度か繰り返し予告されていた森へと辿り着いた。


 大きな、本当に大きな森だ。クーニャと一緒に空から確認した限りでは、ほぼ東の海岸辺りから西の海岸辺りまで横に広がり迂回する事は不可能な程の広大な森だ。その上この豊かな森には巨大な木々が狭い間隔で生い茂り車両の侵入を拒んでいる。今回も陣を森の向こう側に設置して越えるという必要があるようだ。

 歩兵を森に入れる前に上空からの調査が行われたが東側と西側に別れて北と南の中間辺りにいくつか泉が点在している以外は生い茂る巨大樹の枝葉が覆い隠しており細かい状況等は分からず、程なくして歩兵部隊による調査が開始されることになった。調査は進路であった森の西側から進入して北へ向かう、この森が異世界のものである可能性を考慮して異常があれば即時撤退のもと調査が開始された。

「でっけー木だな、初めてこの世界に放り出された時の事を思い出す」

「ワタルは森に放り出されたの?」

「最初は草原だったんだけどしばらく歩いて森に入ったんだ。あぁ、思い出したら憂鬱に……まぁあの場所だったからこそリオやフィオに出会えたんだろうけどな」

「ん。ワタルに出会えた事、嬉しい」

 薄く頬を染めたフィオが手を握ってきたのを優しく握り返した。すると満足そうに微笑んで手を放した。何があるか分からないからな、両手は空けておかないと。

 他の存在の気配を感じる事もなく森の中を進み、そろそろ一度休憩を取ろうというタイミングでそれは起こった。

「ぎゃぁあああっ!? 何っ!? 何で俺の手が!?」

「足、俺の足……頼む、助けてくれ」

 前を歩いていた兵士の四肢や首がいきなり落ちた。なんの前触れもなくだ。熟れた実が落ちるようにぼとりと……いや、断面が鋭利な物で斬り裂かれたようだ。敵の攻撃!? そんな気配は一切しなかったぞ――振り返りフィオとアリスを見るが二人とも首を振る。二人にも感知出来ていない!?

「如月さん! 一体何が――なんだこれ!? 敵は!?」

「宮園さん無事でしたか。そっちでは何か見てませんか? こっちでは敵の姿も気配も感知できてないんです」

「いや、先頭では何も――」

「おいっ、手を貸してく――え?」

 負傷した兵士を助けようとした兵士の首が落ちた。他にも同様に救護に動いた兵士が負傷している。

「ワタル! 無事か!? 後方は半分が負傷した――」

「ナハト動くな!」

 後方から全速力で駆けてきたナハトが俺の声で動きを止めた。どうも動いた者が狙われている気がする、気配も姿も見えない状態だと不用意に動けば俺たちも切り刻まれる。

「魔物だーっ!」

「っ!? 総員負傷者を救護しつつ撤退! 手の空いている者は魔物を近付けるな!」

 銃声と共に怒号が響き渡った。デイビス隊長の判断は早く、すぐに撤退命令が下った。人体切断の原因が分かってないのに魔物まで――。

「ナハト! 森に燃え移らないように進路を焼け! フィオとアリスは負傷者を運んでくれ」

「任せろ!」

 トラップなのか見えない敵の攻撃なのか分からないが進路を炎で囲えば敵も簡単には近付けないはず、何か仕掛けられているとしても焼失して機能しなくなれば生存率が上がる。

「ワタルは?」

「殿をやる。電撃なら遠距離で広範囲をカバー出来るしな、こんな風に!」

 レーヴァテインを抜き放ち先端から黒雷を迸らせた。黒い光は扇状に広がり伸びてオークやコボルトの体を撃ち抜いていく。

「全員急げ――ぐぁ!? 炎の道を、そこ以外に出るな!」

 叫んでいた隊長が炎の外で応戦しようと銃を魔物に向けた瞬間銃身と共に右手が落ちた。先頭を進んでいるナハトは無傷のようだから焼いた進路は安全なはず、そこを辿れば――。

「チッ、多いな。ぐずぐずしてるから宮園さん孤立しちゃいましたよ」

「しゃーないじゃないですか。こっちは二人に肩貸してるんですから、早く片付けちゃってくださいよ」

 二人を支えている宮園さんを守っている内に先回りした魔物に道を塞がれてしまっている。

「やってますよ――い゛い゛!? 敵味方関係ないのかよ」

 焼いた進路を塞いでいたオークの体が上下に別れた。炎が消えて見えない敵が進入可能になったのか? これで安全な逃げ道が分からなくなった。

「とりあえず、お前ら邪魔だ!」

 黒雷を鞭にして薙ぎ払い俺たちを囲っている魔物を感電させ倒して数の減った箇所から脱出を図る。

「うっひゃ~、相変わらず滅茶苦茶な能力。でも炎の道じゃなくて大丈夫っすか?」

「代わりに電撃で払ってますよ――がっ!?」

「如月さん!? 如月さん!」

 前方から突撃してきたコボルトに応戦していたら不意に頭部に衝撃を受けて倒れ込んだ。何が……? 石? 指弾? 駄目だ。意識を手放すな、このままだと確実に囲まれて死、ぬ…………。


 闇……何がどうなった? 身体が妙にダルい……感覚があるなら死んではいないはずだ。次第に闇は薄れ意識が覚醒した。目がぼやける。頭に攻撃を受けたせいか……他に身体に異常は……っ!? 手が頭の上で縛られている。魔物に捕まったのか!? 状況は、一体どうなって――。

「なっ!?」

「なんだ、起きたのか。随分長かったな」

 なんか見知らぬ女が俺の上でキノコ狩りしてるんですけど!?

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