押し寄せる腐食

「くそっ! なんでこんな事に、あいつら魔物との戦いで率先して前に立って戦った勇敢な氏族なんじゃなかったのかよ!?」

 遠藤は怒気を露わにして足下の石を思いっきり蹴り上げた。遠藤の苛立ちは分かる、まだ残り二峰あったとはいえ話をすべき氏族の長は今回で最後のはずで準備さえ整えばドワーフ達を安全に脱出させる事が出来ていたはずなんだ。それがこんな半端な形で決行する事になるなんて…………。

「それ故……なのでしょう。戦いに身を置く者であれば仲間が倒れていく事もそれなりに覚悟しているものですが、土人形を交えた魔物との戦闘は異常でした。すぐ傍で戦っていた者が倒れるだけならまだしも腐臭を放ち醜い姿に変わり果てて、文字通り崩れていく。腐敗した肉で溢れ弔う為の亡骸すらない、シュテルケ様は先頭で誰よりも多くその光景を見たはずです。二度とその光景を見たくないと、こういった行動に出る可能性も考えられた。私の考えが至りませんでした。勇敢なあの方ならきちんと話せばもう一度立ち上がってくださると信じたかった……もう一度説得を――」

「あれは無理だと思いますよ。恐怖に飲まれて全員こっちの話を聞く状態じゃなかった。捕らえろと言いながら向かってきた奴全員がありありと殺気を纏ってた、あの場に居たらズィアヴァロに会う前に首と身体がさよならしてましたよ。叩き伏せて説得ってのも歴戦の戦士相手ならなかなかに難しそうですけど」

「厄介な事になっちまったなぁ。多国籍軍が約束したのは全てのドワーフの解放だってのにその相手が敵に回っちまったぞ」

 遠藤が言う通りシュタールと敵対することになったのも問題だが――。

「それよりも問題はアハト以降に居るシュタール以外のドワーフ達だ。俺たちの事がバレた以上秘密裏に脱出ってのは不可能になってるし、無事だといいけど……まさか同胞に武器を向けて俺たち用の人質にしたりはしないよな?」

「そんなっ!? あり得ません。シュタールの者は皆誇り高い戦士です。人質を使うなどという姑息な手を使うはずありません! 況してや同胞に刃を向けるなど……ないはずなんです。皆仲間思いで、傷付く者を減らそうと先頭に立ってくださっていたんです。そんな事、あり得ない」

「そう願うわね。人質とかあからさまにワタルに効果がありそうだし」

 アリスの言葉に同調してフィオが心配四、呆れ六な視線を否定しなかった俺に向けてくる。だって自分の行動一つで他人の命が左右されるなんて動揺するだろ。

「連絡です。ズィプトまでの七峰全て順調に脱出が進んでいるそうです。強制労働者も人質達も次々と安全圏に待避して本隊に合流しています。まもなく全員の脱出が完了するそうです。ソレイユ様、子供達も無事ですよ。それとこっちにはクーニャさんが――」

 不意に空が暗くなり空を見上げるとクーニャの姿があった。助かった、西野さんもリュンヌも全然目覚めないしソレイユも未だに自分じゃ歩けない状態だ。休ませる為にも一度拠点に戻る必要があったからな、バレた以上クーニャでの移動も問題ないだろう。

「そんなっ!? どうしてあのような巨大なドラゴンがっ!? ようやくシュテルケ様たちから逃れたというのに、これが虎口を逃れて竜穴に入るという事ですか……このような時に動けないとは、まだ死ねません! 皆さん、どうにか遁走を!」

「あぁ、ソレイユさんあれは――」

「主ーっ、無事かーっ? 怪我はしておらぬか? 今そっちに――ぐぬ!?」

「にょわーっ!? 硬いクーニャの鱗に罅が入ったのじゃ!? 旦那様ーっ、敵が来ておる。はよう掴まるのじゃーっ」

 降下していたクーニャ目掛けて複数の斧が飛来して硬い鱗を削り破片が降ってくる。アダマンタイト製の武器はクーニャの鱗さえ傷付けるのか!? レールガンですら防いだんだぞ!? 特殊加工品か……これだと降下出来ない……かなり引き離したと思っていたがシュテルケ達はまだ俺たちを追う事を諦めていなかったのか。俺たちの元にも飛来する小型の手投げ斧をアリスが大盾で防ぎ、フィオは見切って柄を蹴り軌道を変えている。その隙にミシャが下ろしてきた蔦を引っ掴み動けないソレイユ達を縛りあげる。

「クーニャ上げろーっ。フィオアリス行くぞ!」

 俺たちが浮き始めるまで攻撃を防ぎ続けていた二人を呼び戻して一気に上昇した。が、尚も斧は飛来する。それをアリスが盾の持ち手を足に引っ掛けた状態で蔦渡りのように身を振って動き回り防いでくれる。お前はジャングル育ちか…………。

「アリスあんまり動くななのじゃ! いくら丈夫な蔦でもこうも動き回っておったら切れて――あっ」

「アリスーっ! あぶ、危ねぇ……間一髪。大丈夫か?」

「う、うん。平気、ありがとう。あいつらやるわね、この距離でこの細さの蔦に命中させるなんて」

 狙ってやった訳じゃないと思うけどな、アリスが掴んでいた蔦が切り裂かれあわや真っ逆さまに落下するところだった。運良く手を掴めたのはいいが――。

「めちゃくちゃ重いな」

「ちょっと! 私が重いみたいに、盾よ盾! この大盾が重いんだからね!」

「やめろ暴れんな、手が放れそうだ。そっちでしっかり掴んでくれよ」

 情けないがこの負担は相当だ、力が続かない。よくこんな重さの物を足に付けて身体を振れてたもんだと改めて驚くばかりだ。

 クーニャに引き上げられてその大きな手に収まる事でようやく人心地がついた。

「こっ、こっ、こっ――」

「鶏?」

 ソレイユが手の中からクーニャの顔を見上げて小刻みに震えながらそういう鳥のように声を漏らし続けている。

「違いますっ! な、何ですかこのドラゴンはっ!? 異世界の軍隊はこのような巨大なドラゴンまで手懐けているのですかっ!?」

「あー、そういえば姫さんには話してなかったんだったか。拠点に居た時に如月の回りをうろちょろしてたちびっ子が居ただろ? あの子だよ」

「えっ!? あのドワーフと同じ位の子がこのドラゴンなんですかっ!? 信じられない……人の姿をとるドラゴンなんて私の世界だと神話にしか登場しませんよ」

「小娘よ、儂は人間共に手懐けられている訳ではない。そこのキサラギワタルに骨抜きにされ手懐けられているのだ!」

 だから人聞きの悪い言い方をするなと……ソレイユが危険人物でも見るかのような視線を向けてくるんですが!?

「タカシさんも仰っていましたが、ワタルさん、危険で恐ろしい方。神話級の生物を骨抜きになんて空前絶後の行いですよ」

「神話級なんてそんな大袈裟な……それはソレイユさんの世界の話でしょう?」

「いや割りとクーニャは神話級だと妾も思うのじゃ。喋って変化するドラゴンなんてお祖父様やエルフ達の語る古い物語の中くらいのものなのじゃ」

「そうね、アドラにはスヴァログが居たけど、それを超えたドラゴンなんて絵本の中の話だもの。改めて思うけどワタルの回りって色々居て変」

 変って言われちゃった……いや俺もたまに思うけど、全員嫁だしな。どれだけリセマラしたらこんな人生になるんだ…………。


 脱出したドワーフ達を追い土人形を先頭に魔物達が拠点を目指して押し寄せるようになって既に二日、麓に防衛線を張り狭間ありの巨大な氷壁で敵を防ぎつつ戦車からの砲撃やヘリの対地兵器などの遠距離攻撃で土人形を粉砕して敵と接近することなく処理をしているが土人形は減るどころか北の方から数と勢いを増して侵攻してくる。土人形の素材の土が尽きる事がない以上敵の数には際限がない、土人形の数が異様に多いからか魔物自体の数は多くなく山を埋め尽くすんじゃないかという程の土人形の十分の一にも満たない。第一陣こそ現代兵器で吹き飛ばしたが侵攻する敵に拠点付近の鉱山に居たシュタールの者達が紛れる事で無差別に吹き飛ばす事が出来なくなり能力と銃撃で一体一体の処理に変わり効率が悪くなったところ狙って一気に壁際まで侵攻されてしまった。歩けるようになったソレイユがシュタールの者達に壁上から投降と協力を呼び掛けるが応える者はなく叫びは虚しく戦場に飲まれていく。贅沢にもアダマンタイト製の武器を持たされた土人形と魔物が分厚い氷を削り穴を開ける。優夜が修復して氷の厚みを増やし炎と機関銃で土人形と魔物を倒し、電撃と狙撃でドワーフ達の動きを止めて風で巻き上げる事で壁の内側へ連れ込み縛り上げて無力化しているが…………。

「切りがない……捕らえる手間が掛かりすぎる」

「主ぃ、この気絶で止める調整は苦しゅうてかなわぬ。威力を上げるのは得意だが下げるのは苦手なのだ」

「まだまだドワーフは居るんだ。どうにかしてくれ、俺だって手一杯なんだ」

 ドワーフ達は連れ去られる事を警戒して散り散りになって小さい身体で魔物に紛れるもんだから探し辛くてしょうがない。その上魔物と共に上空のクーニャ目掛けて攻撃もしてきて回避の必要もあって頻繁に動くからかなりやり辛い。

「っ! クーニャ拠点に戻ってくれ。クーニャが運べる少数でズィアヴァロの討伐に向かうそうだ」

「ふむ、それしかないだろうな。土人形の数は増え続けている、今は平気だが能力を使い続ければ疲弊もする。敵がどのくらいの使い手かは分からぬがこれ程の規模で土人形を作っているのだ、持久戦になればこちらが苦しくなるのは明らかだからな」


 防衛に人手を割く必要がある以上同行者は限られる。拠点からツェントの宮殿までの距離を考えるとリサシオンの時のような増援は望めない。討伐に向かうのは俺、クーニャ、フィオ、アリス、ティナ、ミシャ、天明、そして――。

「もうちょい待っててよ。いや~、それにしてもあんたなかなかやるね、あたしの世界じゃ猫の獣人って身軽さを生かして盗賊とかが多いのに、鍛冶をやるのが居るなんてねぇ~」

「妾の家は代々鍛冶屋なのじゃ。というかケット・シーに盗賊をする者など居ないのじゃ、一緒にしないでほしいのじゃ」

 目覚めたリュンヌと脱出したアダマントの者四人が同行するという話で呼びに来てみれば……何故か拠点に立派な工房が出来ていてミシャとドワーフ達が作業している。

「なに、やってるんだ?」

「勿論戦いの準備に決まっているだろう、なに言ってるんだこの男は」

 呆れ返った様子でリュンヌがちらりとこちらを見たがすぐに自分の作業へと視線を戻して集中していく。流石プロと言うべきか、その横顔は物凄く真剣だ。

「腐食を操るような奴と戦うのじゃ、せめて手や足の防御を整えようと思ったのじゃ」

「それはいいけど時間が掛かるんじゃないか?」

「分担してやっているからもうすぐ終わるのじゃ」

 ミシャ達が作っているのはガントレットとグリーブか? 色合いからしてミスリル合金製とアダマンタイト製の二種類があるようだ。

「それにしても、こんな工房いつの間に…………」

「あぁこれはあたしの能力みたい。目が覚めるとこの工房を呼び出せるようになってたの――携帯工房ってところかな」

 携帯工房……鍛冶をするドワーフならではだな――って、ドワーフも覚醒者になれるのか!?

「他には!?」

「あ?」

「他に覚醒者になったドワーフは!?」

「居ない。こういうこと出来るようになってるのは今のところあたしだけ、嘘だと思うなら聞いて回れば?」

 嘘だとは思わんが……ホントに何がきっかけで覚醒するのやら、この世界に来て随分経つ西野さんも覚醒したし……命の危険とか感情の昂りでは? と言う人も居るが、必ずしもそうじゃない。多国籍軍の多くは何もない時に覚醒しているしなぁ。

「ほい完成! ミシャそっちは?」

「完成な~のじゃ、旦那様とお揃い……にゅふふふふ。今は時間がないからそのままじゃが後で妾たちの紋章を甲の部分に入れるのじゃ。これは旦那様の分なのじゃ」

「あ、あぁ」

 おぉ、重そうだと思ったがミスリルがベースなのか見た目程重くない。これならスピードを阻害する事もなさそうだ。が、着けてみると妙な違和感が……サイズはぴったりだが着け慣れてないせいかな。

「よしっ、特殊効果の方も問題なし!」

 作り上げたガントレットを装備したリュンヌが小さな金属片を持ち構えた次の瞬間、地面に小さいが深い穴が出来ていた。今のは指弾か? 指で弾いただけでこうも深々と刺さるものか?

「ふふん、驚いてるな。この剛腕の籠手は腕力もだけど指の力を特に増強出来るの、銃ってのは便利だけど使いにくかったから似たようなことが出来るように工夫してみたんだ」

 指弾より銃の方が簡単だと思うんだが……力持ちのドワーフならではだな。

「こんな物作ったって事は病み上がりなのに本当に同行するんだな」

「当然! せっかく生き延びたんだから今度こそ奴を倒す。それに、案内だって要るでしょ? まぁあたし一人でも行くつもりだったけど」

「今度はリュンヌ様一人に行かせません。私も一緒に戦います」

 薄黄緑色の髪を短くポニーテールにしたアダマントの女性が気合い十分とばかりにガントレットを打ち鳴らしている。この人ドワーフなのに谷間がっ!? ――ミシャの批判的な視線を受けて目を逸らした。

「アルシェの言う通りだ、やられっぱなしではおれぬ。奴に一泡吹かせてやらねば」

 上半身が特に大きいゴリゴリのマッチョの男性ドワーフが斧を掲げてアルシェさんに同意する。

「シュクリスも気合い十分だな、散って逝った者達の為にもこの戦い、勝たねばならぬ。助力を得られる今こそ奴を打ち倒すのだ!」

 黒い髭を腰の辺りまで伸ばした男性がシュクリスさんの斧に重ねるようにして巨大なハンマーを掲げた。

「気負うなよヘレス、心は熱く頭は冷静に保て。我らに失敗は許されぬのだからな」

「そう言うギディオンの方が気負ってるじゃん。みんなもっと肩の力抜きなよ、今回はあたしらだけじゃないんだからさ」

「すみませぬ、これが最後の機会だと思うと……やー、これではいかん! やる、我らはやれる! 勝つのだ!」

 白い口髭左右を四つ編みにして顎髭を三つ編みにしたギディオンさんの声に合わせてドワーフ達が武器を掲げて鬨の声を上げた。


「あんまり引っ付くなよ」

「寒いんだから仕方ないでしょ、高山の更に上に要るのよ」

 ティナが後ろから抱き付きフィオ達が前に横にと身を寄せてくるもんだから団子状態だ。

「まったく、これから決戦に向かうっていうのに……航を見てると気が抜けるよ」

「俺のせいじゃないだろ……天明と一緒に戦うのは久しぶりだな。鈍ってないだろうな?」

「勿論、そっちはどうなんだ?」

「鈍る暇があると思うのかよ?」

「ありそうに見えるけど」

 今の自分の状況忘れてた…………。

「鈍ってないっての、むしろそういう暇が欲しかったわ!」

「主、十番目の山が見えたぞ!」

 いよいよか、宮殿には土人形や魔物に加えてシュテルケ達も居るだろう、戦わずに済めばそれが一番だが……難しいだろうな。敵の真っ只中に飛び込むんだ、悠長な事はしていられない。出会ったら速攻で気絶させる。土人形に囲まれて道を塞がれる前に対処して進まないと、時間を掛けた分だけ本隊に負担が掛かる。全部救ってさっさと終わらせてやる。

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