異世界の存在

 早朝、朝日を浴びて白銀のドラゴンが空に舞う。アドラとの戦場となった場所の上空を旋回して俺と共に雷を降らせる。黒と白の光が地上に降り注ぎ魔物たちを撃ち抜いていく。戦場を覆う程の電撃、地上に人間がいないから気遣い無用とばかりに大盤振る舞いしてやっている。殲滅作戦は単純、俺とクーニャで戦場上空から電撃と炎で掃討して、討ち漏らしや戦場から逃走を図った物を戦場外に待機しているダニエル達が処理を担当している。

「あの地割れ相当深そうだ、あれが人間が引き起こしたものなのか……あのぶよぶよした妙な物体もあれに飲まれたのだろうか?」

「そうなんじゃないか? この姿のクーニャを飲み込める程の巨大なスライムだったから居たら絶対に目に入る、それが居ないんだから地割れに落ちたんだろう」

 それにしても……地割れから魔物が這い出して来る様は宛ら魔界の扉が開いたかのようだ。ん? …………ない。あれば絶対に目につくはずの物が、スヴァログの死体が消えている。地割れの位置とは違う場所だったはずだが……たった一日半で魔物に喰われた? あの巨体を残骸も残さずか? ……スライムやスヴァログの死体など気になる事があるが、殲滅を進めるか。思考を切り替え電撃を降らせる事に専念する。

「一方的だな。上空に攻撃を届かせるようなのもいないみたいだし、先日の戦闘時にハイオークを見なかったし特殊能力持ちはいないって事か。楽でいいがこの量は手間だな」

「もう疲れたのか? このような有象無象相手にそんな事を言うとは情けないぞ。主の黒雷はまだまだこんなものではあるまい?」

「こう見えてもか弱い人間なんでね。今はまだ平気だが、こんな大規模攻撃やってたらすぐに電池切れになりそうだ」

 軽口をたたきつつも俺もクーニャも攻撃の手は緩めず、絶え間なく黒白の光が地上を穿ち続け、逃げる事も叶わず魔物達は倒れていく。戦場全域に雷を落とし極力戦場外へ逃がさぬよう地割れへと追い込み、地割れには集中的に落としクーニャがブレスで焼き払う。倒れた無数の魔物に火が付き戦場が炎に包まれ異臭が昇ってくる。

「炎は失敗だったか。奴らの焼ける臭いは不快だな、主は平気か?」

「俺は――」

「散々殺し焼き払っておいて酷い言い草ねぇ。堕としなさ~い、ニーズヘッグ」

「っ!? な、何が!? クーニャ! クーニャ!」

 何も無い目の前の空間から声が聞こえたかと思うと、何らかの衝撃を受けたようにクーニャの頭が下を向き、羽ばたきを失った身体は落下を始め、俺の呼びかけにも応じない。一体何が起こった? 落下しながら空を見上げると、先程俺たちの居た辺りに闇色の翼と王冠のような角を持ったクーニャと同じ位の大きさの刺々しい鱗に覆われたドラゴンが居た。その背には人影が二つ、さっきの声はあれか? ……どうなってるんだ!? アドラか? それとも別の勢力か? 苦労してスヴァログを倒したってのにまだドラゴンが出てくるのか。

「クーニャ! 目を覚ませ! このままじゃ地面に激突するぞ! クーニャっ!」

「あ、主……くっ! …………」

 意識を取り戻したクーニャは体勢を立て直し両手両足を突いて着地した。だがそれも一瞬の事ですぐに崩れ落ちた。頭に受けた衝撃は相当なものだったようで地に倒れ伏した。

「クーニャ、姿を変えろ。このままじゃ運べない」

「主……すま、ぬ」

「気にするな、ゆっくり休んでろ」

 姿を変えたクーニャを背負って上着で縛って固定する。これで連れて逃げることは出来るが……上空には黒い影、周囲は燃え盛る炎、その中で辛うじて生きている魔物が憎しみのこもった視線を送ってくる。最悪だ、魔物はどうにか出来るが上空のあれと炎を相手にするのは――。

「ふふふっ、あの困ったような表情……凄くそそるわね。……のお土産にせず私の物にしようかしら」

「また貴様は、昨日これにも同じような事を言っていただろうが。持って帰らんと言うならあれは俺が喰らう。なにしろ先日の喰い損ねなのだからな」

「あら、これはすぐに枯れちゃったから新しいのが欲しいのよ。私を愉しませてくれる新しい玩具が……うふふふふ、なんならあなたが相手をしてくれてもいいのだけど?」

「貴様のやる生殖行為などには興味ない。俺の目的は喰らう事よ! 貴様は黙っていろ」

「あなたはそればかりねぇ。良い体しているのに残念ねぇ。ま、あなた他と違って特殊だものね。それにしても交わる快楽が分からないなんてもったいない」

 闇色の竜が下り立ちその背に居る者たちの言い争いが聞こえてきた。一人は筋骨隆々な赤髪の中年男、もう一人は長い紫の髪をした美しいが妖艶でどこか不快感を感じる女……手には男の死体?

「あらぁ? この男が気になる? これは向こうにある巨大な地割れを作った奴よぉ。知り合いにちょっとしたお使いを頼まれててね、これはその一つ。あなたも強い能力を持ってるわよね、そっちのドラゴン共々収集されてね。それともあなたは私の物になりたい?」

 つ、ツチヤ!? 女が俺に見えるように掲げた死体は遠目ではっきりしないがツチヤのように見える。あいつアドラの軍に入っていたのか、あれだけの地割れを発生させられるなら優遇もされるか? アドラの主力の死体を持っているということはこいつらアドラ側ではないのか? 分からない事ばかりだ。マッチョ男の『喰い損ねた』という言葉も気になる、俺が喰われかけたのはスヴァログを殺したあの瞬間だ……ならあの男はスヴァログ? 確かに死体は消えていたが、奴も人の姿をとれた? いやいや、そんなはずない。あの時確実に脳天を貫いたはずだ。何なんだこいつらはアドラ以外の別勢力が介入するのか?

「お前たちは一体なんだ? 何の目的でここに居る? アドラの人間じゃないのか?」

「うふふ、なんだと思う~? 当てる事が出来たら『い・い・こ・と』してあげる」

 不機嫌そうな上半身裸のマッチョに、淫靡な笑みを浮かべた王冠とボンテージ姿な変な格好の女、そして闇色の竜。相手が空を飛べる以上走って逃げても無駄、それに突然現れた事を考えると他にも移動手段を持っているかもしれない。クーニャを一撃で落とす力も持ってるようだし…………あ~……厄介だな。女はからかうような調子だがおっさんの方は敵意剥き出しだし、収集するって事はどこかに連れていかれるんだろうし、ツチヤを見るに死体でも構わないって事なんだろう。どうやっても敵、生き延びる為には排除は必須、やれるか? 俺に……やるしかない!

「あらあら、答えもなく剣を抜くなんてつまんない子ねぇ。しょうがないから少し弱らせてからいただくとしましょうか」

「おい、待て――」

「っ!? くっそ、はぁはぁ…………」

 なんだ今の動きは!? 何もない所から鎗を生成したかと思ったら、ドラゴンの背から一瞬で右に回り込まれた。近付かれるまでの動きが全く見えなかった。防げたのも女が消えた事に警戒して偶々向いた方向に殺気を感じたからだ。気のせいじゃなけりゃフィオやアリスをも超える速さだったぞ。

「やだぁ~防がれちゃった。この子の能力は電撃よね? 人間は一人ひとつの能力だって聞いてたのに、この子明らかに身体強化も持ってそうよ。お土産にしたらあいつ大喜びしそうね」

 おどけて鎗を回転させて俺を見つめながら周囲をゆっくりと歩く。まるで品定めされているようだ。口元の笑みは余裕の表れか。

「面白そうだからちょ~っと本気出してみようかしら」

 っ!? 翼!? 女の背中から悪魔のような翼が生えた!? ……悪魔? …………もしかしてこいつら魔物側の存在か。

「お前ら魔物か!」

「せいか~い。この世界の分類で言えばそういう事になるかしら、と言っても私は他みたいに醜くないけど。私は異世界の魔神、アスモデウス。ディーに召喚されたのよ。あっちに居るイーターとニーズヘッグも同じ様にどこかの世界から召喚されてきたのよ」

 召喚!? ディーの能力は精神に干渉するようなものじゃないのか? ――考える暇なんて与えてくれないか。飛翔し空中から連続で放たれる神速の突き、捌ききれずに腕や脚、脇腹を掠めていく。致命傷だけは避けたが、殺気だけを頼りに見えない攻撃を捌ききるにはまだ俺の力量じゃ無理なようだ。

「ふふふっ、凄いわぁ。人間が私の攻撃を捌いて致命傷を避けるなんて、こんな人間居るのねぇ。気に入ったわ、これだけ強いならあっちも強そうだし、外法師に渡すのはやめて私の玩具にしましょう」

「外法師!? 奴は生きているのか!」

「あら、あいつを知っているの? 死にかけていたけど色々混ぜ込んで生き永らえているわよ。それより、そ・れ、捨てたら? そしたらもう少しは動きが良くなるんじゃない?」

 俺の背負うクーニャを狙うように殺気が向かってくる。集中しろ! 精度を上げろ、失わない為に! 加速、加速、加速! 限界まで強化しろ。クーニャにこれ以上傷を負わせるな。殺気を辿れ、見えなくとも叩き付けられる殺気の先に奴は居る。右足を下げ身体をずらして初撃を躱し、二撃目を刃の上を滑らせ流し、三撃目を柄頭で打ち払い体勢の崩れた所へ電撃を纏った足で回し蹴りを打ち込んだ。

「チッ、まだ足りないか」

「素敵、いい線いってたわよ。荷物を背負ったまままだ速くなるなんて、面白い人間も居たものね。昨日の地を操る男より楽しいわ」

「いつまで遊んでいる。外法師が使う素材は生きていようが死んでようが関係ないのだからさっさと殺してしまえ。出来ぬなら俺が喰らう」

 っ!? 男の体が歪み、弾けて内側からあの赤いスライムが溢れ出した。あいつスライムだったのかよ。スライムって人間に化けるなんて高等な事が出来るのか!? 巨大なぶよぶよがうねり周囲を飲み込む。魔物の死体やまだ生きている魔物をその体に取り込みながらこちらに向かってくる。ちょっと待てあれ、スヴァログの残骸じゃないのか? 見えないと思ったら喰われてたのか。胴体はなくなり頭部の残骸だけが他の残骸と同じように浮いている。

「ちょっとイーター、雑魚とはいえ自軍を飲み込むってどうなの? 生きてるのくらい見逃してあげなさいよ」

 このスライム無茶苦茶だ。触手を伸ばし次々に仲間を飲み込みアスモデウスにまでその触手を伸ばした。アスモデウスは飛翔し容易く躱しニーズヘッグの背に戻り静観している。

「今度はスライムか。お前には剣じゃなくてこれをくれてやる!」

 イーターに向け電撃を放つが当たったところで怯む程度で大したダメージになっている様には見えない。相性わりぃ……こんなもんどうすりゃいいんだ。ナハトや紅月なら焼き尽くして蒸発、優夜なら氷結させた後に粉砕……何かないか? 奴の核の様なものでもあれば――死体の残骸が多過ぎて判別なんて出来そうにないな。

「っとに、うざったい! 寄るなっ」

 鞭のように襲い来る触手に同じく鞭のようにしならせた電撃をぶつけて怯ませ回避する。こりゃジリ貧だな、大規模攻撃で消耗も激しい。この状況もいつまでもつか…………対処出来ない臭いものには蓋をするか。幸い俺を狙ってくる、地割れまで誘導して地面を崩して埋める。今出来そうなのはこれくらいか……こいつの後には魔神とドラゴンまで居やがるから極力ちからの消耗を抑えないと――。

「っ! こっちだ化け物!」

 触手を躱し地割れへと走る。空に居る時に地割れ付近には散々黒雷を落とした。崖の近くは脆くなっているはず、そこまで誘導すれば!

「さっさと来やがれノロマ! また喰い損ねるぞ!」

『――!』

 声とも言えない音を発してイーターが迫り来る。崖まで後少し……今だ! 身体強化をフルに発揮して加速し地割れを飛び越えた。イーターは崖ギリギリで止まったが、脆くなった崖へレールガンを連射して無理矢理崩した。地割れへと消え行くイーターを埋めるべく連射で崖を崩し続け反対側が完全に崩壊した事で手を止めた。動く気配は無い、崩れた岩で圧し潰せたか?

「なんとか、なったか?」

「凄い凄~い。崖を崩壊させてイーターを埋めちゃうなんて。ちょ~と調子に乗り過ぎちゃったわね、ディーに怒られそう。頼まれたお使いも残ってるのはこれだけになっちゃったし――」

「死んで」

「くっ!? かはっ……なめるな! 人間風情が!」

 上空に舞うニーズヘッグの背で拍手をするアスモデウスの真上に銀の死神が現れ、首を斬り裂いた。だが、完全な不意討ちにもかかわらず紙一重で深手は避けたようで、鎗で薙ぎ払いフィオとティナを弾き落とした。

「がはっ……クソッ! …………いいわ。今回は退いてあげる。でもこんなのは一時凌ぎよ。私たち魔物はいずれこの世界を支配する。人間同士で下らない戦に興じているような奴らには勝ち目はない。せいぜい残り時間を有意義に過ごすことね。それじゃあね、ボウヤ、また遊びましょう」

 そう捨て台詞を残してアスモデウスとニーズヘッグは虚空へと消え去った。危機が去ったと知るや否や膝から崩れ落ちた。大規模攻撃にアスモデウス戦とイーター戦、身体に負荷がかかり過ぎたようだ。

「ワタル、大丈夫?」

「傷だらけじゃない! 早く治療を受けないと!」

「どうにか、かな? 死ぬような怪我はしてないからそんなに騒がなくても――」

「騒ぐに決まってるでしょ! 大好きな人が怪我をしたのよ? 心配で堪らないんだから!」

 縋りつくティナを抱きしめ背中を撫でて落ち着かせる。泣かれるのは苦手だ……フィオの方は怒り気味だ。アリスを助ける為って時点で機嫌悪かったのに別行動で更に不機嫌になってたからなぁ。

「来てくれて助かった。ありがとな」

「……最初から一緒だったら怪我なんてさせなかったのに」

「…………そう睨むなよ。討ち漏らしを処理するのだって大事だったんだし。それに、アスモデウス相手だとフィオだって怪我してたかもしれないんだからこれで良かったよ」

「心配してくれるのは嬉しいけど、無理しちゃダメ」

「分かったよ、悪かった。それで、そっちの仕事は済んだのか?」

 ぽんぽんと頭を撫でるとくすぐったそうに目を細め、悪かった機嫌も幾分改善した。

「ん。戦場から逃げ出せた魔物は居ない。上からも確認したけど動いているのは居ない。仕事は終わり」

 そうか、僅かに生き残ってたのもイーターが飲み込んだから処理の手間が省けたって訳か。

「疲れた~。いよっし! 帰ろうぜ」

 外法師が生きていた事や魔物の動き、戻ったら王様やエルフ達にも知らせて対策を考えないと……気になる事はあるが今回の仕事は終わった。アリスの身柄引き渡しの条件をクリアして目的は果たしたし、今は勝利に浸ってもいいよな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る