道行き
クリスマスの後は恙無く滞在期間を過ごしてヴァーンシアに帰ってきた。それほど長い滞在ではなかったがみんながそれぞれ楽しんでくれたようだった。そして今は――。
「うっぷ…………なんでこんなに揺れるのよ。こんなに揺れるのになんであんたは平気な顔してられるのよ。不公平過ぎる……そこ、もうちょっと強くして」
「はいはい」
現在船の上、デューストへ向けて航海中である。俺たちがこっちに戻ってくる少し前に優夜たちらしき覚醒者の噂話を紅月が聞いていて、ディアに出入りしているデューストの商人から流れてきたものらしいそれを一人で確認に行こうとする紅月にくっ付いてきた。そして船酔いで参っている紅月のマッサージ中。
「よくこれで一人で行こうと思えたな」
「だって二人の事はずっと気になってたし――うっぷ……なんで陣を設置してないのよ。陣があればこんな醜態――」
「同盟国じゃないんだからしょうがないだろ。まぁアドラみたいにこっそり設置したら便利な気はするけど、結城さん能力のせいであっちこち移動してて今はアドラの事で忙しいから無理だな」
「わ、ワタル~、私も揉んで~」
同様に参っているティナを並べて右手でティナ、左手で紅月のマッサージ、紅月は優夜たちの事を気にしてたから分かるとして、ティナは無理に付いて来なくても良かっただろうに。
「船に乗るとこうなるのは分かってたんだから待ってればよかったのに――」
「嫌よ! 陣がないから当分の間ワタルに会えなくなるじゃない、そんなの私は絶対に――おぇぇぇえええ、気持ち悪い」
一緒に居たいと思われて嬉しくないわけはない。とても嬉しい。だが、こう顔を青くして完全に参っている様子を見ていると留守番が良かったのではと思ってしまう。
優夜たちらしき覚醒者の噂、正確な事は噂元の商人に聞くまで分からないが、氷を操る男女がディアの村々で人を氷漬けにして恐怖と混乱を齎しているといったものだった。理性は戻っていたはずだったんだが、何かの拍子にまた支配下におかれてしまったのか、それとも別の理由があるのか、どちらにしても噂の確認はしておいた方が良いだろう。そう思ってディアに入る為に瞳と髪の色を変えたのだから。
「ワタルと同じなの、変な感じ」
「確かにのぉ、黒くない旦那様というのは物凄い違和感なのじゃ。妾は黒い方が好みじゃな」
「私も」
フィオとミシャが寄って来て髪を摘まんだり突いたりしてくる。今の俺はフィオやナハトと同じ銀髪紅目になっている。俺だって鏡で見た時違和感バリバリだったっての。誰だこれ、って感じだった。
「私はワタルとお揃いというのは嬉しいんだが、いっそのこと戻さずこのままというのはどうだ?」
「落ち着かないから却下だ」
「よ、ようやく陸地に着いたわ……帰りも船だと思うと地獄ね」
ティナが憔悴した様子でこちらに凭れながらそう言った。何とかしてやりたいが体質と慣れだろうからこればっかりはどうしようもない。
「なら帰りは跳んで帰ればいいだろう? 誰も止めないぞ」
船酔いをするよりは楽だろう? といった感じでナハトが能力で帰る事を提案したが――。
「あのねぇ、長距離を跳ぶのってものすっごく疲れるのよ? その上海を渡るなら途中で休憩も出来ないんだから……そりゃあ船より速く移動は出来るけど、何度も跳ぶ必要があるから能力使用の疲労だって凄いんだから」
「でも船も疲れるんじゃないか? ずっと参ってる状態だろ。跳ぶ方がいいんじゃないか?」
「それ、は、そうだけど……むぅ~、ワタルはいじわるね。ワタルと一緒に居たいから付いて来たのにそれだと意味がないじゃない。それにワタルと一緒なら辛い事も我慢できるからいいのよ」
身体をすり寄せ、こちらの手を握り締めて甘えるように耳元でそう囁いてくる。
「なっ!? 甘えるなティナ。もう陸に着いただろう、いつまで引っ付いているつもりだ。早く離れろ」
「やぁーよ。まだ辛いもの。羨ましいなら反対側が空いてるわよ?」
「…………」
ナハトが無言ですり寄ってきて身体を押し付けるようにして腕を組んできた。戦闘時なんかは熾烈にして苛烈なのに実は甘えたがりだったりするよな。ティナが引っ付いてる時とかフィオが膝に乗って甘えてる時に怒るのは嫉妬もあるが羨ましいからという面も強いように思える。
「あんた達なにイチャついてるのよ。噂を確かめに行くんでしょ、イチャつくなら帰りなさいよ。所かまわずくっ付いて恥ずかしくないの?」
馬車を手配しに行っていた紅月が戻って来て未だ船酔い状態の青い顔で噛み付いてくる。船とは揺れが違うがこんな状態で馬車なんて大丈夫なんだろうか?
「そうなのじゃ! そういうのは人前でする事じゃないのじゃ。二人ともさっさと離れるのじゃー」
頬を紅く染めたミシャがティナとナハトを引き剥がしていった。二人が恨めしそうに見つめてくるが、ダメです。用事優先。
「馬車は借りられたのか?」
「でなきゃ戻ってこないわよ。町の入り口で待機してるわ…………」
声に覇気が無い。紅月の方も前回の密航の時よりも長い船旅のせいで相当に参っているようだ。顔は青く、足取りはふらふらと不安定だ。
「少し休んでからの方が良いんじゃないのか? 馬車だって揺れるんだし、無理しても良い事ないぞ。休んでろって言ったのに馬車探しに行くし」
「商人に噂の詳細を確かめた後はディアに行くんだからのんびりなんかしてられないわよ。もしまたあの子たちが操られでもしてたら早く止めてあげないと」
「そうだな…………。もしそうなら今度こそ止めてやらないとな」
「その後はふん縛って連行ね」
こちらの世界に来てから一緒だった分紅月は瑞原の事が気になるんだろう。妹の恋と年が近いというのも関係あるのかもしれない。なんだかんだで仲良さそうに見えたしな。
「えっと、向かってるのは東の、コザだっけか……ここまであとどのくらい掛かるんですか?」
デューストの地図を広げて年若い御者に尋ねた。この四日いくつか村を経由したが道程としては半分くらいか? 少し少ないくらいだろうか。
「う~ん……この調子だと四日半から五日くらいかな。俺からもいいかい? あんたらクロイツの人だろ? エルフなんて連れてるし、それがコザなんかに何の用なんだい? あそこは大した町じゃないぜ。珍しい物もないし異国からわざわざやって来るような場所じゃないと思うんだけど」
「ああ、観光とかじゃなくてディアに出入りしている商人に会いに、ディアの噂話を詳しく聞こうと思って」
「ディア? もしかして人が氷漬けにされるってやつか?」
「知ってるの!?」
「うおっ!? いきなり顔を寄せるなんてクロイツの女の人は大胆だな」
紅月が御者の肩を掴んで顔を寄せた事で御者は顔を赤くして視線を泳がせて――多少ニヤけた顔で紅月の胸元を見ている。燃やされるぞ…………。
「ていうか前、前見ろ、紅月も振り向かせるな」
「そうね。悪かったわ。それで、あなたは何か聞いた事があるの?」
「大した事は知らないよ。ただ、いくつかの村に氷を操る男女の覚醒者と化け物が現れて何人かの人間と化け物を氷漬けにしていくんだと。氷はどんな事をしても破壊出来ないくらい頑丈らしい。そのせいでディアの連中はビクビクして暮らしてるって。……あんたらこんな話が聞きたかったのかい? この話なら最近は殆どの人が知ってるよ。まぁ詳しく知りたいならディアに出入りしてる人の方が良いだろうけど」
化け物と人間を氷漬け? どういうことだ? もし操られているならわざわざ魔物にまで害をなす必要はないよな? それに何人かって事は目的があって選定してるのか?
「どういう事? 魔物を氷漬けにしてるって事は魔物と敵対してるの? でもそれなら何で人間まで? 制御出来てなくて余波とか?」
紅月が混乱した様子で呟いている。
「あれから随分経っている。未だに制御出来ないという事はないだろう。やはりまた支配下に置かれそれに抗っている状態では――」
「なんだありゃあ!? 何があったらあんな大行列に」
小高い丘を登り切り、そこからの分かれ道の先を見た途端御者が声を上げた。声こそ上げなかったが俺も同じ感想だ。どこまで続くのかと言いたくなるほどの馬車の大行列、いくつかの町ごと引っ越しているんじゃないかと思う程だ。馬車を止めて唖然としていると程なくして行列の先頭の馬車とすれ違った。
「おい! あんたらもさっさと逃げろ。ペルフィディが来る、急いで港へ向かって別の大陸へ行くんだ。この大陸はもう終わりだ」
「おいおい、終わりってなんだ? それよりあんたらどこから来た? ペルフィディってなんなんだ? それから逃げてるのか?」
「病だ。悍ましい、人間を醜い物へと変える悍ましい病の事だ。俺たちはディアから逃げてきた。この行列がディアの人間全てだ、他はもう人間じゃない。ディアは滅んだ。あんたらも早く逃げろ、いいな! 忠告はしたぞ!」
御者に尋ねられた男は何かを思い出したのか顔面蒼白になり身震いをして逃げろと言うなり馬車を進め去って行った。後に続く馬車は俺たちに構う事無くひたすらに進んでいく。すれ違う馬車は着の身着のまま逃げ出してきた者が多いようで荷は殆ど積んでおらず荷台に乗っているのは人ばかりだ。皆一様に暗い顔をしている。病、と言っていたがそれほどにマズい物なのか? ……そうなのだろう。これだけの人間が逃げ出していて国が滅んだと言っているのだ。だとしたらディアに居た可能性のある優夜たちは…………。
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