九章~蝕まれるもの~

日本へ

「姫さんへの愛で能力のレベルが上がって致死毒をあっさりと克服して復活……勇者様かよ。身体は丈夫、回復も早いって益々超人の度合いが増したな」

「この場合やっぱりそうなるのかな、愛か……う~ん……あの時点ではそういう見方はしてなかったし兄妹愛? 魘されて見る夢の中でもソフィアを守らないといけないって気持ちが強かったのは確かだけど、致死毒で生き永らえただけでも驚きだったのに一気に全快するとは俺も思いもしなかった」

 天明は冷やかしの言葉に動じた風も無く、今回の騒乱で力が増した事で身体の調子がしっくりと来ないのか、執務机に頬杖をついて右手を眺めながら手を閉じたり開いたりを繰り返している。俺は能力の段階が上がった時制御が上手くいかなくなったが天明も似たようなものなんだろうか。

「航も能力向上を経験してるだろ? これって――」

「良い御身分ね、他人に仕事を押し付けてあんた達は優雅にお喋り?」

 扉が荒々しく開き部屋の入り口から不機嫌そうな声が聞こえた。ギルス一派とそれに加担していた連中への処罰で混血者としての身体能力を抜く仕事を終えたシズナが疲れたとばかりに不機嫌な顔をしてソファーの俺の隣に勢いよく腰を下ろし、手に持っていた大きく膨れ上がった革袋三つと報告書を天明の方へ放り投げた。シズナが重い訳じゃないだろうが勢いよく腰を下ろした事で俺の身体が軽く跳ねた。

「まったく、人使いの荒い……ようやく異界者連中の抜き出し作業が終わったかと思ったらドラウトに呼びつけられてまた同じ事の繰り返し、抜き出した宝石は異界者たちの資産扱いだから私たちの懐には少しも入らないし、今回の仕事だって――違うか、報酬がないんだから強制労働ね」

「君たちの海賊行為でドラウトは随分と迷惑を被っている。能力の有用性を認められて牢獄暮らしを回避しているんだ。働くのは当然、取り出された宝石は今までの迷惑行為の補填と考えれば贖罪の機会が与えられている事に感謝するべき多と思うけどね。それに無報酬じゃなく給料も支払われてるだろう」

「あんなの酒場で酒を飲んだらあっという間に消えてなくなるわよ。足りない、圧倒的に足・り・な・い!」

 天明は今にも噛み付きそうなほどに睨むシズナの視線を受け流して報告書に目を通し始めて、抜き出された宝石の確認を始めた。

「はぁ、ようやく終わった。シズナはもう終えてたのか――わたるちゃん!?」

「よっ」

 部屋に入ってきたシズネがシズナの隣に座っている縮んでいる俺を見つけて目の色を変えた。この後頼む事を快諾させる為にとティアに頼んで縮んでみたが、やっぱりシズネのこの態度は苦手だ…………。

「ほら騎士団長、これが抜き出した分だ。それで? どうしてまたその姿に?」

「い、いや、ちょっと労いに?」

「そうかそうか。そんな可愛い事をしてくれるのか」

 すぐさま近付きとさっと抱き上げ自分の胸に収め、人形のように膝の上に乗せられた。前よりはマシになっている気がしないでもないが、やはり香水臭い。

「怪しい……なんで姉さんの機嫌を取る必要があるの? ようやく仕事を終えたのにまた追加の仕事を持って来たんじゃないの? いつまで私たちをこき使う気なのよ」

「こき使うとか人聞き悪いな、一日に抜き取る人数は決まってて三食付いてて休日だってあったはずだろ? 犯罪者の待遇としてはかなり良いものだと思うけど、自衛隊だって親切だったろ?」

「確かに海賊をやっていたあたし達に対しても丁寧な対応をしていたとは思うが、更に仕事を増やされるのはあたしも嫌――」

「シズ姉、お・ね・が・い」

「あたしに任せておけ!」

「ぷぷっ…………」

 自分で言ってて気持ち悪いな。フィオ達が居なくて良かった、見られてたら引かれてた気がする…………。天明はこっちを見ないように報告書を凝視しているがぷるぷると震えていて必死に笑いを堪えているのが分かる。

「姉さん! そんな簡単に…………私は嫌だから。手に入らない宝石を眺め続けるのはうんざり」

「シズナお姉ちゃんはやってくれないの?」

「うっ、ぐ……あんた私たちと一つしか違わない歳のくせに恥ずかしくないの? 馬鹿馬鹿しい、私は姉さんみたいにはいかない」

 その割には頬が少し染まっている様に見えるような? じーっと見つめると困ったように眉をひそめて目線を逸らしている。捕まえて玩具にしたりしてたんだしやっぱりショタコン? これは押せばいけるんじゃなかろうか。

「お姉ちゃん、だめ?」

「……駄目」

「いいぞ!」

「お前じゃない、黙ってろ。つーか苦しい、手を緩めろ」

「はぅん! 久しぶりの感覚…………」

 興奮したのか抱き締める腕の力が強くなり、身体を密着させ後頭部に胸を押し付けぎりぎりと締め上げてくる。下手に出るスタンス面倒になってきたな、さっき連絡が来て二人にも伝えておいてほしいとは言われたけど、どうせ改めて自衛隊の方から要請するだろうしもういいか。

「…………ちなみに次の仕事ってなんなの?」

「さっき連絡が来て日本帰還の第二陣の出発が決まったからそれに同行してもらって、第一陣で帰還してた人達の中で能力研究への協力者以外の覚醒者とその予備軍から能力と目覚めるかもしれない資質の抜き出し」

「日本? 異世界へ私たちも行くの? あんた達が行き来してるって話は聞いた事がるけど、本当に異世界に行って安全にこちらに帰って来れるの? 用済みだから異世界に放逐とかじゃないでしょうね?」

「今回の帰還の呼び掛けに応じて今クロイツに集まってる人達は大方帰るらしいけど、まだ迷ってる人もいる、アドラに捕まってる人達だっているし、二人は必要とされてるから日本での用が済んだらこっちに戻って今まで通り。島流しみたいな事は絶対ない。あぁ、あと行き来は安全だと思う。まだ意図した往復は一度だけだけど、もさ以外にカーバンクルの宝石も増やしてるから大体予定した範囲内の場所に出られてるし、空中へぽーんなんて事もなかったし」

 事故で最初に帰還した時のあれは怖かった。為す術がないとは正にあれの事だろう、重力に引かれ抵抗する事も出来ずに落下するしかない恐怖、ティナが居なかったらヤバかった。落下時の事を思い出してぶるりと震えが走り遠い目をしてしまった。

「…………」

「いいじゃないかシズナ、異世界を見るなんて経験そうそう出来るものじゃない。それに船を奪われて海賊団だって解体されていてお尋ねの者のあたし達には選択肢なんてないだろう? 本来なら牢に繋がれている事を考えると今の待遇はそんなに悪いものじゃない。寧ろ良い、反発してこれを悪くすることもないだろ」

「…………はいはい、分かりました。行けばいいんでしょう? その代わり私たちの命はあんたが保障しなさいよ」

 渋々といった様子ですらりと長い人差し指を俺の鼻先に押し付けてツンツンと突いてきた。それに対して了解、と頷く。前回の行き来は安定していたし特に危険な事はないだろう、日本でも危ない事があるわけでもないし。

「それはそうと、天明は本当に帰らないのか?」

「あぁうん。今ドラウトは不安定だし、それに女王になったばかりでソフィアもまだ慣れてないだろうから傍に居て支えてやりたいんだ。そんなわけでまた手紙を頼む。次の機会には一度戻るようにするからって書いておいたから」

 それでもおばさんに泣かれそうな気がするんだが…………そこんとこ手紙で上手い事書いておいてくれてるんだろうか。対処に困るからちゃんとしてくれてるといいんだが。


「ワタル様、おかえりなさいませ」

「く、クロエ様、そんないきなりぴったりと……はしたないですよ。おかえりなさいませワタル様」

 クロイツの王城内の与えられた自室へ戻るとクロとシロに出迎えられた。喜びを表すようにぱたぱたとクロが駆け寄って来て熱い抱擁で迎えてくれた。抱擁だけならいい加減慣れたものだが、押し付けられる豊満で柔らかな感触には未だに身を固くしてしまう。

「少しくらいいいでしょう? シロナだってワタル様が帰って来られると聞いてそわそわしていたのに、シロナはしなくていいの?」

「わ、私は、その……少しだけ」

 そう言ってシロもクロ同様に抱き付いてきた。俺の胸に鼻を押し付けくんくんしてらっしゃる……やっぱりにおいフェチか。風呂には入っているが、こうじっくりと嗅がれるとなんか恥ずかしい。別にいい匂いがするわけでもないだろうに何が良いのやら。

「ワタル様は明日には日本に出発されるんですよね?」

「ああ、明日の十二時に出発って聞いてる。それで、クロとシロに報告があるんだけど」

『なんでしょう?』

 二人とも無垢な少女のようにきょとんとしてシンクロしているかのように一緒に左へと首を傾けた。うぅむ~、双子がシンクロするみたいなのは聞いた事あるが、仲が良くてもシンクロするんだろうか。なんか可愛いぞ。

「うん、日本行きなんだけどな……なんと、ナハトとミシャの我儘とティナのごり押しでこっちの世界の人の同行オッケーを貰いました!」

『…………』

 驚かせようと思ったんだが、失敗したのか二人ともぽかーんとしてしまった。帰還第二陣の連絡を貰った時、ティナばかりズルいと二人が抗議し始めてそれに納得したティナが「移動に協力しているのだから少しくらい融通して」と交渉して許可をもぎ取ったんだが、嬉しくないのかな?

「それは本当の事ですかワタル様!? わたくしとシロナもご一緒させてもらえるんですか!? 本当に、本当にワタル様の居た世界へ行く事が出来るんですか!?」

 クロが感極まったように手を組んで夢見る少女のように期待で瞳をキラキラと輝かせてこちらを見つめ迫ってくる。まだ見ぬ世界を見る事にあれやこれやと想像と期待に胸を膨らませているに違いない。

「ああ、ちゃんと許可を貰ってるから一緒に行けるよ」

「本当、なのですね。ありがとうございます! 本当に嬉しいです。城の外へすら出る事の叶わなかったわたくしがヴァーンシア以外の世界を見る事になるだなんて……あの時ワタル様に出会って城から連れ出していただいてから私の人生は変わりました。魔物に滅ぼされた土地など辛いものも見ましたがそれすらも私にとっては新しい景色で……新しい物に触れ、新しい生活まで与えていただいて、心から感謝しています。そして、心よりお慕いしています。ワタル様に出会えて良かった」

 そう言ってこちらの心を蕩かすようなとびきり優しい笑顔を見せてくれた。真っ直ぐにこちらを見つめてこんな事を言われると照れてしまう。顔や体が火を入れられたように熱いのがその証拠だ。

「ワタル様、ありがとうございます。クロエ様の幸せそうなお顔を拝見できて私も幸せです」

 クロの笑顔を見て蕩けきった幸せそうな表情をしてシロが満足そうにしている。二人も喜んでくれたようで何よりだ、ティナに感謝だな。


 クロイツ王都の北に隣接している自衛隊クロイツ駐屯地から更に北へ離れただだっ広い草原に帰還に同行する自衛隊の車両と帰還者が乗っている人員輸送車が四台待機している。ドラウトに行く前と比べて帰還者の数がやけに増えていると思って聞いてみたら、自衛隊はアドラに捕まっている日本人の救出を敢行していたとのことだった。変色能力者に瞳と髪の色を変えてもらいアドラへと潜入、収容所や奴隷商宅を調査、潜入し捕らわれていた人と共に結城さんの陣を使って迅速に駐屯地へ帰還し救出を成功させ、今もアドラにはまだ救出の為の隊が残って活動を続けているそうだ。

「ワタル、周囲に人影も危険な物もない。道を開けても大丈夫」

 空間に穴を開けた時にこちらの物を巻き込まない為に周辺探索に出ていたフィオが戻ってきた。穴を開けると吸い込む力がやたらと強いから開く前の安全確認が欠かせない。人気のない場所ではあるしもう殆ど魔物を見ることもなくなったがまた日本に連れて行ってしまったら厄介だからな。

「っしゃ、んじゃティナ頼む」

「ええ、いざ日本へ出発よ!」

 ティナの声に輸送車の中から軽い歓声が上がり、それを聞きつつティナが切り裂いた箇所に黒雷を撃ち込み大穴を開けた。

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