ほにゃほにゃ

 なんか……左手が温かい?

「う、ん…………」

「ワタル? 大丈夫ですか? 目が覚めましたか?」

 リオが俺の手を握ってる。だから温かかったのか……あれ? 試合は? ……俺空にぶっ飛んでその後…………。

「覚えてますか? フィオちゃんに蹴られて上空に飛ばされた後受け身も取れないまま落ちたんですよ」

「あ~……なんとなく、拳貰った後の蹴りでかなり効いた。つぅか落ちた時の痛みも相当――あれ? 今は痛くない」

「もう治療してもらいましたから。試合の後丸一日寝てたんですよ。フィオちゃんも心配してずっと付き添ってたんですよ」

「……居ないけど?」

 起き上がって部屋を見回してみるがフィオは居ない。潜り込んでいるのかと布団をはぐってみるが当然いない。

「今はお買い物に行ってます。ワタルが起きたら何か美味しい物を食べさせてあげたいからって、賞金も貰ってお金持ちになってますし」

「なるほど。にしてもかっちょわる……一回戦で負けて丸一日気絶かよ」

「相手はフィオちゃんでしたし、大会は色々制限が付いちゃってるんだから仕方ないですよ。本気で戦ったらワタルが本当は強いのは私たちが知ってますよ。それだけじゃ、ダメですか?」

 うっ…………そんな可愛らしく首を傾げられると……まぁいいか。力を誇示したかったわけでもないし。

「でもなぁ、俺が負けたせいでクロイツを悪く言われたりしたら嫌だな」

「それは大丈夫だと思いますよ。決勝でフィオちゃんが強い事はみんなが分かったと思いますし、魔物との戦いと人間との戦いは違うから加減していた人も居るってタカアキ君が優勝の後に言って会場の方たちも納得してましたから大丈夫ですよ」

 きっちりフォローもしてるか……心配するだけ無駄だったか。

「……優勝? 天明が優勝したのか?」

「そうですよ。フィオちゃんはワタルの電撃が効いてたみたいで、動きが悪くなってたんです。それでも随分長く戦ってたんですよ? 最後は弾かれて場外になっちゃいましたけど」

 最後少し加減を間違えたか? そんな動きが悪くなる程効いてたなんて――。

「今は? 買い物に出てるって事はもう大丈夫なのか?」

「ふふっ」

「なに?」

「すぐフィオちゃんの心配なんですね」

「そりゃ心配するだろ、試合とは言え俺がやった事なんだし、女の子だし」

「試合後半日くらいで痺れが取れたって言ってましたから今は大丈夫だと思いますよ。心配しなくて大丈夫です」

「そっか…………優勝は天明か。まぁ順当というか、目的としては大成功ってところか? フィオまで参加するとは思ってなかったけど、結果的に盛り上がったんだろうし」

「ええ、決勝は凄い盛り上がりでしたよ。フィオちゃんも準優勝者としてソフィア様にもお褒めの言葉を頂いて一躍有名人です」

 なんか忘れてるような…………あ、あ~……アルアだ。優勝が天明で準優勝がフィオって事は当然負けたんだろうな……なんというか、努力してるのに報われないって可哀想だな。努力したら必ず報われるってわけでもないけど…………。

「いつまで握ってるの?」

「え?」

「手」

「あっ、こ、これは、ですね……早く目覚めてくださいって想いを送っていて、それで握ってて」

「重篤患者じゃあるまいし、そんな事しなくても起きるって。でも、リオって随分可愛い事するんだな」

「ワタル顔がニヤニヤし過ぎです、意地悪です。なかなか起きないから本当に心配してたのに」

 リオは少しだけ頬を膨らませ、拗ねてこちらに背を向けた。その背中をなんとなくつつつーと人差し指で撫でおろした。

「ひゃぁあああ!? な、なにするんですかいきなり」

「なんとなく?」

「ワ・タ・ル・は! なんとなくで女性の背中をいきなり撫でるんですか? ……えっち」

「あはは……誰でもってわけじゃないけどこの辺の感覚おかしくなってるかも。リオとかミシャの悲鳴ってなんかイイし」

「…………初めて会った頃はこんなじゃなかったのに、ミシャちゃんの言う通り本当に変態になっちゃったんじゃないですか?」

「うん、まぁ…………リオやミシャにえっちとか言われるのはゾクゾクするかもしれない」

「……変態」

「ごめんなさい」

 全然怖くない顔で睨まれてしまった。


「あっ、ワタル起きたのね。おはよう」

「おはよう、ってかもう昼前だろ」

 宿屋の食堂に行くとティナ達が集まっていた。

「おぉ、旦那様、もう身体の具合は良いのか?」

「ああ、もうなんともない。やっぱ自分の剣じゃないとフィオの相手なんてまともに出来ないな」

「ふむ、なら訓練の時間を増やすか?」

「い、いや、それはいい」

 ナハトが嬉々としてそう聞いてきたがお断りした。加減はされてるけど死にかける事が何度かある様な訓練の時間をこれ以上増やされたら死んでしまう。

「そうか……鍛えて欲しくなったらいつでも言うんだぞ」

「あ、ああ……分かった。それよりフィオは? まだ帰ってないのか?」

「帰ってないわ。あの娘が一人で長時間出掛けてるなんて珍しいわよね。町中の食べ物をお土産に買ってきたりして、ワタル食べるの大変ねぇ」

「やめてくれ…………流石にそんな無茶苦茶なことするはずが――」

「ただいま」

「フィオちゃんおかえりなさい。お買い物どうでした?」

「……これだけ」

 フィオに渡されたのは紙パックに入った串焼き数本。ティナが言うには結構長い時間出掛けてたみたいだが、どこまで買いに行ってたんだ? それとも町を出歩くのが楽しくて歩き回ってたんだろうか? ……そういうのが楽しいって思う普通の女の子に変わって来てるって事だろうか……だとしたらいい事、だよな。

「おい! ここに銀髪の――居たー! もう、おいらを置いて行くなよ。お前の男だろ」

 駆け込んできた茶髪紅目の少年がフィオに向かってよく分からない事を言っている。フィオの男? ……フィオの男!?

「ちょ、フィオ、誰だこいつ」

「知らない」

「さっきおいらを買って自己紹介しただろ。ルインだ!」

「か、買った…………!?」

 フィオが人買い……しかも男…………。

「フィオ、ちゃんと説明しなさい。ワタルの魂が抜けかけてるわよ」

「本当に愕然として真っ白になっておるのじゃ、旦那様ー、見えておるかー? なにかもやもやが出ておる気がするのじゃ」

「買ってない、すぐに売った」

 買ってすぐに売る飽きっぽさ!? フィオが男遊び……そんな変化は喜べない。

「フィオちゃん、ワタルが死にそうな顔してるから最初から説明して? …………なんだか触ると崩れていきそう」

「あ、初めまして、おいらフィオに買われてフィオの男になりました」

「ぐはっ!?」

「あ、旦那様が死んだのじゃ」

「まぁフィオもお年頃だものね。色々あるだろうし心変わりもするわよ」

「ティナ追い打ちはやめろ、ワタルが痙攣してるぞ」

「変な事言わないで。それに、付いて来ないでってちゃんと言った」

「好きになっちゃったんだ。それにこれも何かの縁だろ? きっと幸せにしてみせる。だからおいらのお嫁さんになってくれよ」

「嫌、帰って」

「う~ん……要領を得ないわね。でもフィオがあの子を好きってわけではないみたいね。ワタルー、戻ってこないとフィオが取られちゃうわよー」

「はっ!? ショック過ぎて意識飛んでた。あ~……娘が彼氏連れて来たお父さんの気分ってこんな感じか? すげーダメージ――」

「っ!?」

「あっ!? ちょっとフィオ! どこに行くのよー、ちゃんと説明なさーい」

 突然フィオがショックを受けたような顔をして飛び出して行った。

「と、とにかくガキの方に事情を――」

「フィオを追ってもういなくなったのじゃ。瞳も紅かったようじゃし、たぶん混血じゃな。そこそこ速かったのじゃ」


 フィオ人買い事件から七日、まだフィオは帰って来てない。当然捜し回っているがフィオが本気で隠れてるつもりなら俺たちに見つけられるはずもなかった。ガキの方だけでもと捜してみたがスラム街出身だと分かっただけで本人を捕まえる事は出来なかった。このせいで、一緒にいて外泊!? とか思って気が気じゃなかったんだがそれを言ったら全員にそれはないって怒られた。

「フィオちゃん帰ってきませんねぇ。ワタルが悪いんですよ、ルインって子をフィオちゃんの恋人~、みたいな認識をするから。今までどれだけフィオちゃんがワタルの事を大切に思ってるって気持ちを伝えてきてたと思ってるんですか、それなのにあんな勘違いをされたら傷付いて当然です」

「いや、買っただの男だとかフィオに縁のなさそうな言葉が飛び交ったせいで動揺し過ぎて……反省します」

「本当に反省してくださいよ。それで一番にフィオちゃんを見つけて謝ってあげてください。という訳で今日も捜しに行ってきてください。七日も帰って来ないのは心配ですし、きっと寂しい思いもしてますから優しくしてあげてください」

「んじゃぁ行ってくる――」

「あの、失礼します。ここにフィオさんという方はいらっしゃいますか?」

 宿屋を出ようとしたら青髪紫目の優しそうな女性が入ってきた。

「ごめんなさい、今フィオちゃんは居ないんです。何かご用ですか?」

「お二人はフィオさんのお知り合い、でいいんでしょうか?」

「はい、そうですけど、あなたは?」

「私はルインの姉です。といえば分かっていただけますか?」

「あのガキの――」

「ワタル!」

「ふふふ、いいんですよ。何を間違ったのか悪ガキになってしまってますから」

「それで今日はどうされたんですか? フィオちゃんはここ数日出掛けたままなんですよ」

「そうなんですか、もう一度会ってお礼を伝えたかったのですが」

『お礼?』

「はい、弟が失礼な事をしたというのに、事情を聞いて闘技大会の賞金を恵んでくださったんです。うちは両親がおらず私の稼ぎで生計を立てていたんですが、少し前に重い病に罹ってしまって、元々丈夫な方ではなかったせいで悪化してしまって薬も高額な物が必要になってしまって、それで弟が薬代の為にとフィオさんに襲い掛かったそうなんです。それもあっさり返り討ちになって困った弟は自分の身売りをもちかけたそうなんです。事情を聞いたフィオさんはその話を受け、家に来て私に金貨袋を渡した後に買った弟を金貨一枚で私に買い取るようにと仰って、ちゃんと売買したから気にしなくていいって、気も遣ってくださって……お買い物の途中だったそうなのに何の見返りもなく大金を恵んでくださったんです」

 めっちゃいい娘に育ってる。良い事したのに帰って来て嫌な思いをさせられたのか。早く見つけて謝らないと――。

「……ただいま」

「お、おかえり?」

 捜しに行こうとしたらそっぽを向きつつも普通に帰って来てぴとっと抱き付いて来た。顔をぐりぐりと押し付け、回した腕には力がこもっている。

「ワタル、捜すの下手」

「お前が隠れるの上手すぎるんだよ……変な勘違いしてごめんな。良い事してたんだな」

「…………ぎゅっってしたら許す」

 七日も家出するほど機嫌が悪くなってたのに許す条件はゆるゆるだな。左手を背中に回して右手でぽんぽんと柔らかい髪を撫でた。

「ワタル、寂しかった?」

「そうだな、寂しかったぞ」

「私も、私も寂しかった」

 頬を朱に染めこちらを見上げてそんな事を言うフィオは本当に可愛い、僅かにぷるぷると震えているのがまたなんとも…………。

「フィオさん、お陰様で体調がかなり良くなって出歩けるようになりました。本当にありがとうございます。大分使ってしまいましたけど残りはお返し――」

「そんなの返さなくていい。弟なんとかして、鬱陶しい」

「ご、ごめんなさい。私たちスラム出身だからよそ様に無償で何かしてもらうなんて事なかったから、フィオさんの厚意に感動して本当に好きになっちゃったんだと思います。家でもフィオさんの話ばかりになってますし――」

「あーっ!? なんでお前フィオに抱き付いてんだよ! おいらのだぞ、離れろおっさん!」

「お、おっさん!? ふざけんなクソガキ、どこがおっさん? まだ二十五だぞ。寧ろ年齢より下に見られて困る事だってあるくらいなのに」

「うっせー、二十五なんておっさんじゃねぇか。言われて気にしたって時点で自覚ありじゃねぇか。そんな事より離れろよ!」

 二十五はおっさん…………こいつは日本の今どきの小学生かよ。すげームカつくぞ……老けてるのか? ティアにいくらか時間を抜いてもらうべきか?

「嫌だね、フィオは俺のだし」

「わ、ワタル…………」

 フィオをお姫様抱っこで抱え上げると顔を真っ赤にして俯き、手を組んで人差し指を回してもじもじしている。ヤバい、可愛い……いつからこんな反応をする娘になったんだ!?

「っ! 離れ――」

「こらルイン! 失礼でしょ、いくら好きだからって自分の気持ちを押し付けていいわけないでしょ」

「げぇ!? なんで姉ちゃんがここに!? てか病み上がりなんだからまだ出歩いたら駄目だろ」

「ワタルも、大人気ないですよ…………羨ましいから後で私にもしてください」

 窘めて来たかと思ったら俺の袖を掴んで小声でそんな事を言ってくる。リオも可愛い……この世界に来てホント人生変わったなぁ。

「親切にしていただいたからちゃんとお礼に伺うのは当然なの。それなのになんでルインは迷惑を掛けてるのかしら?」

「い、いや、これは、おいら買われた身だし、フィオ好きだし役に立ちたいから一緒にいたいし」

「ほら、帰ってお説教よ。独り善がりなんて嫌われるだけなんだから」

 姉に引きずられてルインは帰って行った。重い病とか言ってたがあんな事して大丈夫なんだろうか? それだけ薬の有無が重要な病だったって事か。

「ワタル、あったかい…………」

 ま、いいか。ほにゃっと顔を緩ませたフィオを見てるとそう思った。

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